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第8話「天使」

 ある程度生徒達を整列させた蒼は、後を教師達に引き継いで始業式の出番が来るまで待機室で待つことになった。

 要人を迎えたりする時もある為か、部屋に置いてある椅子やテーブルはどれも高そうな物ばかり。観葉植物もキチンと手入れされていて、床にはゴミ一つ落ちていない。

 清潔に保たれている部屋の様子に感嘆しつつ、先程全校集会に出ていかれた女教師がアンティーク物っぽい器に注いで出してくれたコーヒーを手に取る。

 香りが良い。これもきっと高いんだろうな、と蒼は一口飲んだ。

 すると程よい苦味と共に濃厚な旨味が口の中に広がり、疲れた身体に染み入る。

 一体何の豆を使っているのだろうか。

 そう思いつつも、自分にわかるのはブルーマウンテンとかキリマンジャロといったスーパー等で市販されている豆の種類だけだ。聞いたとしても知らない豆の事を説明されて頭の上に?(はてな)マークを浮かべるだけだろう。

 少しだけ気持ちが落ち着いた蒼は、椅子に背を預けてとりあえず携帯電話を取り出す。

 何をするのかというと、ニュースで情報収集だ。

 流石に手持ちの情報だけではこの後演説はできない。

 蒼が調べたのは、先ずはモンスター達の脅威度について。

 すると一発で出てきたのは、モンスターによる年間被害者の数だった。

 民間人の被害はおよそ日本国内で180万人。大体1か月に15万人亡くなっている計算だ。

 モンスター達は主に街の外にある巣から出現するものと、突如出現する2種類があるらしく、全て倒したからといって再び自然に出現するので根本的な根絶は不可能。

 しかも巣のタイプは時間を置けば永久に湧いてくるらしく、隊員の精神と肉体に対する負担が大きい。だから今は錬金術師と魔法師の合同によって製造された特殊な探知機と龍脈を利用した魔法の大砲で、内側と外側に湧くモンスターを対処している状況らしい。

 そして調べたのは民間人と国を守る軍の強さ。

 民間人は幼稚園成から中学生までは義務教育としてモンスターとの戦い方、逃げ方などを教わるらしく、平均的なレベルは30前半くらい。これでは中級クラスのワイバーンなど相手したら即死ものだ。

 そして軍のレベルは大体どこの国も平均50くらいで、近年で一番高いのは僕達を除けばアメリカにいるレベル54くらいか。

 ソウルワールド内にはレベル60でも苦戦する敵は沢山いる。

 その内の一体のレアモンスター『豪鬼』が先月街の中に出現したらしく、討伐に向かった平均レベル50の隊員はその半数が死亡していた。

 ふむ、つまり世界にとってモンスターは凄く脅威。しかしソウルワールドの仕様上レベル50から成長経験値が倍になるから、強いモンスターが現れると軍が出ても多数の被害が出ると。

