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第59話「真体顕現」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 眩い金色の光が夜空に消える。

 魔王との激しい戦闘の末に訪れたのは、静寂につつまれた世界だった。

 この場を照らすのは、星々と月明かりのみ。

 極限魔法剣技〈天衣日輪斬〉の名残りである金色の魔力の粒子が、まるで祝福するように蒼とアリスの周囲に舞い落ちる。

 そんな幻想的で綺麗な光景に目を奪われながら、文字通り全力を尽くした蒼は絞り出すように小さな声で呟いた。


「……勝った、のかな」


 感知アビリティに敵性反応はなし。

 念の為に索敵する範囲を広げてみるが、先程まで嫌というほどに主張していた〈怠惰の魔王〉ベルフェゴールの存在は、どこにも感じられない。

 その事を確信すると、手にしていた真紅の剣を地面に落として、全てを出し切った蒼とアリスは地面に尻もちをついた。

 大量の付与魔法の行使、女神から貰ったユニークアビリティ、オマケに不慣れな極限魔法の付与、そこからの極限魔法剣技。

 限界を越えて疲労困憊ひろうこんぱい、もう1人で立ち上がるのは無理だ。

 そんな状態でふと隣を見ると、呪いで疲弊していたアリスも疲れ切った顔で此方を見た。

 視線が合うと、自然に僕達は笑顔になった。


「蒼様、やったのじゃ」

「どうやら、そうみたいだね」

「2人ともお疲れ様!」


 霊符の結界を解除した優が、嬉しそうに蒼とアリスに背後から抱きつく。

 周囲を警戒していた黒漆くろうと真奈と龍二も合流すると、僕とアリスは真奈と優の肩を借りて何とか立ち上がる。

 戦いの地となった神社の敷地内は、その殆どが優の極限魔法の余波によって見る形もなかった。

 本殿もかなり破壊されているようだ。

 修繕費とか、どれくらい掛かるのだろうか。

 きっと想像もつかない金額なんだろうな、そんな事を思いながら蒼は黒漆を見る。

 すると彼は少し離れたところで、眉間にシワを寄せてずっと夜空を見上げていた。

 一体どうしたのだろうか。

 僕が聞いてみると、黒漆は答えた。


「おかしい。戦闘は終わったはずなのに、山に展開されているネームレスの結界が消えない」

「でも黒漆さん、探知アビリティには魔王の反応もだけど、その配下のも感じられないですよ」


 龍二の言うとおりだ。

 僕もアビリティで探してみるが、敵性反応は一つも残っていない。代わりに感知したのは、此方に向かっている6つの人間の反応だった。

 数から察するに、紅蘭くれない達だろう。

 感知アビリティから得られる情報を見る限りでは、どうやらみんな無事らしい。

 レベル80のハイデーモン2体を相手にして負傷者0とは、大したものである。

 その事に少しだけ安心すると、不意に横に誰かが並び立つ。

 誰なのかと蒼が視線を向けると、そこに姿を現したのは迷彩服を身に纏う金髪の女性、水無月レイナだった。

 彼女は〈魔王の従者〉という強敵と戦ったにも関わらず、どこにも負傷した様子はない。

 ホッと安堵すると視線が合い、レイナは蒼に微笑みかけて、その頭を優しく撫でた。


「蒼君達、魔王を倒すなんて良くやったわね」

「いえ、レイナさんがいなかったらもっと苦戦していたし、もしかしたら負けてました」

「それでも此処にいる子達で魔王の討伐を成し遂げた事は、とても立派ですごいことよ」

「……はい、ありがとうございます」


 レイナさんに褒められて、つい顔がほころぶ。

 ゲームの中で、かつて相手の土俵で戦った魔王ディザスターと違い、今回は此方に有利になる場所で戦えたのも大きい。

 優の符術と聖域の組み合わせによるステータスの弱体化、黒漆と真奈で削って体力と魔力を消耗させて、最後には蒼とアリスの合体技で倒す。

 龍二は万が一の為の護衛で優の側に待機してもらっていたのだが、優の機転で彼が前線に出なかったら、きっと敵の黒い閃光の雨で黒漆と真奈は死んでいたかもしれない。

