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第85話「四重付与①」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

作者は年末で死ぬほど忙しいので更新が遅くて申し訳ありません。

 時刻は16時。

 何時ものように道場に集まった蒼達は、ヤツヒメに対して整列と礼を済ませてから距離を取る。

 全員、少しばかり緊張の面持ちだ。

 何故ならば約束の期限まで、残り2週間を切っている。

 故に全員と話し合った結果、僕達はここで勝負に出ることにした。 

 優達には以前に自分が風呂場で倒れた原因となった新しい力の事を伝えて、それを切り札とした作戦を伝えてある。

 チャンスは一度限り、今回は最初に持てる力を全て出し尽くす方針だ。

 もしも負けたらとか、後の事とかは一切考えない。

 相手は僕達が以前に戦い、激戦の末に勝利した魔王よりも確実に強いのだから。

 全身全霊で当たらなければ、此方に勝ち目はない。

 戦いが始まる前に、蒼は龍二に囁いた。


「頼むよ、龍二」


「ああ、やるぞ蒼」


 広い道場の中で、ヤツヒメから距離を取って蒼達は陣形を組む。

 前衛を龍二と紅蘭くれない

 中衛に蒼と真奈。

 後衛のサポートにアリスと優。

 それぞれが配置につくと、アリスの攻撃力、防御力、速力の基礎強化魔法が前衛に発動される。

 そこに更に蒼が付与魔法を発動して龍二と紅蘭の武器に、土属性を付与させた。

 これで準備は完了。


「さぁ、始めようか」


 そう言って武器を構えた龍二と紅蘭が、離れた場所にいるヤツヒメ目掛けて駆け出そうとした瞬間だった。

 蒼達の見ている前で、予想外の出来事があった。

 ──天井から巨大な雷が、ヤツヒメの身体に落ちたのだ。

 道場の全域に相手をスタンさせる雷が津波のように広がる。

 咄嗟にアリスが結界を展開すると、雷は龍二と紅蘭を飲み込む寸前で防ぐことができた。

 しかしそれはあくまで魔法の副次効果だ。本来の目的は攻撃ではなく、自身の強化にある。

(……最初からだと?)

 蒼は困惑していた。

 今まで窮地にしか使用してこなかったヤツヒメが〈天衣魔法〉を始まると同時に使うなんて事は、今まで一度もなかったからだ。

 額に汗を浮かべて、前方に顕現した雷を身に纏う白髪金眼の戦巫女を見据える。

 彼女はその視線を受け止めて、ニヤリと笑う。

 しかも驚くことは、それだけでは無かった。

 彼女は右手を天に向けると、声高らかにその小さな口から極限の呪文を紡いだ。


「──いにしえの支配者たる雷の神よ、黒雲を呼び、地を焼払え」


「な、天衣魔法だけじゃなく〈千之剣サウザンドソード〉も序盤で使ってくるのか!?」


 まるで最初の一戦に全てを賭けると決めた、此方の意図に合わせたかのような奥義の連続行使。

 ヤツヒメを中心にして、道場の天井を覆い隠さんばかりの巨大な魔法陣が広がる。

 通常の極限雷魔法〈天雷〉ならば、ここから極大の雷が地面に落ちるのだが、彼女の扱うソレは全くの別物。

 次々に魔法陣からヤツヒメの代名詞である鍔のない無数の剣〈千之剣サウザンドソード〉がその姿を現すと彼女は右手の親指と中指を擦り合わせ。

 パチン、と鳴らす。

 すると目にも止まらぬ速度で、無数の剣が地面に向かって射出された。

 今まで何度もこの身でその刃を受けてきたが、やはりいつ見ても音速以上の速度で飛んでくる極限の剣ほど、この世で恐ろしいものはない。

 小さく舌打ちをして感知アビリティを最大まで拡大、蒼は真奈と共に自衛の手段を持たないアリスと優の前に立った。


「真奈、やるよ!」


「姫様、了解なの」


 並の付与魔法では〈天雷之剣〉に押し負ける。

 選択するのは火、水、土、風の四重付与魔法。

 4色が入り混じり、上級付与魔法〈四天之剣〉が完成する。

 大分負担が大きい付与魔法だが、極限の〈神威〉にくらべればいくらかマシだ。

 蒼は剣を構えると、右から左に大きく薙払った。


「上級魔法剣技〈四聖しせい天破てんは〉ッ!」


 放った斬撃は四聖の獣、青龍、玄武、白虎、朱雀を型取り、迫る〈千之剣〉の半分を打ち落とす。

 しかし打ち漏らした数百の剣が、蒼達に降り注いだ。


 ……く、流石に落としきれないか!?


