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第55話「作戦会議」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 空間転移で逃げる事に成功した蒼達は、優のとっさの判断で神威山のちょうど中間地点にある広いキャンプ場に飛んだ。

 するとそこには、白の騎士団の団員達が50人ほどいた。どうやら民間人の避難を済ませて、ちょうど待機しているところだったらしい。

 白の少女の突然の出現に沸き立つ彼らに挨拶もそこそこに、蒼は先程一瞬だけ意識を取り戻し〈着装〉を再度展開させたアリスを休ませる為に、ベッドのある管理小屋で会議を開くことにする。

 木製で、木の特有の香りが心地良い小屋。

 そこで蒼は、深呼吸を一つ。

 落ち着きのある空間にいることで、乱れていた心が少しばかり癒やされる。

 気を取り直した僕は、速やかに紅蘭達と自分が見た敵の情報を共有した。

 敵の名は〈怠惰の魔王〉ベルフェゴール。

 自分達を相手にして余裕を見せ、尚かつレベル90の黒漆くろうと〈召喚武装〉をした真奈を一蹴する程の化け物。

 その話を聞いた紅蘭達は、思わず息を飲んだ。


「本当に、とんでもないモノが出てきましたね。まさか魔王は魔王でも、七つの大罪を冠する大魔王とは……」

「力も防御も速度も兼ね備えてて、とんでもねぇ強さだった。ハッキリ言って攻略法なんて見えなかったぜ」

「豪剣にそこまで言わせる程の敵でござるか。これは何とも無理ゲーでござるな」

「オマケに魔法防御の高いアリスが一撃でこの有り様だ。奴の指から放たれる〈閃光〉は要注意だよ」


 山小屋のベッドに寝ている青髪の少女、アリスは再び眠ったまま目を覚まさない。

 握る手は冷たく、まるで死人のようだ。

 おまけに防護服の耐久値が全回復した状態から、再び減りだしている。

 明らかに様子がおかしい。

 しかし見ている限りでは、彼女にステータス異常なんて見当たらない。

 その様子を再度、洞察アビリティで注意深く見てみる。

 すると彼女の身体の中を、汚れた何かが循環している事に気づく。

 ステータスに表示されないバッドステータス。それはソウルワールドでは一つしか存在しない。

 即座に蒼は、休憩して珈琲を飲んでいる優に声をかける。

 すると呼ばれた金髪碧眼の少女は、慌てて僕の隣に並び立つと、眠るアリスを見下ろした。


「蒼、どうしたの?」

「休んでるところ悪いけど、アリスの身体を符術で解呪をして欲しいんだ」

「うそ、まさかアリスさん呪われてるの!?」

「ああ、どうやら〈閃光〉に呪いを付与していたらしい。放っとくと耐久値を際限なく削られてしまう」

「すぐに解呪するわ!」


 そう言って、優が腰の札入れから取り出したのは一枚の霊符。

 それを両手の人差し指と中指ではさみ、ピンと伸ばすと彼女はスキルを発動させる。


「上級符術〈浄化〉」


 優の意思に従い、手から離れた霊符がアリスの胸の中心に舞い降りると、光の粒子となって彼女の身体を包み込む。

 すると蒼の見ている前で、アリスの身体をむしばんでいた呪いが跡形もなく消滅した。

 それを見て、蒼は心の底から安堵する。

 ……良かった、優に上級符術をオススメして。

 もしもこれが上級符術士にしか解呪できない代物だった場合、アリスは手元の回復薬全てを使い切った後に、着装が解けて死んでいたかもしれない。

 先程まで冷たかった肌に、熱が戻ってきている。

 蒼は彼女の手を握りしめると、一つの事を決意した。


「良し、もう一度アイツにチャレンジに行こう」

「蒼、おまえ正気か!」

「姫、なにを仰ってるんですか!」

「自暴自棄はいけないでござるよ!?」


 目を丸くして驚く龍二達。

 だけど僕はやれかぶれになっているわけでも、自暴自棄になっているわけでもない。

 ちゃんと考えがあっての発言だ。

 だから蒼は、龍二達に向き直ると自分の考えを口にした。


「これは完全に僕の直感だけど、アイツは生まれたばかりだ。もしも今が本調子でないとしたら、時間をかけても此方の不利にしかならない」

「おいおい、だとしても俺達は手も足も出なかったじゃないか。黒漆と真奈が戻ってきても、また同じ結果になると思うぞ」


 龍二の言葉を、僕は首を横に振って否定した。


「さっきのは連携が全く取れていなかった。ただ個人の力でぶつかって、個別に蹴散らされただけだ。だから今度は連携を取ってぶつかる事にする」


 魔王という存在を前にして冷静さを失い、僕は周りをちゃんと見れていなかった。

 真奈や龍二や黒漆のサポートをしてあげていたら、あそこまで圧倒される事は無かったはずだ。

 それに先程は使わなかった切り札もある。

 〈神の祝福を授かりし天使〉

 自身を信仰する者達に祝福を分け与える効果。10分間全ステータスに+50の補正。受けたダメージ(欠損部位含む)再生効果の付与。全状態異常の無効化。

 最近気づいた事なのだが、こちらのアビリティ持続時間が2分から5倍の10分に増えている。

 リキャストタイムが24時間もあるので連続での利用はできないが、これを使えば一定時間は呪いも無視できるし、黒漆達に強力なバフを付与できる。一時的にだが、ベルフェゴールと拮抗か上回る事が出来るはずだ。

