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第60話「武神の一刀」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 かつて興津港おきつこうという名があった場所。

 この港は最早、当時を知る者にとっては見る影もない。

 〈暴食の魔王〉との攻防によって地形は変わり、今は港にいくつもの魔導艦隊が並んでいる。

 それは日本を守る為に集った精鋭達。

 此処から先には絶対に行かせないと、決意を持って集まった駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母等が何十隻も横に並ぶ光景は、正に壮観の一言だ。

 そして全ての戦艦の主砲は、常に遠く離れた太平洋のど真ん中にある〈混沌の地〉に向けられており、敵に動きがあれば即座に対応できるようになっている。

 込められている砲弾は普通の物だ。しかし艦の心臓部に設置された〈大精霊石〉を利用する事で、砲弾に上級魔法を付与する事ができ、レベル80程度なら一撃で倒すことができる。

 これを開発したのは葉月はづき真理まり、葉月真奈の母親だ。

 今の世界が魔王に対抗できているのは、葉月家の貢献が大きいと言っても過言ではない。

 魔導軍艦を始め、変衣の結晶、街に設置されている魔導砲、人工ダンジョン等。

 錬金術士であり鍛冶士である彼女がこの10年間で人類にもたらしたものは、大きなものを挙げるとこんな所だろうか。

 これも、アイツお手製だしな。

 腰に下げた2本の刀〈蒼穹そうきゅう〉と〈白夜びゃくや〉に手を置き、ジンベエ姿の威風堂々たる男性──壱之いちの呉羽くれはは神威市のある方角を眺める。

 彼が立っているのは、並ぶ軍艦の中でも一際大きい旗艦〈ヤマト〉の艦橋。

 その頂上で夜風に当たりながら、今頃ネームレスの用意した駒と戦っている息子の事を思い、その身を案じる。

 現場にいる部下の1人から〈怠惰の魔王〉が現れたと聞いたときは、思わず飛び出して神威市に向かおうとした。

 もちろん、黒漆くろうに続いて自分までこの地を離れてしまえば〈暴食の魔王〉が攻めてくるのは確実なので、その場にいた全ての部下に全力で止められたが。

 せめてもの対策として自分の次に強い〈金色の狩人〉水無月レイナに助力を頼んだが、果たして彼女は上手くやってくれただろうか。

 うーむ、実に落ち着かない。

 夜食にと娘の沙耶さやが握ってくれたお手製の鮭おにぎりも、まともに喉を通らない有り様だ。


「ネームレスめ。よりによって魔王を出してくるとは、流石に恨むぞ」


 舌打ちをして、呉羽は硬い艦橋に腰掛ける。

 常に頭の中を占めているのは、白の少女となってしまった愛しい息子の事ばかり。

 一度は失ったと思った悲しみの分、生まれてきてくれた蒼に関しては何よりも過敏に反応するようになってしまったのは、自分でも十分に自覚している。

 だから神威高等学校の演説で、白髪の少女となった息子をテレビで見た時は即座に行動した。

 世界各国の王達に、蒼と婚約をしたいのなら先ずは自分を倒せと。

 そして報道機関には、蒼の生活を乱すような行動を一切するなと。


「……平和に、暮らして欲しいだけなんだがなぁ」


 呟き、呉羽は夜空に手を伸ばす。

 正に、その瞬間だった。

 此処からでも感知できる程の凄まじい魔力の集まりを、神威市の上空から感じた。

 呉羽は驚いて立ち上がり、ユニークアビリティである〈神眼〉を用いて艦橋の上からソレを見る。

 あれは、なんだ。

