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人質リディスと人狼王リア 1



 リアは私を抱えたまま太い木の枝の上を蹴って移動し、森の奥深くの鬱蒼と木々の茂った合間にある、大きな屋敷の前へと辿り着いた。

 屋敷の前には、草と花と蔓を組み合わせて作ったような小さい人たちが数人並んでいる。


「おかえりなさいませ、リア様」


「お客様ですか、リア様」


 口々に、彼らは言う。

 リアが屋敷の前に歩いていくと、彼らはちょこちょことついてきて扉を開いた。


「えぇ、久しぶりのお客様ですよ。怪我をしているから、薬湯にでもつけてあげてください。それから、新しい服を着せてあげて、終わったら俺の部屋に案内してくれますか?」


「わかりました、リア様」


「心得ました、リア様」


 屋敷の入り口を抜けると、大きな絨毯が敷かれた広間が現れる。

 灯りが灯っているランプは、花の形を模しており、どことなく可愛らしい雰囲気のある場所だ。

 床に降ろされた私を拘束していた蔦が、するすると外れた。ずっと拘束しておくつもりなのかと思っていたのに、意外だった。


「……リア様とおっしゃいましたか。あなた、私が逃げ出すとは思いませんの?」


「逃げられませんよ」


 リアは穏やかに言って、私に興味を失ったように部屋の奥へと消えていった。

 小さな草花で出来た方々が、私の両手を引っ張る。


「姫様、こちらへ」


「こちらへどうぞ」


「私は、姫様ではありませんわ。リディスと申します。……あなたたちは、もしかして、木精の方?」


「そうです。そうですよ、姫様」


 姿かたちは違えど、火精の方々や、クロネアさんと雰囲気が似ているので、そんな気はしていた。

 彼らは口々に「木精です」「リア様のお世話をしています」と自分たちの事を教えてくれた。

 私は彼らに連れられて、屋敷の奥へと通される。

 リアの言っていた通り、連れてこられた先は広い浴室だった。大人が二人入ってもまだ余裕のありそうな浴槽には、緑色の清涼感のある香りのするお湯が溜まっている。


「薬湯ですよ、姫様。体の擦り傷や切り傷を癒して、疲れをとってくれますよ」


「お手伝いが必要ですか、姫様?」


「一人で、大丈夫ですわ。ありがとうございます」


 私が首を振ると、木精の方々はこくこくと頷いて、浴室から出て行ってくれた。

 何のために連れてこられたのかはわからないが、今のところ悪い感じは全くしない。

 火精の方々のように、木精の方々も親切で、丁寧だ。

 私はドクカミツキグマから逃げているときに怪我をしていて、手足は切り傷だらけだったし、使用人の服もぼろぼろになっていたので、素直にお風呂に入ることにした。

 服を脱いで薬湯につかる。じんわりとした温かさが、体にしみわたる。

 木精の方々が言っていたように、身体中の切り傷がみるみるうちにふさがっていく。じくじくとした痛みがひいていって、私はほっと息をついた。

 知らない場所に連れてこられたことを不安がったり焦ったりしても状況が変わるわけでもないし、開き直るのが一番よね。

 私は目を閉じてゆっくりとお湯につかって、それから髪を洗った。

 浴槽から出ると、木精の方々が体をふいてくれる。

 公爵家でもメイドたちが体を洗ったり、着替えを手伝ってくれることは日常だったので、私は好きなようにさせてあげることにした。それが彼等の役割なら、拒否する理由はない。

