第52話「守護者と花火」
いつも読んで下さる方々に感謝しております。
平和な一時はこれで終わりです。
あと1時間ほどで、終夏祭の最後を飾る花火が始まる。
蒼は龍二達に鳥居で待つように頼むと、紅蘭に案内されて離れた所で待ち合わせしていた幹部の5人と合流した。
「こんばんは、挨拶が遅れてすみません幹部の皆さん。僕は壱之蒼です」
そう言ってお辞儀すると、彼らは何故か跪いた。
まず最初に挨拶したのは、騎士団のコートを羽織る青髪の青年からだった。
「始めまして姫様、自分は〈鉄腕〉アテム。ホムラの補佐をやっております」
「君があの魔法格闘士か。ソウルワールドでガルディアンを除いたら最強の格闘士だって聞いてるよ」
「団長は自分の師匠です。この両拳を用いて、本日は姫に立ちはだかる敵を打ち砕いて見せましょう」
「うん、よろしく頼むよアテム」
次に挨拶をしたのは、龍二と同じくらいの背丈の騎士団のコートを羽織った男性だった。
「は、始めまして姫様、自分は〈柔剣士〉レインという者ッス」
「おお、リュウと肩を並べる〈ギガースの大剣〉の使い手か。確か大剣でどんな攻撃も柔軟に受けながす達人と聞いてるよ」
「お褒めの言葉、感謝感激ッス」
「レイン、今日は防御隊の要として頑張ってね」
「お任せくださいッス!」
その次に挨拶をしたのは、跪く姿がやけに板についている、忍び装束を身に纏う高校生くらいの少女だった。
「久方ぶりでござる姫君。拙者は〈神風〉のシノリ、本日は姫君の呼びかけにお応えして参上したでござる」
「……どこかで会ったことある?」
なんか聞き覚えのある口調に首を傾げると、彼女はフフッと笑った。
「姫君には、ソウルワールドの忍者の里でたくさんお世話になったでござるよ」
「あー、あの時の女の子か!」
「本日は姫君の手足となり敵を屠るでござる」
「よろしくね、シノリ」
そして次に前に出てきたのは、騎士団の黒いコートを身に纏い、お化粧をした非常に見覚えのある綺麗なオネェだった。
「現実世界では始めまして、姫ちゃん。あたしは〈鎮魂歌〉のデリオンよ」
「お久しぶりですデリオンさん! あれ、でもアナタ〈白虹の騎士団〉の副団長してたような……」
「白の騎士団は姫ちゃんのファンクラブみたいなものよ。そもそも〈白虹の騎士団〉団長のガルちゃんが立ち上げたものだし。兼業しても全然問題じゃないの」
「そうですか。アナタがいるなら、これほど心強い事はない。今日はよろしくお願いします」
「まっかせてぇん! あたしが姫ちゃんの障害をぜぇんぶ微塵切りにしてあげるわぁ!」
最後に前に出てきたのは、騎士団のコートを羽織った僕よりも小さな黒髪の女の子だった。
その姿を僕は良く知っている。
彼女の名前は参之玄、僕の従兄妹だ。
蒼は目線を合わせるためにしゃがんであげると、彼女は顔を真っ赤に染めた。
「……久 (久しぶりです)」
「久しぶりだね、クーちゃん」
「……蒼 (蒼君の為に今日は来ました)」
「僕のために来てくれて嬉しいよ」
「……任 (任せてください)!」
「うん、でも無理はしないでね」
笑顔で抱きついてくる彼女を僕が受け止めると、デリオンが微笑んで言った。
「クロちゃんは凄く強いし、腕利きの団員ちゃん達とあたしが付いてるから安心して姫ちゃん」
「デリオンさんが付いてるなら、大丈夫だね」
「……私 (私は強いし子供扱いしないで)」
「ごめんごめん、でもクーちゃんはまだ小学生だからね?」
僕のために来てくれたのは嬉しいが、クーちゃんに万が一の事があった場合、とてもじゃないが冷静ではいられなくなりそうだ。
だからソウルワールドでも、屈指の強さを誇るデリオンさんがいるなら、安心して任せられる。
