第6話「いざ学校へ」
読んで下さる方々に感謝の極みです
──時は戻り。
白髪金眼の少女となった壱之蒼の身体の変化に、驚きのあまり気絶しそうになった龍二。
それを蒼は顔面に平手打ちで物理的に冷静にさせると、この身体について話す為に先ずは壱之家を出た。
しかし、白髪少女の身体では目立ちすぎる。そう判断した龍二の提案で、3人が乗り込んだのは彼の専属となったらしい執事の車だった。
それは普段ならばテレビなどでしか見ることのない、要人を警護するための6人乗りの黒塗りの高級車。しかも特殊な作りをしているらしく、後部座席は前後の二席が向かい合って座れるようになっていた。
3人が後部座席に乗り込んでから発進したその車は、安全を第一にゆっくりと神威高等学園に向かっている。
執事さんは国から派遣されているとの事なので、お金とかは国が出しているのだろうか。
高級車の座席の感覚になんだかそわそわする蒼と優は、落ち着かない気持ちを紛らわすために話をする事にした。
朝起きたらソウルワールド内で使用している白髪金眼の少女の姿になっていた事、そして身の回りの物が女体化に合わせて変化していた事、それには現実化しているソウルワールドが関わっているのではないかという事。
一度優に話していたためか、僕が全てを語るのに5分も掛からなかった。
そして次に優が語ったのは、つい先程自分が聞かされたのと同じ内容。
──と、思っていたのだが、最後に『壱之蒼が来年の二年生からは一人暮らし体験期間を終えて、本家に帰ることになっている』事を思い出したかのように語った。
いや、それは僕も初耳なのですが……!?
これには蒼も唖然とする。
龍二は無言でただ頷いているだけだったが、優の話が終わると徐ろに口を開いた。
「ふむ、となると俺達が今やるべきことは自分達の身の回りがどう変化しているのか確認する事だな」
「私のところは大した変化はないわよ。ただママがこの異変を自然に受け止めてるのが気になるけど」
「そういえばモンスターとか皇居が別物になっているのにテレビで騒いでいる人いないね」
「俺達と優の母親の相違点を上げるとするなら、ソウルワールドをプレイしているかしていないかぐらいしかないな」
「つまりゲームのプレイヤーはこの異変を正しく認識できる?」
蒼がそう言うと、龍二は首を横に振った。
「いや、ソウルワールドの攻略掲示板を見てみたが誰もこの異変に関して書き込んでいる人がいなかった……というよりは全てのSNS上でソウルワールドの話題がされていない」
「それって、どういうこと?」
「俺にもわからん。推測を語る事はできるが、それを確定させるためにも先ずは学校に行かないといけない」
「学校か。僕の扱いどうなってるんだろ」
「さぁな、少なくともソウルワールドをプレイしていない奴らはおまえを女だと思ってるだろ。俺の予測が当たっているのであれば、一番の問題はプレイしている俺達の同級生の奴らが蒼を男だと覚えていないパターンだ」
そうなると改変の影響がソウルワールドのプレイの有無だけではなくなる、と龍二は語った。
ああ、なるほど。
今確認できているのは、ソウルワールドをプレイしている僕達は世界が改変されている事に気づいている事。
それに対してソウルワールドをプレイしていない優のママは、改変されている事に気付いていない。
ソウルワールドをプレイしているにも関わらず世界の改変に気付いていない人が現れると、問題はプレイの有無だけではない事になる。
この三人の共通点を上げるとするならば、それは全員プレイヤーレベルが50を超えているところか。
確かプレイヤー数3000万人を超えているソウルワールド内で、レベル50を超えているのは全体で100万人くらいだったはず。この広い世界で100万人では、よほどの事がない限りは出会わない気がした。
「まぁ、この異常事態に気づいている奴が学校で一人か二人見つかれば御の字だな」
「でもどうやって探すんだよ。うちの学校って確か一年から三年生まで含めると900人はいる筈だぞ」
「そこでおまえの出番よ」
「僕?」
ああ、そういう事か。
龍二の言葉の意味に気づいた蒼は心底嫌な顔をした。
「本当に申し訳ないが世界七剣の御令嬢であり、一番目立つ容姿であり、この世界の一番の影響を受けているおまえに矢面に立ってもらう」
「あー、そういえば蒼と龍二は名家の御令嬢と御曹司になってるんだっけ」
「ああ、そうだ。俺も携帯で調べたが、少なくともソウルワールドのプレイヤー達からの認知度が最も高い『七色の頂剣』のプレイヤー達は、この大規模な『世界改変』によって根本から影響を受けている」
何でもかつてこの世界が魔王の出現によって危機に陥った際に、7人の冒険者が立ち上がり長き戦いの末に魔王を退けたとの事。
その時の7人の血を受け継ぐ末裔が、壱之家、土宮家、四葉家、伊集院家、西園寺家、葉月家、星紙家らしい。