 薄紫色のレースがたっぷりとあしらわれたドレスを着せられ、髪を緩く編まれた。ドレスのサイズは少しだけ大きいような気がした。


「姫様、姫様、傷は癒えましたか」


 木精の方が尋ねる。


「えぇ、お陰様で傷は治ったようですわ」


「それは良かった。木精の葉をお湯につけると、薬湯になるのですよ」


「その、葉っぱは、あなたたちの体なのではありませんの?」


 木精の方々の体は、青々とした木の葉を重ね合わせたような作りになっている。


「木精の葉は、沢山とってもまたはえるので大丈夫です」


「そういうものなのですね」


「姫様、リア様がお待ちですよ。いきましょう」


 私は再び木精の方々に手を引かれて、浴室を後にした。

 階段を登り、いくつかの扉の前を通り過ぎる。一番奥の立派な扉を開くと、そこは食卓になっているようだった。

 テーブルのお皿には一口大に切られた果物が、可愛らしく盛り付けられている。

 花瓶には色とりどりの花がいけられていて、華やかだ。

 私はお皿の置かれた前の椅子に座るように促される。反対側にはリアが座っていて、彼の前にはワインボトルのようなものと、グラスが置かれていた。

 木精の方々は、案内を終えると部屋から出ていった。

 部屋の扉がぱたんと閉まると、リアと二人きりになった。彼はにこやかに私を見ている。

 獣のような耳と切れ長の目が、狼というよりも雪深い山間部に生息しているユキキツネに似ているような気がした。


「痛みはとれましたか?」


 リアの口調はあくまでも紳士的で穏やかだ。

 私を脅したり傷つけたりする気はないように見える。


「はい。体の傷も治りましたわ。親切にしていただいて、ありがとうございます」


「君は大切な人質なのですから、丁重に扱うのは当然のことですよ」


 リアはグラスにそそがれている、赤紫色の液体を口にした。

 アスタロトは、飲み物だけは流通していると言っていたので、色合いからいってワインなのかもしれない。

 どうやら私は人質らしい。

 人質というからには、何か交渉に使うために連れてこられたということなのだろう。


「リア様は、人狼族の王だとおっしゃいましたわね」


「そうですよ。とはいえ、人狼族はもう俺だけになってしまいましたから、誰の王かと問われると困ってしまうんですけどね」


「ということは、もっと沢山いらっしゃったということですの?」


「君は魔族について、あまり詳しくないのですね。魔族というか、種族とでもいうのでしょうか。たとえば、木精や、もう会ったとは思いますが、水精や火精は、精霊族と言います。エルフ族の下位種族ですね。俺は人狼族、見ての通り半分は獣で狼へと姿を変えることができます」


「まぁ、本当に狼になれますのね」


「えぇ。滅多に姿を変えたりはしませんけどね。城のアスタロトは、人蛇族。君をこちらに送ったクライブは、吸血族と言います。他にも様々な種族がいますが、城の側には近づかない者も多いので、君が会うことがあるかどうかはわかりません」


 こちらの方々は皆クライブのことを知っているらしい。

 我が家の執事長は、こちらの国においてはかなり有名人なのかもしれない。


「もしよければ、果物でも召し上がってください。疲れが取れますよ」


 リアに言われて、私は遠慮なく頂くことにした。

 布鞄に入れていたサンドイッチは結局食べられなかったので、空腹も感じていた。

 緊急事態だったとはいえ、食べ物を粗末にしてしまったことが悔やまれる。

 お皿にもられているのは、キイチゴや、切ると星型になるねっとりと甘いホシリンゴ、粒が大きく皮ごと食べられる水気の多いツブブドウの実など、見たことがあるものばかりだった。

 長く走って疲労感がまだ残っていた体に、水分と甘さがありがたかった。


「つまり、それぞれの種族に、それぞれの王がいると、そういうことですのね」


 私はキイチゴをフォークで刺して口に運び、きちんと飲み込んでからリアに尋ねた。


「そうですね。今と違って昔は数が多かったですから、古の王の元につくられた俺たちは、それぞれ小さな街を持って暮らしていたんです。あぁ、全てというわけではありませんよ、人狼族は同族意識が強いのでかたまって暮らしていましたが、吸血族や人蛇族は群れることをあまり好みませんからね」


「古の王とは、ルシス様?」


「愚かなルシスは、二番目です。古の王、はじまりの王は、君たち人間……、人族以外の種族の王、ハインゾルデ様です」


「ジルベルト様のお名前は、ジルベルト・ユール・ハインゾルデとお聞きしましたわ。ルシス様は、でしたらルシス・ハインゾルデと名乗っておりましたのね」


「えぇ。ユールは、ユール・ルシス・ハインゾルデと言いました。ジルベルトの名は、ハインゾルデの力を継いだ、ユールに作られた者という意味です」


 ユールという名を呼ぶときに、柔和な声にやや苛立ちが混じるのが分かった。

 口ぶりからして、リアはハインゾルデ以外の王のことをあまり快く思っていないようだ。

 今までの話をまとめると、魔族の王はハインゾルデ様からはじまり、大戦のときはルシス、その後ユールに引き継がれ、二百年ほど前にジルベルト様に変わったということになる。

 魔族とひとくくりにするのは、違うのだろう。異種族の王とでもいうべきかしら。

 人以外の種族を異種族としてしまうのもなんだか違う気がするし、ここは分かりやすいので一先ず、魔族と表現しておこう。

 ジルベルト様が、ユール・ハインゾルデは自分の名前じゃないと言っていた本当の意味がやっと分かった気がした。


「リア様は、古い事をよくご存じですのね。王というからには、いちばんはじめに産まれた人狼族、ということですの?」


「まぁ、古いんでしょうね。俺の事に興味がありますか?」


「全ての物事は対話からはじまると思っておりますわ。あなたを知ることができれば、私がここにいる意味も分かるというものです。それに私たち人は、大戦後にあなたたちのことを忘れてしまいましたの。色々教えてくださり、ありがとうございます。共に同じ国で暮らしていた時代はきっと楽しかったのでしょうね」


 リアの耳が、彼がにこにこと微笑むと同時にぱたぱたと動く。多分嬉しいという事だろう。

 もしかしたら尻尾もあるのかもしれないと思ったが、座っている状態では確認できないのが残念だ。


「大戦からもう千年もたとうとしているのに、力ある俺たちが隠れているのが、そもそもおかしいんですよ。王は新しい命を生み出すことをやめてしまって、俺たちは減る一方です」


「命を生み出すには、王と番うか、人と番うかしか方法が無いと、アスタロト様にお聞きしました」


「不便なものですよ。王が好色であれば、種族の繁栄が望めるのでしょうが、ルシスは女神の器の女に夢中になり、ユールはそれで、姉さんを苦しめた」


 リアの表情に苦悩が浮かぶ。


「あなたの、お姉様?」


「アリアは、俺の姉でした。ユールの唯一の伴侶、ジルベルトの母ですよ」


 つまり、リアはジルベルト様の叔父様にあたる、ということなのだろう。

 ジルベルト様が狼とは揉めたくないと言っていた理由が、分かった気がした。




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