それにクーちゃんは僕たちと同じトッププレイヤーだ。
〈殲滅の妖精〉の二つ名を持っており、魔王ディザスター戦でもアリスと真奈に次いで、最多のモンスター討伐数の実績を持っている。
並大抵のモンスターでは、彼女の命を脅かすことは無いだろう。
でも脳裏に浮かんだのは、アリスから聞かされた、死んだら消えてしまう事。
そこには自分が生きた証は何も残らない。
だから、これだけは言っておく。
クーちゃんだけではない、この場にいる全員に。
「みんな、今日は何が起きるか分からない。だから不測の事態が起きた時は、何よりも自分の身を守ることを約束してください」
その言葉に、全員強く頷いた。
◆ ◆ ◆
いつもより早く屋台の店じまいが始まる。
それはスサノオ王からの厳命らしく、今年は21時の花火が終わるまでに、神威山から撤収するように言われているとの事。
しかし不要な混乱を招かないために、内容は伏せられていた。
そして山にいる民間人は、軍の人達によって全て下山を始めている。
理由は山の中に、突如モンスターが出現したという事になっていた。
……まぁ、嘘ではないな。
下山する人々を眺めながら、黒漆は胸中で呟く。
あれだけ賑やかだったのに、終わると実に寂しいものだ。
境内の明かりはまだ残っているが、軍の人達の助力もあり21時までには屋台の撤収も全部済みそうである。
そんな黒漆に、龍二は言った。
「一体何が来ると思いますか」
「ネームレスが作った化け物だからなぁ、正直に言ってオレにもわからん」
ただ一つだけ言えるのなら、オレ1人で倒せそうなモノは作らないだろう。
そう思っていると、伊集院アリスが胸を張って自信満々に言った。
「ふふふ、例えボスクラスの敵が来ても、妾の魔法で一撃で倒してみせるのじゃ」
「アリスさん、いくらなんでもボスクラスを一撃は誰にもできないんじゃないかなぁ」
アリスに冷静にツッコミを入れる水無月優。
2人の会話に、オレは一言だけ告げる。
「ボスクラスを一撃か、そんな事ができるのは師匠くらいかな」
「ふぇ、蒼様の父様は一撃でボスを倒せるのじゃ?」
「おじさんそんなに強いの!?」
強いというか、アレは化け物である。
正直に言って、あんなのを相手にするくらいなら、魔王を相手にした方がマシなくらいだ。
あれはそう、9月1日の事である。
長らく膠着状態だった前線にジンベエ姿の師匠が二振りの日本刀を持って現れた時の衝撃は、今でも忘れられない出来事だ。
何せその時に〈暴食の魔王〉が日本を壊滅させるために10年間溜め込んだ魔力で作った10体のレベル100の魔獣、その全てを呉羽は初陣で笑いながらナマス切りにした。
挙げ句の果には、遠く離れた魔王の角を軍艦の上から試しで放った上級一刀技〈真空居合い切り〉で切り落として見せたのだ。
流石に日本を壊滅させようと思った魔王もこれには驚いて、即座に自分のフィールドに逃げ帰った程である。
「まぁ、流石に師匠がいくら強くても魔王の土俵では戦えないから、そこからはまた膠着状態になったな」
オレの話を聞いた4人は、有り得ないと呆然となった。
「笑いながらレベル100の魔獣10体ナマス切りってマジかよ」
「そこからオマケに魔王の角切り落としたって、人間やめてない?」
「あ、憧れるのじゃ……」
「……レベル90ってそんなにすごいの?」
最後の真奈の言葉に、オレは苦笑した
「いや、あれはレベル90だからじゃない。強いて言うなら、師匠のユニークアビリティの力だな」
「ユニークアビリティなのじゃ?」