 呉羽の目が捉えたのは、捻れた2本の角を持つ顔の無い黒い巨人。

 十二枚の翼を広げ、頭上には漆黒の輪っかを浮かべている。

 それの正体を呉羽の〈神眼〉は〈怠惰の魔王〉だと教えてくれる。

 しかし、明らかに様子がおかしい。どう見ても普通の状態じゃない。

 まさか〈真体顕現〉か。

 一度したら二度と人型には戻れなくなる、言うなれば魔族の一度限りの捨て身の技だ。

 しかも理性は失われ、まともな思考はできなくなり、ただ本能のみで暴れる怪物に成り下がると聞いている。

 魔王がそれを使ったということは、蒼達がベルフェゴールを追い詰めたという証拠。


「蒼……ッ」


 相対しているであろう息子の顔を思い浮かべて、呉羽は右手で弾む心臓の鼓動を上から強く押さえつける。

 すると、不意に携帯電話が鳴り響く。

 誰だと思い取り出すと、そこには助っ人を頼んだ旧友、水無月レイナの番号が表示されていた。

 何かあったのだろうか。

 呉羽は迷わずに出る。


『こんばんは、呉羽ちゃん。そこから見てると思うけど魔王が〈真体顕現〉したわ』

「ああ、そのようだな」

『でも見てる限りだと、どうも不完全みたいなの』

「なるほど、つまり俺はどうしたら良い?」


 このタイミングで彼女が電話を掛けてきたということは、自分に何か手伝って欲しいのは明白だ。

 旧友の意図を察してそう言うと、彼女は嬉しそうに言った。


『私が今から〈ゲイボルグ〉で敵の核の位置を教えるわ。呉羽ちゃんには、そこをぶった切って欲しいのよ』


 水無月レイナの要求は、とんでもないものだった。

 此処から何百キロも離れた神威市の上空にいる魔王に、刃を届かせろと言ったのだ。

 今の世界中を探しても、そんな事をできる人間や異種族は存在しないだろう。

 しかし、呉羽は首を横には振らなかった。

 彼女に出来る事があれば言ってくれと伝えたのは、他でもない自分だ。

 男に二言はない。

 呉羽は頷くと、レイナにこう言った。


「なるほど、分かった。距離的にかなり難しいがやってみせよう」

『あ、呉羽ちゃん。蒼君に電話代わるわね』

「なんだと?」

『世界一可愛い息子からの応援を聞けば、元気が出るでしょ』


 やはりお前は最高の仲間だ。

 そんな事を思っていると、電話先の相手が代わった。

 熟成した女性の声から、幼い少女の声に。

 蒼は皆の前で親に電話をするのが恥ずかしいのか、いつもより小さな声で言った。


『こ、こんばんは父さん』

「こんばんは。どうした蒼、声にいつもの元気がないみたいだが」

『魔王の相手は、流石にちょっと疲れちゃったよ。ごめんね、父さんに尻拭いさせるような事になっちゃって』


 実に申し訳なさそうに言う息子。

 呉羽は、その言葉に対して首を横に振った。


「蒼は十分に頑張ったんだ。なんて言ったって、魔王に最終手段を使わせたんだからな。次は俺が頑張る番だよ」

『うん、ありがとう。い、一度しか言わないからちゃんと聞いてね』


 少しだけ間を置くと、電話先の蒼は恥ずかしそうに言った。


『──父さん、頑張って』


 その一言で、呉羽は無敵となった。

 気力が全身にみなぎり、溢れ出す魔力は不可能を可能とする万能感を与える。

 なんだ、たかが数百キロ先の的を切るだけで息子の助けになるのならば、そんな簡単な事はない。

 魔王との戦いで疲れてる様子の息子に心配してしまうが、水無月レイナが側にいるのならきっと大丈夫だろう。

 呉羽は微笑を浮かべると、愛しい息子にこう言った。


「ありがとう、後は俺に任せろ」

『うん、任せたよ。父さん』


 通話を切り、呉羽は携帯電話をポケットにしまう。

