第7話「紅蓮と豪剣の邂逅」
一番安全な更衣室を案内してください。
そう言って龍二と別れ、蒼と優が案内されたのは、つい先日完成したらしい『壱之様専用』というプレートが高々と付いている部屋だった。
何故に僕の専用の更衣室があるのか。
一応その事を聞いてみると、ここでもやはり『同性の方々からも多大な人気がある蒼が一緒に着替える』というのは、身の安全の事を考えると問題があると入学した時から言われてたらしく、僕の父親主導の下で夏休み期間中に工事を始めたとの事。
見た目は普通の更衣室と変わらないそうだが、部屋の中は天皇陛下の自室と同等の防犯機能を備えていると校長は誇らしげに言った。
そういうわけで部屋の扉の左右前には警護として、長い髪で片目を隠した双子の黒髪少女が学校の制服姿で待機してる。胸にしている学年章の形は蕾一つ学年が上の二年生だ。
この学校では、学年が上がるごとに花の成長を模した学年章を贈られる。一年生は新芽、そこから二年生で蕾になり、三年生で満開の花となる。
なんともユニークな学年章だ。
だが彼女達が身につけているのはそれだけではない、その腰には普通ならば銃刀法違反で即捕まってしまうであろう日本刀を携えていた。
あんな堂々と帯刀していて大丈夫なのだろうか。
一瞬そう考えるが、今の現状を考えると日本の法律がどこまで変わっているのか想像もつかない。
校長が何も言わないことから察するに、モンスター等が出たりする今の現代社会では武装が許されているのだろう。
考えるだけ無駄だな、と頭の中に浮かんだ疑問を放棄することにした蒼は、とりあえず双子の少女に「おはようございます」と気軽に挨拶をした。
「お、おおおおはようございます壱之様」
「あ、ああああありがとうございます。 こんな道端の雑草のような私達に言葉をかけてくださるなんて」
なんかすごく濃い姉妹だった。
僕に挨拶されただけで、感涙のあまりその場に土下座しそうな勢いの二人。
正直、心は未だに庶民なのでそんな反応をされるのは困る。
とりあえず蒼が「先輩のお二方、僕は下級生なのでそんな畏まらないで下さい」と言うと、二人は額にびっしり汗を浮かべて首を横にブンブン振った。
「蒼様は魔王を退けた白姫様の再来と世界中から注目されるお方!」
「そんなお方を相手に普通に接する事などできません!」
「僕の事を普通に後輩として扱ってほしいだけなんですが、ダメなんですか?」
「だ、ダメです!」
「蒼様と先輩と後輩の関係なんてもってしまったら、心臓が持ちませんし他の者から暗殺されてしまいます!」
うーむ、どうやらすぐに打ち解けるのは無理っぽい。
あまり攻めすぎると、二人が今にもそこの窓ガラスから飛び降りそうな気がしたので、わかったと言って話を打ち切る。
蒼との会話から開放された双子の姉妹は、乱れた呼吸をすぐに整え姿勢を正した。
あれだけ取り乱していたのに、もう警戒態勢に入っている。よく訓練されている。見たところレベルは──39くらいか。
洞察、索敵、直感などの複合アビリティ『上級忍者の証』で二人の実力を読み取った蒼は、二年生のトップ勢は大体これくらいの強さか、とバレないように心中でため息を吐いた。
正直言って、流石は学生レベル。これなら武器やスキルを使わずに素手で倒す事ができそうだ。
そう思っていると、小鳥遊校長が前に出てきた。
