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第75話「隠しステータス」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 特訓が始まって2週間が過ぎた。

 あれからヤツヒメとの訓練に進展は何も無しで、勝機を見つけられずに全員のレベルが2上がった事くらいか。

 天衣魔法を発動させたヤツヒメは本当に厄介で、近寄っても離れていても此方の攻撃を全て受け流されるか回避される。

 オマケに彼女の攻撃は殆どが防具服の耐久値を一撃で0にするものばかりで、迂闊な事をしようものなら即座にリタイアさせられる。

 近寄ってもダメ、離れててもダメ。囲んでも動きを止めても通じない。

 オマケに〈天使〉アビリティで全員を強化しても、それに対応してくる程だ。

 あんなチートが具現化したような化け物、どう対象したら良いのだろうか。

 今日も答えの出ない迷宮を彷徨いながら、蒼は整備されたコンクリートの地面をリズム良く走る。

 ヤツヒメとの戦いに変化はないが、朝の8時から行われるランニングは、最初の時に比べると自分達以外に走る人が明らかに増えた気がする。

 しかもその何人かは「おはようございます姫様!」と元気よく挨拶をして、そのままニ周すると何処かに消えてしまう。

 姫様と呼んでる時点で白の騎士団の団員だとは思うのだが、彼等も僕達にならってトレーニングを始めたのだろうか。

 紅蘭くれないに聞いてみると、彼は珍しく言いづらそうな顔をして「気にしないで下さい」と言ってそれ以上は口を閉ざした。

 ただ走っているだけなので、大した理由ではないという事なのか。

 でも珍しく紅蘭が話したくないというのであれば、無理して聞き出そうとするのは失礼かも知れない。

 とりあえずこの件は気になるが、蒼は忘れる事にした。


「それにしてもアリス達、すごく体力ついたよね」

「はぁはぁ……そう、じゃな」

「はぁ、はぁ、ほんと驚き……なの」


 僕の言葉に、頷いてみせる青髪の少女と桃色の髪の少女。

 朝の課題である皇居周辺のランニングがスタートして、今は1時間30分程が経過。今は三週目の後半くらいだ。

 アリスと真奈の隣を並走する蒼は、余裕はないものの彼女達の様子を見ながら感心していた。

 思い返せば2週間前のアリスと真奈はランニングが二周目に突入すると、極端にペースがダウンしてそこからは歩くのがやっとな状態だった。

 今は三周しても走るのを維持できるくらいにはなったので、最初の頃と比較するととんでもない成長速度だ。

 流石に走り切ると地面に転がって動けなくなるが、それもこの成長を考慮するのなら2日後か3日後には地面に転がることはなくなるのではないか。

 もちろん僕を含めた他の4人も、毎日20キロを走るのはとても負担が大きい。

 2日目のランニングが終わった後は、喋る余裕が全くなくて全員が無言になったものだ。

 今日はアリスと真奈も周回遅れすることなく、全員で走り切ると蒼を含めて皆その場に座り込んだ。


「さ、流石にくるひぃ……」


 警備の人達から手渡されたスポーツドリンクを、一気飲みする蒼。

 体中から汗が流れ落ち、白と黒の戦闘服はびっしょり濡れている。


「でも、ちょっとずつ慣れてきたな……」


 スポーツドリンクを飲みながら、龍二が呟き。


「……やっぱり、気のせいじゃないんですね。ということはやはり、あるんでしょうか」


 紅蘭がスポーツドリンクを手に、蒼の横に腰を下ろす。


「ふぅ……それって、例の隠しステータスってやつ?」


 優は飲みきったスポーツドリンクを手にしたまま壁に寄りかかると、この二週間で蒼達の間で浮かび上がった一つの仮説を口にした。

 それはステータス画面には表示されない能力値の存在。

