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第73話「雷を纏う者」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

お陰様で祝2万PV達成致しました。

 待ち合わせ場所で無事に全員合流すると、ヤツヒメにアイテムを渡してクエストはそこで完了となった。

 やはり他の皆もドラゴンスライムと遭遇したらしく、龍二達も苦戦の末になんとか倒せたとの事。

 流石にみんな無傷で倒す事はできなかったのか、自分と同じように白と黒の防護服のいたる所が破れている。

 特に龍二と紅蘭はかなり無茶をしたのか全身ズタボロで、よく見ると耐久値が残り1割ほどしか残っていなかった。

 アリスが回復魔法を使うことで全回復したが、実は割とヤバかったのではと蒼は冷や汗を流す。

 そんな中で一番レベルが低い優がアリスに抱きつき、心の底から呟いた。


「ほんとアリスさんと一緒にいて良かったわ。1人でアレと会ってたら私、死んでたかも」

「いやいや、優の空間転移で回避して妾が攻撃する。あの素晴らしい連携がなかったら妾だって危なかったのじゃ」


 と胸を張って言いながらも、アリスの足腰はガクガクと大きく震えている。

 どうやら先程のランニングのダメージが、未だに残っているようだ。

 少し押してあげたら、多分彼女はその場で踏ん張ることができず、そのまま後ろにスッコケるのではなかろうか。

 気を使って優とセットにしてあげたのは自分だが、きっと彼女も1人だとドラゴンスライムに食われていた可能性は高かっただろう。

 その一方で同じくランニングで大ダメージを受けた葉月真奈は、森に入ってから足代わりに召喚をしたらしい。

 今は毛並みがもふもふしている4メートルほどの大型犬、上級召喚獣〈フェンリル〉の大きな背中に身を預けてぐったりしていた。


「こっちはこっちで、分かりやすくダウンしてるね」


 蒼が見た感想をそのまま口にすると、真奈は涙目でぷるぷる震えながら言った。


「……ひ、姫様。ちゃんとノルマはクリアしたから許して欲しいの」

「許すも何も、僕は怒ってないから安心して」


 そもそも召喚術士でもある真奈が、自身の力である召喚獣を使って悪いことなんて一つもない。

 これをダメというのは、剣士や魔法使いに剣や杖を使うなと言うようなものである。

 だから当然の事だが、この事で真奈に対して、ヤツヒメから文句が出ることは絶対にないと僕は思う。

 ふと視線をヤツヒメに向ける。

 すると彼女は怒るどころか、何やらフェンリルを見て触りたそうな顔をしていた。

 その様子に蒼は苦笑して、一つ思い出す。

 あー、そういえばヒメ姉って昔から動物が大好きだったような……。

 とはいえ、いくらモフモフした毛並みを持つフェンリルでも召喚獣だ。果たして普通の動物のカテゴリーに入れても良いのだろうか。

 蒼が疑問に思っていると、視線に気づいたのかヤツヒメは我に返り「ごほんっ」と咳をして誤魔化した。


「そ、それでは今から休憩時間としようか。流石にバテてる者が2名ほどいるので、午後の我との組手は14時に行うとする」


 そう言ってヒメ姉は背を向けると、あっという間にその場からいなくなる。

 彼女が走り去った後、蒼達は顔を見合わせるとこう言った。


「……ヒメ姉、素直に触らせて貰えばよかったのに」


 蒼の呟きに、他のみんなも頷いた。





◆  ◆  ◆





 昼食を取って休憩時間が終わると、蒼達は指定されていた道場に集まった。

 アリスと真奈は割り当てられた客間で軽く昼寝をしていたので、少しばかり眠たそうな顔をしている。

 そんな中で巫女装束のヤツヒメが姿を現すと、彼女は2人の様子に苦笑するものの叱責する事はなかった。


「では、今から行う訓練は単純明快だ。お前等6人で力を合わせて、我を倒してみろ」


 昼からの訓練は、6対1による完全決着仕様による〈決闘デュエル〉で行われる。

 皆が手に持っているのは普段から愛用している武器。

 普通ならば危険だが、着装している防護服の耐久値が0にならない限りは、首を切られてもメチャクチャ痛いだけで死ぬことはない。

 だが何事にも例外はある。

 以前に〈怠惰の魔王〉から受けた攻撃でアリスが吐血した事があったが、あれは防護服の加護を瞬間的に上回る程のダメージを受けたからだ。

 つまりは一定以上のダメージを食らった場合には、耐久値に関係なく肉体にもそれなりに影響をもらうという事。

 それを考えると、改めてあの時にアリスが生き残った事が本当に奇跡的だったと思い、蒼は1人身震いする。

 ヤツヒメは初期装備である攻撃力1の木刀を手に6人から距離を取ると、向き直って微笑を浮かべた。


「さて、では此れより始め!」


 先行したのはいつもの如く〈紅蓮の双剣士〉こと紅蘭だった。

 彼は両手の双剣を構えると、得意としている上級二刀剣技〈龍閃〉を発動させる。

 蒼達の側から消えて、畳の上を超高速で駆け抜ける赤髪の少年。

 僅か数秒でヤツヒメに接近すると、左右に持つ最上級の双剣を振るう。

 ヤツヒメは一歩も動かずにそれを見据えて、自身に接近する刃に合わせて木刀を下段から上段に一閃。

 上級剣技を一撃で弾き返し、続いて残った左のてのひらをがら空きとなった紅蘭の胴体に向けて。


「──発ッ」


 左足を前に強く踏み出し、全身の力を全て左手に集めて、容赦なく打ち抜いた。


「かはっ!?」


 離れた位置にいる蒼達にまで届くほどの凄まじい衝撃を受けて、防護服の耐久値を全て消し飛ばされた紅蘭は私服に戻り畳の上に崩れ落ちた。

 そのとんでもない光景に、紅蘭を援護しようと走っていた蒼達は足を止めて戦慄した。

 ウソだろ?

