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第56話「電撃作戦」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 消耗を抑えるために優の空間転移で再び乗り込もうと思ったが、それはできなかった。

 どうやら怠惰の魔王が展開している魔法陣には結界の効果があるらしく、優が魔法を発動しようとすると弾かれてしまったのだ。

 故に僕達は、徒歩での移動を強いられる事となった。

 身動きの取れないアリスは僕が背負う事を選び、他はその護衛という形を取る。

 合流した白の騎士団達と出発してから、数分が経った頃だ。

 何回か敵の群れとぶつかった白の騎士団は、一つの事に気がついた。

 探知アビリティ等がないのか〈怠惰の兵士〉は纏まって行動するのではなく、個別に散らばって山を下りてきている。

 それを考慮して紅蘭が取った最善の行動は、魔王と戦う蒼達の力を温存する為に一番後ろに置いて、4部隊でこれを突破する作戦だった。

 と言っても、近づけば流石に〈天使〉に気づく可能性があると黒漆くろうから助言されて、蒼は隠密アビリティで自身の存在を極限まで隠しながら山道を走る事となった。

 前方の部隊は大量のデーモンとぶつかったのか、剣技と魔法の光が夜道を照らしている。

 今は半ばくらいだろうか。

 走りながら蒼は先程、黒漆から聞かされた事を思い出す。

 この作戦は速度が重要だ。

 先程の情報が確かなら、怠惰の兵士は蒼を探すためにその兵力を分散させている。

 本格的に戦闘が始まれば、一斉に散らばっていた敵が此方に向かってくるだろう。オマケに敵は、ベルフェゴールが眠っている間は無限に補充される。

 つまり時間を掛けると、永久に消耗戦を強いられる事になるのだ。

 此方は疲れを知らない兵隊ではない。

 ライフは減らなくても戦い続ければ疲労は蓄積し続け、いずれ限界はやってくる。

 幸いにも此方は日本屈指の精鋭。纏まらずに散らばっている敵など相手にもならないので、今のところ団員達に疲れは見えない。

 それに今日は、やけに団員達のテンションが高かった。


「ヒャッハー、イベント戦じゃー!」


「街の外のモンスター狩られすぎていなくなっちゃったから経験値が美味しぃー!」


「ついでになんかドロップするんですけど、これって神のお恵みかなにか!?」


「魔王様のお恵みらしいですぞ」


「魔王様バンザーイ!」


「おい、それ俺の経験値だぞ!」


「早いもの勝ちじゃー!」


 我先にと向かってくる敵を狩る姿は例えるならばハイエナ、それか餌を待つ雛鳥だろうか。

 次から次にやってくるデーモン達に、彼らは互いのカバーをしながらも、自分の獲物だと言わんばかりに隙さえあれば取り合いをしている。

 連携しているように見えて、実はスタンドプレーからなる連携なのか。

 どちらにしても、敵から見たこの光景を一言で表現するのならば地獄絵図だ。

 閻魔大王も小便を漏らすほどの悪鬼羅刹と化した、妖怪経験値オイテケー達は先程の僕のシリアスな空気なんて木っ端微塵に破壊してくれる。

 というか一部の奴ら魔王を崇めてないか?

