第69話「地獄に道連れ」
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翌日の早朝に目を覚ましてリビングに向かうと、そこで蒼を待っていたのは先に起きて掃除のチェックをしていたヤツヒメだった。
甘いところはあったが最初ということで、今回は大目に見てもらい両親には合格という報告をしてもらえる事が決まった。
それから起きてきたアリスと真奈を交えて4人で朝食を済ませると、神威高等学校のワンピース型のセーラー服に着替えた蒼達は学校に向かうために家を出る。
すると目の前に民間の住宅街には違和感しかない、黒塗りの高級車が止まっていた。
毎日ちゃんと手入れされているのだろう。ガラスやボディには汚れは一つもなく、まるで新品のように朝日を浴びて輝いている。
家を出てすぐに飛び込んできたその光景に、蒼はその場で立ち止まり困惑した。
そして顔には出さず、胸中で呟く。
これは一体何事だろうか、と。
龍二がまた執事の山田さんと迎えに来たのかと思ったが、車の前で待機しているのは白と黒のメイド服を着た30代くらいの女性だ。
よく教育されているのだろう。背筋を真っ直ぐ伸ばして、一切ブレることのないその姿勢はまるでお手本のようである。
龍二の世話係が増えた事も考えられるが、そもそもこの場に彼の姿が見当たらない。
ということは今いるメンバーの中でこれの主は、現状で考えられるのは1人だけだ。
案の定メイド服の女性はヤツヒメを見ると、綺麗な一礼をしてこう言った。
「おはようございます、ヤツヒメ様。ご希望通りの準備は出来ております」
「うむ、ご苦労。では迅速で向かおうか」
「承知しました」
楽しそうに笑うヤツヒメ。
その様子は今から向かう場所で行うことが楽しみでしょうがない、そういったニュアンスを感じる。
耳に聞こえた『ご希望通りの準備』というワードから察するに、この車の行き先は絶対に学校ではない。
蒼はすごく不安になった。
彼女がああいう顔をする時は、大抵何かろくでもない事を仕掛けてくるのだ。
5年前に神威山に連れて行かれた時は、最低限の携帯食料と水を持たされて、3日間ひたすら奇襲してくる彼女と戦ったものである。
あれは辛かったなぁ……。
昔の事を思い出して蒼がうんざりした顔をすると、不意に誰かに肩を叩かれる。
誰だろうと思って振り返ると、そこには神威高等学校の制服を着た金髪碧眼の少女、幼馴染の水無月優が立っていた。
「おはよう、蒼 」
「お、おはよう」
いつもと変わらない様子で、何も知らない優は元気に挨拶をする。
少し遅れて挨拶を返すと、蒼は彼女にアイコンタクトをして、魔法を使って此処からすぐに逃げろと伝える。
長年の付き合いと僕の緊迫した表情ですぐに危険を察した優は、魔力を使い魔法を発動させようとした。
いくらヤツヒメでも空間転移までは出来ない。一度発動すれば彼女が優を追いかける事は不可能だ。
だがしかし先程までメイドと話をしていたはずのヤツヒメが、いつの間にか優の真横に出現。
彼女の肩をしっかり掴んで逃さないようにすると、指を鳴らして音に魔力を乗せて魔法の発動に干渉。構築されていた魔法陣を霧散させるという、その場にいる全員を驚かせる技を見せる。
それからヤツヒメは獲物が増えたと言わんばかりに、見る者全てを恐怖のドン底に突き落とすドブラックな笑顔を浮かべた。
「ユー、久しぶりだな。性転換した蒼が大変お世話になったようで、心の底から感謝している」
「……お、お久しぶりです、ヒメ姉さん。蒼は私の弟みたいなものだから、困っていたら助けるのは当然ですよ」
「そうか。それと今からついでに拾っていこうと思っていたんだ。ちょうど良いから一緒に我々と車に乗らないか」
そう言ってヤツヒメは、家の前で待機している黒塗りの高級車を左手の親指で差す。
彼女の言葉には、有無を言わせぬ圧が込められていた。
昔から蒼と同様にこの展開からヤツヒメには酷い目に合わされている優は、額にびっしり汗を浮かべるとせめてもの抵抗として話題を逸らした。
「ヒ、ヒメ姉さん。その制服を着てるって事は、今日からわたし達と学校に通われるんですか」
「ああ、そうだな。だが今日から一ヶ月は学校に許可をもらって、我の家で蒼達に訓練をしようと思っている。もちろんユーを仲間外れにはしないから安心しろ」
「今回は仲間外れでも良いんですけどぉ……」
「ハハハハ、昔からおまえは遠慮しがちだな。大丈夫だ、この車は大きいから1人2人増えようが問題はない」
違う、そうじゃない。
実にツッコミどころ満載だが、この場でそれをできる人間は1人もいなかった。
ちなみにヤツヒメは、一度ロックオンするとその対象は絶対に何があっても逃すことはない。
つまり水無月優はこの時点を持って、彼女から逃げることは不可能となったのだ。
先程からガッチリ肩を掴んだヤツヒメの手から逃れようと四苦八苦していた優は、諦めると目尻に涙を浮かべて苦笑いした。
可哀想だけど僕としては、地獄に行く道連れが増えて嬉しい限りである。
なんで既にヒメ姉が来ていることを教えなかった。
優からそういう恨めしい視線を向けられている気がするが、それを蒼は笑顔で受け流す。
するとメイドの女性が車の扉を開き、ヤツヒメの方を見るとこう言った。
「ヤツヒメ様、そろそろお時間です」
「ああ、分かった」
ヤツヒメに促されてアリスと真奈と優が、向かい合っている後部座席に乗り込む。
最後に空いている座席に蒼が座ろうとすると、ヤツヒメが待ってましたと言わんばかりに先に座り、膝の上に来るようにアピールした。
(うへぇ、マジか……)
予想外の要求に蒼は困惑する。
確かに今の自分の身長は、145センチと高校生にしてはかなり子柄な方だ。しかしこの年齢で従姉の膝の上に座るのは、果たしてどうなのだろうか。
対するヤツヒメは160センチと、羨ましい事に今の僕よりは高身長だ。
座っても良いけどみんなが見ている前で従姉の膝に座るというのは、心は男子高校生としては非常に恥ずかしい。
蒼が困った顔をしていると、焦れたヤツヒメが腕を掴んで引っ張り、強引に膝の上に座らせた。
すかさずシートベルトをして、逃さないように両腕で抱いてしっかり固定する。
メイドさんが全員シートベルトをした事を確認してから扉を閉めると、しばらくしてゆっくりと車が動き出した。
当然のことながら他の3人の視線は、ヒメ姉の膝の上にちょこんと収まる僕に自然と集まる。
恥ずかしさの余り、蒼は視線を下に落として顔を耳まで真っ赤に染めた。
その姿に、3人が感想を口にする。
「蒼様、可愛いのじゃ」
「姫様、お人形さんみたいなの」
「どう見ても仲の良い姉妹ね」
「う、うるさいうるさいうるさい……ッ」
皆の前で何たる醜態。
蒼は両手で顔を覆い隠すと、目的地に着くまでヤツヒメに頭を撫でられていた。




