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第49話「終夏祭の準備」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 皇居の敷地に雄大にそびえ立つ巨大な城。

 それはかつて滅んだソウルワールドに存在していた〈天照あまてる王城おうじょう〉。

 白を基調とした材木で作られたその神々しい姿は、10年間経ってもなお未だに日本と神威市を守る結界の媒体となっている。

 城中に張り巡らされた防護の術式。

 最硬度を誇る神木とアダマンタイトのみで作られた、世界屈指の白城。

 今やその姿は日本の象徴。

 誰もがたたえる天照大神アマテラスの威光が形となった存在。

 たとえ魔王だろうと、この城に傷一つ付けることは困難だろう。

 だがこれだけの素材と術式の規模を用いても、この街を覆うネームレスが作った結界には遠く及ばないのが現実だ。

 地上から20メートル離れた最上階。壁の一切ない広間から見上げるは、青空に隠された解読困難な結界の術式。

 これを作り出したのは、白の女神と同じ最古の邪神。

 名も無き者──ネームレス。

 一説によると、あの白の女神の弟という話もあるが真偽は定かではない謎の人物。

 何を考えているのか、その真意は未だに分からない。

 唯一わかっていることは、ネームレスが天使様を気に入っている事。

 新世界の次の王たる〈白の天使〉。

 誰もがあの御方に惹かれ、この地に集う。

 話によると、ヨーロッパの第一王子が強い関心を持っているらしい。

 流石に壱之いちの呉羽くれはが「手を出したらただでは済まさない」と世界中に睨みをきかせているので、迂闊うかつな真似はしないとは思うがどうなる事やら。

 それともう一つ聞いた話では、世界中を放浪しているとある中立の〈魔王〉が、近々この地に観光に現れるという話を聞いている。

 此方も目当ては恐らく〈白の天使〉だろう。

 厄介事にならなければ良いのだが。

 自分が案じているのは天使様だけではない。それによって民間人が巻き込まれる事も憂慮ゆうりょしている。

 死んだ者は生き返らない。

 ほかでもない死んで砕け散った〈女神〉がそれを証明している。

 だから今回の天使様がネームレスに確約させた、攻撃する者以外には手を出させないルールには感服した。

 これで民間人の被害を心配する必要はない。後は出てきたモノに対処するのみ。

 優れた人格者である事は知っていたが、よもやネームレス相手にここまでやるとは。

 そう思っていると、不意に背後に気配を感じた。

 懐かしい気配だ。

 てっきり慕っているあの方から離れないと思っていたので、懐かしく思うと同時に少々驚いた。

 振り向くと、神主の格好をした銀髪金眼の男性──威厳いげんのある空気を纏うスサノオ王は、自分の背後に現れた黒髪の少年、睦月むつき黒漆くろうを見て口元に笑みを浮かべる。