 確かにゲームで美味しい敵には感謝を捧げてしまうのは分かるが、これを聞いたらベルフェゴールもドン引きするのではなかろうか。

 アリスを背負って走りながらそんな事を思うと、蒼は道を切り開いて進み、欲にまみれながらも一切陣形を崩す事のない〈白の騎士団〉の強さに感心した。


「いやー、苦戦すると思ってたんだけどこれは酷い」

「モンスターの巣でレベル70とか相手にしてたみたいで、団員達に敵は全てレベル60とか言ったら目を輝かせてましたよ……」


 そう言う紅蘭の目は、全く笑っていなかった。

 僕達の命運が掛かっているこの状況で、いつも通りのテンションでエンジョイしている団員達に呆れているのだろうか。

 変に気張られてミスをするよりは、全然良いと僕は思うのだが。

 蒼は走りながら、圧倒している理由の一つを口にした。


「敵は軍隊としての戦術とかは使ってこないみたいだね」

「頭に知将がいないのでしょう。魔王の配下とはいえ、所詮はデーモンといったところでしょうか」

「うーん、もしかしたら黒漆が言った通りかもね」

「本調子じゃないから、部隊を指揮する高位のデーモンを呼び出せないという話ですか」

「うん、でも時間をかけると出てくる可能性が高くなるって言ってたから、早いとこ眠り姫を叩き起こしてやらないと」


 そういった意味でも、この戦いで僕達が魔王のいるところに到着する事は必須。

 もうそろそろ、神社に上がるための階段が見えてくる頃なのだが……。

 大きな戦闘を切っ掛けに、どんどん他の場所を探索していたデーモン達がここに集まっている。

 神社のある辺りからも、新たに生み出されたデーモン達が向かってくるのが見えた。

 しかしテンションがハイになった白の騎士団の団員達は、これを尽く排除していく。

 時折抜けてきたデーモン数十体は、周囲に展開して指示を出しているアテム達幹部が即座に処理した。

 隙がないとは、この事を言うのだろう。

 そう思っていると、前を走っている青髪の青年が右手を上げて大声で言った。


「そろそろ30分経つ、第一隊は控えの第二隊とチェンジしろ。疲労の溜まった者は申告を忘れるな」


 アテムの指揮に応じて、一番激しい戦闘をしている前線の部隊と後方の部隊が、即座に入れ替わる。

 その狙いは、30分ごとに負担を分散させるために第一隊と第二隊の入れ替えを行う為だ。

 水分補給と怪我の治療を受けながら、先程前衛を張っていた人達が僕に大きく手を振る。

 それに小さく手を振って応えてあげていると、隣で走っている紅蘭が言った。


「デーモンは相手になりませんね、問題があるとしたら、あの2体のデカブツでしょうか」

「レベル80か……」


 遂に遠くに見えた、神社に上がるための階段。

 その前に立ちはだかるように、4メートルを越える2体のハイデーモンが待ち構えている。

 持っている武器は、大戦斧と大槍。

 纏っている威圧感は明らかに、隊員達が相手にしているデーモン達とは違う。

 メチャクチャ強そうだ、と蒼は思った。

 故に指揮を副官に引き継いで幹部達が集結すると、紅蘭を含めて6人でハイデーモンの相手をする事になった。


「ボク達が初手で敵の動きを止めます。その隙に姫は守りを突破してください」

「わかった。紅蘭、アテム、レイン、シノリ、デリオン、クーちゃん、頼むよ!」


 蒼の言葉に頷き、アテムが合図を出す。

 すると前衛が道を開け、魔法隊が上級魔法を一斉に砲射。進路を妨害するデーモン達を殆ど一掃した。

 そのまま白の騎士団の団員達が左右に割れて、幹部達の進む道を開ける。

 並走していた6人は、団員達に合わせていた速度を一気に上げて前に飛び出した。

 少しタイミングをずらしてから、僕達〈対魔王部隊〉は白の騎士団の守りから抜け出す。

 すると、周囲からは「姫様、ご健闘をお祈りします!」「魔王を一度倒してる姫様ならいけるいける!」と応援の声を貰った。