「右目を隠している子が千鳥燕さん、左目を隠している子が千鳥雀さんです。本校の護衛科に所属するエースで、個人の実力は三年生の中間勢と同じくらいですが、協力した二人の実力はレベル50のプロと互角です」
「てっきりプロが来ると思っていたんですが、学生なんですね」
「外の者を中に入れるのは校則で禁止されております。トラブルを避けるためでもありますが、そもそも強力な結界が当校には張り巡らされているので、プロを呼ぶまでもないというのが正直なところですね」
「なるほど、納得しました」
外を一瞥する蒼。
確かにこの学校の結界は強力だ。
物理防御の最上位『五星結界』と魔法防御の最上位『六星結界』をミックスさせており、物理的にも魔法的にも隙がない。
また、その結界の維持にソウルワールドでも良く利用されていた無限に等しい星の魔力『龍脈』と繋げており、外部の者が中の者に知られずに破って入るのは不可能だろう。
「さて、それでは小鳥遊校長ここまでありがとうございました。また後で」
僕がお礼を言うと、小鳥遊校長はその場で一礼。
この場から、速やかにいなくなる。
残ったのは蒼と優と千鳥姉妹だ。
シーンと静かになった廊下で蒼は千鳥姉妹に「見張り、よろしくお願いします」と言うと、返事を待たずに優を連れて中に入る。
──アビリティ発動。
中に入って鍵を閉めた蒼がまず最初にしたのは、能力をフルに使っての部屋に付与された魔法や盗撮盗聴といった物の確認。
するとまぁ、怪しいものは何一つ見つからなかった。
流石は天皇陛下級の防犯が施された部屋というべきだろうか。
侵入防止やら防音やら透視遮断やら、少なくとも10個以上の部屋と外界を遮断する特殊な魔術式が張り巡らされている。
確かにここなら安全に着替えられるだろう。
そう思い鞄を取り出すと、蒼は振り返り先程から一言も喋らない優に言った。
「ごめん、優。僕の着替えを手伝ってくれる?」
性転換してからずっとお世話になりっぱなしの優に、実に申し訳なさそうな顔をすると彼女は笑顔で言った。
「当たり前じゃない、その為に付いてきてあげたんだから」
◆ ◆ ◆
蒼と優と別れてから紅林教頭に案内されて龍二が向かったのは、体育館だった。
と言っても流石に此処は大した変化はない。夏休みに入る前に全校集会で使った時と変わらない作りをしている。
ただ一つ違うとしたら、それは龍二が同級生達の列に一緒に並ぶのではなく、二階の特別に設けられた六つの席の一つに案内された事だけだ。
六つ。
この意味を即座に理解した龍二は思わず周囲を見渡す。
だが彼の索敵アビリティに同等の力を持つ者は、一人も引っ掛からなかった。
俺の考えすぎか?
しかし目の前にある席の数は、誰が見てもそうとしか考えられないだろう。
思案する龍二に、紅林教頭が語りかけた。
「どうかされましたか土宮様」
「はい、教頭先生。この六つの席はもしかして『世界七剣』と関係があるのですか」
「ええ、そうですよ」
「という事は『世界七剣』の代表者かその御子息か御令嬢が来られるんですか」
「いえ、来られません。来られる予定ではあったのですが、やはり皆様多忙でして四家ほど先程キャンセルになられました」
「四家キャンセル……ということは残りの一家は」
そこまで口にした瞬間の出来事だった。
──っ!?
