第9話「チートアビリティ」
読んでくださる方々に感謝です
一人の少女が作り出した幻想的な光景。
彼女の言葉に奮い立つ学生達は歓声を上げ、それを目の当たりにした大人達は椅子から立ち上がり彼女に拍手を送る。
そんな様々な音が響き渡る体育館の中、4つの空席がある6つの席の1つに座る紅蘭は、目の前で起きた現象がもたらした効果に文字通り絶句していた。
……バカな。
そんな言葉が自然と漏れる。
純白の少女が去った後、彼が開いたのは自分のステータス画面。
強化効果一覧という項目に目を通した紅蘭は、そこに記載されている文字に目を通した。
『神の祝福を授かりし天使』発動中。
欠損部位含む自動回復。
全状態異常の無効化。
なるほど、ここまではまだ理解できる。
だが、ただ一つだけ。
──全ステータスの補正値を+50とは一体何なのだ!?
しかも光の粒子は会場にいる全員に付与されている。
この明らかにバランスを破壊しているようなアビリティが、この会場内の全員に?
しかも2分間も?
ソウルワールドでは味方の強化や補助を専門とするプレイヤーもいる。
だがどんなにレベルが高くても強化できるステータスは全補正値を+10とか、特定のステータスを+30が関の山だ。こんな多数のバフを広範囲に付与できる奴なんて存在しない。
流石に何度も使えるような類のアビリティではないと思う。
だがそれでも前線の兵力の底力を瞬間的にブーストするには、十二分すぎる効果だと紅蘭は思う。
なんで彼がこんなにも動揺しているのか。
それは簡単な話、このアビリティの恩恵を受ければ誰でも最低“レベル15”分のステータスを得られるからだ。
技術と知能と魔力は人を選ぶステータスだが、なによりも攻撃と防御と速度の三大基本ステータスが+50もされるのはどのプレイヤーでも無駄にはならない。
ソウルワールドはレベル50から途端にレベルが上げづらくなるゲームだ。
特にゲームで上げてきた上位プレイヤー達と違って、現実の未プレイヤー達のレベルは高くてもレベル50〜54までだ。
それは生き返る事ができるゲームと違って、現実では死んだらそこで終了という絶対的な差があるからだろう。
おまけに高経験値を得られるモンスター達はどれもレベル50では苦戦を強いられるモノばかりであり、それを一度も死なずに倒し続けるのは事実上不可能だと紅蘭は推測している。
故に前の世界でソウルワールドをプレイしていない人間達にとって、この世界の『50の壁』は元のゲームの時以上にとてつもなく大きい。
だからこのアビリティでステータスを底上げすれば、軍の被害は今よりも大きく軽減できるだろうし“未踏の世界の裏側”に進出するのにも大きな切り札になる。
ああ、なんで貴女はそんなにも皆の心を引き寄せる事ばかりするのか……。
溢れる思いを、紅蘭は胸中で呟く。
ソウルワールド内で『白の戦乙女』を知らないプレイヤーは存在しない。
魔王城に攻め込む為に集まったプレイヤー達を今みたいに鼓舞して、先陣を切り開いた小さな後ろ姿。
ディザスターとの決戦では常に先頭に立ち、その圧倒的な技術と判断力で最後には魔王を倒した彼女には、その場にいた『七色の頂剣』の誰もが見惚れた程だ。
告白したプレイヤー達は数え切れない程いた。
しかし彼女は『実は僕、男なんだ』という理由でその全てを断っていた。
だが諦められなかった1万人もの同士達は自然と集まり、彼女を愛し守る為の同盟『白の騎士団』を結成した。
騎士達の目的はただ一つ、白の少女を守る事。
そのためには力が要る。
故に入団に必要なレベルは最低でも50と定められ、下位数千人は平均レベル50から59。上位の数十人は平均レベル60というソウルワールド屈指の強豪と化した。
ちなみに自分はその騎士団の副団長をしている。団長は『七色の頂剣』の一人でありソウルワールド最強の『白虹の獅子』の団長も兼ねている『鉄壁の要塞』ガルディアンだ。
何やら忙しい身であるらしく電話で来られないことを物凄く悔しがっていたが、先程の演説で彼も今頃は胸に手を当てて昇天している事だろう。
さて、どうしようか。
椅子に背中を預けて、紅蘭は離れた席にいる龍二に気づかれないように視線を向ける。
隙きだらけで実に腹立たしい奴だ。こんな奴が同じ『七色の頂剣』であり彼女の親友だなんて耐え難い事である。
かと言って嫌がらせをするのは『白の騎士団』の約定『汝よ紳士であれ』を違える事になる。
自分は副団長だ。皆で考えて決めたルールを破るのは人として最低だ。
うん?
さっきの土宮に対する態度は紳士ではない?
そんな事は知らないな。けして彼女と登校して来たことを羨ましいと思ったり、嫉妬したわけではない。
「とはいえ、このままでは不味いか」
思考を切り替えた紅蘭は、呟く。
彼女の演説はこの上なく成功し過ぎた。
この後に壱之蒼を待ち受ける運命は、世界の“注目”ではなく各国の“標的”だ。
……守らなければ。
紅蘭は携帯電話を取り出すと、離席してその場から去った。
◆ ◆ ◆
今日は始業式の後にそれぞれホームルームで連絡事項等を教師から聞き、書類などをもらって13時頃に解散となった。
蒼と龍二と優は再び同じクラスになれた事を喜んだが、始業式の演説でやり過ぎた蒼にホームルームが終わった生徒達が学年性別問わず殺到。
数百人もの規模の告白を一人ずつ丁寧に断ることになった蒼は、全て終わった頃には時刻が15時を回ろうとしているところだった。
しかも学校の外には大量の報道記者達が待機している。
疲れ果てているというのにアレの相手までするのは嫌すぎる。
というか日付が変わってしまうのではなかろうか?
