第80話「千之剣」
いつも読んで下さる方々に感謝しております。
マーリンの話が終わった後の事だ。
本日も夜遅くまで〈決闘〉は行われ、武器を持っている蒼達は一本の木刀を手にしたヤツヒメ相手に苦戦していた。
額から流れ落ちる汗。
積み重ねられた疲労によって震える膝。
体力の限界が近い、と蒼は自分の身体の状態を冷静に分析する。
「はぁはぁ……ほんとかすりもしない」
防護服の耐久値は全員残り5割だ。
対するヤツヒメは1ミリも減っていない。
彼女はいつも攻撃が当たる瞬間に〈天衣魔法〉を使用して、戦いが終わると解除するので今は通常状態だ。
それなのにボコボコにされている理由は唯一、長期戦によって彼女と自分たちの体力の差が見事に出ているからである。
常に全力で戦っているため、こちらは全員息が上がっている。2週間前はこの時間は立ち上がる事すら困難だったことに比べれば、すごく進歩していると言えるだろう。
それに対して、常に5人を相手にしているのにヤツヒメは全く呼吸が乱れていない。
かれこれ5時間は戦っているというのに、なんという体力か。
此方の出方を伺っているヒメ姉に対して、しびれを切らした紅蘭が前に出た。
「紅蘭!?」
「姫、ボクがヤツヒメ様の隙を作ります」
そう言って彼が発動したのは、上級二刀剣技〈龍旋風斬〉。
畳の上を駆ける赤髪の少年が、高速でヤツヒメに接近すると同時に勢いのまま両手の剣を振るう。
双剣士の代名詞とも言える高速移動を利用した斬撃〈龍閃〉と両手の剣で竜巻のように舞い、敵を切り刻む〈旋風斬〉の合わせ技だ。
ヤツヒメは高速で動きながら放たれる嵐のような連撃に対して、後ろに下がり避けながら右手の木刀で巧みに打ち合うと深くうなずいた。
「ふむ、合わせ技とは面白い20点」
木刀一本で二つの斬撃を弾くと同時に、紅蘭の胴体に雷を纏った高速の蹴りを放つ。
防御も回避もできなかった紅蘭は直撃を貰い、そのまま道場の壁に弾丸のような速度で衝突した。
道場の全体に響き渡る程の轟音。畳の上に倒れた赤髪の少年の防護服の耐久値が0になる。
1人倒したヤツヒメは木刀に雷を纏うと、背後から迫っていた龍二の大剣から繰り出された右から左にかけての薙ぎ払いを、上段から振り下ろした斬撃で叩き落とした。
「く……ッ」
「狙いは悪くない30点」
ヤツヒメは畳に突き刺さり止まった大剣を踏み台にすると、そのまま飛び膝蹴りを龍二の顔面に叩き込んだ。
クリンヒットした一撃は、龍二の耐久値を一気に0にする。
何とも容赦のない事だ。
普通ならば病院送りになるが、防護服の効果でそこまで痛くはないはず。
紅蘭と龍二の犠牲を無駄にしないためにも、ヒメ姉が空中にいる今が最大のチャンス。
畳み掛けるために接近していた蒼と真奈は、アリスから複数の強化魔法を貰って左右から空中にいるヤツヒメに同時に切り込んだ。
この2週間で雷属性は彼女に吸収されてパワーアップさせてしまうのが発覚したので、メインに選択するのは雷属性の天敵である土属性。
蒼は真紅の剣に土と火の属性魔法を二重付与させると、上級魔法剣技〈祇炎斬〉を放った。
真奈は土の精霊ノームを召喚武装すると、身の丈程ある長剣を容赦なくヤツヒメに振り下ろす。
「タイミングは良い、60点をやろう」
避けれないと判断したヤツヒメが空から雷を召喚して〈天衣魔法〉を発動させる。
周囲を彼女が纏った雷の余波が襲い、近くで倒れている龍二は〈決闘〉の仕様によって結界に守られる。
蒼と真奈はアリスから事前に雷耐性強化を貰っていたので、雷の余波を浴びてもスタンしなかった。
ならばとヤツヒメが蒼からの被弾を覚悟して、先ずは真奈を片付けるために必殺の一撃を放とうとする。
「む? これは!?」
だがしかし、一瞬だけ彼女の腕の動きが止まる。
何事かと思ったヤツヒメの視線の先には金髪碧眼の少女──水無月優が両手を向けて、彼女の腕だけに〈封間〉を発動している光景だった。
中級空間魔法〈封間〉は指定した対象の動きを、空間を狭める事で制限する魔法だ。その効果は範囲を小さくすれば、より効果が高くなる。
今までは全身を指定していたので、すぐに破られてしまった。その経験を元に考えた彼女は、片腕だけに限定して固定したのだ。
流石のヤツヒメといえども、腕だけに集中した優の拘束からは容易には抜け出せない。
だが彼女の力ならば、それも数秒あれば破ることはできるだろう。
しかしこの状況では、その数秒が命取りとなる。
──行ける!
