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第70話「試される意志」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 メイドさんの安全運転で何事もなく着いたそこは、日本を治める現天皇スサノオが住む皇居の大門だった。

 前にはレベル50程の警備の人達が複数配置されていて、不審な人物が入ってこないように周囲を探知アビリティで常に見張っている。

 蒼達の乗った車は、当然のことながら彼等に止められた。

 以前に学校で身体の隅々まで検査して、ようやく入る事ができると聞いた事がある。

 ヤツヒメが窓から手を出して、女性の警備員がその手に鑑定器具を使用。

 すると器具からピコンという音が鳴り、そこから蒼達は検査されることなくあっさり中に通される。

 アレは何かヤツヒメに聞いてみると、彼女は簡潔に答えた。


「ああ、皇居に保管しているステータスと指紋とかDNAを照合して、本人か確認しているだけだ」

「ふぅん、ステータスはスキルとかアビリティとか全部細かく登録してるの?」

「そこは情報漏洩した時に致命的になりかねないから、レベルと職業とか浅いものしか登録していないな」

「なるほどね、ところで僕達は見なくてよかったのかな」

「我が一緒だからな。安全と分かってるのに無駄な事はする必要はない」


 万が一安全じゃなかったら、皇居の警備員がすごく怒られると思うのだが。

 蒼はツッコミたい気持ちになるが、何を言ってもヤツヒメには届かないと思い胸の内にしまう事にした。

 更にそこから先も門がいくつかあったが、蒼達の乗った車はヤツヒメが手を出すだけでOKを貰い、検査を受ける人達の横を通ってどんどん奥に進んだ。

 ──これはもう、アレだよなぁ。

 厳重と聞いていた門の警備を登録しているステータスの照合だけで通過するのは、このあとの展開が容易に想像できる要素だ。

 オマケに彼女の名前は、天照ヤツヒメ。

 もはや考えるまでもなく、答えがそこにあるのだ。

 僕は従姉であるヒメ姉の身分を、今まで金持ちのご令嬢くらいにしか考えていなかった。

 だが自分が思っていた以上に、彼女はご令嬢はご令嬢でもスペシャルな方のお方らしい。

 しばらくして道がいくつか別れたところに出ると、車は真っ直ぐに直進して大きな城がある方角に向かう。

 途中で城の警備の人達と何度かすれ違うと、彼等はみんな車に対して敬礼をした。

 それを僕はヒメ姉に身を委ねながら、物珍しそうに車の中から眺めていた。

 最後の門に到着すると、ここは流石にヤツヒメの検査だけではダメらしく、5人は車から一回降りる事になった。

 蒼が姿を現すと、警備の人達が何やら騒然とした。


「て、天使様じゃないですか!?」

「なななななぜ故にこんな所に!?」

「ほ、本物……なんですよね?」

「ヤツヒメ様が連れてこられたのだ、本物に決まってるだろ!」


 と、男性と女性の警備員の人達が狼狽うろたえて、他の所からも何故か蒼を見に人がぞろぞろと集まってくる。

 この方々は警備の仕事はしなくて良いのだろうか。

 疑問に思うが、いつの間にか周囲を取り囲むように距離を詰めている警備員の人達。

 蒼は検査ではなく何故か前に出てくる女性に頭を撫でられたり、男性から握手を求められたりした。

 どうやら聞くところによると〈怠惰の魔王〉討伐の立役者の1人として、話題になっているらしい。

 しばらくすると優達やヤツヒメの検査が終わったのか、他の場所から来ていた警備員の人達は速やかに撤退していなくなった。

 ヒメ姉に怒られる前に逃げるとは、実に良く訓練されている。

 対するヤツヒメの表情は、持ち場を離れてきた人達に対する怒りと、自慢の従弟の大人気に対する嬉しさが混在して複雑なものになっていた。

 しかし、このまま検査しないで門を潜るわけにはいかない。

 遅れて蒼の検査もちゃんと済ませると、最後の門を警備の人達に開けてもらい中に入る。

 するとその先には、車の中からでは全貌を見ることのできない程に大きな城があった。

 車は舗装された綺麗な道を暫く走ると、その巨城の入り口の前で止まる。

