第71話「天使と天皇」
いつも読んで下さる方々に感謝しております。
天照王城の最上階。
数多の階段を上りきった先には、壁のない6つの柱で屋根が支えられている景観の良すぎる場所だった。
ここからは神威市の全体を一望することができ、眼下に広がる町並みは絶景の一言に尽きる。
うわぁ、此処から見ると神威市ってすごく大きな街だな……。
昔は東京と呼ばれていたこの街は、今はその原型を留めていない。
昨日歴史の授業で習ったばかりなのだが、10年前に起きた第一次悪魔大戦で東京のシンボルとなっていた建物は、その殆どが破壊されたらしい。
今の日本の象徴は当時に悪魔やモンスター達を退けた天照の一族となり、後に異界より召喚された〈天照王城〉は守護神が住む場所として神聖視されるようになった。
「蒼、はしゃぐのは良いが後にしろ」
木製の手摺に手を掛けて少しばかり見入ってしまっていた蒼は、ヤツヒメに軽く小突かれて正気に戻る。
これはいけない、と慌てて中央に特別に作られている座敷に視線を向けた。
するとそこには、彼が良く見知った神威高等学校の制服を着た2人の少年がいた。
オッドアイの短髪に180以上の高身長。程よく鍛えた肉体を持つイケメンは〈豪剣の鬼〉の二つ名を持つ土宮龍二。
横にいるのは赤髪の身長170以上の細身のクールな美男子、最近は学校で女子達から告白されている所を良く見かける四葉紅蘭だ。
2人は畳の上に敷かれた座布団に正座をして、見知らぬ金髪金眼の男性と相対していた。
相手の年齢は30くらいか。長い年月を生きる者としての貫禄のある雰囲気を身に纏っており、鍛え上げられたその肉体は着物の上からでもハッキリと分かる程だ。
蒼は髪と瞳の色から、その人物がヤツヒメの父親である天皇──天照スサノオだとすぐに理解した。
彼は歩み寄ると此方に気がつき、正座をするのを止めると驚く事にその場で跪く。
それからとても嬉しそうな声で、少し離れたところにいる蒼に話しかけてきた。
「これはこれは、久方ぶりですな偉大なる天使様。ご健康そうで何よりである」
「え、えーと、僕は天皇様と会うのは初めてだと思うんですが……」
初めましてではなく、久しぶりと言われて蒼は首を傾げる。
それといくら〈天使〉が世界的に重要な存在だとしても、中身は普通の男子高校生だ。そんな自分に対してこの国で一番偉い人が畏まる姿は、対応に困るのでやめて頂きたいと思った。
龍二と紅蘭も蒼の存在に気づくと、次に目を丸くしてスサノオと白の少女を交互に見る。
スサノオはそんな彼等の視線を全く気にせずに、その姿勢のままで昔を懐かしむようにゆっくりと語りだした。
「わしらは10年前に1度会ってるのだよ。天使様はまだ小さかったから、その時の事は覚えてはおらぬだろうが」
「あー、やっぱりそうなんですね」
10年前というと、この世界の改変が本格的に始まった時期で、黒漆と僕が初めて出会った頃だ。
あの頃の記憶は天皇様の言うとおり全く覚えていない為、会ったと言われてもいまいちピンとこないのは仕方のない事である。
とりあえずいつまでもスサノオを跪かせているこの状況は、非常に心臓に悪い。
自分の精神の安定の為にも彼に歩み寄ると、蒼は手を差し伸べた。
「と、とりあえず立ち上がって下さい。僕は確かに〈天使〉ですけど、今は壱之蒼っていう一般人なんですから」
「一般人というのは疑問が残りますが、天使様がそう仰られるなら跪くのはやめましょう。……しかし、大きくなられましたな、このスサノオ感動して涙が止まりませぬ」
差し伸べた手を掴むことなく立ち上がると、今度は両目から滝のように涙を溢れさせるスサノオ。
それを見て蒼は「親戚のおじいちゃんかな?」と心の中で苦笑いした。
後一つだけ彼にツッコミを入れるのならば、僕は大きくなったというよりは縮んだと言ったほうが正しい。少年の時は身長170センチあったのが、今は145と25センチも下がったのだ。
ううぅ、自分で思い出してなんだけど、すごく悲しいなぁ。
あまり意識したくない嘘みたいな現実に対して、憂鬱になる蒼。
