第51話「天使と終夏祭」
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時刻は18時過ぎ。
人混みはピークに達して、空はすっかり暗くなっている。
鳥居を待ち合わせ場所に指定した蒼は、アリスと2人で時間に少々遅れて到着すると、そこには既に全員揃っていた。
「おう、遅いぞ蒼」
私服姿の龍二は笑い。
「アリスさんとのデートはどうだった?」
浴衣姿の優は、嬉しそうな様子。
「姫、お疲れ様です」
ジンベエ姿の紅蘭はお辞儀して。
「アリス……目が真っ赤なの」
薄いピンクの浴衣を着た真奈は、少々驚いた顔をする。
「オレ達も今集まった所だから、気にしなくて良いぞ」
いつもの黒い服装の黒漆は、そう言って苦笑した。
僕とアリスは彼らの側に歩み寄ると、2人して頭を下げた。
「遅れてごめん」
「ごめんなさいなのじゃ」
2人して素直に謝ると5人は頷き、許してくれる。
ただ一つだけ、気になることがあった。
当たり前のようにこのメンバーの中に黒漆がいるが、自分の記憶では確か彼は優と真奈以外には初対面のはずだ。
僕がそれを尋ねると、龍二と紅蘭は僕達が来る前に挨拶を済ませた事を教えてくれた。
「──いやはや、姫の〈守護者〉とは本当に驚きましたよね。でも聞けば明日には前線に帰られるそうじゃないですか。守護者が守るべき姫を置いて行って良いんですか」
「ハハハ、その件に関してはごもっともだけど心配するな〈暴食の魔王〉を倒したらすぐに帰ってくるよ」
「すぐっていつですか。もしかして1年後とか10年後とか言わないですよね」
「やっぱり君は良い性格をしているよな。ハッキリ言って嫌いだよ」
「奇遇ですね、ボクも貴方が嫌いです」
唖然とする僕を前にして、間近で敵意むき出しで睨み合う紅蘭と黒漆。
会話が完全に男版のアリスと真奈だ。
出会ってすぐに喧嘩とは、この2人の相性は相当悪いみたいである。
呆れて僕が2人のやり取りを見ていると、ふと隣で優が思い出したように言った。
「あれ、そういえば蒼は黒漆さんをまともに見て呪いは大丈夫なの?」
「ああ、正直に言って大丈夫じゃないけど、昨日よりはマシになったんだ」
黒漆を前にはにかむ僕は、アリスと真奈から貰った指輪の効果、高ぶる気持ちを鎮めてくれる力を優に説明する。
このアイテムのおかげで僕は、間に人を入れなくてもある程度なら黒漆の前に立つことができるようになった。
すると、それを聞いた彼女と黒漆は驚いた顔をした。
「流石は賢者と魔女だな、こんなアイテム並の人間じゃ用意できないぞ」
「えー、恥ずかしくて隠れてる蒼すっごく可愛かったのにぃ」
感嘆する黒漆と残念がる優。
それに対して真奈とアリスは胸を張り、得意そうな顔をする。
しかし今は沢山人がいるから落ち着いていられるだけで、実は一対一だと冷静にはいられない事は僕だけの秘密だ。
蒼は皆の先頭に立つと、振り向き嬉しそうに言った。
「さて、それじゃ皆で遊ぼうか」
◆ ◆ ◆
先ずは僕とアリスのオススメのかき氷屋からだった。
列に並び、順番が来るまで待つと屋台のお兄さんは汗水流しながら笑った。
「姫様のおかげで大繁盛です、材料も追加したのでまだまだ稼ぎますよ!」
沢山の人達の津波を乗り切った後も未だに人が途絶えないらしく、彼はそう言うと他の店員の人とあっという間に僕達が注文したかき氷を準備した。
礼を言って、僕等はそこを後にする。
するとパイナップル味のかき氷を食べた優が、幸せそうな顔をしてこう言った。
「確かにこれは美味しいわね」
「だろ、僕はゆずにしてみたけど、これも中々に美味しいよ」
「ほんと、ちょっと食べさせてもらっても良い?」
「口つけちゃったので良ければ、僕は構わないけど」
「妾も蒼様とシェアしたいのじゃ!」
「……わたしも、なの」
今度はレモン味のかき氷を持つアリスと、モモ味のかき氷を持つ真奈も加わり、急に始まる女子4人によるかき氷の食べ回し(1人心は男子)。
一通り回してあげると、僕は再び手元に戻ってきたゆず味のかき氷を食べながら、ふと男子の方を見る。
するとそこには、僕達の様子に微笑ましい顔をしている龍二と、羨ましそうな顔をしている紅蘭と黒漆がいた。
その様子に少しばかりイタズラ心に火が点いてしまった僕は、紅蘭と黒漆に歩み寄ると半目で見据え、口元に微笑を浮かべた。
「ふむ、君達も僕とシェアしたいのかい?」
「……え、して下さるんですか」
「お、オレは、蒼が良いなら……」