 思い返せば、誰かが欠けていたら全員で帰ってくることはできなかっただろう。

 だが今回で何よりも一番大きかったのは、黒漆からの情報提供だ。

 ベルフェゴールのもう一つのユニークアビリティ〈怠惰の強制〉による此方の弱体付与を知る事ができなければ、事前に僕のアビリティで防ぐなんて事は考えられなかった。

 蒼は礼を言おうと、再び黒漆に視線を向ける。

 すると夜空を見上げていた彼は、背中に収めていた真紅の剣レーヴァテインを引き抜いた。

 そして、ただならぬ様子で言った。


「不味い、アイツ肉体抜きで〈顕現〉する気だ!」

「それってどういう……ッ!?」


 詳しく聞こうとした僕は、途中で口を閉ざす。

 重くのし掛かるような感覚。

 全身に鳥肌が立つ程の邪悪な気配を感じて、蒼は黒漆と同じ方角を見上げた。

 するとそこには、白の騎士団によって全て倒された〈怠惰の兵士〉の魔力の残滓ざんし、それが急速に上空に集まっていく光景だった。

 ……なんだ、これは。

 数百もの莫大な負の魔力が全て集まると、そこを起点にして巨大な魔法陣が展開される。

 洞察アビリティで見える術式の強度は、とてつもなく高い。

 極限魔法に匹敵するか、それ以上の密度だ。

 驚く蒼の目の前で術式は完成すると、ソレはゆっくりと魔法陣の中から姿を現した。


 捻れた2本の角。


 集めた巨大な魔力で、強引に構成された身体。


 背中から生えるは、十二枚の悪魔の翼。


 頭上には漆黒の輪っかを浮かべ、顔の無い黒い巨人は神威山に降り立った。


 〈怠惰の魔王〉ベルフェゴール。


 洞察アビリティで表示される巨大な悪魔の真名に、僕は息を飲む。

 黒漆は忌々しそうな顔をすると、ソレを見て吐き捨てるように言った。


「まだ終わっていない、アイツ自分が死んだら倒された兵士達の魔力を使って〈真体しんたい顕現けんげん〉の術式が発動するようにしてたんだ」

「嘘だろ……」


 見たところ魔力だけなら、先程の〈怠惰の魔王〉とは比較にならない程に強大だ。

 例えるならば、小さな星一つ分くらいの魔力量だろうか。

 アレが動き出せば、神威市なんて一息でさら地にされるだろう。

 それ程の驚異だと、洞察アビリティは蒼に教えてくれる。

 しかし、僕にはもう戦う力は全く残っていない。

 黒漆と真奈も、連戦で大技を使う事は困難な状態だ。

 紅蘭達もずっとハイデーモンの相手をしていたので、こんな化け物と戦う力なんて残っていないはず。

 唯一戦えそうなのはレイナさんくらいだが、1人だけでアレと戦うなんて無理だ。

 つまり現状、完全に詰んでる。

 そんな絶望的な状況の中、漆黒の巨人を見据えながら水無月レイナがゆっくりとみんなの前に歩み出た。


「黒漆君、見たところアイツの顕現は未完成みたいね」

「え、ええ、そうですね。本来なら万全の自身を媒体に発動しなければいけない魔法だから、だいぶ不安定な状態だと思います」

「それなら、キツイ一撃を与えたら簡単に崩壊するって事ね」

「でもアレを倒すためには、極限魔法一発程度じゃ無理ですよ。それこそ師匠が核になっている魔王のソウルを、正確に切るくらいじゃないと……」


 黒漆の言葉を聞いたレイナは、微笑を浮かべて腰の金色の槍〈ゲイボルグ〉を手に取った。


「そう、それは良い事を聞いたわ」


 不敵に笑い、ポケットから携帯電話を取り出すと連絡先を表示する。

 その様子を見て、黒漆は目を見張った。


「狩人さん、まさか……」


 彼の視線を受けたレイナは、綺麗なウインクをすると蒼達に言った。


「ふふ、そのまさかよ。日本の守護神にアレを何とかしてもらいましょう」


 そう言ってレイナが電話を掛けた相手は、壱之いちの呉羽くれは

 〈武神〉の名を持つ世界最強の男だった。

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