 速度特化のフェンリルの〈召喚武装〉を纏った真奈がフォローしてくれるが、処理が追いつかない。

 身体の至るところを切り裂かれ、耐久値がどんどん削られていく。

 それは龍二と紅蘭も同様で、懸命に〈千之剣〉を防御しながらも耐久値が削られている。

 それでもアリスの防御強化を貰いながら4人は頑張って耐えると、しばらくして〈千之剣〉が飛んでこなくなる。

 しかし、そこで終わるほどヤツヒメの本気は甘くはなかった。


「どうした、まだまだ行くぞ!」


 地面に突き刺さっている〈天雷之剣〉を引き抜くと、ヤツヒメは鋭く投擲。

 音速を越えて真っ直ぐに飛んできた一投を、辛うじて反応した蒼はギリギリで切り払う。

 しかも一回だけではない。

 2回3回4回と、笑いながら次から次に手にしては投げてくる。

 正に悪夢のような連続攻撃。

 例えるのならば嵐そのものである。

 このままでは押し切られる。そう思い意を決した紅蘭が眦を釣り上げた。


「姫、此処はボクが何とかします」

「紅蘭、何を」

「ボクのニ刀の極技をもって、この状況を打破してみせます」

「そんなことをしたら君は……」

「全滅するよりはマシです。この一戦で決めるんですよね? なら迷う必要はありません」


 後を頼みます、そう言って紅蘭が前に出ると全身に眩い真紅の光を纏った。

 それは双剣士が己の全ての力を使って、1日に一度だけ放てる究極の剣技の一つ。

 紅蘭は左右に双剣を構えると、そこから極限二刀剣技〈竜王ドラグーン連撃ストリーム〉を解き放った。

 蒼達の前で真紅の光を纏った紅蘭が、超高速の連続攻撃で金色の剣を切り裂いていく。

 ヤツヒメは両手に〈天雷之剣〉を握ると、笑った。


「ほう、仲間の為に活路を作るか。その心意気に50点をくれてやろう」


「このまま貴女を倒してみせます!」


「だが考えが甘いようだな」


 紅蘭の必殺の斬撃を、ヤツヒメは何の剣技も使用せずに切り払った。


「なッ!?」


「相手が悪かったな、四葉の小僧」


 双剣士の〈竜王ドラグーン連撃ストリーム〉は一つ一つの斬撃が必殺の威力を持ち、それを超高速の連続で放つのが最大の特徴だ。

 弱点といえば他の極限の剣技に比べれば威力が劣る事で、まともにぶつかれば双剣士の奥義は大抵負けてしまう。

 それでも上級の剣技よりは威力があるので、ヤツヒメの雷の剣でも剣技無しでは真っ二つにされる。

 だが信じられない事に彼女は、紅蘭の刃を受けないように側面を狙ったのだ。

 あの視認する事すら困難な斬撃を前に、そんな芸当をやってのけるとは。


「50点をくれてやろう、出直してこい」


「ぐはッ!?」


 姿勢が崩れた紅蘭を、ヤツヒメが左手の掌底で撃ち抜く。

 一撃で耐久値を0にされた紅蘭は、その場に倒れた。


「アリス、攻撃魔法を。真奈は陣形変更、前に出て前衛を頼む」


「任せるのじゃ、上級土魔法〈砂嵐サンド召喚ストーム〉ッ!」


「わかったなの」


 合図に応じて、アリスの召喚した巨大な砂嵐がヤツヒメに叩きつけられる。

 しかし彼女は、一切の回避行動をしないで吐息を一つ。

 雷の剣を上段に構えると「破ッ!」と気合を込めて振り下ろした。

 すると〈砂嵐サンド召喚ストーム〉は真っ二つにされて、跡形もなく霧散する。


「な、なんじゃと!?」


 背後で驚くアリス。

 剣技なしで、今度は魔法すら叩き切るとは。

 やっていることが化け物過ぎて、全く持って参考にならない。一体どうやれば剣技なしであんな事ができるのだろうか。

 でも紅蘭とアリスのおかげで、龍二とその後ろを走る真奈の2人は、ヤツヒメとの距離を詰めることができた。


「アリス、優、2人を援護するよ!」


「了解なのじゃ」


「任せて!」


 龍二と真奈が切り込むと、2人が魔法を構える。