本当の現実を知っている人からしてみたら、これはさしずめ七大暇人のリストにしか聞こえなかった。
当時ソウルワールドの最前線にいた僕を含むこの7人は、魔王討伐の報酬が欲しくて集まり、己の欲望の為に倒しただけだ。
それなのに崇められているのは、なんとも言えない気持ちにさせられる。なんだか世界中の人々を騙している詐欺師みたいだ。
「はぁ、僕と龍二の家が世界を救った英雄の名家ねぇ。俄には信じがたいけど、この車を見るかぎり現実なんだよね」
「ああ、俺も未だに実感を持てないでいるよ」
「おまけに僕は二年生になって一人暮らし体験期間が終わったら、見たこともない住んだこともない本家に帰るんだよね。それってつまり──」
優と会うことが今よりも難しくなるし、もしかしたら両親と妹と会うことにもなる。
ぎゅっと蒼は拳を握り締める。
自分を自分と認識してもらえない。それに勝る恐怖は存在しない。
この改変された身の回りの状況を鑑みるに、家族に元は男性だったと認識してもらえる可能性は限りなく0(ゼロ)だろう。
蒼の心中を察した優はそっと側に近寄る。
龍二はこの空気にどこか気まずそうな顔をすると、
「おまえを利用する形になるのは本当に申し訳ないが、恐らく蒼がその姿になったのは、それだけ大勢のプレイヤーからの認知度が高かったせいかも知れない」
「それなら、ゲームの中でみんなに蒼が実は男の子だって言い聞かせたら元に戻れるってこと?」
「事はそう簡単な事じゃない。肝心のソウルワールドがこの通りサービスを終了したようなお知らせをしてるんだ。この世界の状況や蒼の身体を戻すためにはソウルワールドが鍵となる筈なんだが、これじゃどうにもならない」
「つまりこの世界改変に対して今の僕達はお手上げってわけだ。オーケーオーケー、僕が見事に仲間を釣り上げてやろうじゃないか」
ソウルワールドのホームページのお知らせを二人に見せるように携帯を取り出した龍二。
それを見た蒼は、暗い気持ちを紛らわせるためにわざとらしく両手を上げた。
名家の力をフルに活用して運営を捕まえるという手段もあるが、実はこのソウルワールドを作った運営SWプロジェクトという会社は所在地はおろか全てが謎に包まれている。
過去に調べようとした人達がいたが、みんな手がかり一つ掴めなくて断念したそうな。
とあるジャーナリストの一説によると宇宙人が関わっているのではないか、というぶっ飛んだ話も出ていたが、それはあながち間違いではないのかもしれない。
そう思い何やら騒がしくなった窓の外を見てみると、そこには車の通りを妨げないように校門の両脇に避けた神威高等学園の生徒達が校舎まで左右一列にびっしりと並ぶ異様な光景が広がっていた。
なんだこれは。何かアイドルか有名人でも来たのか。
と、一瞬思うが学生達の視線は全て此方に向けられている事に気づく。しかもその瞳には尊敬やら崇拝やらといった実に面倒そうな輝きが宿っていた。
あー、注目されているのは僕達か。
蒼が優と龍二に目を配ると、2人は緊張した面持ちで頷いた。
徐行していた車が止まる。
そこで蒼は気づく。校舎の入口前で停車した黒塗りの車の前に、全校集会の時にしか見かけない小鳥遊校長が紅林教頭と共に立っていた。
紅林教頭はよく早朝の校門前に立ち、生徒達に挨拶をするのを欠かさない黒髪を短く切りそろえた身長170センチくらいの年齢40代の男性だ。
そして小鳥遊校長は校内で見かける事が無いので、どういう人なのかはよくわからない。視線の先にいる人物の説明をするのならば、黒髪の天然パーマをきちんと整えた身長180センチくらいの50代の男性である。
二人とも学校指定のスーツを着ており、背筋を真っ直ぐして僕達の事を待っている。
そこに、いつの間にか車から降りた執事の山田次郎が扉を開けて「龍二様、お嬢様方、ご到着致しました」と目的地に着いた事を僕達に告げた。
先ずは龍二が降り、次に蒼と優が一緒に降りる。執事の山田次郎はその後ろで待機していた。
真っ直ぐ小鳥遊校長と紅林教頭に向き合う。
そして3人に対して小鳥遊校長と紅林教頭は同時に頭を下げると、
「「おはようございます、壱之様、土宮様、水無月さん」」
と流麗に挨拶をした。
前者2人に対しては『様』付けで、後者の優だけは『さん』付けで。
それだけで蒼と龍二は、自分達がこの学校でどういう立場の人間なのか大体理解した。
やっぱり面倒な事になりそうだなぁ。
そう思いながらも蒼は龍二と優の3人で「おはようございます」と礼儀正しく挨拶を返した。
すると小鳥遊校長が蒼を見ると、何やら困ったような顔をした。
一体どうしたのだろうか。
首を傾げる僕に対して、小鳥遊校長は実に申し訳なさそうに言った。
「非常に申し上げにくいのですが、壱之様のそのお召し物は一体……」
ああ、そういうことか。
彼は女性用の制服ではなくジャージで登校してきた僕の姿の事を注意したいのかな?