「ふふふ、それなら早いもの勝ちだよ」
「「は、早いもの勝ち……ッ」」
顔を真っ赤にする2人に、ストロースプーンですくったゆず味のかき氷を差し出す。
行儀が悪い上に食べ物で遊ぶなんて、普段の僕なら絶対にしない行為だ。
でも今日はお祭り、これくらいは遊んでもバチは当たらないだろう。
近くにいる龍二は、少々呆れている。
その一方で紅蘭と黒漆は、相手の顔を見て様子を伺い、蒼が口をつけたストロースプーンを見て意を決する。
神速の紅蘭は、残像を残す程の全力で前に出る。
対して圧倒的レベルを持つ黒漆も、紅蘭に負けず劣らずの速度で前に出る。
2人は、ほぼ同時。
これは──避けないとヤバいかな。
洞察アビリティでその動きを完全に見切った蒼は、彼らがかき氷を食べようとした瞬間にストロースプーンを自分の口に運ぶと同時に身体を反転。
猛速度の2人の前から退避して横に逃げると、空振った彼らはそのまま僕がいた地面を転がった。
「危ないなぁ、気合入るの良いけど避けなかったらぶつかってたぞ」
「「す、すいません……」」
謝る2人の怪我を回復魔法で治してあげた後、煽ったのは自分なのでしょんぼりする彼らには、ちゃんと手ずから食べさせてあげた。
◆ ◆ ◆
ああ、楽しい。
これが祭りというものか。
確かに人間達がはしゃぐのもわかる気がする。
特に好きな人が側にいると、それだけで世界が輝いて見えた。
昨日は自分から隠れるように立ち回っていた白の少女も、友人達から貰ったアイテムのおかげで今は元気な姿を晒している。
沢山の光の下で、友人達と笑顔で語り合う蒼。
あの笑顔の為に、オレは10年間も戦い続けたのだ。
その成果を見ることができて、この機会を与えてくれた師匠に心の底から改めて感謝する。
すると、不意に紅蘭が隣に並んだ。
赤髪の少年、四葉紅蘭。
〈紅蓮の双剣士〉の二つ名を持ち。
俺と王達が選んだ〈六色〉の守護者の1人。
彼は神社の明かりの下で花が咲いたように笑う蒼を見て、小さな声で呟いた。
「幼馴染のお二方から聞きました。なんでも男性の頃の姫に瓜二つだと」
「ああ、らしいな。オレは小さい頃にしかあった事はないから、よく分からないけど」
「姫とご兄弟……というわけではないんですよね」
「身体はそうだな。ソウルでいうのならば、従兄妹みたいなものだけど」
「そうですか、兄弟だったら法律で結婚できないので、ボクが優位に立てたんですけどね」
「おまえ本当に良い性格しているよな」
呆れる黒漆。
そんな彼を無視して、紅蘭はアリスと真奈の睨み合いを仲裁する蒼を見ると、苦笑した。
「……とても世界を背負ってる様には見えません」
「ああ、そうだな」
紅蘭の言葉に、オレは頷く。
世界の王たる〈白の天使〉。
あの子が背負っているのは、1人が抱えるには余りにも重過ぎる。
それを少しでも軽くする為に師匠と決めたのは、悪しき野心を持つ大罪を冠する魔王を滅ぼす事。
今回の件でネームレスの結界を得る事ができれば、蒼の身体を狙っているアイツを気にする必要はなくなるのだ。
おまけに蒼は、一番隙きを晒してしまう第一昇華を無事に果たした。
つまり今の状況は、10年前に〈堕天〉すると予言された時よりも格段に良い。
そう思っていると、紅蘭は続けてこう言った。
「ボクはあの方の重荷を少しでも軽くしてあげようと、この街に入ってくる敵を殺し続けてきました。でも……」
紅蘭は、悔しそうに顔を歪める。
「今回自分の失態で取り逃してしまった一体。それだけで、この有様です。姫を危険に晒してしまうなど、あってはいけないのに」
「それを言うならオレも同罪だ。悪魔の動向を様子見などしないで、さっさと殺しておけば、少なくとも蒼が戦う必要はなかった」
「……ふ、戦犯者同士が傷の舐め合いなど、ただ気色悪いだけですね」
「おまえが言い出した事だろ。オレは乗っかってやったのに、その言い方は酷くないか」
顔を見合わせ、お互いに苦笑いする。
恋敵ではあるが、それ以上に自分達は蒼を守るために戦うと誓った者だ。
好きではないし大嫌いだが、そのあり方には共感できる。
黒漆は握手を求めると、こう言った。
「今日はよろしく頼む、紅蘭」
それに応え、紅蘭は握手をする。
「ええ、此方こそよろしく頼みます、黒漆」
2人が握手をすると、それを微笑ましく見ていた蒼が歩み寄り、そっと左右の手を伸ばして彼らの手を握った。
「良し、次は的屋いくぞー!」
「「蒼 (姫)!?」」
白の少女に引っ張られて、2人は顔を真っ赤に染めるのであった。




