第81話「敗北の後」
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「ぬぅ、今日はあと一歩だったのじゃ!」
いつものように夕食前に疲れを癒やすために大浴場に入ると、熱い湯に肩まで浸かったアリスが悔しそうな声を上げる。
今日は遂にダメージを与えたと思ったら彼女の二つ名である〈千之剣〉で一気に全滅させられたのだ、アリスが悔しがるのも分かる。
隣で湯に使っている優も悔しかったのか、アリスの言葉に強く頷いた。
「ほんと、まさかあんな技があるなんて思いもしなかったわ」
「……〈千之剣〉の攻略は極めて難しいと思うの」
「とんでもないよね。魔法士と魔法剣士のスキルを組み合わせてあんな技を作り出すなんて、普通思いつかないよ」
真奈と蒼も、今回のヤツヒメが見せた真の力の衝撃から未だに立ち直れないでいた。
雷対策で〈天衣魔法〉の突破口が見えたと思いきや、まさか空から文字通り千本の剣が降ってくるとは。
しかも何が恐ろしいかというと、彼女は今回ただ上空から〈千之剣〉を召喚しただけなのだ。
もちろんそれだけでも、蒼達からしてみたら必殺技と呼ぶに相応しい威力がある。
だけどアレは絶対に、それだけで終わるはずが無い。
「あるんだろうなぁ、あそこから繋がる必殺技が……」
「魔法剣士と言っておったから、多分魔法剣技だと思うのじゃが蒼様は心当たりとかないのじゃ?」
「いや、あれはもう僕が知ってる魔法剣士とは別物だよ。魔法剣技は基本的には付与した魔法の組み合わせで発動するんだけど、ヒメ姉の場合は魔法そのものを付与魔法で加工してるんだ。正直に言って、あの剣をヒメ姉が全力で投げるだけでも必殺技と呼べるんじゃないかな」
しかもあれは普通の剣ではなく、雷の極限魔法を剣に形成したものだ。
直撃をもらえば、間違いなく一撃で防護服の耐久値は消し飛ばされる。
みんなに聞こえないように、蒼は胸中でため息をついた。
たぶん次からは優の〈封間〉が警戒されるのは間違いない。今回ヤツヒメを追い詰めた戦法は、二度と通じないと思ったほうが良いだろう。
そう思っていると、アリスが「このままでは蒼様が婚約してしまうのじゃ!」と大声を上げて真奈を指差した。
「まだバハムートは〈召喚武装〉に応じてくれないのか! アレがあれば戦況は変わるのじゃ!」
「……バハちゃんは、未だダメだって応えてくれないの」
「くそぅ、あの堅物ドラゴンめ。主の主君のピンチにダンマリを決め込むとは、下僕の風上にも置けないのじゃ!」
そう〈万能の賢者〉こと葉月真奈は、自身の持つソウルワールド屈指の最強召喚獣〈神竜バハムート〉との召喚武装をずっと拒否されているのである。
理由はバハムートいわく、今の状態での〈召喚武装〉を行った場合に真奈の身に何が起きるのか分からないからとの事。
もしかしたらバハムートを武装した負荷で、身体に深刻なダメージを負う可能性もある。
そう考えると、主の身の安全を考えてバハムートが武装を拒否するのは当然の事だ。
アリスもそれは理解している筈なのだが、どうやら今日の負けが相当精神的にきているらしい。
かと言ってバハムートそのものを召喚しても今回は場所が悪い。
いくら皇居の道場が広く作られていても、バハムートがあんなところで暴れたら自分達も危ないし、ヤツヒメからしてみたらただの的だ。
蒼はアリスと真奈の間に立つと、アリスに落ち着くように言った。
「無い物ねだりしてもしょうがない。無理して真奈が倒れたら、傷つくのはアリスだよ?」
「むぅ、そ、そうなのじゃが……」
「分かったなら、この話はこれでおしまい。夕飯が待ってるんだから、そろそろ身体洗って上がろうか」
「……わかったのじゃ」
ムスッとしたアリスの背を押しながら、洗い場に向かう蒼。
まったく手間の掛かる妹のようだ。
少しばかり呆れながらも、アリス達と洗い場に座ると頭を洗い始める。
次はどうやって従姉と戦うか。
髪の毛についた泡を洗い流しながら、実に悩ましい事に頭を巡らせる。
そこでヤツヒメの〈天衣魔法〉を思い出して、ふと蒼は身体をスポンジで擦る作業を止めた。
──そういえば極限付与魔法〈神威〉を今までは剣にしていたけど、それを自分の身体にしたらどうなるのだろうか。
身の防衛の為にいつも女子達と距離を取っている蒼は、ヤツヒメがいない事を確認すると、その場で実行してみた。
「うん?」
「蒼様?」
「姫様、なにを……?」
首を傾げる3人を無視して、蒼の小さな身体が淡い光を放つ。
とりあえずいくつもの選択肢の中から選ぶのは普段〈神威〉に使用する火、水、土、風、雷、光、闇の7つの上級付与魔法。
いきなり全部付与できるのかは分からないので、とりあえずは一つずつ試してみる。
今回は壊れる恐れのある武器ではなく自分の身体なので、普段使っている耐久強化などは全て省く。
選択した属性を自分の身体の中に束ねるイメージで、一つずつ付与していく。
火属性、水属性、土属性……。
基礎である火と水と土の付与が無事に完了。
残るは風属性なのだが、付与しようとした瞬間に明らかな異変が起きた。
「ぐ……っ」
身体に重くのしかかる負荷。
まだ3つしか付与していないというのに、身体の中が熱くなり全ステータスが一気に上昇するのを感じる。
そして魔力は膨れ上がり、純白の光となって蒼の小さな身体から漏れ出した。
制御は、辛うじて出来ている。
しかし3つの属性でこの調子では、次の4つ目の風属性の付与をしたらどうなるのか想像もつかない。
やめておいたほうが良い。
ソウルワールドで培った自分の直感が、ここから先に踏み込んではいけないと警鐘を鳴らした。
4属性を自身に付与したらどうなるのか魔法剣士として興味はあるが、無理をして周りに迷惑をかけるのは宜しくない。
蒼は付与魔法を途中で解除する。
すると全身を満たしていた強大な力は、あっという間に霧散して消えた。
「……ぷはぁ!」
内側からの圧迫感から開放された蒼は、大きく息を吐く。
4つ目以降の付与はヤバそうな感じはしたが、手応えとしては十分。
これは後日の昼のクエストで、手始めに2つ付与した状態を試してみるか。
身体を洗い終わると、蒼は立ち上がろうとして──
「え?」
力を失い、その場に倒れた。
慌てる優達の叫び声が、何度も聞こえる。
まさか、さっきの三重付与の影響なのか。
蒼は歯を食いしばるが、力が全く入らない。
意識を保つことさえ困難になると、彼はそのまま気を失った。




