第76話「豪剣の特訓」
いつも読んで下さる方々に感謝しております。
場所は皇居内にある森。
ランニングが終わってからの恒例となっている天皇からのクエストを受けて、散り散りになった仲間達。
優とアリスはペアを組み、真奈は召喚獣と共に他は1人で深い森の中に足を運ぶ。
その内の1人である、オッドアイの少年こと土宮龍二は〈ティターンの大剣〉を手に、スライム狩りを始める。
(……誰もいないよな?)
スライムの核を集めながら、感知アビリティに味方の反応が無いことを入念に確認。
しばらくしてから、誰もいない事を確信するとポケットに入れている宝石の相棒に話しかけた。
「おい、黒炎そろそろ喋っても良いぞ」
『お、ようやくか。まったくこの合宿という奴は人が多くて不自由だな……』
「仕方ないだろ。万が一みんながいる前で喋ってみろ。その瞬間におまえは真奈の研究対象になるぞ」
『う〜む、流石に解体されるのは勘弁だ』
実に不満そうな声で肯定する黒炎。
彼の事は、まだ蒼達には話をしていない。
今はヤツヒメという圧倒的強者を相手にしている状況で、蒼達に余計な心配をかけたくないというのは龍二の建前の理由。
本音は試行している技を完成させて、みんなを驚かせたいからだ。
そんな思いを胸にスライムを狩る龍二は、ポケットから宝石を取り出すと大剣と一緒に握りこむ。
「文句垂れる余裕があるなら大丈夫だな。そろそろ修行を始めるぞ」
『承知した』
宝石から黒炎が吹き出し、龍二の魔力を糧に身体を覆う。
ダメージを受けていない状態では何の意味もない炎だが、そこから龍二は目を閉じて宝石に宿る〈黒炎のソウル〉に意識を向けた。
すると黒炎が龍二に手を差し伸べているイメージが、頭の中に浮かび上がる。
オッドアイの少年はイメージの中で彼の手を掴むと、そこから黒い炎が身体の中に入り込む。
「うぐ……ッ」
身を焦がしそうな熱い執念の炎が全身を満たしていく感覚に、胸が苦しくなり思わず声が漏れた。
もう何十回も経験している事なのだが、黒炎のソウルによって自身のソウルを強制的に覚醒させる息苦しさには、未だに慣れない。
しかし、苦しいのは一瞬だけだ。
内側に入った黒炎のソウルが癒やしの力を行使すると、龍二に掛かる負担はかなり軽減された。
と言っても、これはまだ序盤の出来事。
………ッ。
歯を食いしばる龍二。
ソウルの第一段階の覚醒によって身体の底から力が湧き上がり、全身に炎のような紋様が浮かび上がったり消えたりする。
やはり此処から安定しない。
しかも身体が熱くなり、汗が大量に流れ落ちる。
先程のランニングをした時とは、比較にならない程の体温の上昇。
通常は3段階ある人間のソウルにかけられた封印。その一つを黒炎のソウルで干渉して強引に解除した弊害が、オッドアイの少年の内側と外側を同時に苦しめる。
龍二は黒炎の協力によって、自身のソウルを認識する事は出来るようになった。
でも覚醒させてからの力の制御だけは、未だに安定させる事ができなくて四苦八苦している。
分かりやすく例えるのならば、暴れ馬に乗っているような感覚だ。
『このままでは内側から自壊しかねない。一度封印するぞ』
「いや、ドラゴンスライムが2体出てきやがった。封印するのはこいつらを一掃してからだ」
『龍二、不安定な力で2体を相手にするのは危険だ。万が一に敵を倒しきれずに限界を迎えたら、お主は確実に動けなくなる。ここは一度退いて──』
「それなら、強制封印される前に倒せば良いだろ?」
相棒の静止を振り切り、龍二は〈ティターンの大剣〉を手に2体のドラゴンスライムと相対する。
相手はレベル80。1体だけでも凄く厄介なのにそれが2体もいる。
