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第72話「ドラゴンスライム」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 皇居の外側を一周する距離は約5キロ。

 赤信号がなくノンストップで走ることができるため、走る人達には大人気のランニングコースとなっている。

 ヤツヒメが体力作りとして、学生用の白と黒の戦闘服を身に纏った蒼達に命じたのは、皇居の外に出て周囲を2週してくる事だった。

 しかし、いくらレベルを上げてステータスの底上げをしていても、持久力だけは項目にはないので上がることはない。

 最初はやる気満々だったアリスは、一周目が終わった時点で完全にへとへとになっていた。


「はぁはぁ、しんどい、のじゃ……」

「アリス、あと一周だから頑張ろう」


 隣に並走してあげて、心折れそうになるアリスを励ます蒼。

 その横では真奈が走っているが、こちらも顔に余裕がない。アリスと同様にかなりヤバそうだ。

 そんな2人に何度も声を掛け続けてあげると、頑張って2週目を走り切った後にアリスと真奈は、そのまま地面に転がって完全にダウンしてしまった。


「ふ、2人とも大丈夫?」


 呼吸を整えながら蒼は、地面に倒れたまま動かなくなってしまったアリスと真奈を心配して見下ろす。

 2人は今にも死にそうな顔をして、辛うじて返事をした。


「ぜぇぜぇ、も、もうダメなのじゃあ……」

「はぁはぁ、インドア派には、辛いの……」

「おいおい、おまえら明日から毎朝これを2倍は走る事になるんだぞ。そんな調子で大丈夫か」


「「ッ!?」」


 ヤツヒメの容赦のない言葉に、コンクリートの地面に転がるアリスと真奈は絶句する。

 一方で余力のある蒼達も真顔になった。

 毎朝20キロか、これはすごくハードな事になりそうだ。

 立ち上がれない2人を、そのままにはできないので僕と優が背負い、ヒメ姉に先導されて6人は再び正門から徒歩で皇居内に戻る。

 歩きながらヤツヒメは、こう言った。


「いくらステータスが高かろうが、体力がなければ長期間の戦闘はできない。これを続けることでおまえらはどんな環境に置かれても、体力切れで戦えなくなるという事は無くなるはずだ」

「……なるほど、リアルならではの問題か」

「体力切れねぇ、今まで気にしたことなんて一度もなかったな」

「それはおまえが経験した戦闘が、全て短期的なものだったからだな龍坊りゅうぼう


 VRゲームでは実際に身体を動かすわけではなかったので、疲れは体力的なものではなく精神的なものが主だった。

 しかしリアルのソウルワールドで新たに重要となった体力は、けして軽視してはいけない要素ではある。

 一瞬で決着がつくのならばいらないが、これがVRゲームでやってたみたいに何時間と続いた場合に、疲労はダイレクトに身体に来る。

 だからマラソンという手段での持久力強化は、けして無駄にはならない。

 僕と龍二が納得すると、ヤツヒメは深く頷いた。


「特に現実世界では同じ強さを持つ者同士で戦った場合、そこの差が明暗を分ける。よく覚えておけ」





◆  ◆  ◆





 次に蒼達を待っていたのは、特訓といえば定番の筋肉トレーニングではなく、天皇からの直々のクエストだった。

 なんでも国王権限で、1日に1回だけ内容に合わせた経験値が取得できるクエストを発行できるらしく、今月はそれをフルに利用してレベルアップのかてにするとの事。

 ちなみにリアルのソウルワールドではいくらトレーニングをして筋肉をつけたとしても、変化するのは見た目だけで攻撃力には大した影響はないらしい。

 体力作りとの違いは正にそこにあり、腕立て伏せや腹筋やスクワットをするくらいなら、この世界ではまだ朝昼晩関係なく道端に湧くスライムを狩りまくった方が強くなれる(レベルが上がるのならばの話だが)。

 というわけでヤツヒメが考えたのは、とある一角に特別に作られている森の中に入り、ポーションの材料となるスライムの核を300個集める事。

 取りに行くエリアの難易度の色は、一番最難関の〈黒〉の為かクリア経験値はすごく良い。

 といってもクエストの内容は初心者でも出来るようなものだ。いくらエリアの難易度が高くても、恐れるほどではない。

 なんせ此方には、レベル70越えが5人もいる。

 このメンバーでこの程度のクエストか〜、と蒼達は少しだけ肩透かしをくらいながら受注して〈皇居の森〉に立ち入ったのだが。


「ぬわぁー! な、ななななんてもんがいるんだよぉ!?」


 珍しく脇目も振らずに広大な森の中を走って逃げる、白の少女の姿がそこにはあった。

 そこそこ手強いキメラやらメタルリザード等を倒しながら、順調に可愛らしいスライムを100匹ほど狩り、核を50個ほど入手した頃だろうか。

 そろそろ指定した待ち合わせ場所に行こうかな、そんな事を思って振り返ると、そこに現れたのは何とスライムの中でも特殊な個体〈ドラゴンスライム〉というネームドレアモンスターだった。

 ゲームの〈ソウルワールド〉でスライムが住む森に発生しやすいと噂で聞いたことあるが、まさかリアルで初遭遇する事になるとは。

 しかも今周りには仲間はいない。分散して探した方が効率が良いと思い、森に入って直ぐに別れたのだ。

 つまり増援は望めない。やるとしたら一人で、あれと戦わなければいけない。

 走りながら尻目で洞察アビリティを発動、ドラゴンスライムを見る。

 表示される敵の情報は、中々に厄介なものだった。

 ドラゴンスライム。

 レベル80。

 種族、スライム。

 竜の姿をしたスライム。背中に2枚の翼はあるが、飛ぶことはできない。

 物理攻撃を無効する肉体を持ち、有効的なダメージを与えるには魔法か核を的確に破壊するしかない。

 体内に捕まると先ず衣類を溶かされ、生命力が尽きるまで吸われる。

 ……なんだと?