 死ぬということは、ゲーム感覚で戦うと痛い目を見そうだ。

 そう思った蒼は、携帯電話をポケットにしまった。

 ……………………………………静か、だな。

 やることを終えた静寂の中、小さな唇で呟く。

 着替えが終わった後、優とは体育館前で別れたので今は隣にはいない。きっと今頃は同級生達の列にならんでいる事だろう。

 時計を確認してみると、現在は午前10時だった。

 まだ性転換してから3時間しか経っていないのだ。

 自分が女になって取り乱してから、優はずっと親身になって側にいてくれた。

 その優しさに甘えていた蒼は、一人だけとなった今の状態を少しだけ心細く感じた。

 流石にちょっと、疲れたかな。

 ふと蒼は、自身の保有しているアビリティで近場に人がいないか確認する。

 待機室の周囲には学生は勿論のこと教師達もいなかった。唯一の出入り口には警護として千鳥姉妹がいるので、何かあれば彼女達が知らせてくれるだろう。

 というわけで、気を抜いても問題はなさそうだ。

 どっと先程の疲れが押し寄せてきた蒼は、そっとテーブルに突っ伏した。

 そして心の中で「龍二、アイツなにやってんだよぉ」と嘆いた。

 まさか同じ『世界七剣』の一門の御曹司と本気の戦いを始めようとするとは思いもしなかった。

 あそこで止めなかったら、きっと2人は体育館が更地になるまで死闘を繰り広げていたかもしれない。

 あの場を満たしていた殺気は、それだけの凄味に満ち溢れていた。

 しかも、あの赤髪の少年は魔王ディザスター討伐の時に共に戦った『七色の頂剣』のメンバーの1人だ。

 プレイヤーネームはホムラ。ソウルワールド内では『紅蓮の双剣士』の二つ名で有名であり、対人戦をメインにしている『決闘者デュエリスト』達の中でも一位の勝率を維持している天才という奴だ。

 普段は温厚な彼がなんで龍二と険悪な空気になったのかは知らないが、自分の介入で止まってくれたのは非常に助かった。

 と言っても、その後ずっと熱烈な視線を感じていたので、とても嫌な予感がしているのだが……。

 このパターンだと、また求婚されそうな気がして嫌だなぁ。

 ゲームの中でも彼には何度か告白されている。

 お決まりの展開がとても想像しやすくて頭を抱えたくなった。


「はぁ、家に帰りたい」


 性転換で頭の中はいっぱいだというのに、何故にトラブルがやって来るのか。

 そんな事を考えていると、アクティブにしている感知アビリティに反応が一つ。

 突っ伏していた蒼は姿勢を正すと、身嗜みを整える。

 ノックをして入ってきたのはコーヒーを入れてくれた女教師。

 出番が来たことを聞いた蒼は、一時の休息に別れを告げて出陣するのであった。





◆  ◆  ◆





 休憩室から出て体育館までは5分も掛からない。

 先程まで学生達の談笑で賑わっていた校内も今は静寂が支配している。

 そんな誰もいない道を歩き、しばらくして女教師の案内で体育館の裏口から中に入ると、そこから舞台裏まで到着するのはあっという間だった。

 うーむ、これは凄い。

 ちらりと舞台裏から伺える、広い体育館内に収まったおよそ900人以上の学生徒達。

 その人口密度に圧倒されつつも、前に立つよう促された蒼は校長が先程まで立っていた場所まで歩く。

 身長が低いからか、舞台の上にある演台には足場が設けられていた。

 心中で非常に悔しいと思うが、この身体では演台に隠れて学生達から自分の姿が見えなくなる。

 仕方なく足場に乗ると、蒼はそこから全体を見渡した。

 談笑をしている者は一人もいない。

 皆真剣な面持ちで、或いは白髪の少女の容姿に見惚れ、此方を見ている。

 龍二とホムラは二階の真ん中の傍観席っぽいところに、限界まで間を空けて座っていた。

 僕は龍二を睨みつけたかったが、こんなお立ち台でそんな事をしたら色々ヤバい気がしたので我慢。

 ホムラは嬉しそうに手を振っていたが、反応に困るので無視。

 他にはスーツを着た偉そうな人達が二階の左右に座っているのが見えた。

 そういえばこの始業式は、校長が世界的に注目されてるとかどうのこうの言っていた気がする。

 そんな偉い人達の前で挨拶するの?

 僕が?