 僕は、それに「ありがとう、必ず勝つよ」と応えて手を振りながら走り抜ける。

 視線を前に戻すと6つの影は遠い場所にあり、神社の階段の間近まで移動していた。

 そんな高速移動の中で、幹部の6人はこの戦いについての思いを語る。


「はは、姫の道を切り開く大任とは何とも心躍る」

「レベル80を2体かぁ、怖いけどやるしかないッス」

「拙者の忍法で目潰しをしますので、皆様方はいつも通り暴れるでござる」

「良いわぁ良いわぁ、こういう展開大好きよぉ!」

「邪…… (邪魔者は排除します)」

「皆さん、油断はしないようにお願いしますよ」


 6人は不敵に笑い、一際足の早い紅蘭とシノリが先行した。

 シノリは先程の魔王に使った煙玉を複数眼前の巨人に投げつけると、即座に起爆。

 認識阻害の煙幕が、ハイデーモン達の視界を埋め尽くす。

 ハイデーモン達は、煙によって姿が見えなくなった紅蘭達を探しながら、大戦斧と大槍を構えると周囲を警戒した。 

 その中で、双剣を抜いた紅蘭と腰に下げた日本刀に手をかけたシノリ、2人の煌めく剣閃がハイデーモンの足元で線を描く。


「上級二刀剣技〈龍閃〉!」


「上級一刀技〈真・居合切り〉!」


『『ッ!!?』』


 一瞬だけ、ハイデーモンの動きが揺らぐ。

 ダメージは全く入っていないが、敵の注目が足に斬撃を放った2人に向けられる。

 紅蘭とシノリは、衝撃で痺れる手を軽く振りながら舌打ちした。


「チッ、流石に硬いですね」

「居合切りで断てない相手は、久方ぶりでござる」

『小アリ、邪魔』


 2人に大戦斧と大槍が、上から物凄い速度で振り下ろされる。

 予測していた紅蘭とシノリは、それを見ると身を翻して速やかに回避。

 攻撃をして隙きを晒すハイデーモン達。

 そこに、煙の中からアテムとレインが跳び掛かった。

 魔法格闘士は、跳んだ力を全て余すことなく格闘の真髄しんずい螺旋らせん〉によって右拳に収束。

 雷と炎を纏い、渾身の力を持って放つ。


「上級魔法闘技〈雷光炎撃らいこうえんげき〉!」


 対して〈ギガースの大剣〉を持つ青年は、大剣の特徴である重量を利用してその場で高速回転。

 自身を一つの嵐と化して、大剣の曲技を披露した。


「上級大剣技〈大山たいざん旋風切せんぷうぎり〉!」


 不意をついた2人に、ハイデーモンは回避を諦めて防御の姿勢を取る。

 アテムの一撃をとっさに左腕でガードした大戦斧のデーモンは、そのまま骨をへし折られて後ろに大きく下がり。

 レインの一撃を大槍の柄で受けようとしたハイデーモンは、柄ごと脇腹を大きく切られて膝を着く。


『コイツラ、強イ』

『タダノ兵士ジャナイ』


 だがハイデーモン達は、レベル80。

 即座に骨折と傷を修復すると立ち上がって、地面に着地したアテムとレインに魔法を放とうとする。


「「あ、やばい……」」


 闇の力を放つ魔法陣から察する2人。

 相手が放とうとしているのは、上級闇魔法〈汚染領域〉。

 呪いや毒などの煙を展開させる、普通ならば使用者も危なくなる為に使わない非常に使えない領域魔法。

 だがこの魔法には一つだけ特徴があり、デーモンや耐性のある奴には効かないのだ。

 このままでは自分達だけではなく、階段を目指して走る姫達も巻き込んでしまう事に2人は焦燥する。

 そんなピンチの声を聞いて、黒いコートを脱いだデリオンが大鎌を持ってハイデーモンの前に躍り出た。


「愛と殺意を込めて、今必殺のラブ、サアァァァァァァァイズッ!」


 愛器の名前を叫びながら、デリオンは大鎌を一閃。魔法を放とうとする2体の腕をいとも容易く両断した。

 しかも剣技でも魔法でもない。ただの膂力をもってそれを成したデリオンに、蒼も含めてその場にいた全員を驚愕させる。

 隣で走る黒漆くろうが、信じられないと言わんばかりに、目を見開いて言った。