 メイドの人に車の扉を開けてもらって蒼達は外に出ると、目の前にはテレビでしか見たことのない日本の象徴〈天照王城〉がそびっていた。


「うわぁ、大きいねー」

「テレビ局はここまで入る事を許されないから、学生でこのアングルで王城を見上げたのは私達が初めてかもね」

「見たことのない防護魔法の術式が、全体に隙間なく刻み込まれてるのじゃ」

「見たところ城の素材は、市場では出回らない神木とアダマンタイトっぽいの」


 直に見る大きなお城に対する感想を、各々(おのおの)口にする蒼達。

 そんな彼女達の前に今回の引率役である天照ヤツヒメは仁王立ちすると、ニヤリと嬉しそうにこう言った。


「ではこれより一ヶ月お前たちには此処に住んでもらい、午前は基礎体力作り、午後は我との組手をしてもらう」


「「「「え……?」」」」


 今まで聞かされていなかった内容に、蒼達の彼女に対する疑問が同時に重なる。

 午前と午後は予定通りなのだが、此処に住み込みとは一体。

 その反応にヤツヒメは実に楽しそうに指を鳴らすと、どこからともなくメイドが1人やって来た。

 車を運転していた女性とは違う。20代くらいの若いメイドで、しっかりとした佇まいからは此処で働く者としての質の高さが伺える。

 メイドはどこから取り出したのか、一枚の上質そうな紙切れと木刀を一本取り出すと、それをヤツヒメに渡した。

 ヒメ姉は真剣な眼差しで僕を見据えると、次に手に持った紙切れを指差してこう言った。


「ここに我と蒼の婚約書がある」

「はぁ、ヒメ姉なに言ってるの?」

「嘘ではない、よく見てみろ」

「──ッ」


 確かに目を凝らして見ると、そこには自分とヒメ姉の名前が書いてあった。

 婚約書なんて蒼は見たことないが、ヤツヒメは冗談や嘘でこんなふざけた物を出したりはしない。

 つまりは、本物の婚約書。

 突然の事に優達も驚きの余り言葉を失う。

 そんな中、ヤツヒメはこう言った。


「今の弱いままでは、いずれ世界の強者に食われるだろう。何事にも抗えないものはある。故に考えた末に、今後は蒼を我の庇護下に置くことにした」

「ヒメ姉……」

「これが嫌ならば、この一ヶ月の期間で強くなり我を倒してみろ従弟おとうとよ!」


 さすれば、この紙は破棄する。

 そう言ってヤツヒメは木刀を振るい、蒼以外の足元に一本の線を刻んだ。

 僕に拒否権はなく、他の3人は拒否するのならば此処から出ていってもらう。

 彼女の言葉と地面に刻まれた線引きから察するに、そういう意味が含まれているのだろうか。

 蒼は自分達を試すように見据えるヤツヒメの真剣な視線を、真正面から受け止める。

 そこに秘められているのは、従弟の為に壁となる覚悟を決めた従姉の意志。

 世界の王のソウルを持つ〈天使〉に逃げ場はない。

 あるのは前に進む道のみ。


「………ふぅ」


 蒼は深呼吸を一つ。

 覚悟を決めると、前に一歩踏み出して見えない線を越える。

 それを見て白の少女にどこまでもついて行くと、揺るぎない覚悟を決めているアリスと真奈が迷う事なく横に並ぶ。

 ヤツヒメの凄まじい闘気に怯んだ優は、少しだけ逡巡しゅんじゅんするものの、蒼の後ろ姿を見ると意を決して3人の横に並んだ。

 その結果にヤツヒメは、満足そうな微笑を浮かべた。


「よし、いい覚悟だ。もしもここで臆病風に吹かれて下がるようなら、そいつは朝から晩まで我の組手の相手にでもしようと思っていたのだがな」


「「「…………ッ!?」」」


 断った先に思わぬ死地が用意されていた事に、アリス達は額にびっしり汗を浮かべて戦慄した。

 ヒメ姉、それは一番アカンやつでは。

 後ろに下がる選択肢はなかった蒼も、従姉が考えていた笑えない落とし穴に真顔になる。

 見事に落とし穴を回避した優がホッと一息吐くと、ヤツヒメは実に残念そうな顔をした。


「では訓練を始める前に、先ずはこの国の王に会いに行くぞ」


 ヤツヒメはそう言って、4人に背を向けて歩き出す。

 蒼達は顔を見合わせると頷き、その背中を追い掛けた。

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