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 私はしばらくジルベルト様に抱きしめられて、その体の力強さや温かさを堪能した。

 胸に頬を寄せると、鼓動の音が聞こえる。流れているのは血液じゃなくて魔力だと言っていたが、規則的な音は私たちのそれと変わらない。

 温かくて、気持ちよくて、とても安心できるのに、不思議な緊張感がある。

 ジルベルト様と話をしていると、時々感情が乱される事があるのだけど、それに似ている。


「リディス、準備ができるまではお前を俺の、お前たちのいう所謂婚約者、王の花嫁ともいうが、その立場の者だと宣言しておきたいが、良いか?」


「はい。リア様は、寵姫といっておりましたけど」


「リアやアスタロトみたいな、古くからいる奴らは、何人も女を囲う性質がある。寵姫ってのは、その中でも特に気に入ってる者に与える名称だな。俺はお前以外の女を側に置く気はねぇから、その言葉は相応しくない」


「私の国でも、王は側妃を娶るものです。リア様は人狼族の王だとおっしゃっていたので、数多の女性を侍らせるのは、当たり前なのでしょうね。大戦の前は、種族を増やすため、沢山の人族の女性を娶ったのでしょう」


「ルシスの記憶じゃ、そりゃあもう悪趣味なぐらいにな」


「ジルベルト様や、魔族の王の方々は、側妃はつくりませんの?」


「ユールの伴侶は、アリアだけだった。ルシスは、長く王でいるなかで、乞われるままに側妃を増やしていたが、伴侶として大切にしていた者はいなかったみたいだな。俺は、お前だけで良い。……それが王の責務だとかなんとか言って、側妃を娶れとか言いそうだな、お前は」


 他の魔族の女性などは、種族を増やすためにジルベルト様の側に侍る事が必要なのだろう。

 王の責務、ではある。ジルベルト様がそうしたいというなら、私は受け入れる筈だ。

 でも今は、積極的に勧める気にはなれなくて、私は彼の胸に押し付けている顔をふるふると振った。

 長い指が、私の髪を撫でる。甘やかされているのが、心地良い。


「それがジルベルト様の望みなら、構いませんわ。けれど、自ら移り気を勧める程私は寛大ではありませんの」


「望んだりしねぇよ。毒蛇やら根暗狼に目を離したら横取りされそうな、危なっかしいお前で手一杯だ、俺は」


「それほど私が好きだということですのね、安心してくださいまし、私不実なことはしませんわ。もちろん、愛情には親愛で返しますけれど、あなたに寂しい思いはさせないように努力しますわね。もし不足があるようなら、いつでも言ってくださいまし」


「……そういうのは、俺が心配するのか」


「私は神の祝福を受けた麗しき美少女なので、仕方ありませんわ」


「あぁ、そうだったな」


 ジルベルト様は苦笑混じりに頷いた。

 何を言ってるんだお前と怒られるのかと思ったのだが、開き直った恋の力とは恐ろしい。ジルベルト様が甘ったるくて優しい。


「リディス、俺の花嫁だと宣言すれば、お前の身の安全は保障される。王とはそういうものだからな。森の管理やら食料の備蓄やらをしていた木精たちは、リアが連れてくるだろし、お前は使用人のような事はもうしなくて良い。シュゼルにも働くように言っておくから、身の回りのことは足りるようになる筈だ」


「シュゼル様とは、城の管理をしていた方だとお聞きしましたわね」


「あぁ、城で働く精霊たちを束ねていた。精霊王ってやつだな。クロネアが他の水精たちを食らい暴走するのを俺が止めなかったことに腹を立てて、今は図書室の奥に引き篭ってる。今更言い訳にしかならねぇだろうが、ユールのせいでクロネアは壊れた。哀れだと思ってた」


 ジルベルト様は小さく溜息をつくと、「やっぱり言い訳だな。面倒だっただけだ」と言った。

 どちらも本音なのだろう。可哀想に思いクロネアさんの好きなようにさせていたのは優しいからで、向き合わなかったのは面倒だったからだ。


「精霊の方々は戻ってきてくださいましたし、愛する私のために王になる決意をしたジルベルト様は、自信に満ちていてとても素敵ですから、きっとシュゼル様も怒りを鎮めてくださいますわ。そういえば図書室は、一度覗きましたけど、それらしい方はいらっしゃいませんでしたね」


「偏屈な奴だからな。隠れてたんじゃねぇか?」


 私も図書室は扉を開いて少し見ただけだから、気づかなかったのかもしれない。

 ジルベルト様は私の賛辞に照れているようで、視線はそらしているものの、抱きしめる力が強くなるのが分かりやすい。


「そうなのですね。……わかりました。私、他者の役割を取り上げるようなことはしませんわ。料理長は、おしまいにします」


 他にその役割を行う者がいるなら、私の出る幕はない。

 是が非でも続けなければいけないという程、立場に固執しているわけではないのだし。


「あとは部屋も、だな。一階の客室は、相応しくない。王妃の部屋はあるが、アリアが消えたあと随分長い間放置されてるから、中がどうなってるか……」


「私、部屋にこだわりはありませんわ。客間にいるのが都合が悪いというなら、ここで寝かせてくださいまし。私、小さいですから、一緒に眠っても邪魔にはならないと思いますわ」