「今のは何をしたんだ……?」

「さ、殺意で切ったんじゃないかな」


 これには蒼も、苦笑いで推測を口にする事しかできない。

 前に一度だけソウルワールドを一緒にプレイした時にアークドラゴンの討伐をしたことがあるが、その時に硬質なドラゴンの首を両断したあの人は僕にこう言った。

 ──愛を込めて武器を振るえば、武器は応えてくれるのよ、と。

 愛が何なのか分からない僕には、いまいち伝わらない言葉だった。

 武器は確かに大切な相棒だが、愛をもって振るうとは一体。

 そんな事を考えていると、デリオンが此方を見ずに右手で神社に上がる階段を指差す。

 デーモン達はデリオンに注目している、今がチャンスという事か。

 シノリが作り出した煙幕の中を走る蒼は、背中に抱えるアリスを再度強く抱え直すと速度を上げた。


「ごめん、アリス少しだけキツくするよ!」

「大丈夫なのじゃ……」


 神社の階段を目指して、疾走する蒼達。

 すると近づいた事で隠蔽していた僕の気配に気づいたのか、ハイデーモン達が紅蘭達を無視して此方に向かってきた。

 残った手を伸ばして、跳んでくる大戦斧のハイデーモン。

 ──ヤバい、捕まる。

 敵の速度を見て、とても逃げ切れそうにないことを察する。

 黒漆と龍二が剣を抜こうとするが、僕は「信じて走るんだ!」と言って止める。

 走る、走る。

 ひたすら前だけを向いて、走る。

 敵の姿は一切気にしない。

 だって〈白の騎士団〉には最も信頼している彼女がいるのだから。


「……蒼 (蒼君の障害は排除します)」


 煙の中から黒いコートを羽織った黒いポニーテールの少女が飛び出す。

 ハイデーモンの前に立ちはだかるように現れたのは、この戦場で最も小さな少女。

 〈殲滅の妖精〉クロ。

 彼女は、両手に回転式拳銃を二丁手に持つと魔力を圧縮。

 眼前の敵に狙いをつけると、普通の少女には動かす事のできない撃鉄を起こし、重たい引き金を引いた。


「……上 (上級じょうきゅう魔銃技まじゅうぎ炸裂魔弾さくれつまだん〉)」


 少女の控えめで消えそうな呟きと同時に、重い銃撃音が周囲に響き渡る。

 放たれた弾丸は、彼女が休憩を挟みながら1日中魔力を込め続けた特性の魔弾。

 その威力は、アリスの上級雷魔法〈千雷〉のおよそ3倍。

 音速を越えて二丁の銃口から放たれた2発の弾丸は、ハイデーモンの堅牢な皮膚を突き破って胸に突き刺さり炸裂。

 弾丸の中に圧縮して込められていたクロの魔力が解き放たれ、巨大な爆発を引き起こす。

 内部を2発分のミサイルの爆発が徹底的に破壊して、大戦斧の巨人の胸に大きな風穴が開いた。

 背中から倒れる巨体。

 だが〈怠惰の兵士〉の上位種であるハイデーモンは、それだけでは死ななかった。

 あの2体は特別なのか、神威神社に展開されている魔法陣から大量の魔力を吸い取ると、負傷した部位の再生を急速に始める。

 デリオンが切り裂いた腕も、クロが開けた致命傷の風穴も、あっと言う間にハイデーモンは全て完全に修復させた。

 再び立ち上がろうとする敵に、再び魔弾を撃ち込むクロ。

 彼女は此方を見ると、階段の頂上に右手の回転式拳銃の銃口を向けた。


「蒼! (蒼君、ここは食い止めるから早く行って下さい)」

「うん、わかった。無理はしないでね、クーちゃん」


 負傷しても瞬時に回復するハイデーモンを相手に、紅蘭達が奮闘する。

 そして周囲では、白の騎士団がデーモン達との戦いを繰り広げている。

 ベルフェゴールの目を覚まさせれば、あの回復力もなくなり、デーモン達も無限ではなく有限となる。

 ──みんな、頑張って。

 ここまで送り届けてくれた仲間達を背に、蒼達は階段を駆け上がった。

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