第61話「表に出せない功績」
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壱之蒼が目を覚ますと、そこは神威山ではなくいつもの自分のベッドの上だった。
なんでこんな所に……。
ぼんやりする記憶の中、最後に見たのは父さんが魔王ベルフェゴールの核を切ることで、何一つ被害を出すことなく勝利した事。
確か僕はその直後に猛烈な眠気に襲われて、あっという間に意識を失ったのだ。
理由は考えるまでもない。
ただの力の使いすぎである。
その中でも特に強化された〈神の祝福を授かりし天使〉は、肉体の負担が大きいらしい。
身体を動かそうとすると、腕一本持ち上げることすら困難な状態だった。
しかし、いつまでも寝ていられない。
蒼は無理して身体を起こすと、壁に掛けられている時計に視線を向けた。
時刻は10時を過ぎている。
終夏祭が行われるのは、毎年9月の最後の日曜だ。つまり今日は月曜で、いつも通り学校がある。
ということは、10時過ぎに起きるのは完全に遅刻だ。
ベッドから起き上がろうとすると、不意に扉が開く。
中に入ってきたのは、2人の金髪碧眼の親子。水無月レイナとその娘であり、幼馴染の水無月優だった。
2人は目を覚ました蒼を見ると、嬉しそうな顔で側に近寄ってきた。
「蒼君、良かった目を覚ましたのね」
「レイナさん、僕は……」
「天使の力を使って気絶したのよ、無理はしちゃダメ。学校には私から連絡を入れておいたわ。今日と明日は、家で安静にしてなさい」
「すみません、ありがとうございます」
礼を言うと、優が何やら泣きそうな顔で僕の腰回りに抱きついてきた。
「もう、心配かけないでよね。また10日も眠っちゃうのかと不安になったじゃない」
「ご、ごめん……」
素直に謝罪すると、優はムスッとした顔で蒼の脇腹辺りに顔を埋めると「今回はゆるさない!」と言った。
これは当分の間、離してくれなさそうだ。
やれやれと首を横に振ると、開け放たれた扉の向こう側から、此方をチラッと伺う2人の顔が見られる。
それは青髪の少女、伊集院アリス。それと桃色の髪の少女、葉月真奈だ。
いつもなら遠慮なく入ってくるのに、今日は優の母親がいるせいか自重している様子。
僕と視線が合った2人は「入ってきても大丈夫?」と言いたそうな顔をしていた。
そのままにしていても可哀想なので頷いてあげると、彼女達は嬉しそうな顔をして部屋に入ってきた。
「蒼様、お身体は大丈夫なのじゃ?」
「姫様、白湯お持ちしたの」
やはり2人とも心配してくれていたようだ。
蒼は「大丈夫だよ」と言って笑いかけると、礼を言って真奈から白湯を受け取り一口飲む。
温かく柔らかい口当たりに、ホッと一息つく。
2人に座るように促すと、アリスと真奈は僕の左右に腰を下ろした。
それから蒼は、昨日の顛末をレイナから聞くことにする。
彼女はどこから話そうか考える素振りをすると、先ずはその時の被害状況を語りだした。
「協力してくれた白騎士の方々からは、幹部の子達も含めて被害は一切出てないわ。強いて言えば、蒼君が気絶したことでみんな大騒ぎだったけど」
「まぁ、そうなるよね」
気を失った僕を見て、みんなが右往左往する姿が容易に想像できる。
紅蘭にはまた心配かけちゃったなぁ、と実に申し訳ない気持ちになった。
「それと壊した神社の修繕は、スサノオ王が魔王対策の費用から出すみたい。だから私達に請求される事はないから安心して」
「それは、良かったです」
そもそも神社が戦闘の地になった時点で、ある程度の被害は予想できていた。
むしろ魔王との戦いで、更地にならなかっただけでも凄い事だと思う。
まぁ、これが剣技ではなく魔法合戦とかだったら、今頃神社は原型すらとどめていなかったかも知れないが。
蒼がそう思っていると、レイナは続けてこう言った。
「そういえば今回の魔王討伐の表向きの功績は、全て呉羽ちゃんと黒漆君、それと白の騎士団の子達のものにする事が決まったわ」
