第78話「白銀の魔法士」
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あの場から、逃げるように出て来た蒼の顔はとても暗いものだった。
その顔に浮かんでいるのは、天使として初めて発現したアイテムを生き物に変換した力に対する悩みと、親友から逃げるように出てきてしまった自分に対する嫌悪感。
どこに行こうとも考えずに皇居内を歩きながら、白髪の少女はとりあえず目の前にあった庭園エリアに足を運ぶ。
ちゃんと手入れされている広い庭を歩きながら、蒼は溜め息を一つ吐く。
はぁ……。
一体どうしたら良いのか分からない。
蒼は何度も自分の身体の内にある〈女神のソウル〉に意識を向ける。しかし女神のソウルが、彼に応える気配は全くなかった。
しかも先程の身体の底から湧き上がってきた力が、嘘みたいに消えている。
例えるのならば、まるで津波のようにやってきたのが引いて、今は静寂だけが自分の中を支配しているような感じだった。
次は一体いつ爆発するのか。
本当に困ったものだ。
自分で歩く核爆弾みたいだな、と思っていたらまさか親友の前で力が暴発するとは思わなかった。
驚いた様子の龍二の顔を思い出して、蒼は2度目の深い溜め息を吐いた。
「本当に、面倒な身体だよなぁ……」
スサノオは自分にこう言った。
先駆者がいない以上、天使の力の制御の仕方は蒼が自分で探すしかないと。
相手が倒せるものならば燃えるが、掴みどころが見当たらないものに対してはどうしようもない。
唯一わかっていることは、先程勝手に発動した〈天使の力〉はアビリティやスキルとは全くの別物という事だけ。そして意識を向けたからといって、簡単に引き出したりできるものでもないという事。
せめて勝手に発動しないようになれば、良いのだが……。
蒼は1人庭園に備え付けられているベンチに腰掛ける。
するとしばらくして、誰かが隣に腰掛けた。
1人でいたい気分なのに、一体誰だ。
もしかして逃げるようにあの場から去った自分を、龍二が追いかけて来たのだろうか。
そう思って隣に座った人物を見ると、蒼は目を見張った。
「やぁ、お悩みかな美しいお嬢さん」
……誰?
全く見知らぬ少年が、そこにいた。
癖が強く肩まで伸ばした髪の色は白銀。ルビーのような真紅の瞳をしていて、その容姿はとてもよく整えられている。
身に纏っているのは、髪と同じ白銀色の上質なローブ。手に持っている杖はシンプルな作りをしているが、アリスの持っている最上位の杖と同じ宝玉が先端に付いている。
見た目から察するに、第一職業は魔法使いだろうか。
蒼が観察していると、不思議な雰囲気の少年は爽やかな笑顔で名乗った。
「壱之蒼君、初めまして。私は魔法士マーリンだ」
「は、初めまして。……それってプレイヤーネームですよね?」
「うん、そうだね。君と同じソウルワールドのプレイヤーだよ。最近はこっちがしっくりくるから、本名よりもこちらの方を名乗るようにしてるんだ。だから安心してほしい、私は怪しいモノじゃない」
「…………」
いやメチャクチャ怪しいだろ。
むしろ、怪しさしかないと言っても良い。
そもそもここは皇居内である。
特訓を始めた日にヤツヒメは風呂場で、蒼がいる間は絶対に他の人はこのエリアには近づけさせないと言っていた。
男性は特に禁止すると断言したヤツヒメが、1人を特別に許可するとは考えにくい。
ここ2週間で実際に見かけていたのはメイドの人達くらいで、警備員の人ですら女性以外は全く見かけないのだから。
つまりどういう事なのかと言うと、ヤツヒメが目を光らせている現状で、このマーリンという少年が此処にいる事は絶対にあり得ない事なのだ。
名前を知られていることに関しては、自分が有名だから気にしないが。
警戒する蒼の様子から察したマーリンは、少し考える素振りを見せると困ったような顔をした。
「本当は姿を現す予定は無かったんだよ。王子様から君を見てきて欲しいってお願いされてね、遠くから眺めてるだけの予定だったんだ」
「それで、なんで危険を冒してまで僕の前に現れたんですか」
「理由は簡単だよ。私は初めて君が公の場で演説したのを見てファンになったのさ、そんな君が暗い顔をしていたら誰だってほっとけないだろ?」
そう言って綺麗にウインクするマーリン。
何だか胡散臭い口実だと、蒼は思った。
この状況で信用できるかと言われたら、正直に言って全く信用はできない。
見たところ悪い人ではなさそうだが、先程から洞察アビリティでステータスを見れない事を考えるに、恐らくはレベル90を越えている可能性がある。