突然、龍二は真後ろから特大の殺気を感知した。
レベルは自分と同じくらい。
しかも敵は索敵アビリティに一切引っ掛からなかった熟練の強者。この状況では確実に先手を取られる。
だが、やるしかない。
何が来ても受け切る覚悟で龍二が振り向くと、そこにはシャツにネクタイ、スクールスラックスを履いた赤髪の少年が立っていた。
「おまえは……!?」
龍二の呟きに、赤髪の少年は小馬鹿にするかのように腹を抱えて笑った。
「あははは! なに真顔になってるんですか、こんな公衆の面前で決闘申請も無しで奇襲なんてしたらボクが捕まっちゃいますよ!」
この笑い方、そしてこの容姿。
コイツは、ソウルワールドで魔王を相手に共闘した……。
固まる龍二に対して、少年は「面白かったー」と言うと片手を上げた。
「お久しぶりですね、土宮龍二君。いえ、それとも《剛剣の鬼》リュウとお呼びした方が分かりやすいですか?」
「おまえは《紅蓮の双剣士》ホムラか」
ホムラ、二つ名と同じく炎を冠するプレイヤーネーム。
確かソウルワールド内でのアバターの髪と瞳も赤色で、鎧や武器も赤色のもので統一していたはず。
かつて魔王ディザスター討伐戦で共闘して、その後も何度か組んだことのある龍二はその度に彼のアバターを見て『派手だな』と思ったことを思い出した。
「良かった、ボク達一度しか共闘した事なかったから忘れられてると思いましたよ」
爽やかに笑う少年。
それは彼の美貌と合わさって体育館内の異性の殆どを虜にする。
だがその内側に隠している本性を知る龍二は、その笑顔に対して失笑した。
「は、何が良かっただ。おまえアレだけの殺気を向けておきながら良くそんな事を平然と言えるな」
「アレはただの挨拶ですよ。ただでさえ世界がこんなにも面白いことになっているんです。アレに即座に反応できない程に平和ボケしている弱者なら、ボクは貴方を無視して挨拶すらしませんでしたよ」
そう言って、赤髪の少年は一番端の席に着いて自己紹介をした。
「四葉紅蘭、紅葉高等学校の一年生です。土宮君とは同じ『世界七剣』の末裔としてこの世界で面白く仲良くしましょう」
「面白く、ね。確かに現実の世界がファンタジー満載になってテンション上がるのは分かる」
「ですよね! おまけに今の地球の地図が日本以外は全て変わっていてそれはもう凄いことに──」
「でも悪いな」
龍二は紅蘭の言葉を遮ると、一番遠い席に座り、睨みつけるように言った。
「世界が変わって苦しんでいる親友がいるんだ。まだ俺は、おまえほどこの世界を楽しむ気はねぇよ」
「……へぇ、意外とつまらない人なんですね」
「おまえほど脳天気な思考をしていたら、もうちょっと楽なんだけどな」
二人の鋭い視線がぶつかる。
出会ったばかりだというのに険悪な四葉紅蘭と土宮龍二の空気に当てられ、側にいた紅林教頭は気を失いそうになっていた。
一階に集まって来ている生徒達も、二人の動向を固唾を飲んで見守っている。
止められる者は誰もいなかった。
ましてや二人は『世界七剣』の御曹司だ。例え校長であっても二人の間に割って入る事はできない。
高まる殺気。
極限まで張り詰める空気。
右手が動き、二人の間で『決闘申請』が交わされようとした。
正にその瞬間の出来事。
──やめろ!
そう言って、体育館内に現れたのは誰もが見惚れる天使だった。
身に纏うはジャージではなく、女生徒と同じ白のワンピース型のセーラー服。
その下には黒のタイツを履き、純白の長い白髪を揺らしながら歩くその姿は、女生徒達からは同じ服を来ている存在とは思えない程に美しく、異性からは触れたら消えてしまう幻想なのではないかと思わせる。
そんな白髪の少女、壱之蒼は睨み合う二人の間に割り込むと。
「世界七剣の御曹司が、くだらない喧嘩で皆を巻き込むな」
と言った。
それだけで、殺気に満ちていた二人の空気が霧散する。
紅蘭は、白の少女に見惚れ。
龍二は、白の少女の姿に呆気にとられた。
体育館の視線を全て集めた蒼は、こほんと咳払いを一つ。
「皆さん、お騒がせしてすみません。そろそろ朝の全校集会が始まりますので、自分のクラスの列に並んで下さい」
その姿は、正しく皆を導く天使だった。
龍二は蒼に釘付けになっている紅蘭に対して警戒心を強めると、教師に代わって生徒達を誘導する親友の姿に苦笑するのだった。
……まったく、似合い過ぎだよ。