 洞察アビリティが教えてくれた最後の情報に、蒼はドラゴンスライムの突進を避けながら顔をしかめた。

 つまりコイツの体内に捕まると、素っ裸にされるということか。

 なんという、けしからんモンスターなのだ。これはこのまま野放しにはしておけない。

 蒼は腰に下げた真紅の剣を引き抜くと、戦うことを決意する。


「スライムということは風と水属性は無効か。ならば火と雷でどうだ!」


 口っぽいところから飛び出した触手を高く跳躍して回避して、そのまま木の枝を掴んで反転。

 真紅の剣レーヴァテインに付与するのは上級火魔法と上級雷魔法の2つ。

 二重付与魔法を空中で完成させると、蒼は背後から追尾してきた触手に足を掴まれて、勢いよく地面に叩きつけられた。


「かはッ!?」


 強い衝撃を背中に受けて、一瞬呼吸ができなくなる。

 だが幸いにも気絶する程ではない。

 そのまま都合よく体内に引きずり込もうとするドラゴンスライムを見据えると、蒼はタイミングを見計らい剣を振るって足を掴んでいる触手を切断。

 自由になると、正面から迫る無数の触手を身を転がして回避。

 勢いを利用して跳ね起きると、蒼はちょうど空中にいる自分に向かって放たれようとしている、ドラゴンスライムの必殺技〈ドラゴンブレス〉を見た。

 回避は、──無理。

 防御も不可と判断した蒼は、咄嗟に無理な姿勢で魔法剣技を発動させた。


「上級魔法剣技〈炎雷えんらい一刀いっとう〉ッ!」


 放った炎と雷の複合斬撃と、水と風を複合した竜の息吹が真っ向からぶつかる。

 威力は全くの五分。

 互いの必殺技は軌道がずれて、ドラゴンブレスは蒼の左肩の防護服を貫き、炎雷の刃はドラゴンスライムの左半身を消し飛ばした。


「く……ッ」


 ダメージは殆ど防護服が防いでくれたが、肩口まで露出した左腕は麻痺しているらしく力を込めても全く動かない。

 防護服の耐久値は残り8割か。

 対して向こうは炎雷で焼き切られて、スライム自慢の再生ができなくて手こずっている様子。

 即座に対応して焼かれた部分を切り離すと、敵は瞬時に元通りに再生した。

 それを見た蒼は、不敵に笑う。

 状況は此方の不利か、だがまだ戦える。

 流石はレベル80のレアモンスター。

(……良いねぇ、これでこそ血がたぎる)

 生半可な技では奴は倒せない。

 やはり至近距離での魔法剣技で、敵の核を正確に切らなければ。

 ならばと周囲に向けていた感覚を全て遮断。精神を極限まで集中させて、目の前のドラゴンスライムだけを見る事にする。

 再び二重付与魔法〈炎雷〉を発動させると、蒼は触手を放つ敵に向かって前のめりに突撃した。

 同時に放たれる無数の触手を見極め、蒼は隙間を抜けることで回避。

 今のところ確認できている敵の攻撃パターンは、身体から出す触手による攻撃、それと大技で〈ドラゴンブレス〉のみ。

 普通の剣士は無限に再生する触手に無力だし、魔法使いは触手の手数で押し切られる。

 その点自分なら魔法剣で触手を纏めて切ることによって、再生も阻害できるから有利に立ち回れる。

 蒼は瞳を閉じると、もう一つの職業の力を開放した。


「……上級忍術〈鏡花きょうか水月すいげつ〉」


 触手が足を絡み取りに来るが、白の少女の身体はそれをすり抜ける。

 歩みを止めない小さな身体を、上から叩き潰さんと振り下ろされる触手。

 しかし頭部を粉砕する威力をもつそれは、蒼の身体をまたしてもすり抜けて地面を叩くのみで終わる。

 〈鏡花水月〉は敵の五感による認識を阻害する最上級の忍術、継続して使用できる時間は1分のみ。

 だが敵の懐に飛び込むのに、1分もあれば十分だ。

 1分経ち、忍術の効果が消える。

 自分の位置を再補足してきたドラゴンスライムが、目の前までやって来た蒼を確実に捕まえようと四方八方から触手を伸ばしてくる。


「上級魔法剣技〈炎雷えんらいじん〉」


 蒼は真紅の剣を逆手に持ち替えると、地面に突き立てる。

 地面に描かれるのは炎と雷の複合魔法陣。そこを中心にして周囲に放たれた魔法が、周囲の触手を纏めて消し飛ばす。

 これで障害は全て無くなった。

 残ったのは、目の前にいるドラゴンスライムの本体のみ。


「これで終わりだ〈炎雷斬えんらいざん〉ッ!」


 苦し紛れに至近距離で放とうとするドラゴンブレスごと、洞察アビリティで見抜いた核を纏めて真紅の剣で下段から上段に一刀両断。

 炎と雷に焼き尽くされて、粘液の塊で構成されていたドラゴンスライムの身体は崩壊してそのまま消えた。

 戦いが終わると、蒼は回復魔法を左腕にかけながら尻餅をついた。


「ふぅ、なんとか勝てたぁ」


 他の皆は大丈夫かな?

 休憩を終えると蒼は立ち上がり、ドラゴンスライムのドロップ品を回収する。

 なんとスライムの核が50個とドラゴンの核を1個、スライムゼリーやら色々と落ちている。

 全て真奈お手製のアイテム袋に回収すると、蒼は真紅の剣を鞘に収めて待ち合わせ場所に向かった。

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