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第63話「サヨナラ平和」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 10月1日の木曜日。

 時間は12時過ぎ、普通の世界ならば高校生はまだ学校にいなければいけない時間帯だが、このモンスターが存在する世界ではレベル50以上の人間は午後の実践訓練を免除される。

 それを利用して学校から早々に帰宅した4人の少女は、小さな喫茶店に並んで座っていた。

 椅子はカウンターの前にある7席のみ。

 客入りを考慮しない作りをしており、他に座席は一つもない。

 久しぶりに来店したワンピース型のセーラー服を身に纏う白髪の少女、元の性別は少年の壱之蒼は一つだけ前と違う事に気がつく。

 何だか前は質素な店だったが、インテリア等が増えている。

 洒落っ気なんて全く興味のない店主だと思っていたから、すごく意外だ。

 そんな感想を抱きながら、彼は目の前にいる喫茶店のオーナーであり、見た目は中学生か小学生にしか見えない黒髪金眼の少年ネームレスに開幕不満をぶつけた。


「よくも魔王なんて出してくれたな、びっくりしたじゃないか」


 そう言うと、ネームレスと呼ばれた少年は目を丸くした。


「……魔王を相手にして、びっくりしたで済ますのもすごいと思います。〈守護者〉や〈武神〉なら確実に何も言わずに切り掛かって来ますよ」

「良い経験にはなったよ。それにびっくりはしたけど何とか勝てたからね」


 ネームレスが山に張り巡らした結界で、ベルフェゴール側に制限を設けてなかったら厳しかったかも知れない。

 やはり索敵や感知能力は戦闘において有ると無いとでは雲泥の差だ。


「というわけで約束は果たしたんだ。ちゃんと術式をくれよ」

「はい、わかりました。アナタ方が扱えるかは保証しませんが約束は約束ですからね」


 そう言ってネームレスが僕に手渡したのは、虹色に輝くしおりだった。

 洞察アビリティでソレを見た蒼は、術式の濃度に思わず吐きそうになった。

 な、なんだこりゃ。

 凡そ人間が思いつくようなものじゃない。何百何千という術式が複雑に絡み合って地獄みたいになっている。

 これがネームレスの結界の術式。

 なるほど、これだけ濃密なら天使の〈第一昇華〉を完璧に隠せるわけだ。

 というわけで、何時までも僕が持っていても何にもならない。

 後は最強の専門家の出番だ。

 蒼がそっと真奈に渡すと栞を眺めた彼女は理解できるのか、かつてないほどに嬉しそうな顔をして術式とにらめっこを始めた。


「ま、真奈それ分かるの?」

「ものすごく面白い術式の構成してるの。ふむふむ、なるほど此処と彼処の術式がこうなって……」

「真奈? 真奈さーん」

「…………」


 真奈は何にも反応しなくなった。

 目の前の栞の術式の使用方法を探るために微鏡まで取り出して、本格的な作業を始めてしまっている。

 こうなると彼女が自分で作業を中断しない限りは、こちらからは何をやっても反応はしない。

 長くなりそうなら強制的に止めるが、幸いにも今日は特に予定はないので、ここでのんびりするのも悪くはない。

 そう思っていると、ネームレスが苦笑した。


「すっかり馴染んでしまいましたね」

「まぁ、珈琲が美味しいからね。それに僕はこういうのんびりした雰囲気が好きなんだ」

「それは光栄です」


 読書を始めた僕と優の横で、アリスは日差しが温かいのか居眠りを始めている。

 そうやってしばらくのんびりしていると、不意に蒼の携帯電話のチャットアプリに一つのメッセージが飛んできた。

 ……誰だ?

 疑問に思った蒼は、相手の名前を確認する。


「……え」


 名前の確認をした蒼の思考は、そこで停止した。

 その様子に、優が小説を読みながら適当に反応する。


「んー、蒼どうかしたの」

「だ、だだだだ大事件だぞ」

「事件? また魔王か何かが出てきたの?」

「魔王よりもヤバいかもしれない」


 ただならぬ様子の蒼に、優は小説から視線を外して首を傾げる。

 そんな彼女に、蒼は携帯電話に表示された相手の名前を見せた。


 ヒメねぇ『そろそろ顔を見に帰るぞ』


「──ッ」


 メッセージを見た優が、バランスを崩して椅子から崩れ落ちる。

 その額には、びっしりと大量の汗が浮かんでいた。

 一方で蒼は頭を抱えて「ナンテコッタイ」と呻いた。

 その珍しい様子に、傍観していたネームレスが思わず首を傾げて尋ねる。


「一体どうしたんですか」

「どうしたもこうしたもない、ヒメ姉が帰ってくる!」

「そのヒメ姉とは」

「5年前によく一緒に遊んだお姉さんよ。

とっても強い人で、よく鬼ごっこしてたときは捕まった際に罰として柔術で空高く投げ飛ばされてたわ」

「あの人、人間を片手で軽々と投げれるんだよなぁ」

「……ぼくの知ってる鬼ごっことは大分違うと思うのですが」


 ネームレスもこれには困惑。

 自分も今更思うのだが、なんで鬼ごっこで捕まった側が空を飛ばなければいけないのだろうか。

 色々とおかしいけど、それが父さんが連れてきた僕の従姉弟、天照ヤツヒメという暴君なのだ。

 気を取り直して蒼は即座に『お久しぶりです。いつ帰ってこられるんですか?』と丁寧なメッセージを送信する。

 ヒメ姉は数秒もしない内に『明日には到着するからよろしく』と返してきた。

 しかもご丁寧に『それとおじさん達がいない家の中のチェックを、我がするように頼まれたからよろしく』と付け加えて。

 ちなみに彼女は掃除にも厳しい。もしもホコリが出てきたら、その瞬間に僕は投げ飛ばされる。

 これは被害を最小限に抑えるためにも、先ずは迅速に行動をしなくては。

 蒼はアリスを揺さぶり起こし、集中している真奈に謝罪しながら話しかけて解析を中断してもらう。


「蒼、掃除手伝うわ!」

「助かるよ、優!」


 料金を支払い慌てて鞄を手に立ち上がると、そのまま蒼達は壱之家に走るのであった。

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