第77話「天使の片鱗」
いつも読んで下さる方々に感謝しております。
喋るアイテムに僕が驚きのあまり大声を上げた事で、他の場所で狩りをしていた仲間達が慌てて集まってきた。
とりあえず紅蘭達には黒炎の事は秘密にして、希少で逃げ足の早い〈メタルスライム〉が出て逃げられたと誤魔化すと、龍二からは黒炎に関して後で話をする事でこの件は保留となった。
クエストを完了して、6人で昼食を済ませるとそこからはいつも通り自由時間となる。
アリスは本日も疲れを癒やすために昼寝を選び、真奈は半分以上進んでるらしいネームレスの術式の解読の続きを始めた。
紅蘭と優が付き添いを申し出てきたが、蒼はそれを断り今日は1人で散歩すると言って抜け出してきた。
と言っても散歩はもちろん嘘であり、行き先はこの時間は修行していると思われる龍二のところだ。
なんでも彼はヤツヒメには修行の内容を話しているらしく、特別に道場を使わせてもらっているとの事。
道場の方に行くと、そこには座禅を組んでいる神威高等学校の制服を身に纏う少年の姿があった。
靴を脱いで道場の中に入る。
すると感知アビリティで蒼の存在に気づいていた龍二が、そっと目を開いた。
……あれ?
その姿に蒼は既視感を覚えた。
座禅を組み、短い白髪にオッドアイの青年の姿が一瞬だけ龍二の姿と重なる。
驚いて思わず両目を擦ると、そこに座っていたのはいつもの短い黒髪とオッドアイの少年の姿だった。
疲れてるのかなぁ、と蒼は首を傾げると龍二に歩み寄る。
「ごめん、邪魔しちゃったかな」
「いや、大丈夫だ。さっき無理しちまったから、今はソウルを感じる修行をしているだけだ」
「やっぱりさっきの技って負担が大きいんだね。そんな状態で今日のヒメ姉との戦いに参加しても大丈夫なの?」
「普通に戦う分は問題ないから心配するな。でも器に大分負担かけちまったから、今日はずっと座禅だなぁ」
『だから逃げろと申したのだバカ者め』
自分の忠告を無視した相方に、畳の上にある黒炎は苦言を呈する。
実際に蒼がいなければ龍二はドラゴンブレスの直撃をもらい、最悪の場合死んでいた可能性が高かったらしい。
流石にこれは龍二が悪いので、僕は黙ってみている事にする。
龍二は申し訳なさそうな顔をすると、怒る黒炎に対して謝罪した。
「ほんと悪かった。次からはちゃんと逃げることにするよ」
『うむ、分かれば良いのだ』
黒炎は頷くと怒りを収める。
執念の炎にしては何ともあっさりしていると蒼は思ったが、余計な事を言って話をややこしくするのは宜しくないので胸の内に留めておいた。
……これでお叱りは終わりかな。
事の成り行きを見守っていた蒼は、タイミングを見計らって挙手すると2人に一つ質問をした。
「さっきはちゃんと聞けなかったから説明して欲しいんだけど、龍二がさっき使った技ってなに?」
「ああ、分かりやすく言うなら限界突破ってやつだな」
「限界突破……」
ソウルワールドにそんな技があっただろうか。
自分の知識の中にないワードに対して首を傾げる蒼に、龍二は黒炎の宝石を一瞥した。
「黒炎に協力してもらって、強制的に俺の〈ソウルの封印〉を解除してステータスを一時的に増幅してるんだ。いわゆるスーパーモードみたいな感じだな」
「それって大丈夫なの?」
『もちろん器が大丈夫ではない。本来ならば許容量を越えた時点で肉体が〈ソウル〉に耐えられずに内側から崩壊するのだが、そこは我の黒炎で常に回復させる事でクリアした』
「すっごい力技だね」
つまり限界突破して、本来は受け続けるスリップダメージを黒炎で常時回復することで補っていると。
しかも外側ではなく内側からのダメージなので、通常の手段である回復魔法や回復薬では癒やす事はできないらしい。
正に回復能力を持ち、ソウルで内側に干渉することのできる〈黒炎〉だけができる芸当。
このアイテム、下手をするとレジェンド武器並みにレアなのではないか。
蒼がそう思って宝石を手に持つ。
すると異変が起きた。
身体の底から不思議な力が湧き上がり、純白の粒子が周囲を満たしていく。
異変はそれだけに留まらず、蒼の背から純白の2枚の羽が広がる。
これは一体……!?