 ヤツヒメは〈天雷之剣〉左右に握ると二刀流になった。

 しかし剣を2本握ったからと言って、二刀剣技が使えるようになるわけではない。

 構えるヤツヒメに対して、龍二が恐れずに剣技を発動させる


「行くぞ、ヤツヒメ姉さん」


「掛かって来い、龍坊」


 龍二は大剣を地に付けて走らせ、そのまま勢いよく下段から上段に振り上げる。

 初級大剣技〈地走り〉からの中級大剣技〈昇龍斬〉だ。

 それを避けずに真っ向から双剣で受けたヤツヒメは、龍二の膂力によって空高く舞い上がる。

 ……あれ、なんで受けたんだ。

 いつもなら切り払うか避ける従姉が、宙を舞う姿に疑問を抱く蒼。

 その一方でアリスと優が追撃するために魔法を構え、真奈がフェンリルの武装を解除してセラフィムの召喚武装を纏った。


「今がチャンスなのじゃ!」


「アリスさん、合わせるわ」


 そう言ってアリスが展開させたのは、上級土魔法〈砂之サンドランス

 両手を伸ばして、空中にいるヤツヒメに狙いを定める優は中級空間魔法〈封間〉を選択する。

 すると優の魔法がヤツヒメの両腕を空間に固定。そこに容赦なくアリスが生成した砂の槍が、立て続けに5本突き刺さった。

 蒼の見ている前で、ヤツヒメの耐久値が2割ほど削れる。

 真奈は今までフルボッコにされてきた恨みを返さんと、飛翔して破邪の剣を手にヤツヒメ目掛けて振り上げた。


「……ふ、チャンスだと思ったのならそれは大違いだ」


「!?」


 優の拘束を破って、ヤツヒメは右手の雷の剣で真奈の斬撃を防ぐ。

 そして左手に持っていた雷の剣を、地面に向かって投擲した。


「天雷之剣よ、我の命に従いその姿を解き放て」


「アリス、対雷防御ッ!」


 彼女の口から不穏なワードを聞いて、蒼は即座に防御強化と雷耐性強化の付与魔法を発動。

 アリスも即座に応じて、全員に対雷の防御魔法を展開させる。

 その直後の事。

 蒼達の周囲にあった〈天雷之剣〉がその形を崩して、元の極大の雷に戻ると天に昇った。


「ぐ……っ」


 とんでもない高負荷に歯を食いしばって耐えながらも、思わず声が漏れる。

 幾重にも強化しても防ぎ切れない程の威力を放つ天の雷によって、蒼達の耐久値が残り4割まで削られた。

 天に昇る雷が消えると、ヤツヒメの拳を受けて耐久値を0にされた真奈が、そのまま此方に向かって投擲された。

 慌てて受け止める蒼。

 気を失っているが、怪我は防護服のおかげで一切していないようだ。

 ホッとすると、ヤツヒメは鋭い目つきで蒼達に告げた。


「……何を企てようとも同じことよ。貴様等では我には勝てん」


「それはどうかな」


「現実を見ろ。2人リタイアして、残るおまえらの耐久値は残り4割。サポートの要である伊集院も魔力は残り僅か、それに対して我はまだ8割も残っている。この状況を覆せるとでも?」


「まだだ、まだ0になるまで終わりじゃない。諦めたらそこで勝負は終わりだって、昔から僕に言っていたのはヒメ姉だろ」


 だから、と蒼は言葉を続けると。

 ヤツヒメを見据えて、こう宣言した。


「見せてあげるよ、僕の新しい力を」


「時間が掛かるようなら、見せる前に我の刃がおまえを切り裂くぞ」


「アリス、優、龍二、5分だけ技が完成するまで頼むよ」


 ここが分水嶺だ。

 蒼は残っている3人に防御をお願いすると、瞳を閉じる。

 全てのアビリティの使用をカット。

 外に広げていた全ての感覚を、余すことなく自身の身体に全集中させる。

 きっとヒメ姉は怒るかもしれない。

 でも、僕は決めたんだ。

 強くなると。




 さぁ、始めようか──僕自身に四重・・付与魔法を。



 

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