出会い
『あの!ありがとうございました!』
少女が深く頭を下げる。
近くで見るとますます美しい容姿をしていると感じる。
今は汚れているが透き通るような美しい白い肌。バッチリした二重のまぶたにオレンジ色の優しい色をした眼。
『透明化』の魔法は俺が彼女を降ろすために腰あたりを触った際に解けたようだ。
「大丈夫だよ、それぐらい。怪我とかない?」
『はい!大丈夫です!本当に!ありがとうございました!』
「それは良かった。でも、その格好とかはどうしたの?随分ぼろぼろだけど…?」
『え!?いわ!いや!大丈夫です!ちょっと木に引っ掛けて破れちゃっただけです!』
……段々と周りが騒がしくなってきた。
どうやら俺が木に話しかけていたのを不審に思いどっかに行っていた人たちが戻ってきたようだ。
「あ〜…取り敢えず、服が必要でしょ?買ってあげるよ。」
『え!そんな!?買っていただけるなんて……!大丈夫です!』
「いや、だめだよ。ここでは身なりは重要なんだ。こんな服でうろついてたら警備の人が来ちゃうかもしれない。」
そう言って俺は少女の手を引き多少強引ではあるが服屋に向かったのだ。
さて、俺が無理矢理に服を買いに行ったのには理由がある。
このアルバスという都市、アポーマーの都市の中で最も虐殺が繰り広げられた都市と言われている。
『死骸芸術』という特質上、現在まで現存することはないがこの大量にある教会の中には少なくとも1つの『死骸芸術』が展示されてたという。
もう悲劇を繰り返さないとしてこの都市、アルバスの『ゼファラス教』においては、『奴隷』等につながるものをすべてタブー視しているのだ。
なので少女のこのボロボロの身なりと服装は『奴隷』を彷彿されるものと判断されるかもしれない。判断されれば俺も少女も規律違反としてどうなるかはわからない。
協商同盟の傭兵として、商売相手との関係悪化に繋がる行為はなってはいけないのだ。
「で、ここまで連れてきたわけか。カルロ。お前にしては中々なことをするな。」
「はい……。もう少し上手いやり方はあったと思いましたが、成り行きでこうなりました。すいません。ってそこはだめだ!カバンはイジルな!」
ということで少女をここまで連れてきてしまった。少女は俺が借りている部屋にあるものすべてに目を光らせ物色している。何かとつんつん触っては俺が諌め、アベーラさんに笑われているという謎な状況だ。
家のことを聞いてみたがないらしい。親も死んだと言われた。これは孤児院に預けるしかないだろう。
「それにしても……。『透明化』か。幻術魔法でも高位に位置する魔法だな。それに一時間も木の上だっけ?かなりの熟練者が魔法をかけたんだろう。」
「はい。それになんで俺だけがこの子を見れたのか……。分からないことだらけです。」
俺たちは今悩みに悩んでいる。正直何もわからないからだ。この子は何かの脅威にさらされている可能性が高い。
俺たちが考えていると、甲高い楽しそうな声が聞こえてくる。
『あの!カバンの、中にある、これ、なんですか!?見たことないです!!』
少女は、私のカバンの中に入っていた伝承集を満点の笑みで掲げて見せてくる。
『えぇ…。これは本だよ。知らない?』
『知らないです!見たことないです!』
『だいぶ前から普及してるけどな……。ここに居るなら見たことはあると思うけど……。』
活版印刷はだいぶ前から発明されてるし、ここは聖都だ。ここで生きていたら聖典を一回は見たことがあるだろう。
「……カルロ。この子なんて言っているんだ。全くわからんぞ。」
「本を知らないらしくて、これはなんですか?って言ってますね。」
「ほう。本の存在をアルバスにいるのに知らないのか……。なかなか面白い子だな!カルロ!この子お前が面倒みろ!いい予感がする!」
…驚いた。前々から突発な「いい予感がする!」で俺が苦労することはあったがここまで素っ頓狂な命令は聞いたことがない。さすがの俺でも声が出ない。
少女をちらりと見るとキョトンとしながら、こちらを見ている。俺が見たことに気づいたのか、顔が笑顔に戻った。
「そもそもこの子とコミュニケーションを取れるのはお前しかいないんだし、一人っきりで孤児院に入れるのも可愛そうだろう。お前ももともと孤児院出だし辛さはわかるんじゃないか?」
「そりゃあ……、まあ。」
「なら匿ってやりな。お前ほとんどの金、貯金してるだろう。駄目だぞお前。金ってのはな、使って初めて経済は回るんだ。商人ならわかるだろ?」
「はい…。」
「それに俺たちは協商同盟だ。俺たちに手を出してこれる奴なんてそうそういない。俺らにたてついたら経済が火の車になるからな。……あの子、見た目には成人になりかけだが、中身は少女のそれだ。それに最初はボロボロだったんだろう?『透明化』をかけたそいつも脅威だ。きな臭いぞ。誰かが守ってやらなきゃな?」
協商同盟は各国の大商人が商業の自由を守るために発足した都市同盟だ。大陸のすべての都市と交易をしており経済への影響力は非常に高い。
16年前に行われた第二次ゼネスト戦争時も中立を貫いており、戦争中には少しでも威圧的な行為をした国家には経済制裁を行うとも公言している。
各国も手を出せないある意味の大国といってもいいだろう。
「……分かり、ました。自立するまでは面倒を見させていただきます。」
そうして少女。『アリシア』との生活が始まったのだ。