普通ならば勝てない戦力差だ。
なんせ向こうは、核に対する攻撃以外では全ての物理を無効化するスライムの上位種。
対して此方は純粋な剣士。
まともな人間ならば選択肢は『逃げ』1択である。
だが今修行している〈ソウル〉の一時的な覚醒を使いこなせるのならば話は別だ。
龍二は大剣を手に、大地を駆けた。
「行くぞッ!」
ステータスの一時的な上昇により、龍二は高速でドラゴンスライムとの距離を縮める。
それを迎撃しようと放たれた触手が、鋭い槍の形状になって襲い掛かる。
龍二は姿勢を低くすることで槍を紙一重で回避。そのままドラゴンスライムの横を通り過ぎる間際で反転した。
先ずは1体。
敵が次の触手を出す前に、龍二は使い慣れた対大型モンスター用の上級大剣技〈大山切り〉を放った。
しかし、威力がいつもと違う。
龍二が放った黒炎を纏った一撃は、ドラゴンスライムの身体を両断しただけではなく、同時に触れた部分を大きく消し飛ばした。
消し飛ばされた場所に核があったのだろう。真っ二つにされたドラゴンスライムは、そのまま再生する事なく力を失って霧散する。
そこに仲間の仇を討とうと、残ったドラゴンスライムが触手を放つ。
左から右に薙ぎ払うように迫る強打を、避けれないと判断した龍二はとっさに右腕で受けた。
「ぐ……」
普通ならば腕が折れる衝撃を、龍二は右腕一本だけで耐える。
しかもステータスが全体的に強化されているからか、痛みはあるものの思ったよりダメージはない。
防護服の耐久値の減少も微々たるものだ。
これならいける。
そう思った瞬間の事。
油断した龍二の四肢にドラゴンスライムが忍ばせていた触手が絡みつき、動きを拘束した。
「な、しまった!?」
慌てて龍二は引き千切ろうとするが、ドラゴンスライムの触手は力だけで切れる程に甘くはない。
強い力で引っ張られて、姿勢を崩した少年は簡単に地面に倒される。
その致命的な隙きを狙い、ドラゴンスライムの前方に水と風の魔法が展開された。
『不味い、ドラゴンブレスが来るぞ!』
「やべぇ、黒炎を集中させて耐えられるか?」
『相手はレベル80だ、我を防御に使用しても纏めて消し炭にされる可能性の方が高いだろう』
「マジかよ!」
こうなったら一か八か、ドラゴンブレスに対して極限聖剣技〈騎士王の一撃〉で迎え撃つしかない。
龍二は不自由な手で持つ大剣を辛うじて構えると、己の持つ最大最強の技を放つ為の準備をした。
すると触手が強く手足を引っ張り、迎え撃とうとしていた龍二は再び地面に転がされる。
──ヤバい、コイツ技を出させない気だ。
焦り体勢を立て直そうとするが、スライムの触手はそれを許さない。
また、大剣で切断しようとすると、巧みに妨害してくるのでそれも簡単にはいかなかった。
こうしている間にも、ドラゴンブレスの準備は終わろうとしている。
そして目の前で風と水の複合魔法が完成すると、龍二の頭の中で9月1日からの出来事が走馬灯のように駆け巡り、明確な死を意識した。
魔法が放たれる、正にその瞬間。
どこからか雷と炎を複合した刃が飛んできて、手足を拘束していたドラゴンスライムの触手を両断する。
『!?』
探知アビリティにすら反応のない予想外の方角からの攻撃に、ドラゴンスライムの気が龍二から僅かに逸れた。
自由になった龍二は、急ぎ大剣を構えると準備していた自身の奥義を完成させる。
それに気づいた敵は、即座にドラゴンブレスを解き放った。
眼前に迫る殺意が込められた竜の息吹。
直撃したら防具服の耐久値はもちろんの事、龍二は確実に死ぬ。
着弾する寸前に技を完成させた龍二は、横に構えた大剣を全力で前に突き出した。