「表向き?」
「そう、表向きはね。裏ではちゃんとスサノオ王から、蒼君達に報酬が出ることが決まってるから安心して」
報酬か、スサノオ王から出るということは、何かレアなアイテムでも貰えるのだろうか。
功績なんて全く興味もないので、正直なところそっちの方が嬉しい。
ついゲーム的思考をしてしまう蒼を見て、レイナはくすりと笑った。
そしてこの場にいる皆を見渡すと〈魔王の従者〉と相対した時と同じ真剣な眼差しで、念を押すように忠告した。
「昨日、蒼君以外の人達には一回言ったけど、ここにいる子達にもう一度言うわね。──今回の魔王の件で、蒼君が活躍した事は絶対に表に出さないようにしなさい」
「レイナさん、何かあったんですか」
意味がわからなくて尋ねると、彼女は険しい表情を浮かべて僕を見た。
「天使の力は、とてつもなく大きい物なの。今までは〈第一昇華〉をしていなくて、蒼君に対してはリスクの方が高かったんだけど」
「それをクリアしたから、メリットの方が高くなったと?」
「その通りよ。特に今回の活躍を聞いたら、蒼君を欲しがる人達は爆発的に増えるでしょうね」
「なんだかなぁ……」
蒼は何とも言えない顔をする。
理屈は分かるが、安全が保証されてから求められるのは流石に気持ちの良いものではない。
僕は物ではなく、人なのだから。
そう思い憂鬱になっていると、いきなりレイナは爆弾発言をしてきた。
「蒼君が良ければ、今の内に優と婚約でもしちゃう?」
「──ッ」
白湯を口にしていた蒼は、盛大にむせた。
ゲホゲホと苦しそうに咳をする僕の背中を、真奈が心配して優しく擦る。
一方で同じく衝撃を受けたアリスは、驚いた顔のまま勢いよく立ち上がった。
「ゆ、優の母上様、それはダメなのじゃ!」
「あら、婚約者がいれば諸外国の王子には一番の牽制になるし、言い寄る男もいなくなるから良いと思ったんだけど。それに私の娘なら文句を言う奴はいないと思うわ」
なんでもレイナは各国の王からは〈武神〉と並んで恐れられる程の存在らしい。
詳しい理由はゲーム内とはいえ、あのスカアハにタイマンで唯一勝った女性だからとの事。
そんなレイナの娘と婚約しているとなれば、もしも手を出せば〈武神〉と〈金色の狩人〉を相手にする事になる。
最初の時と同じように、メリットよりもデメリットの方が大きいと相手に思わせれば蒼に手を出そうとは思わないだろう。
しかしアリスと真奈は、全く納得できないという顔をしていた。
2人の気持ちを考えると可哀想なので、僕はレイナさんの提案を保留することにした。
「まぁ、それは最終手段だね。何度でも言うけど優とは姉弟みたいな関係だから、婚約してもお互いに困るだけだよ」
「そうね。蒼と付き合ったとしても元々の距離が近すぎるから、いまいちピンとこないわ」
蒼と優がそう言うと、2人はホッと胸を撫で下ろした。
レイナは残念、といった顔をする。
──うん、恋愛?
そこでふと、恋愛というワードで蒼は一つの事を思い出した。
「そう言えば、黒漆はどこにいるの。確か今日、父さんの所に帰るって言ってなかったっけ?」
僕がそう言うと、レイナさんは気まずそうな顔をして答えた。
「黒漆君なら、蒼君と話をすると帰りたくなくなるからってさっき家を出ちゃったわ……」
引き止めたんだけど、と申し訳なさそうに言うレイナさんを見て、僕は身体の負荷を全て無視して立ち上がる。
突然の事にびっくりして床に尻もちをつく優。
彼女にごめんと思いながらも、感知アビリティを使用。
反応は、あった。
かなり遠くにいるが追いつけない距離ではない。
半袖に短パンという格好では流石にアレなので、いつでも軽い外出ならできるように置いてあるパーカーの上着を手に取ると、僕は全能力を開放して部屋から飛び出した。
余りにも迅速なその動きに、4人は反応できない。
慌てて追いかけようとする彼女達を背に、蒼はサンダルを履くと家から出て行った。