「ああ、師匠は〈神眼〉というユニークアビリティをもっていてな、どんな敵でも急所を見つける事ができるんだ。そして急所をピンポイントで狙うことができれば、ダメージは通常の2倍になるらしい」
「ふむ、急所か。中々に面白い話だね」
黒漆達の会話に、階段下から現れた白髪の少女──壱之蒼が割り込む。
それを見てアリスと真奈がその場から光の速さで消えると、いつの間にか彼女の左右を占領した。
なんて速さだ、おまえら速度重視のキャラじゃないだろ。
思わずツッコミを入れたくなったが、それよりも先に蒼が口を開いた。
「おまたせ、白の騎士団の幹部と会ってきたよ」
「お疲れ、連中はどうだ?」
「うん、龍二。全員すごく頼りになる人達だったよ。特にデリオンさんの存在は助かるね」
「〈鎮魂歌〉がおるのじゃ!?」
「あとクーちゃんもいたよ」
「〈殲滅の妖精〉なの……!?」
アリスと真奈は驚いた顔をする。
他にも〈柔剣士〉や〈鉄腕〉がいた事を蒼が口にすると、龍二は嬉しそうに笑った。
「すっげぇメンバーだな。今から魔王でも倒しに行くのか」
「うーん、あの時はガルディアンとムサシがいたからなぁ」
「紅蓮の小僧は部隊の指揮で忙しいから、優と睦月を入れても〈七色の頂剣〉には後1人足らないのじゃ」
「まぁ、無いもの強請りしててもしょうがないね」
両手をあげて、これにはお手上げと首を横に振る蒼。
不意に視線が合うと、白髪の少女は夜空を指差して言った。
「お、花火が始まるよ」
蒼に言われて、その場にいる全員が鳥居から神社の本殿がある方角を見る。
するとそこから、夜空いっぱいに無数の花火が咲いた。
しかもテンポ良く前の花火が消える前に、職人が計算して打ち上げた花火が交差して、夜空に新しい絵を描くように彩り鮮やかな風景を作り出していく。
いつもなら興味ないからと、仲間の誘いを断ってひたすら前線に張り付いていた黒漆にとって、それはとても眩しかった。
……ああ、オレは10年もこんな景色に背を向けていたのか。
鮮烈な印象に、黒漆はその場に釘付けとなる。
そんな彼の手を、小さくて温かい手がそっと握りしめた。
気がつけば、隣には自分が恋する白の少女が立っている。
左右のガードを固めていたアリスと真奈は、隣で待機させられていて不服そうな顔をしていた。
「……蒼?」
なんで、と疑問に思う黒漆に見た目は少女、中身は少年の壱之蒼は微笑んでこう言った。
「10年も守ってくれて、ありがとう」
「…………ッ」
言葉にならない思いに、黒漆は胸が張り裂けそうになった。
何故ならば壱之蒼を守ることは、誰にも頼まれた事ではない。
あの日、沢山の魔物を相手にして傷ついた自分を癒やした〈白の少女〉の片鱗に恋して、勝手に守ると誓ってやった事なのだ。
蒼からしてみたら、一方的に約束して勝手に10年間戦っていただけの男である。
見返りなんて、求めてなかった。
礼を言われるなんて、想像すらしていなかった。
だから、すごく嬉しかった。
他の何者でもない、一方的に守ると押し付けられた、この世で最も愛する人から言ってもらえたことが。
「オレは……ッ」
繋いだ手の温もりに、思わず涙が溢れる。
ああ、なんて純粋な心の持ち主なのだろうか。
触れる全てに癒やしと力を与える、これが〈神の祝福を授かりし天使〉。
これが、壱之蒼。
花火の光に照らされる着飾った彼女は、この世のどんな者よりも美しい。
強弱をつけ、花火のフィナーレが来る。
溢れる涙を拭うと、黒漆は改めて誓った。
「愛する君を、オレは必ず守る」
それは、今の彼女に対する新たな誓い。
白の少女は頬を赤くして周囲を見回すと、困ったような顔をして笑った。
夜空に咲いた大きな花火が、綺麗に散って逝く。
そして神威市の上空に、
──闇の星が生誕した。