「久しいな、お主と会うのも何年ぶりだ?」

「うーん、5年ぶりくらいじゃないか。前に世界王会議があったのはそれくらいだろ」

「そうか、世界の境界を越えるために大分疲弊していたその身体も、大分調子が戻ってきたみたいで何よりだ」


 スサノオ王の言葉に頷き、笑ってみせる黒漆。


「大体50%ってところだ。本来の力なら今回のネームレスの件も、蒼を戦場に立たす事なくオレ1人で何とかなるんだけどな」

「いや、そもそも奴が天使様にちょっかいを出す為の遊びなのだから、どの道巻き込まれていたのでは」

「あー、そういえばそうだった」


 忘れてたと視線を泳がせ、頬をかく黒漆。

 その様子にスサノオ王は少しばかり呆れた。


「おまえは相変わらずだな」


 と、彼に言う。

 強いんだが、どこか抜けている男。

 それが世界中の王達が女神の〈守護者〉に対して持っている共通した認識だ。

 スサノオ王の言葉の意味を理解して、黒漆は複雑な表情を浮かべた。


「まぁ、オレの事は置いといてスサノオ王、今日は頼みがあって来たんだ」

「なんだ? 天使様のブロマイド第3弾ならこの前送ってやっただろ」

「違う、今回はちゃんとした用件だ」


 ため息を吐き、ブロマイドの件を出されて少しだけ頬を赤く染めた黒漆はこう言った。


「今回の件では、日本軍は攻撃に参加しないで避難誘導に専念させてほしい」

「……何故?」

「内地のレベルじゃ〈白の騎士団〉やオレ達の邪魔にしかならない。ムダに死人を出すよりもサポートに徹してほしいんだ」

「わかった。おまえがそう言うなら、手配しておこう」

「それと、もう一つある」


 黒漆は目を細めると、絞り出すように告げた。


「オレは今日の終夏祭しゅうかさいが終わったら、明日師匠のいる前線に戻る」

「…………そうか」

「だからオレがいなくなった後、蒼の事をよろしく頼むよ」

「…………」


 無言になり、黒漆を見据える。

 本当はずっと天使様の側に居たいのだろう。

 黒の少年は悔しそうに拳を握り締め、瞳に深い悲しみを宿している。

 愛しい人と離れるのは辛いものだ。

 特に10年も前線で戦い続けていた黒漆にとって、昨日の一時ひとときがどれだけかけがえのないものだったのかは、自分には想像もつかない。

 会ってしまったが故に、恐らくは今まで以上に心配になったのだろう。

 天使様が第一昇華を果たしてリスクが減った今、間者から世界の王族達の情勢に不穏なものを聞くことが増えてきた。

 万が一にも呉羽達が〈暴食の魔王〉に負けた場合、日本を滅ぼしてでも壱之蒼を確保しに来るかもしれない。

 内輪もめしている場合ではないのに、そんな情報が出てきている事にスサノオはうんざりする。

 だから、彼は約束した。


「天使様は必ずお守りする。だから〈守護者〉は気兼ねなくその任を全うせよ」

「ありがとう、スサノオ」


 礼を言って、用を終わらせた黒漆は背を向ける。

 そのまま振り向かずに暗闇に紛れて消えると、その場に残されたスサノオは小さな声で呟いた。


「……友よ、無理はするなよ」





◆  ◆  ◆





 終夏祭しゅうかさいはいつも山の上にある神威神社にて行われている。

 神社では現在準備のためにアルバイトの巫女装束の女性達が、特設された祭殿でリハーサルをしている。

 実に忙しそうな境内の左右の脇には、ずらりとたこ焼き屋や焼きそば、わたあめ等の定番の屋台が並んでいた。

 いつもの事ながら規模は大きい。

 沢山の人達が、山の階段を汗水を流しながら往復している。

 そんな活気に溢れる祭りの準備が進む中を一通り観察した後に、認識阻害の効果がある黒いコートを羽織った赤髪の少年、四葉よつば紅蘭くれないは森の中に足を踏み入れる。

 しばらく歩いていると、目的地には既に5人の幹部が集まっていた。

 一番最後になってしまった紅蘭は謝罪をしつつタブレット端末を開くと、彼らを見てこう言った。


「今日の参戦できる隊員は最大で100人です。その内半分は軍が来るまで民間人の避難誘導に当てて、他10人で1つの部隊を5つ作ろうと思いますが、どうですか」


 紅蘭の提案に、他の5人は頷いた。


「避難誘導の役割はレベルの低いのを優先的に当てるっス?」


 と言ったのは黒髪の高身長の男性〈豪剣の鬼〉に憧れて〈ギガースの大剣〉を扱う大剣使いのレイン。


「ホムラ殿、幹部は全員部隊長をするのでござるか」


 忍者口調の女子高生は、壱之蒼と同じく〈極めた忍者の証〉のアビリティを持つ〈神風〉こと忍術使いシノリ。


「配役は重要だ。冷静に指揮を取れない者を据えると、それだけで全体に影響がでるぞ」


 そう言ったのはソウルワールド内でも魔法格闘士〈鉄腕〉と名高い、青髪の青年アテム。


「あたしはホムラちゃんの案に賛成よん」


 化粧をした長身の30代ほどのオネエこと大鎌使い〈鎮魂歌レクイエム〉デリオンは、嬉しそうに身体をくねくねさせる。


「……了 (了解です)」


 最後に長い黒髪の11歳の最年少の少女、魔法銃士のクロは眠たそうな顔であくびをした。

 それに、デリオンがくすりと笑う。


「クロちゃんまた遅くまでゲームしてたのかしら?」

「……正 (正解です)」

「夜ふかしはお肌の天敵よ、若いからって無理ちゃだめよ」

「……放 (放っといて下さい)」

「こら、年上の忠告はちゃんと聞きなさい。身嗜みはきちんとしなきゃ、姫様に振り向いてもらえないわよ」

