第82話「白銀の指導」
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次に目が覚めると、そこは硬い大浴場の床ではなく、ふかふかの布団の上であった。
あれ、ここは僕達の部屋……。
身体をゆっくり起こす蒼。
隣にはヤツヒメとマーリンが座っており、視線が合うと彼女は安心したのか深い溜め息を吐いた。
「ヒメ姉、マーリンさん……」
「蒼、自分の身に何が起きたのか分かるか」
「えっと……確かお風呂で付与魔法を自分に試した後に、立ち上がろうとしたら立てなくて……」
言われて思い出し、蒼はハッとする。
そう、それから僕は気を失ったのだ。
視線を壁に掛けてある時計に向けると、針は10時を指している。
窓の外が明るいことから察するに、どうやらあの後、自分は10時間以上寝ていたらしい。
優達の姿が見当たらない。きっと今は朝のランニングが終わって、みんなでスライム狩りのクエストを行っている頃だろうか。
まさかこんな形で休むことになるとは、今も外で頑張っている仲間達に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
蒼がしょんぼりすると、ヤツヒメは倒れた件について一切咎める事をせずに一つだけ質問をした。
「従弟よ、7属性の内の何重付与まで試したのか覚えているか」
「うーん、たしか三重付与までだったような気がする……」
記憶が曖昧で、そこまで詳しく思い出せない。
たしか二重付与までは難なくできて、三重付与辺りから負担が重くて解除したはずだ。
それを聞いたヤツヒメは深く頷き、蒼にこう言った。
「従姉としての厳命だ。二重付与までの使用なら許可する。それ以上は絶対に我の許可なく使用するな」
「うん、わかった」
「もしもこれを破ったら、今通ってる学校を退学させて我の監視下に置いて、常に見張るようにするぞ」
「破ったときの代償やばすぎない?」
「なに、破らなければ良いのだ。それとも蒼は悪い子で、我との約束をすぐに破ってしまうのか」
「ううん、そうじゃないんだけど……」
ヒメ姉は真剣な眼差しでこちらを見ている。
口には出さないが、つまりそれだけ倒れた自分の事を心配したのだろう。
よく見ると寝てないのか、目の下に少しだけクマがある。
蒼が視線をマーリンに向けると、彼は苦笑した。
「家族を心配させたんだ。むしろすぐに監視下に置かれないだけ、君は有り難いと思った方が良いんじゃないかな」
彼の言うことは最もだった。
確かに今すぐに実行されないのなら、ヤツヒメから下された厳命は優しいものだ。
何故ならば、自分に三重以上の属性付与をしないように気をつけたら良いだけなのだから。
視線をヤツヒメに戻すと、蒼は彼女の言うことを受け入れることにした。
「……うん、わかったよ。ヒメ姉の言うとおりにする」
「よし、話はこれで終わりだ。今日は組手のメンバーからおまえと真奈を外して、マーリンと力を使う訓練をさせる。異論はないな?」
「4人じゃヒメ姉にリンチにされるだけじゃないかな……」
「そんなやわな鍛え方はしていない。大丈夫だろ」
大丈夫じゃないんだよなぁ。
今日の午後から起きる地獄を想像して、蒼は後で4人に対して謝罪をしようと心の底から思った。
◆ ◆ ◆
マーリンが真奈の監視の下で改めて女子部屋にやってくると、昨日は出来なかった〈オリハルコン〉を更に上位の物質に変化させる修行が始まった。
僕は真奈から渡された金色の球体と向き合う。
しかし何をどうしたら良いのか、まるで分からなかった。
とりあえず手に持ってみるが、黒炎と同じような変化は起きない。
あの時は2枚の羽が生えたような感じがしたので、もしかしたら〈神の祝福を授かりし天使〉のアビリティから何らかの力が発現したりしないだろうか。
試しに蒼は目を閉じて、最近は自分の意思でコントロールできるようになった〈天使〉のアビリティを発動。
この場にいる真奈とマーリンが恩恵を受けて、ステータスの上昇と純白の光に守られるように包まれる。
初めて体験するユニークアビリティの効果に、マーリンが少し興奮した様子で子供のようにはしゃいだ。
「おお、これが例のアビリティの効果か。確かに全ステータスをプラス50も上げるのはすごい事だ。王族達が蒼君を欲しがるのも無理はない」