「撃ち抜け〈騎士王の一撃〉ッ!」
黒炎で更に威力を強化された必殺の突きは、ドラゴンブレスと真っ向からぶつかると風と水の複合魔法を貫く。
純白の光と黒炎が入り混じった騎士王の一撃は、そのままドラゴンスライムに真っ直ぐに向かうと。
咄嗟に敵が展開した魔法の防御壁ごと、その巨体を跡形もなく消し飛ばした。
「……ふぅ」
『ヒヤリとしたが、なんとか勝ったな』
事の成り行きを見守っていた黒炎が、安心して呟く。
その傍らで龍二は油断なく周囲を警戒した。
……探知アビリティに敵影はなし。
どれだけ探っても、危険な生物がやってくる気配はない。
緊張感から開放された龍二はソウルを再封印すると、思いっきりその場に横たわり大きく深呼吸をした。
そして、隠れている者に声をかける。
「蒼、いるんだろ?」
「……いやはや、やっぱりバレるよね」
支援魔法が飛んできた茂みから出てきたのは、見た目は白髪の少女、心は少年の壱之蒼だった。
自分の記憶では、彼は第二職業に忍者を設定している。
となると隠密のアビリティを使用して今まで隠れていたのであろう。
その姿を見た龍二は、やはりなと溜め息を吐く。
「俺を触手から開放したアレは炎雷一刀だった。そして黒漆さんがいない今、それを使えるのはおまえだけだ。これだけ情報があれば流石に俺でも分かるぞ」
「魔法剣技を覚えてるなんて流石だね。でも龍二が無事で良かったよ」
苦笑する蒼。
本題は此処からだ。
確かに彼には助けられた。
でも黒炎との特訓に関して、もしも見られていたのならば話は別である。
そんな彼に対して龍二は、こう言った。
「それで、いつから見てたんだ?」
「…………」
「隠密で隠れてたんだ。駆けつけてきたわけじゃないんだろ。第一にそうだったら真っ先に俺の探知アビリティに引っ掛かるからな」
「……まぁ、それくらいはわかるよね」
龍二の問い掛けに蒼は気まずそうな顔をすると、後ろ髪を掻きながら答えた。
「2体のドラゴンスライムと戦い始める前くらいかな。僕の探知アビリティに2体と向かい合う人が引っかかったから、様子見に来たんだけど……」
「そしたら俺だったというわけだ」
「うん、盗み見るつもりは無かったんだけど、流石にほっとけなくて」
ごめん、と素直に頭を下げて謝罪する白の少女。
それに龍二は微笑を浮かべた。
「良いよ。いずれは分かることだしな。それに危ないところを助けてもらったんだ、俺がおまえを責める理由はどこにもない」
すんなりと許す龍二。
そんな彼に蒼はゆっくり歩み寄ると、そっと手を差し伸べた。
龍二は彼の手を掴むと、疲労した身体で何とか立ち上がる。
向かい合うと、蒼はくすりと笑った。
「でもびっくりしたよ。あんな凄い技を見つけ出すなんて、流石は龍二だね」
「あー、その事なんだが……」
これは何と説明したら良いのだろうか。
言い淀む龍二に蒼が首を傾げると、彼の肩に何かが飛び乗る。
それは以前に大怨鬼との戦いの末に入手して、龍二が蒼からもらった漆黒の宝石。
黒炎と名乗る彼は、白の少女に向き合うと高らかに名乗った。
『初めまして偉大なる天使様、我の名は黒炎。所有者である龍二の相棒である』
「は?」
アイテムが喋っている。
あまりにも常識外の現象に、流石の壱之蒼も驚きの余りに目を見開く。
そして黒炎はそのまま巧みに蒼の肩に飛び乗ると、恭しく頭?を垂れた。
『天使様、以後お見知り置きを』
「え、えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
広大な皇居の森に、白の少女の叫び声が響き渡った。