 いつかはそうなるのだから、部屋を同じくするのは別に構わない。

 何事も早い方が良い。それに、ジルベルト様も思いが通じた私を傍に置きたいだろう。

 ジルベルト様は暫く考え混んでいたが、「わかった」と言って頷いた。


「扉を挟んだ向こう側に、もう一つ部屋がある。そこに必要なものを運ばせておく」


「はい。私がお手伝いできることは、何かありませんの?」


「好きなように過ごしていて良い。城の中も、少しは見られるようになる筈だが、お前の過ごしやすいように変えてくれて構わない。相談するならアスタロトが良いだろうが、あいつは俺も言える立場でもねぇが、趣味が悪いだろ」


「アスタロト様は少しだけ、華美な所があるとは思いますわ。城の管理をしていたのですから、シュゼル様は、どうなのですか?」


「シュゼルは気難しい奴だから、どうだろうな。まともに働いてたのは、随分前だからな。図書室から外に出るかどうかも分からねぇから、話すだけ無駄か、話にもならねぇ可能性もある」


「わかりましたわ。どの道、私はジルベルト様たちのことや、世界のことについて詳しくありませんから、時間ができたら図書室で学ぼうと思っておりましたの。お会いしたら、ご挨拶してみますわね」


「あぁ。シュゼルは、蛇や狼よりは、危なくはない筈だ」


 駄目だと言わないということは、気難しいだけで良い方なのだろう。

 これから数日間、もしかしたらもっと長い間かもしれないが、ジルベルト様を待つ間は図書室で勉強をしたり、城の手入れを手伝うのが良い気がする。

 私はもう少し、世界のことを知るべきだ。


「……リディス。今からお前の体に、王の花嫁の証を刻み込むが、良いか?」


 花嫁の証、とは。

 なんのことだろうと、首を傾げる。


「お前の体に、俺の魔力の紋様を刻む。俺たちはある程度力のある、格が高い者の持つ魔力に敏感だから、お前から俺の魔力の気配がすれば、皆お前が俺の花嫁だと分かる。守護のようなものだな」


「わかりましたわ」


 痛いのだろうか。刻むというからには、痛いのかもしれない。

 私は少し身構えながら、その瞬間を待った。

 ジルベルト様の左手が、私の左手に重なる。

 繋がれた手が、じわじわと熱くなるのを感じる。味わったことの無い感覚に戸惑って、怖がる様子を悟られたくなくて目を伏せた。


「リディス。好きだ」


 優しく甘い声は、ジルベルト様のものでは無いようだ。

 飾り気のない単純な言葉だけれど、今まで聞いたことのあるどんなものよりも、愛おしく思う。


「私も、……あなたが好きです」


 すんなりと、言葉が唇から漏れた。

 吐息も言葉も奪うように、重なり合った唇が、絡めとられた舌が、私を貪る。

 手のひらの熱さと、気持ち良さと、僅かな苦しさで、私は眉を寄せた。

 手のひらと喉の奥から、何かが体の中に無理やりねじ込まれているのを感じた。

 痛いわけではないけれどどうしようもなく震える体を、ジルベルト様が逃げないように抱きしめる。目尻に涙が滲む。

 涙を流すのは久しぶりだ。幼いころは泣いていたような気がするけれど、泣くのは愚かなことだと思っていたから、成長するにつれてそういったこともなくなった。


「っ、ふ、……っ」


 嗚咽と共に涙が溢れた。

 嫌悪感はない。むしろ多幸感で頭がいっぱいで、私を抱く力強さや重なり合う唇が心地良い。

 感情を乱されることは良くないことだ。

 けれど今だけはそれでも構わないと思ってしまう。

 手のひらの熱さがおさまり、長い口づけから解放された。

 指先で涙を拭われ、落ち着かせるように頬に口付けられる。


「大丈夫か、リディス」


「終わりましたの……?」


 今はもう熱さを感じない繋がれた手のひらを引き寄せる。

 私の左手の甲には、薔薇の周りに木の枝が絡みついたような、滑らかな黒く美しい紋様が浮き出ていた。


「ジルベルト様、私もしかして、これでジルベルト様たちのような、不可思議な力が使えますの?」


 期待を込めて聞いてみる。

 私も一瞬で移動したり、空に浮いたり、素早く建築をしてみたい。


「いや、そんな話は聞いたことがねぇな。俺もはじめてのことだから、よくわからねぇんだよな。ハインゾルデの記憶にはあるが、……ルシスは結局誰にも証をつけなかったし、ユールの時は、アリアは人狼王であるリアの姉だったから、こんな風にする必要がなかった」


「ルシス様は……、女神の器の少女を愛していたのではないのです?」


「あぁ、執着はしてたが、結局手には入らなかったんだよ。手に入らないものほど、欲しくなるってやつだな」


「じゃあ、私が本当にはじめてですのね。私もジルベルト様のように、空を飛べたりするかもしれませんわ」


 ジルベルト様は私の頭を、飼い猫にするように撫でると「お前なら本当にそうなるかもな」と言って、愉快そうに笑った。



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