「──嫌 (嫌、それだけは嫌)!」

「でしょう? ならちゃんと夜は寝なさい」


 その会話を聞いていた他の幹部は、見慣れた光景に肩をすくめた。


「あれでなんで会話が成り立つんでござるか」

「俺にはクロさんの言葉は全くわからないっす」

「デリオンはクロの保護者兼通訳みたいなものだからな。それでホムラ、終夏祭しゅうかさいで俺達はどうしたら良い?」


 アテムに聞かれた紅蘭は、タブレットで団員達と連絡のやり取りをしながら答えた。


「とりあえず幹部はボクを含めて部隊の指揮を取ります。クロさんに指揮は取れないので、そこはデリオンさんとセットでお願いします」

「……了 (了解です)」

「ホムラちゃん、かわいこちゃん達の面倒は任せてちょうだい」


 いつものクロの省略した返事の後に、がデリオンが嬉しそうに元気よく右手を上げる。

 ここにいるのは、自分以外は全員レベル68のトッププレイヤー達だ。

 個人の能力を比較しても〈七色の頂剣〉に勝るとも劣らない戦闘力を持っている。

 紅蘭は、全員に伝達している情報を確認のために再度口にした。


「今回の敵は全くの未知数だ。唯一わかっていることは、姫が元凶と交渉して立ち向かってくる者以外を攻撃対象にしないということだけです」

「民間人を逃してる最中に襲われないだけでも御の字ッスね」

「流石は我らの姫君でござる」

「……神 (神ですか)?」


 口々に姫の事を称賛する幹部達。

 タブレット端末内でも、避難誘導の役割の団員達がテンション上げて「我等が天使は智将でもあられるのか!」「浴衣姿が楽しみでしょうがないゾ!」「姫様の盗撮なら任せろ!」「←おまわりさんこいつです!」と叫んでいる。

 もちろん盗撮した奴のカメラや携帯電話のデータは没収だ。

 後で取締班とりしまりはんを呼んでおかねば。

 ちなみに〈白の騎士団〉では、ここ最近は天然のモンスターを狩りまくっていたせいか、そろそろ団員達の平均レベルが65になろうとしている。

 今朝もテレビで『突如消えたモンスターの群れ』というタイトルで取り沙汰されていた。

 一体どれだけの数を狩ったのだろう。

 おまけにモンスターの巣のボスまで狩り尽くされており、残されているのは固定数湧きのモンスターだけらしい。

 レベル上げに必死になり過ぎである。

 まぁ、それだけ皆が姫を好きという事なのだが……。

 そんな事を考えて少しばかり呆れていると、ふと5人の視線が自分に向けられていることに気がつく。

 どうしたのだろうか。

 首を傾げると、幹部達は言った。


「あまり根を詰めないでくださいッス」

「ホムラ殿は姫君が関わると無理しすぎでござる」

「あら、ちょっとお肌荒れてるんじゃないの。お姉さんがマッサージしてあげよっか」

「……忙 (多忙ですからね)」

「後は団員に伝達と配置の打ち合わせだろ。大きな仕事が控えてるんだ、俺達に任せて少しは休んだらどうだ?」


 ああ、どうやら心配してくれているらしい。

 だが生憎とボクは、この状況を楽しんでいる。

 多少は忙しい部分もあるが、普通では味わうことのできない未知に挑むのは実に楽しい。

 オマケに今回は姫も関与している。

 愛する白の天使が関わっていると思うだけで、自分の心は炎のように熱く燃える。

 そんな事を考えていると、不意に携帯電話が着信音を鳴らす。

 慌てて確認してみると、そこには心に思い浮かべていた姫からのメッセージだった。


 …………2時間も御一緒できるだと?


 どうやらフルで姫を独占すると思われていた伊集院アリスが、2時間ほどで姫とのデートを終わらすらしい。

 理由は、浴衣姿の姫を独占するのはもったいないからとの事。

 あの〈荒野の魔女〉が周りに気を使うとは、もしかして今日で地球は滅亡するのではないか。

 そんな失礼な事を思いながらも、紅蘭は蒼から貰ったお誘いについ頬が緩んでしまう。

 すると先程まで親切だった幹部達から、急に鋭い敵意の視線が送られた。

 キャラが濃ゆくて忘れがちだが、この騎士団に入っているという事は、当然だがこの場にいる全員〈白の少女のファン〉なのだ。

 紅蘭の喜んだ顔を見て察した5人は、口を尖らせて言った。


「あ、さては姫様からッスね!」

「その様子は姫君から良い話が来たでござるな!」

「いい加減、あたし達にも姫ちゃんとのオフ会セッティングしなさいよね!」

「……羨 (羨ましいです)」

「許せないよな。前回の会議は俺達にも知らされてなかった上に、団員達の告白祭りでそれどころじゃなかったからなぁ……」


 じろりと睨みつけるアテム達に、紅蘭は額にびっしり汗を浮かべた。

 そういえば、姫達とクエストクリアするのが忙しすぎて忘れていた。

 もちろんそんな事を言えば、この場で袋叩きにされるのは目に見えている。

 だが心優しいあの方の事だ、頼めばきっと断るなんて事はしないだろう。

 非常に心苦しさを感じながらも、紅蘭は蒼にメッセージを送る。

 すると、返事は直ぐに帰ってきた。

 内容は予想通り「挨拶だけなら大丈夫だよ」と記されていた。

 紅蘭は彼らを見ると、こう言った。


「今日挨拶だけならして下さるそうです」


『──ッ!!』


 その言葉に拳を握り締め、歓喜する5人の幹部。

 こうして紅蘭の命は、ギリギリ首の皮一枚繋がった。

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