 ふとそう思うが、ここまで来てしまったのだ。魔王戦の前に集まったプレイヤー達に演説したように、挨拶から始めたらなんとかなるだろ。

 そんな半ば投槍な気持ちでマイクを手にすると、蒼は徐に口を開けた。


『皆様、おはようございます』


 静寂の中に、蒼の透き通るような優しい言葉が染み渡る。

 誰一人として、その姿から目を逸らさない。

 蒼は彼らの真っ直ぐな視線を受け止め。


『本日はお日柄もよく、先ずは私達が2学期を無事に迎えられる事を心からお祝い申し上げます』


 皆を、真っ直ぐ見返す。

 消して顔を背けたりはしない。

 強い心を持って、共に並ぶ者として。


『私達はこの国を守る力です。世には力なき市民を脅かすモンスター達が蔓延り、多くの悲しみが今もなお生み出されています』


 その言葉に、涙を浮かべ顔を伏せる学生の姿がちらほらと見かけられた。

 恐らくは、家族か知り合いの死亡がモンスターによるものに改変された人達だろうか。

 そうでなかったら、こんな薄っぺらい演説のどこに感動する要素があるのだろうか。

 語っているのは自分だが、正直な話これに泣ける者達は涙腺が脆すぎると思う。

 そう思いながらも。

 僕は自分の熱と思いを、再度認識する。

 ソウルワールドがもたらした一番にして最大の不幸は、自分を性転換させて人生をメチャクチャにした事だ。

 少年が少女になった?

 しかも世界的ご令嬢?

 ふざけるなよ。

 ソウルワールドの運営がどうやってこんな神業をやったのかは分からない。

 そこに、どんな理由があったのかは知らない。

 しかし、これだけは絶対に言える。

 僕はクソ運営を許すことはできない、と。


『故に今の私達がやるべきことは、この学園で学び、鍛錬を続けることです!』


 自然と言葉に力が入る。

 理不尽に人生を変えられた事に対して、悲しみが転じて怒りとなる。

 それがトリガーとなったのかは分からない。

 誰もが見つめるその先で、蒼の身体が淡い光を纏い始めた。

 しかし演説に夢中になっている僕は、その事に気づかない。

 やがて淡い光は頭の天辺からつま先まで覆うと、背中から広がり2対の光の翼となる。

 それは正しく『天使』。

 淡い光を纏い翼を生やした少女はマイクを片手に足場から降りると、そのまま演台の前に歩み。


『共に強くなりましょう。奪うのではなく、奪われないために!』


 演台の前で立ち止まった蒼は、自身に起きている事に一切気付くことなく。

 声を上げて、目を閉じて祈るように皆に告げた。 


『ですが、これだけは忘れてはいけません。私達は一人ではない。その隣には私や苦楽を共に戦う仲間がいる事を……』


 演説を終えると、淡い光が体育館全体に広がり、平等に温かく全ての者を包む。

 直後に会場内を震わす程の歓声が上がった。

 男女関係なく皆感動に打ち震え、涙を流しながら「蒼様、一生ついていきます!」「奇跡だ! 天使様の本当の奇跡だ!」「大好き! 愛してます蒼様!」と口々に叫んでいる。

 ふふふ、我ながら上手くいった満点だ。

 龍二やお偉方の顔なんて見る必要はない。

 満面の笑顔で手を小さく振りながら、舞台の裏側に去る蒼。

 すると待機していた校長や教頭からも「歴史に残る演説でした」と絶賛の言葉をかけられる中、ふと蒼は気がついた。

 ……え、何か校長達の身体光っておりません?

 それは気のせいではない。

 冷静さを取り戻した蒼は、次に自分も光っている事に気が付くと慌てて退場した会場を物陰から見渡した。

 するとやはり、体育館内も純白の光で満たされていた。

 これって僕の仕業なのー?

 その疑問に答えるかのように、目の前にメッセージウインドウが出現。

 そこにはこう書かれていた。

 『神の祝福を授かりし天使』発動中。

 自身を信仰する者達に祝福を分け与える効果。

 2分間全ステータスに+50の補正。受けたダメージ(欠損部位含む)再生効果の付与。全状態異常の無効化。


 な、ななななんだこのチートアビリティは!?


 驚きのあまりその場で固まってしまう蒼。

 歓声が止んだのは、時刻が11時になりチャイムが鳴り響いた頃だった。



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