僅かに動きが止まったヤツヒメに、左右からの斬撃が容赦なく叩き込まれる。
すると今まで無傷だった彼女の巫女衣装の耐久値が、大きく4割ほど削れた。
この訓練を初めてから2週間、初めてのダメージである。
しかし蒼達が喜んだのも束の間、ヤツヒメが暗く鋭い眼光を宿すと上空に巨大な魔法陣が展開。
そして彼女の口から、呪文が紡がれた。
「古の支配者たる雷の神よ、黒雲を呼び、地を焼払え」
それは蒼が聞き慣れたフレーズ。
アリスが得意としている雷の極限魔法〈天雷〉が来る。
呪文から何が来るのか理解した蒼とアリスは、素早く生き残っている4人に雷に対する防御魔法を展開させる。
しかし魔法陣から放たれたのは、極大の破壊を齎す雷ではなかった。
姿を現したのは、刃と柄だけのシンプルな作りの剣。
それが中心にいるヤツヒメや〈着装〉が解けた龍二と紅蘭を避けるように、無数に地面に突き刺さった。
「がはッ!?」
「……ッ」
「な、何なのじゃこれは……」
「う、嘘でしょ……」
剣に切り刻まれた蒼を含む4人は、耐久値が0になって〈Lose〉の文字が表示されると畳の上に倒れる。
そんな蒼達の周囲には、雷によって作られた無数の剣が突き刺さっていた。
雷ならば普通は、有利属性である土で無効化できるはず。
なんでダメージを食らったんだ。
防具服が解除されて神威高等学校のワンピース型のセーラー服に戻った蒼が困惑すると、その前に立つヤツヒメが嬉しそうに言った。
「良くぞ我に〈千之剣〉を使わせた。おまえらを心の底から褒めてやろう」
それは蒼達を強者として認めた言葉。
だが今はそんな事よりも、蒼の頭の中を占めるのは彼女の雷の剣に対する疑問だった。
「なんで、雷でダメージが……」
「ふ、まだ気づかぬか。よく見てみろ従弟よ。これは雷であって雷に非ぬ剣だ」
言われて、蒼は目の前にある雷の剣を洞察アビリティで観察する。
するとそこには、とんでもない情報があった。
〈天雷之剣〉
ヤツヒメの極限魔法によって形成された剣。斬撃強化、切断強化、耐久強化、硬質化等の付与魔法と複合されている。
ふ、付与魔法だと。
蒼が思わずヤツヒメを見ると、彼女は微笑を浮かべた。
「ネタばらしをしよう。我の第一職業は魔法士、第二職業は魔法剣士だ。この剣は極限魔法を魔法剣士の付与魔法によって複数の剣に形成したものでな、無論だが我以外が触れたら極限の雷によって焼かれる」
「う、ウソだろ……」
付与魔法を武器や身体能力の強化ではなく、魔法を剣にする為に使うなんて想像したことすらない。
アリスが魔法を剣の形にしたりするが、それはあくまで形だけだ。実際に切断能力や物質化しているわけではない。
恐らくはソウルワールドで数多の敵を葬ってきたであろう、無数の〈天雷之剣〉を見て蒼は戦慄する。
これが本気を出した〈十二神将〉の1人〈千之剣〉の本当の力。
地面に倒れた仲間達を見ると、最後に蒼はヤツヒメを見上げた。
雷を支配する皇女は挑戦的な視線を向けると、こう言った。
「さぁ、これをおまえらはどう攻略する?」
その彼女の問い掛けに、僕は答える事が出来なかった。