 5年前にヤツヒメに鍛えられていた蒼達やスポーツが得意な紅蘭はともかく、アリスと真奈が驚くべき速度で順応してきているのは普通ではない。

 これの理由の一つとして挙げられるのは、恐らくはステータス画面に載っていないスタミナ的な能力がこのランニングによって上がっている可能性がある事。

 と言っても目視では確認できない事なので、あくまで推測の域を出ない話なのだが。

 ドリンクを飲み干し、大の字で地面に転がっているアリスと真奈は苦しそうな顔をしていた。


「か、かくしのうりょくか。ふふふ、かっこいいひびきなのじゃ……」

「も、もっとらくにのうりょくあげたいの……」

「でも四周もしたのに喋れるようになってる時点で、すごく進歩したよね」


 とりあえず動けない2人を真奈が召喚したフェンリルに乗せると、移動を開始する蒼達。

 先頭に立つヤツヒメに、隠しステータスについて一応聞いてみると彼女はこう答えた。


「うーん、あるとは思うのだが我々も蒼達と同じで確認はできていない状況だ」

「でもこの2週間で僕達が20キロの距離を走るのに適応してきてるって事は、確実にあるよね」

「まぁ、スタミナは確実にあるな。後は呉羽くれは達と検証した結果だと、この隠しステータスについては長期間放置すると能力が下がるみたいでな。故に我々は上げたスタミナを維持するために、毎日のランニングは欠かさないようにしているのだ」

「能力が下がるのか、それは面倒だなぁ」


 レベルアップでしか上げる事のできない表のステータスとは、あまりにも別物すぎる。

 つまり逆にスタミナを上げ続ける事ができれば、疲れ知らずで常に全力で動けるという事。

 しかもヤツヒメはそれを実践している。通りで最初から最後まで休みなく全力で戦っているにも関わらず、彼女の動きが一切鈍らないわけだ。

 持久戦でも隙がないとか、パーフェクトすぎないか従姉よ。

 蒼が額に汗を浮かべると、ヤツヒメは微笑を浮かべた。


「なに、ランニングと言っても我々のレベルまで鍛えれば、30分と掛からずに終わるぞ」

「それランニングじゃなくて全力疾走してるよね?」

「短時間で一定の負荷をかければ、熟練度みたいのが上がる事が最近分かったからな。いわゆる効率重視というやつだ」

「ヒメ姉達はそんなところまで研究できてるのか」

「能力のダウンロードが終わってから〈インフェルノ〉のトッププレイヤーでは、隠しステータスについては日夜検証されていたからな」


 そう言って、ヤツヒメは得意そうな顔をする。

 今まで蒼は、ソウルワールドの廃人プレイヤーの1人だと自負していた。

 しかし従姉や父親や優の母親といった真の廃人プレイヤー達を見ると、まだまだ未熟だなと痛感させられる。

 隠しステータスか、そんなの考えた事一度もないや……。

 積み重ねられた実力の差を見せつけられて、少しばかり落ち込む蒼。

 そんな彼の手を、隣にいる優がそっと握りしめた。

 それだけで、彼女が何を言わんとしているのか蒼は理解した。

 ──僕は1人ではない。

 隣にはこれまでに大怨鬼と怠惰の魔王を共に攻略してきた、心強い仲間達がいるのだ。

 彼等と一緒ならば、不可能はない。

 少なくとも蒼は、そう信じている。

 だから白髪の少女は、隣を歩く従姉に対してこう宣言した。


「ヒメ姉、後2週間以内にみんなで絶対に攻略して見せるから覚悟してね」

 

 それにヤツヒメは、きょとんとする。

 未だにかすり傷すら与えられない小僧が、急に何を言い出すんだ。

 少しはそう思われたかも知れない。

 でも常に困難に挑戦する事こそが、ゲームプレイヤーたる者の本質だ。

 蒼の真っ直ぐな視線を受け止めて、ヤツヒメは微笑を浮かべた。


「ふふ、期待しているぞ従弟よ」


 

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