言い訳の一つも考えていなかったので、蒼は素直に「何か不味いのですか?」と尋ねると小鳥遊校長は頷いた。
「本校では世界七剣の御子息に終業式の挨拶を、御令嬢に始業式の挨拶をしていただく仕来りがございまして」
「なるほど、皆の前に立つのに流石に御令嬢がジャージ姿は不味いですね」
「何故ジャージをお召しになられているのかは存じ上げませんが、ご理解して頂き誠に感謝致します」
確か夏休みに入る前の終業式は生徒会長が挨拶をしていたような気がするが、世界改変の影響で変わったのだろうか。
納得はした。しかも全生徒の前で異変に気づいている学生に、白髪少女になった自分を大々的に見せるチャンスだ。
龍二の作戦を遂行するのなら、この件を引き受ける以外の選択肢はあり得ない。
だがそれには、女子の制服に着替えないといけないという。
身体は女子だが心は男子なので、素直に女装するのを引き受けるのは流石に少しばかり抵抗感がある。
蒼は、ちらりと後ろの親友二人を見る。
すると二人とも、僕に対して申し訳なさそうな顔をしていた。
まぁ、いずれはこうなる運命だったのだ。早い話が女子の服を着るのが早いか遅いかだけ。
溜め息を一つ、蒼は小鳥遊校長に言った。
「すみません、この学校で一番安全な更衣室に案内してくれませんか?」
◆ ◆ ◆
普通の有名人ならば歓声が辺りに響き渡る筈が、今は静寂がこの周辺を支配している。
この静寂を作り出したのは、白髪金眼の少女──壱之蒼。
彼女の存在は想像を絶する程だった。
事前に騒ぎになるのを避けるために自分は隠蔽のアビリティを使い、遠巻きから見ているだけだったが、車から出てきた彼女の完成された美貌は男子女子問わず、自分すらも魅了した。
しかもジャージという彼女の魅力を引き下げる服を身に纏っていたにも関わらず、その美しさに陰りを見せないのはそれだけ素が素晴らしいからだ。
今でも脳裏に思い出せる横顔。
真っ白な長い髪。
金色を宿したつぶらな瞳。
この世のものとは思えない程に美しい顔立ち。
そして何よりも、その身に宿すレベル68というソウルワールド屈指の強者たる力。
それらに魅入られた学生達からは、先程の喧騒が嘘みたいに消えていた。
皆、圧倒されたのだ。
彼女の美しさに、強さに。
アレに惹かれない者などこの世にはいないだろう。
現に自分が従者に調べさせた情報では、国内と国外問わず彼女に婚約を申し込んでいるヤツ等が山ほどいるらしい。
もちろん、あんな天使のような娘を嫁にやる親なんているわけない。その全ては彼女に届く前に父親によって握り潰されている。
──『七色の頂剣』の一人、白の戦乙女ソラ。
その仮想世界の名を呟き、赤髪の少年は笑う。
「はは、世界がソウルワールドになっていた時は驚きましたが、まさか貴女の素顔がアバターじゃなかったとは」
彼の名は四葉紅蘭。
七色の頂剣の一人『紅蓮の双剣士』の名を冠するプレイヤーだった。