そんな落ち込む彼の雰囲気から察した優が、側に寄り添い慰めるように背中を擦った。
「天使様、どうかされましたかな」
「いえ、なんでもないです」
説明しても虚しいだけなので、首を横に振って誤魔化す蒼。
すると今まで黙ってみていたヤツヒメが、いい加減に焦れてしまったのか蒼の横に並んでスサノオに殺意の笑顔を向ける。
ハッとした彼は、咳払いを一つ。
慌てて元いた場所に戻ると、蒼達に前に並ぶように呼びかけるのであった。
◆ ◆ ◆
スサノオは新たに用意した座布団に蒼達を座らせると、その前に仁王立ちして場を仕切り直した。
身に纏うのは先程の緩い親戚のおじさんのモノではない。
王としての優しくも威厳に満ち溢れた空気。
ビリビリと肌に突き刺さる王の威圧。
これが真面目になったスサノオか。
先程の事を忘れて感心して見ていると、スサノオはこの場にいる全員に名乗った。
「──ごほん、わしがこの日本の王にして全てを取り仕切る天皇、天照スサノオだ。話は全てヤツヒメから聞いている、今日からこの王城にて好きに鍛錬に励むと良い」
「はい、本日よりお世話になります」
代表して蒼が礼を言って、正座をしている他の皆も頭を下げる。
VRゲーム〈ソウルワールド〉でも似たような事があったので、なんだか懐かしい気持ちになったのは僕だけではあるまい。
あれは確か日本エリアのイベントクエストで〈七色の頂剣〉が集まり、他のプレイヤー達と合同でヤマタノオロチを討伐しに行った時の事。
あの時もこうやって横に並び、スサノオ王に皆して跪いて僕が受け答えをしたものだ。
ただあの時と違うのは、並んでいるメンバーにガルディアンとムサシがいない代わりに優がいるのと、王様の側には慣れ親しんだ従姉がいる事くらいか。
ヤツヒメはスサノオの前に立つと、改めて自己紹介した。
「もう察していると思うが、我は天照ヤツヒメ。スサノオの娘であり何れは王位を継承する日本の第一皇女だ」
その事に対して驚く人は、この場には1人もいなかった。
何故ならばスサノオと2人して並べば、誰だって彼女の髪と瞳の色といった一部分が父親に似ていると分かるからだ。
後強いて挙げるならば、警備の人達のヤツヒメに対する反応だろうか。
あれだけ露骨に『様付け』されていたら、誰だって偉い人だって気づく。
特に反応することない蒼達に対して、流石に予想していたヤツヒメは話題を切り替え、次に今まで疑問であった龍二と紅蘭が此処にいる理由を語った。
「それで龍坊や四葉の長男の件だが、仲間外れにするのは可哀想だと思ったので、我の配下を派遣して朝方に拉致させてもらったのだ」
「ら、拉致?」
穏やかではない単語が出てきて、思わず口に出してしまう。
蒼が2人に視線を向けると、彼等はこちらを見て苦笑いしていた。
どうやら昨日の夜間に従姉の襲撃を受けた僕達と同じように、彼等も大変な目にあっていたらしい。
何があったのかは分からないがヤツヒメが主導で行ったことだ、朝っぱらから武装した集団が大挙してやってきてもおかしくはない。
そう思っていると、ヤツヒメは6人を見て「ふむ……」と頷いた。
「この一ヶ月で最低でも蒼達はレベル80、ユーはレベル70が目標だな」
「い、行けるのかなぁ」
「その為に我が稽古をつけてやるのだ。もしももう一つの件も含めて達成できなかった場合は、補習も考えてるからな」
「うへぇ……」
その補習とやらは、絶対に地獄のような内容なんだろうな。
蒼がうんざりした顔をすると、見かねたスサノオがフォローするようにヤツヒメに問いただした。
「ヤツヒメよ、だいぶ厳しくないか」
「父上も彼等に混ざりたいのですか?」
「天使様、頑張るのだ……」
何という掌返し。
流石のスサノオも彼女は怖い様子。
目尻に涙を浮かべて、実に申し訳なさそうな顔をするその姿からは、国王としての威厳はすっかり消えている。
ヤツヒメは木刀を手に外を指し示すと、6人に向かって声高らかに告げた。
「というわけで、早速基礎トレーニングから始める。全員学生用の戦闘服に着装して表に出ろ!」
こうして蒼達の地獄は始まった。




