第64話「皇女帰還」
いつも読んで下さる方々に感謝しております。
神威市の象徴たる巨大な白城。
周囲を結界で守られており、その唯一の出入り口はいくつものチェックを受けた後に通る事を許される。
そんな〈天照王城〉に門を抜けて1台の黒塗りの車が到着する。
後部座席をスーツ姿のボディーガードの男性が開けると、そこから姿を現したのは金色の髪に金色の瞳を持つ美しい少女だった。
彼女の名前はヤツヒメ。
各国でも〈千之剣〉の名で恐れられている少女で、そのレベルは85と日本屈指の強さを誇る。
彼女は神威高等学校のワンピース型のセーラー服をぴしっと身に纏い、背筋を綺麗に伸ばして王の風格を漂わせながら歩く。
すると不意に真上から雷が降ってきた。
……ふん。
雷と共に放たれる鋭い蹴りを、ヤツヒメは一切見ずに手の甲で払い方向を強制変更。
真横に突き刺さる人物に、そのまま左肘を突き出すと至近距離で気合を込めて放つ。
当たれば遥か彼方まで吹っ飛ぶ一撃を、その人物はその場でバック転をして回避。
そのまま地面にしゃがみ力を溜めると、高速で突進してくる。
遅い。あくびが出そうな速度だ。
突進してくる動きを完全に見切ったヤツヒメは、突き出された正拳突きを横に躱して掴むとそのまま足を高速で払って投げ飛ばした。
投げ飛ばされた敵は、空中でクルクルと回転すると綺麗に着地する。
次は何をしてくるのだろうか、そう思って構えると目の前の人物の腰からポキッと嫌な音がした。
「ぐ、こんな時にギックリ腰が!?」
「…………」
慌てて救急部隊が処置をしにやってきて、襲撃犯はそのまま運ばれてしまう。
普通の人間よりも頑丈な王族がギックリ腰とは、深刻な運動不足ではなかろうか。
そんな事を思いながらも、しばらく暇つぶしに懐かしの庭を眺めていると、もう腰は治ったのか背後から先程と同じ気配を感じた。
振り返ると、そこにはやはり見知った人物がいた。
普段は王城の頂上で神威市を見守っている、ヤツヒメと同じ金色の髪と金色の瞳の男性。
彼が身につけているのは、昔から何度も見慣れた着物。気に入ったものを何着も着回しする癖は、3年という月日が経っても相変わらずか。
先程の一件も合わさり、つい呆れた顔をしそうになるが此処は公の場、誰が見ているか分からないので鋼の精神でそれを自制する。
……ふぅ。
少しだけ胸中でため息をすると目の前にいる父親、スサノオ王に軽く一礼をした。
「お久しぶりです父上。第一皇女ヤツヒメ、留学を終えてただいま戻りました」
「うむ、3年もの長き留学、ご苦労だった娘よ」
娘の帰還を嬉しそうに頷くスサノオ。
親バカなのも相変わらずかな。
そんな事を思いながらも、ヤツヒメは実に申し訳なさそうな顔をすると、一度上げた頭を今度は深々と下げた。
「父上、街が〈怠惰の魔王〉の危機に晒されているときに駆けつけられず、このヤツヒメ弁明のしようもございません」
「……頭を上げよヤツヒメ。守護者、狩人、武神の3人、それに白の騎士団の助力により街は守られた。おまえが責任を感じる必要は一切ない」
白の少女を守る役目を持つ〈守護者〉。
あの理不尽の塊のように強いスカアハを、単独で撃破したと聞く化け物〈金色の狩人〉。
世界最強の名を持つ〈武神〉。
それと白の少女を慕う強い冒険者達で構成されている、今は外国でも噂になっている〈白の騎士団〉。
スサノオの言葉に出てきた言葉の中に一つだけ足りないものがある事に気づき、顔を上げたヤツヒメは少しだけ怪訝な表情を浮かべた。
「父上──〈天使〉は? 我は部下から彼の存在が大きかったと聞きましたが」
「〈天使〉は身の安全を第一に前線から遠ざけた。大きな戦果を上げたのは〈白の騎士団〉とこの3名よ」
「……そうですか、わかりました」
なるほど〈天使〉は何もしていないというシナリオで外の王達の目を誤魔化す気か。
ヤツヒメは内心で笑みを浮かべる。
これで確信した、魔王討伐には彼が大きく貢献したと。
何があったのかは後で部下に聞くが、恐らくは魔王との戦いの内容をそのまま外に出せば、間違いなく彼が欲しくて婚約を持ちかける王達が出てくる程の事があったのだ。
最悪の場合は〈天使〉の身柄を先に確保しようと、拉致する計画を立てる奴らもいるかも知れない。
〈怠惰の魔王〉を倒した実績は、とてつもなく大きいのだから。
あの子がそこまで成長したのだと思うと、昔一緒に遊んであげてた姉としてとても誇らしい。
ああ、早く愛でたい。
そんな彼女から不審な気配を感じたのか、スサノオは額にうっすら汗を浮かべるとこう言った。
「ヤツヒメ、分かっているとは思うが昔とは違うのだ。今の〈天使〉に不要な接触はくれぐれも」
「そうやって何時までも腫れ物を扱うようにするのも、我はどうかと思いますが」
「しかし……」
「それに父上の耳に入っていると思いますが、ヨーロッパの次期騎士王がかなり興味を持たれてました。あまり悠長にしていると正式に婚約を申し込んでくるかも知れません」
ヨーロッパの次期〈騎士王〉アルサ・ペンドラゴン。
そのレベルは90で、現国王から〈エクスカリバー〉を受継げば〈武神〉に匹敵するかも知れない化け物だ。
直に見たヤツヒメは、あの人物を見て実際に震えた。
底の見えない才能。
一切の無駄のない剣舞。
こいつは、戦えば負ける。
自分にそこまで思わせた相手は、壱之呉羽と水無月レイナ以外では初めての事だった。
しかもその配下には、現代のブリテンの騎士達がいる。姿は見たことないがアルサが直々に選抜したとの事だから、そいつ等も化け物なのだろう。
アルサにただ興味を持たれてるだけなら良いが、もしも気に入られたら日本としては魔王以上の厄介な存在になるのは間違いない。
思い出して、ヤツヒメは身震いする。
そして父親であるスサノオを、真っ向から見据えた。
「だから、その前に牽制をしましょう。王の卵である蒼を狙う全てに」
「ヤツヒメ、おまえはなにを……」
自分はずっと考えていた。
姉さんと慕ってくれた黒髪の少年の事を。
白の少女となった愛しい弟を守る方法を。
この5年間、片時も忘れることなくずっと。
そして一つの結論に至った。
あるではないか、今の日本では法律で許されている一つの決定的な方法が。
蒼が各国から狙われるのならば、先に行動してしまえば良い。
ヤツヒメは満面の笑顔を浮かべると、こう言った。
「結婚するんです、我と蒼が」
余りにも衝撃的すぎる発想に、スサノオは固まってしまう。
それは、とびっきりの爆弾発言だった。