ソウルワールドで優が得意としていた空間魔法で屋上に避難している蒼は、げんなりして横たわり、優に膝枕をしてもらった。
「つ、疲れた……」
「自業自得とはいえ、流石に気の毒ね」
息も絶え絶えの蒼の頭をそっと撫でる優。
その光景を羨ましく思いながらも、学校の外に集まっている車の数に龍二は苦笑した。
「いやー、魔王戦の前におまえが皆の前で演説した時の事を思い出す熱狂っぷりだな。特に今回は最後のバフのせいで更に酷くなっているが」
「発動条件は未だにわかっていないけどね……」
そう言って、自分のステータス画面を表示させる蒼。
『神の祝福を授かりし天使』。
普通のアビリティは使用条件等が記載されているのだが、このアビリティだけは使用条件が書かれていない。
故に体育館での出来事以降は色々ためしているのだが、未だに毛先一つ光らせる事ができない現状だ。
使用方法がわからないアビリティ。これではどれだけ効果がチート級でも宝の持ち腐れである。
そんな事を考えながらボケーっとしていると、不意に優が喉を撫でてきた。
「うにゃー」
気持ちいい。
流石は猫のシロマルを飼っている優だ。
慣れた手付きで撫でる指が、実に程よく喉のラインを刺激してくれる。
何も知らない人が見たら、同じ女子同士が睦まじくしている様にしか見えない光景だ。
しかし蒼が元は男性である事を知っている龍二は、呆れた声で言った。
「おまえ、なんか男の尊厳とか色々なものが欠如してきてないか」
「おとこ? 誰がにゃ?」
「ここには優を除いたらお前と俺以外にいないだろうが」
「──っ!!」
倦怠感でぼーっとしていた蒼は、そこでハッと目を覚ました。
慌てて優の膝から離脱。彼女から距離を取ると、蒼は額にびっしり汗を浮かべて荒い呼吸をしながら二人を交互に見た。
「あっぶないとこだった。普通に自分の事を女の子だって認識してたよ」
「肉体は魂に引っ張られるって昔本で読んだ事があるが、どうやら真逆の事が起きてるみたいだな」
「おいおい怖いこと言わないでくれよ。その理論だといずれ僕の意識が身体に合わせて女の子になるじゃないか」
「現になってたから言ったんだが……まぁ、これもあくまで憶測にしか過ぎないからな」
だが龍二の言葉にも一理ある。
これは体感なのだが、祝福のアビリティを発動した後から自分は女の子だと普通に受け入れてしまっていた気がする。
となると、もしかしてアビリティを発動したら、その回数分完全に女の子化するのか。
実はチートアビリティは呪い付きのアビリティだったのだ!
あんまり知りたくなかった現実に気づいてしまった蒼は頭を抱え、屋上のフェンスに背中を預けると気持ちがどんよりとした。
「うわーい、お先真っ暗」
「蒼、大丈夫?」
「おまえさては心当たりがあるな」
「うん、実はさ……」
この二人には話しても大丈夫だろう、と思った蒼はアビリティを使用した後に心境の変化があり、女体を受け入れていた自分の事を語った。
すると二人は当然、苦虫をかみ潰したような顔をした。
なんとも言えない。
そんなニュアンスを感じ取れた。
「で、でも発動条件がわからないならそうそう汚染される事はないんじゃないの?」
「うむ、俺もそう考えたが逆を言えば発動したら突発的に汚染される事になるから、対策するにはどちらにしても発動条件を探った方が良いかもな」
「デスヨネー」
励ます優と現実を突きつける龍二に、蒼は死んだ魚のような目で返事をした。
これが、地獄ですか?
ソウルワールド内でもお人好し過ぎて、様々なトラブルに首を突っ込んでは解決してきた。
そのせいで色々な勢力やらに注目されて『白の天使』争奪戦なる戦争に巻き込まれた事もある。
全ての発端は自分にあったので、面倒ではあったがトップ共に殴りこんで物理的制裁で戦争を止めた。
色々な事があった。
その全てと比較しても、性転換してからの自分の不幸度合いはぶっちぎりの1位だ。
うなだれる蒼。
その姿に気の毒になった優は蒼の側に寄り添い、ふと提案した。
「ねぇ、もしよかったら今日は私の家に泊まりに来ない」
「え、いや、でも僕は男の子ですよ?」
「今は身体は完全に女の子じゃない。それに今の蒼をあの家に一人でいさせる方が心配だわ」
「で、でも」
「良い? これは私の命令よ。拒否権はないわ」
「あ、はい」
鼻先が触れそうな程に詰め寄られ、思わず頷いてしまう。
龍二はそんな微笑ましいような羨ましいような光景を、複雑な気持ちで眺めている。
そこで、ふと彼は気がついた。
外の喧騒が止んでいる。
何事かと龍二が視線を向けると、校外に張り付いていた人だかりや報道記者達が全ていなくなっていた。
今がチャンス。
龍二は即座に執事に電話を掛けると、二人にその事を伝えて学校から離脱する事にした。