 それを説明すると、紅蘭が渋い顔をした。


「それだけでは恐らく、足りないですね」

「蒼のチートアビリティに、紅蘭達も加えて全員で掛かればワンチャンあるんじゃないか?」

「……いや、それは厳しいかもしれないでござる」

「シノリ、どういう………ッ!?」


 忍び装束の少女の言葉の意味を、蒼は広げている感知アビリティで即座に理解した。

 なんだこれは。

 数百体もの敵性反応が、神威山の上方辺りから下りてきているのを感じる。しかもその全てのレベルが推定60。

 とんでもない規模だ。恐らくは〈怠惰の魔王〉の兵隊だと思われる。

 その事をシノリから聞かされた紅蘭と龍二の顔が、苦悩に歪む。


「これを対処するのに手一杯でボク達〈白の騎士団〉はとてもじゃないですが、魔王戦には参加できそうにないですね」

「おいおい、益々絶望的な状況じゃないか」

「最悪、姫だけでも逃がす必要が」

「……いや」


 2人の言葉を、僕は否定する。

 何故ならば、確信したからだ。

 状況は限りなく厳しいが、彼女が自身ではなく兵隊を出したことで、蒼は一つの事実を得た。


「やはり、魔王を倒すなら今しかない」

「姫、お言葉ですがこの状況をちゃんと理解しているんですか?」

「ああ、僕はちゃんと理解して言っているよ」

「なら彼我の戦力差は」

「向こうが大体500、此方は合流したら全部で100とちょい。数的には不利だけど〈白の騎士団〉の力なら400の差は無いに等しいと思う」

「でも向こうには魔王がいます。例えあの兵隊を〈白の騎士団〉で受け持ったとしても、伊集院アリスが欠けたメンバーで挑む事になりますよ」

「それは……」


 蒼が口を開こうとすると、山小屋の扉が急に勢いよく開かれる。

 中に入ってきたのは、先程神社から蹴り飛ばされた黒漆くろうと真奈だった。

 見たところ、怪我している様子はない。

 2人が無事だった事に喜んだ蒼は「黒漆、真奈!」と名前を呼んで笑顔で駆け寄る。

 黒漆は笑みを浮かべて応え、真奈は僕の小さな身体を抱き止めた。

 再開を喜ぶその光景に、張り詰めていた山小屋の中の空気が少しだけ緩む。

 すると、黒漆が真剣な顔をして全員に向けて言った。


「話しは聞かせてもらった。蒼の言うとおり、魔王を倒すなら今しかチャンスはない」

「貴方までそんな世迷言を……」

「黒漆さん、理由を聞かせてもらっても良いですか」


 龍二に黒漆は力強く頷くと、小屋の中に掛けてある神威山のマップを指差した。


「あの兵隊は〈怠惰の兵士〉と言って、魔王が眠っている間、永続的に発動するユニークスキルだ。これが発動したということは、恐らくは魔王は山頂の神社で眠っている事になる。……これを聞いて、お前らはどう思う?」

「レベル60の兵士を数百ですからね、途轍もなく強力なスキルだと思います」

「まぁ、寝てるって意味で言うなら、怠惰のスキルに相応しいとは思うな」


 紅蘭と龍二、2人の言葉に黒漆は頷いた。


「そうだ、上辺だけ見るなら誰だってそう思う。だが本質は、別のところにあるんだ」

「黒漆さん、それってどういう……」


 首を傾げる龍二に、黒漆は語った。


「このスキルの本来の利用は、自身の回復にある。ヤツが本調子ならば、兵士を使わずに自ら蒼を探す筈だ。それをしないで兵士を出したということは」

「魔王は今眠って力の回復に専念している、ということですか」

「そうだ、だから攻めるなら今しかない。全回復されたら、オレ達の勝ち目は全くなくなるだろう」


 その話を聞いて、龍二と紅蘭とシノリが息を飲む。

 蒼は真奈の包容から抜け出すと、皆の前に立った。


「聞いた通りだ。チャンスは今しかない」


 負けたらどうなるか、それは考えても切りがない。

 今必要なのは、欠片でもチャンスを掴み取る勇気だ。

 だから、僕は敢えてこの言葉を選ぶ。


「ソウルワールドのトッププレイヤーなら、取るべき道は一つだろ?」


 その言葉に、全員の目の色が変わった。

 敗北を考える弱き者から、困難に挑む挑戦者の目に。

 皆の決意の視線を受けて、蒼は微笑を浮かべる。

 するとその中で、ベッドで寝ていたアリスが目を開き、ゆっくりと起き上がった。


「……蒼様、妾も戦うのじゃ」

「アリス、そんな身体で」


 呪いは精神力と体力を奪うものだ。

 いくら回復薬で耐久値は全回復していても、気力まで回復するわけではない。

 故に、伊集院アリスはかなり疲弊している。

 とてもじゃないが、まともに動くことはできないだろう。

 だというのに、彼女は笑ってみせた。


「大丈夫じゃ。呪いにだいぶ精神力と体力を削られたが、極限魔法の一発くらいなら撃てるのじゃ」

「でもアリス……」

「蒼様、アイツを倒すのなら妾と蒼様は必須じゃ。それくらい分かっておるじゃろ?」

「…………分かった」


 こんな彼女を最前線に連れて行きたくないが、今回アレをするにはアリスの魔法は必要不可欠だ。

 蒼は目を瞑り、意を決すると皆に告げた。


「良し! 厳しい戦いになるが紅蘭達〈白の騎士団〉は全力で道を切り開いてくれ、僕達はもう一度ベルフェゴールに挑んで、これを討ち取るぞ!」


 ──最後の戦いが、始まる。

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