困惑する中で手のひらに乗せた黒炎が淡い純白の光に包まれると、宝石は形を変えて手乗りサイズの小さな黒い猫に成った。
「「「は?」」」
あまりにも突然の現象に、3人は全く同時に驚きの声を出す。
しかも置物ではない。手のひらには生き物としての体温が感じられ、見下ろす蒼と龍二を黒炎は何度も瞬きをしながら交互に見る。
洞察アビリティで見てみると、名前が〈黒炎の宝石〉から〈黒炎の聖獣〉に変化していた。
蒼は更に深く見てみると、そこにはこう記されている。
〈黒炎の聖獣〉
執念の黒炎を宿した宝石が第一昇華を果たした〈女神のソウル〉に触れる事で新たな命として進化した形態。
使用すると肉体に同化して身体を覆うように黒炎を纏い、自身の魔力が尽きるまで主の命を回復させる。
「お、おお……」
誰がどう見ても自分の所業である。
意図せずとんでもない事をしてしまい、龍二に恐る恐る視線を向ける蒼。
オッドアイの少年は目を丸くして、聖獣となった黒炎を見てポカーンと口を開いたままだ。
無理もない。だって僕もこの現象に対して、なんて反応をしたら良いのか分からないのだから。
幸いな事に純白の粒子と2枚の羽は、いつの間にか消えていた。
何故このタイミングで〈天使〉の力が発動したのか。
誰もが困惑する状況に、救いの手を差し伸べる人が背後から蒼の頭を撫でた。
振り向くとそこには、この国の国王でありヤツヒメの父親である天照スサノオがいた。
金髪金眼の見た目30代の男性は、蒼に優しい微笑みを向けるとこう言った。
「やはり天使としての力が、徐々に目覚めてきてますな」
「天皇陛下……」
「恐らくはそこの聖獣が、より土宮君の力になりたいと心の底から願っていたのだろう。触れた貴方はそれを無意識の内に叶えてしまった、それだけの事」
「これが、僕の力なんですか」
「うむ、それが世界を創造した〈女神のソウル〉の力である。だから貴方は気をつけなければいけない。その力を無闇に人前に見せれば、間違いなくソレを求めて争いが起きましょうぞ」
「制御する方法は……」
「申し訳ありませんが〈天使〉の力は儂らにも未知。先駆者が誰もいないので、貴方自身で探すしかありません」
「…………ッ」
改めて突きつけられる現実。
普通の人ではないという、龍二達との決定的な違い。
今は大丈夫だけど、いつかこの力は自分の平穏を破壊する。
どうにかして力を制御できるようにならなければいけないのだが、そんな方法すぐに思いつくわけがない。
頭の中が真っ白になり、無言になる蒼。
そんな彼の頬に、心配そうな顔をした黒い猫──黒炎がすり寄る。
「天使様、大丈夫か?」
「う、うん……ごめん、ちょっと驚いただけだから」
「我のせいで辛い思いをさせてしまって、すまぬ……」
「君が気にすることじゃないよ。だってこれは僕が無意識に勝手にやったことだからさ」
蒼はくすりと笑うと、猫となった黒炎をそっと畳の上に下ろす。
そしてゆっくり立ち上がると、こう言った。
「ごめん、龍二。ちょっと頭冷やしてくるよ」
「あ、蒼……」
白の少女は親友に背を向けると、その場から歩き去った。