 そしてゆっくり立ち上がると、腰に差している一つの日本刀の柄に触れた。

 名は〈蒼穹〉。

 世界で最も希少な〈ディバインソウル〉の欠片を混ぜて作られた、文字通りの神器。

 人が魔王と邪神を倒すために、葉月真理が考案して自ら打った神域の刃。

 それを手に、呉羽は全意識を魔王に集中させる。

 両足を開き腰を低く落として、左手で純白の鞘を握り右手は柄に添えるだけ。

 剣技の選択は考えるまでもない。

 この状況で届かせようと思うのならば、極限の刀技しかあるまい。


「さて、こっちの準備はできたがレイナさんの方はどうかな?」


 レイナが所有する〈ゲイボルグ〉は、狙った相手の心臓に必ず命中する神器だ。

 例え相手が魔王でも、秘匿した核を金色の槍から逃す術は無い。

 そう思っていると、地上から一筋の光が天に昇るのが見えた。

 あれはレイナの必殺技の一つ、極限固有槍技〈致命ゲイ金色ボル〉。

 呉羽の目に映ったのは、光の先端となり夜闇を切り裂く金色の槍。

 〈怠惰の魔王〉の防壁をまるで紙切れのように簡単に突破すると、必中の槍はそのまま魔王の身体の中心を貫いた。

 ちなみに〈ゲイボルグ〉の能力は色々あり、その中には貫いた物質に〈呪いの刻印〉を付与するというものがある。

 呪いを核に刻まれた魔王の巨体は、激しく苦しみ悶えた。

 そして呉羽の〈神眼〉は、その原因となっている金色の槍の刻印を正確にとらえる。


「さて、後は俺の仕事だな」


 全魔力を神刀〈蒼穹〉に収束。

 狙いは遥か彼方にいる、魔王の体内に刻まれた金色の刻印。

 アレを狙うのを〈神眼〉は無理だと教えてくれるが、こればっかりは理屈で行うことではないと呉羽は無視する。

 刃に込めるのは殺意ではない。

 ただひたすらに1人の大切な家族を守りたいと願う、父親としての思い。

 その思いは呉羽の中にある〈女神のソウルの欠片〉を呼び覚まし、彼に莫大な力を与えた。

 これは10年前に悪魔達によって致命傷を受けた際に、ショックを受けた蒼が半覚醒して〈白の少女〉となり、自らの〈ソウル〉を分け与えた呉羽の命を繋ぐモノだ。

 欠片とはいえ〈世界の王〉の力の一端。

 先程まで無理だと警告していた〈神眼〉が掌を返し、今なら2割の確率で行けると教えてくれる。

 2割もあるのなら十分すぎるくらいだ。

 呉羽の集中力は更に研ぎ澄まされ、世界から音が消えて、遠く離れた魔王に刻まれた刻印しか見えなくなる。

 更には時間も遅くなり、世界が止まって見えるようになる。

 そんな極限状態の中で敵の動きを見極めた呉羽は、文字通り全てを込めて〈蒼穹〉を抜刀した。


「──極限一刀術〈天叢雲アメノムラクモ〉」


 放った一刀は純白の光の刃となり、闇夜に一筋の線を描く。

 神速で接近するそれに気づいた魔王は、警告する本能に従い回避しようとする。

 だが魔王が動くよりも、呉羽の斬撃の方が速い。

 とっさに身を守る為に展開された防御魔法を全て切り裂きながら進むと、純白の刃は寸分違わず魔王の肉体ごとレイナが刻んだ刻印を両断。

 核を切られた〈怠惰の魔王〉ベルフェゴールは、存在を維持することが困難になり崩壊を始めた。

 完全に漆黒の巨体が消滅するのを見届けると、呉羽は何やら下が騒がしいことに気がつく。

 どうやら〈武神〉の新しい伝説の誕生に、下で見守っていた隊員達がはしゃいでいるらしい。

 呉羽はため息を吐くと、神威市の方角を見て小さな声で呟いた。


「蒼、父さん頑張ったぞ」


 

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