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第68話「皇女の試験」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 風呂から上がると蒼はリビングのソファーの上で、ヤツヒメに膝枕をしてもらいながら耳掻きをされていた。

 昔は風呂に入った後は、よくヒメ姉に妹と2人でこうやって耳掻きをしてもらったものだ。

 心地よく懐かしい感覚に浸る蒼。ヤツヒメは手際よく、そんな白の少女の小さな耳の中を綺麗にしていく。

 しばらくして、大体両方の耳の掃除が終わった頃だろうか。

 蒼達の後で風呂に入ったアリスと真奈が、いつもの青色と桃色のパジャマ姿で出てくると、どこか緊張した面持ちでヤツヒメに向かってお辞儀をした。


「はじめまして、ヤツヒメ様。妾は伊集院アリス。蒼様のご厚意により、この家で居候をさせてもらってます」

「はじめまして、わたしは葉月真奈。呉羽くれは様の許しを得て、姫様の護衛をさせてもらっています」


 アリスと真奈がいつもの個性的な語尾を付けずに、珍しく丁寧な言葉で自己紹介する(アリスの一人称はいつもと同じだが)。

 緊張しているのは、もしかして相手が僕の従姉だからか。

 それと厳しい人だと事前に伝えたので彼女達はそれを意識して、普段はあまり使うことのない敬語を使っているのかも知れない。

 横たわっていた身体を起こして蒼が思案する傍ら、ヤツヒメはソファーから立ち上がり2人を品定めするような視線を向けて苦笑した。


「我は天照あまてるヤツヒメだ。呼び方はおまえらに任す。それと我を相手に無理に敬語を使わなくても良い。蒼と接するように、いつもの口調で語りかけてくれ」

「よ、良いのじゃヤツヒメ様?」

「ああ、我は寛大だからな。それに無理して喋りかけられるのは、どうしても背中がムズムズするのだ」

「……ヤツヒメ様がそういうのなら、そうするの」


 アリスと真奈がいつもの口調に戻ると、ヤツヒメは胸の前に腕を組んで深く頷いた。


「ふむふむ、見たところ2人ともレベルは74。蒼の護衛としては及第点といったところか」


 そう言ってヤツヒメは、蒼達の見ている前で自然にその場で一歩を踏み出す。

 友好的な相手を前に、その一歩を気に留める人間なんていない。

 しかし彼女は踏み出したその一本の足に瞬時に力を込めて、床に一切負担を掛けずにまるでミサイルの如く猛突進をした。

 ヤツヒメはそのまま、3メートルほど離れていた2人に急接近。

 胸の前で組んでいた両手で手刀を作ると、アリスと真奈の胴体を狙い振るった。


「「ッ!」」


 しかも、ただの手刀ではない。

 魔力で強化されている。

 鋭くはしていないから殺傷能力はないが、まともに当たれば骨は確実にへし折れる。そういうレベルの一撃だ。

 見てそう判断した2人の少女は、辛うじて反応すると身体を反らしてヤツヒメの手刀を紙一重で回避。

 そのままバックステップで後ろに下がり、反撃はせずに次の追撃に備えて身構えた。


「ヒメ姉!?」


 アリスと真奈に対する突然のヤツヒメの奇襲に、蒼は驚きの声を上げる。

 それに対して彼女は、背中を向けたまま何も答えない。

 避けた2人に対して、ヤツヒメは満足そうな表情を浮かべると、ニヤリと楽しそうに笑った。


「なるほど、これに反応できるのか。護衛として100点満点中、30点をくれてやろう」

「さ、30点……。避けただけでは、ダメなのじゃ?」

「当たり前だろ。今のは目の前に相手がいたのだ、できるなら避けると同時に反撃して50点。攻撃される前に接近した相手を撃退して80点。接近される前にそちらから向かい敵を撃破して100点だ」

「よ、避けるだけで精一杯だったの……」


 アリスと真奈は額にびっしり汗を浮かべて、顔を強張らせる。

 2人がそうなるのも無理はない。

 何しろ今のは警戒していたとしても、反撃するまでが関の山だろう。それだけの速度と鋭さがあった。

 今の人間をやめたヤツヒメの初動に対して対応が出来るのは、それは同じく人間をやめた者だけだ。

 具体的に言うと、現状で蒼が知る限りでもヤツヒメが動く前に対処できるのは父親である壱之呉羽と、優の母親である水無月レイナくらいしかいないだろう。

 恐らくは世界最強クラスの2人でなければ対応できない事を、高ランクとはいえ高校生に求めるのは酷なのではないか。

 そう思っていると、ヤツヒメは2人に対してこう言った。


「だが初見で我の動きに反応できたのは素直に褒めてやろう。流石は〈七色の頂剣〉のメンバーだ」

「それを知ってるって事は、ヒメ姉もソウルワールドの元プレイヤー?」

「ああ、そうだ。我は〈武神〉達と共に蒼達とは違うマップにいたがな」

「なるほどね。父さん達みたいなレベル90までいってる人達がいるのに、一切話題にならなかったのは違うマップにいたからなのか」


 当時のゲーム内には、開放されてないマップがいくつもあった。ヒメ姉が言うには、プレイヤー達はそれぞれ〈セラフィック〉と〈インフェルノ〉という2つのマップに分けられていたとの事。

 確かにそれならば、ソウルワールド内で話題にならないのは分かる。

 ただそれでも、SNSとかで話題にならなかったのは何故なのだろう。

 それを尋ねると、ヤツヒメはこう答えた。


「事実を知っている者と知らない者で分けて、事実を知る者達にはVRヘルメットで2ヶ月間限定で呪いを脳内に刻まれたのだ。ゲームの外で情報を漏らせば、その場で発動して即死する呪いがな」


 故に何も知らない者達は、天国のように温い環境の〈セラフィック〉でプレイして。

 知る者達はVRヘルメットギアから与えられた呪いで、文字通り命懸けで〈インフェルノ〉をプレイしていた。

 正に用意周到と言える計画だ。

 ここで蒼は、ヤツヒメに一つだけ質問をする事にした。


「ヒメ姉、一つだけ聞いても良いかな」

「可愛い従弟よ、我に答えられる事なら何でも聞くが良い」

「それじゃ遠慮なく聞くけど、レベル74ってヒメ姉達の方だと、どれくらいの強さ?」


 ストレートに蒼達は〈セラフィック〉のトッププレイヤー達の現段階の最高値が、ヤツヒメ達〈インフェルノ〉の中ではどの位置にいるのか聞いた。

 すると彼女は少しだけ考える素振りをして、おもむろに言った。


「我含む呉羽達が異常なだけで、大体トップ勢はそれくらいだな」

「なるほど、厳密にはそこまで差はないのか」

「そもそもレベルがいくら高かろうが、それを100%引き出せなければただのステータスの持ち腐れだ。ここを理解しているかいないかで、トッププレイヤーの質は格段に変わる」


 不意にヤツヒメの瞳が、ギラリと輝く。

 何やら武人のオーラみたいなものを纏う彼女。

 嫌な予感がして、蒼達は額に汗を浮かべる。

 彼女は不敵な笑みを浮かべると、3人に向かって声高らかに宣言した。


「というわけで、今日から2週間おまえらには我自らみっちり鍛錬を付けてやることにした。光栄に思うが良い、我はこう見えて〈インフェルノ〉では呉羽達と組んで〈十二神将じゅうにしんしょう〉と呼ばれた〈千之剣サウザンドソード〉だ。必ずや今よりも強くしてやろう」


 ……ナンテコッタイ。 

 それは鍛錬という名の、蒼達にとっては事実上の死刑宣告だった。

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