「でも多用しすぎると僕の男性としての意識が薄まっちゃうので、あんまり使いたくはないですね……」
「ふむ、蒼君にとってのデメリットはそれだけかな」
「え? まぁ、そうですね」
蒼がそう答えると、マーリンは興味深そうに「なるほどね」と何やら意味深な言葉を呟く。
どうしたのか聞いてみると、彼は何でもないと言って首を横に振った。
もう少し追求しても良かったが、この〈天使〉のアビリティには10分の時間制限がある上に、再使用に24時間も掛かる。
あまり悠長にしていると、効果が切れて次に試せるのは翌日のこの時間になってしまう。
時計に視線を向けると、今は午後14時である事を確認できた。
時間は有限だ。気になるが余所見をしている暇なんて今の自分にはない。
そう思うと、蒼はマーリンに対してそれ以上の追求を止めて、手の平にある金色の球体に意識を傾けた。
「……うーん、ダメみたいですね」
5分ほど集中してみて、蒼はため息混じりに呟く。
頭の中に浮かんでくるアビリティは〈魔王を退けし英雄〉〈忍者〉の複合アビリティ等の既存のものばかりで〈オリハルコン〉を変質させるような目新しいものは一つもなかった。
唯一の可能性のあった〈天使〉に関係するアビリティで糸口が見つからないのであれば、ここからは手探りで力の使い方を探さなければいけない。
でもそれは、星明りのない真っ暗な道を宛もなく歩くようなものである。
「マーリンさん、これどうしたら良いんでしょうか」
思わず尋ねると、マーリンは少し考える素振りを見せるとこう言った。
「君は強くなりたいと願ったアイテムを、全く別の存在〈聖獣〉に変化させた。この事例から考えるのならば、強く願う事で何らかの事象を引き起こせるのではないかと私は思う」
「……強く願う、か」
とりあえずオリハルコンを手に、ネームレスの術式に耐えられるような高次元の物質になるように願ってみる。
…………。
しかし、いくら待ってみても変化は起きない。
祈るような姿勢で、ただ時間だけが過ぎていく。
それを黙って観察していたマーリンは、蒼の肩を叩くと願うのを止めるように言った。
「君は今、オリハルコンをどんな物質にしようと思った?」
「えっと、ネームレスの術式に耐えられるような物質です」
「ふむ、なるほどね。でもそれだけでは願いが足りないんじゃないかな」
「……足りないんですか?」
思わず聞き返すと、マーリンは頷いた。
「うん、足りないね。恐らくだけど聖獣に進化したアイテムは願いだけではなく、その姿を正確にイメージしていたんだと僕は思う」
「つまり……オリハルコンを進化させるにはその姿も想像しないといけないって事ですか」
「その通り、でもこれ以上の物質を君は想像できるかい?」
「…………」
手のひらにある金色の球体を見つめる。
両手に持つ金属の重さと硬さは、触れただけで破壊が困難な物だと分かる。
でも、やらなければいけないのだ。
他でもない僕にしか出来ない事なのだから。
そう思うと、マーリンが此方を見るように言った。
「マーリンさ──痛ッ!?」
完全に油断していた蒼の額に、マーリンは軽くデコピンをした。
姫様に何をする、と立ち上がろうとする真奈を彼は杖を向けて制すると、その口元に微笑を浮かべた。
「気負うのは止めた方がいい。肩に入れた力を抜いて、深呼吸をして気持ちを落ち着かせなさい」
「は、はい」
言われた通りにして、肩の力を抜いて深呼吸をする。
素直に従う蒼の純朴さに、マーリンは嬉しそうな顔をすると諭すように言った。
「君が今から挑むのは前代未聞の偉業だ。だからこそ必要なのは、気を張る事ではなくリラックスする事だと言っておこうか」
「マーリンさん……」
「冷静に現状を見つめ直す事で、時として思いがけない発見をする事もあるんだ。だから先ずは落ち着いて、オリハルコンを越える物質のイメージを作ることから始めようか」
なるほど、そういう事か。
すべて理解した蒼は姿勢を正すと、改めてオリハルコンに視線を向ける。
そして真奈にネームレスの術式を見せてもらい、再び深呼吸をした。
「わかりました、先ずはイメージを固める事からやってみます」
こうしてマーリンの指導の下で蒼の修行が始まった。