となるとこの人はヒメ姉達と同じ〈インフェルノ〉マップにいたトッププレイヤーの1人のはず。
でもどんなに優れた魔法使いだろうと、今の僕の問題を解決できるとは到底思えない。
だから蒼は正直に言った。
「はぁ、でも王様がさじを投げてる僕の力の問題を、貴方にどうにかできるんですか」
「うん、正直に言って無理だね」
「ッ!?」
胸を張って自信満々に答えたマーリンに、危うく蒼はベンチから滑り落ちそうになった。
予想はしていたが、ここまで堂々と言われると実に腹立たしくなる。
一度ぶん殴ってやろうかこのイケメン。
やっぱりただの野次馬ではないか、人が真剣に力について悩んでいるというのにふざけるなよ。
怒りのオーラを纏った蒼が握り拳を作ると、マーリンは余裕のある態度を崩さずに続けてこう言った。
「でも君のところにいる賢者様が使用方法を探ってる術式、アレを使えば今回みたいに暴発はしなくなるんじゃないかな」
「適当に言ってるんじゃないんだよね」
「もちろん、真剣に答えているとも。ただ問題は術式を付与して、それを発動できるだけの魔力を秘めた〈媒体〉がこの世界には存在しないことかな」
「その話をどこで……!?」
今術式の使用方法を探して、あれこれと試している真奈が一番頭を悩ませている問題だ。
当然だが蒼も最近教えてもらったばかりなので、この事を知る者は他には皇居にいる仲間達とヤツヒメしかいない。
そしてヤツヒメが海外留学で仲良くなった他の王族にも協力してもらい、皇女としての全権力を使って探している物である。
驚く蒼の反応にマーリンは、楽しそうに微笑を浮かべた。
「ふふふ、この星の上で私が知らない事は存在しないと言っておこうか」
「……貴方の言うことが、もしも本当なら」
「ああ、申し訳ないけど断言しよう。名無しの神の術式に耐えられる物は、この世界には存在しない。そもそもアレは偉大なる女神と同列の存在だ、そんな神の如き力に耐えられるのは、恐らくは同じ神の力で作った物しか無理だろう」
「同じ神……ッ」
頭の中にひらめいた一つの方法に、蒼はマーリンの顔を見る。
すると彼はよくぞ気づいた、と言わんばかりの嬉しそうな表情を浮かべていた。
「そうだ、無ければ作れば良い。そしてそれは他でもない君にしかできない事だ」
「でも僕は、力の制御ができなくて困ってるんだけど」
「道具を生き物にするわけではないからね、レジェンド級のアイテムを使えば難易度はそこまで高くないはずだ。もちろん、私も力を貸すよ。王族を沢山指導してきた知識を全て使って、魔法士マーリンの名の元に全力で〈世界の王〉のサポートをしてみせよう」
「ありがとうございます、マーリンさん!」
確かにレジェンド級のアイテムを用意できるのならば、可能なのかもしれない。
それに彼に王族の指導経験があるとは、これほどまでに心強いことはない。
先程まであった不信感とか怒りは全て消し飛び、嬉しさのあまり思わずマーリンの手を握る蒼。
その瞬間の事である。
空から、2人の真横に雷が落ちた。
──あ。
ゆっくり視線を向けると、そこには〈天衣魔法〉を身に纏って白髪金眼の少女となった従姉のヤツヒメが鬼のような形相で立っていた。
ヤバい。
紅蘭との接触すら常にこめかみに青筋を浮かべている従姉だ。白髪の少女が見ず知らずの男性の手を握っている光景は、どう考えてもアウトだ。
頭の中に浮かんだのは、目の前にいる誰が見ても怪しさ満点の少年の死。
それを回避する為に蒼が口を開こうとしたら、その前にヤツヒメがマーリンの胸倉を掴んで物凄い剣幕で言った。
「久しぶりだなマーリン、今までどこにいたこのろくでなし野郎!」
「アハハハ、君は相変わらず怖いなぁ。せっかくの美しい顔が台無しだよ」
「おまえがペラペラと蒼の事を〈騎士王〉に話したもんだから、我々がどれだけ苦労してると思ってるッ!」
「その件は手紙で何度も謝ったじゃないか。そろそろ許してくれないか」
困った顔をして前後に激しく揺さぶられるマーリン。
2人の慣れ親しんだやり取りを見て、呆気にとられた蒼は恐る恐るヤツヒメに尋ねた。
「ヒメ姉とマーリンさんは知り合いなの?」
「あー、知り合いもなにも、コイツはソウルワールドで我々のパーティで中衛兼サポートを担当していた1人だ」
「は? ちょっと待って、という事はマーリンさんは」
困惑する蒼に、白銀の髪の少年は恭しく一礼をすると改めて名乗った。
「私は呉羽達の仲間の〈十二神将〉の1人。〈白銀の魔法士〉マーリンだ。蒼君、気軽にマーリンと呼んでくれ」
「な、なんだってーッ!?」
本日2度目になる白の少女の叫び声が、皇居内に響き渡った。