 いくらレベル85とはいえ、初期装備の木刀で上級技を剣技無しで打ち返し、その上でただの掌底の一撃で紅蘭をワンパンした。

 ヤツヒメが強いことは知っていたが、それにしても今目の前で起きた事は規格外すぎる。

 服を掴んで、ヤツヒメに道場の端に乱暴に放り投げられる紅蘭。

 つい足を止めてしまった蒼達に、ゆっくり振り返るとヤツヒメは楽しそうに笑った。


「敵を前に足を止めるとは死にたいのか?」


 前に一歩踏み出すヤツヒメ。

 畳がミシッという音を立てると、昨日とは比べ物にならない速度で前に飛び出した。

 それも早すぎて反応すらできない。

 蒼達の防衛ラインを簡単に突破したヤツヒメは、そのまま後方にいたアリスに急接近。

 咄嗟に放った雷の上級魔法〈千雷せんらい〉を難なくかわすと木刀を振るい、容赦なく青髪の少女を道場の壁まで殴り飛ばした。

 アリスは悲鳴を上げることすらできずに、耐久値が0になりそのまま倒れる。

 これは、不味い。

 蒼は自身と龍二に複数の強化付与をかけると、2人揃って前に出た。


「行くぞ、龍二!」

「ああ、俺達でヤツヒメ姉さんを止めるぞ」

「よしよし、それで良いぞ」


 ヤツヒメは木刀を手に迎え撃つ姿勢を取ろうとすると、不意に怪訝な顔をした。


「……む、これは」


 身体の動きを、何かが押さえ込むように阻害している事に気がついた様子。

 そうあれは、空間転移で退避した水無月優による中級空間魔法〈封間ふうかん〉である。

 指定した対象の周囲の空間を狭めて動きを阻害する魔法で、ドラゴンスライムにも通じた技だ。

 しかし此方の予想通りなら、ヤツヒメは容易く破ってくるであろう。

 蒼と龍二はその前に接近すると、彼女の耐久値を0にする為に剣技を発動させた。


「上級魔法剣技〈光雷斬こうらいざん〉ッ!」

「上級聖剣技〈神撃しんげき〉ッ!」


 光と雷の二重付与魔法を纏った斬撃と神の加護を纏った斬撃が、身動きの取れないヤツヒメに振り下ろされる。

 この通常ならば絶望的な状況の中で、彼女の笑みは消えなかった。

 むしろ「ハッ」と楽しそうに口を開くと、剣技を振るう蒼と龍二にこう告げた。


「良い連携だ。だが相手が悪かったな」


「「な……!?」」


 そう言った瞬間、ヤツヒメの身体に道場の天井を貫いて巨大な雷が落ちた。

 間近にいた蒼と龍二は大きく弾き飛ばされて、畳の上を何度も転がる。

 一体何が……。

 雷の効果でスタンさせられたのか、身体が上手く動かない。

 四つん這いで何とか顔だけ上げると、そこには雷を纏うヤツヒメの姿があった。


「初日で我にこの力を使わせるとは、流石は〈怠惰の魔王〉を倒した者達……と言っておこうか」


 身に纏う雷の色は純白。

 それによる作用か普段の金色の髪は蒼と同じ真っ白になり、肌には紋様みたいなものが描かれている。

 その佇まいは美しく、まるで神話の女神が降臨したかのように神々しい光景だった。


「手加減はするが、すぐに倒れるなよ」


 視線を向けられて、ゾッと全身に鳥肌が立つ。

 蒼は辛うじて動かせる口を開き「優、真奈!」と叫ぶ。

 意図を察した優は再び〈封間〉を発動。

 タイミングを合わせてフェンリルのソウルを〈召喚武装〉した真奈が、双剣を手に畳の上を高速で駆ける。

 だがヤツヒメは優の空間魔法を軽く小突いただけで破壊。高速で迫る真奈に対して木刀を構えると、離れた位置にも関わらず鋭い突きを放った。


「真奈、避けろ!」

「……ッ」


 蒼が警告するのとヤツヒメの突きから放たれた雷が真奈を貫いたのは、全く同時の事であった。

 召喚武装によって蒼達よりも強化されていた耐久値を、一撃で0にされた桃色の髪の少女は私服に戻りそのまま床に倒れる。

 くそぅ、スタンの解除はまだか!?

 ヤツヒメがゆっくりと歩み寄り、ビリビリと痺れている蒼と龍二の側で立ち止まる。

 満面の笑顔を2人に向けると、彼女はこう言った。


「これでチェックメイトだ」


「「ギャーッ!」」


 容赦ない木刀の一撃が、雷を浴びて動けない僕と龍二に振り下ろされる。

 2人の耐久値を0にすると、そこから優がヤツヒメの餌食になるのにそう時間は掛からなかった。

 それから5時間以上が経過すると、そこには無傷のヤツヒメと畳の上には散々叩きのめされて横たわる6人の姿があった。


「ふむ、今日はここまでだな」


「……」


 最早全員、返事をする気力も残っていない。

 それに対してヤツヒメは、全く呼吸が乱れていない。

 こんな化け物を、果たして自分は倒すことができるのだろうか。

 蒼は胸中で呟くと、少しだけ憂鬱になるのであった。

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