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第48話「終夏祭の朝」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 目を覚まして身体を起こす。

 寝起きの影響で、頭の中は真っ白。

 ぼんやりしながら身体を動かし、ベッドの縁に両足を出してぶらりと下げる。

 1か月前くらいなら丁度足の裏は床に着いていたが、今の自分の身体では着くことはない。

 そんな事にもすっかり慣れてしまった僕──壱之いちのあおは、枕元にある携帯電話の充電器を外すと手に取る。

 いくつかお知らせが表示されているのを処理しながら、最後にチャットアプリ『LN』で来ている、いくつかの『おはよう』のスタンプに対して此方からも違うスタンプで返信する。

 最後に来ていたのは、スタンプではなく「おはよう、蒼」とメッセージが来ていた。

 その送り主は、昨日出会った僕の「守護者」らしい睦月むつき黒漆くろうだ。

 彼の姿は、女の子になる前の自分に良く似ている。

 それは長い付き合いのある幼馴染の水無月優から見ても、そっくりだと断言するくらいだ。

 そんな彼とはネームレスとの交渉が終わり、分かれる間際に連絡先を交換してあげた。

 その時の彼の嬉しそうな顔を思い出してしまい、僕はベッドに倒れる。

 胸に抱くのは、むず痒くなるような熱い感情。

 しかし、これは僕のものではない。

 この感情の本来の持ち主は、今や僕と一つとなり消えてしまった女神様。

 彼女の意識に何度も呼びかけてみても、僕の中には何も感じられない。

 残っているのは、想いだけだ。


「恋心、か……」


 呟き、蒼は目を細める。

 まったく、本当に厄介な感情だ。

 そんなモノ、自分には全く分からない。

 胸中にある想いは、意識すると苦しくなるような辛さしかない。

 親友であるオッドアイの少年、土宮龍二は、こんなモノを優に対して抱いているのか。

 これが少しでも楽になるのなら、告白の一つでもしたくなるのも分かる。

 夏休みの最終日に、自分と彼が戦うことになった理由に蒼は少しばかり納得する。

 しかし、僕のこれは僕のモノじゃない。

 だから、辛さしかない。

 死んでしまった女神。

 彼女が残した最後の想いだとしても、これを叶えてやる事はできないのだから。

 ──黒漆は、僕の事が好きだ。

 その気持ちは10年もの間、変わることがなかった本物で真剣なモノ。

 それに、応えてあげることはできない。

 僕は元は男子な上に、恋愛というものが全くわからないのだから。

 目を閉じて、蒼は何度か深呼吸する。

 ……うん、大丈夫だ。

 気持ちを落ち着かせると、僕は手にしている携帯電話と向き直った。


「とりあえず、おはようっと」


 こちらもメッセージで返信して、携帯電話を枕に放り投げる。

 それから、ぼんやりと天井を見上げた。


「おまえだけは、本当に変わらないよな……」


 10年以上変わらない真っ白な景色。

 眠って目を覚ませば、いつもそこにある自分の部屋の天井。

 それに手を伸ばして、自分は変わってしまったと独り言を口にする。

 一番は当然身体なのだが、最近は時々男子だったことを忘れそうになる。

 これもアビリティ〈神の祝福を授かりし天使〉の影響か。

 この身体に対する違和感は、既に自分の中からは完全に消失している。

 蒼は身体を起こすと、最近は良く利用している姿鏡すがたかがみに視線を向けた。

 そこに映っているのは、緩いみつ編みをした長い白髪の少女。

 身長は150あるか無いか。

 半袖のシャツと短パンから伸びている手足はびっくりするくらい細く、見る人によっては中学生か小学高学年くらいに見られるかも知れない。


「昔は要らないって思ってたんだけどなぁ……」


 みつ編みを解くと、市場には出回らない真奈お手製のミストタイプのトリートメントを、全体に馴染ませるように吹きかける。

 それからクシを手に取り、丁寧にとかしていく。

 すると、サラッと良い感じになる。

 髪の毛一本一本にツヤがあり、ボサボサ感などは全くない。

 肌の手入れは、これまた真奈お手製の〈状態異常回復草クリアハーブ〉を使った化粧水。

 中身の水を少量手に取り、顔全体になじませれば毛穴の汚れからすべてが綺麗になる。

 これで準備は完了。

 さて、今日はいよいよ神威かむい終夏祭しゅうかさいだ。

 蒼はあくびを噛みしめながら、ベッドから立ち上がり部屋から出た。





◆  ◆  ◆





 一階に降りると、そこにはパジャマ姿の伊集院アリスとラフな格好をした葉月真奈がいた。


「おはよう、アリス、真奈」

「ふわぁ、おはようなのじゃ」

「姫様、おはようなの」


 綺麗なクセのある青髪が特徴的な少女、アリスはまだ眠い様子。

 それに対して後ろ髪を肩まで伸ばし、もみあげを胸まで長く伸ばした特徴的な桃色の髪の少女、真奈はいつもと変わらないマイペースで挨拶を返す。

 僕はそのままアリスと洗面所に行くと顔を洗い、保温クリームを塗ってから歯磨きを済ませてキッチンに戻った。

 するとそこでは、既に真奈が朝食の準備を済ませていた。

 テーブルには焼き魚と味噌汁と白ご飯、それと酢物という実にオーソドックスなメニューが並んでいる。

 それを準備した真奈は、一つ一つ僕達に説明した。


「今日は和食で白ご飯炊いたから、オカズはそれに合わせてみりんと醤油に漬けた鮭の焼き物、それと豆腐とほうれん草と大根の味噌汁、千切りにした人参と大根と柚子の皮を少しだけ加えた酢物なの」

「朝からメチャクチャ手が混んでおるのじゃ!?」

「真奈は、良いお嫁さんになれそうだね」


 アリスは驚き、僕は素直な感想を口にする。

 真奈は何やら恥ずかしそうな顔をすると、僕の横に来てこう言った。


「姫様のお嫁さんになら、なっても良いの」

「うーん、それは色々と面倒な事になりそうだから遠慮しておくね」

「……姫様つれないの」


 僕に断られて、しょんぼりする真奈。

 同じく告白を何度も断られているアリスは、そんな真奈の肩にポンと軽く手を置いた。

 それに真奈はムッとして手を払い落とす。

 いつものお決まりのように、睨み合うアリスと真奈。

 僕はそんな2人の間に割って入ると、喧嘩しないようにいつものように注意した。


「まったく、喧嘩しちゃダメだっていつも言ってるだろ」

「ごめんなさいなのじゃ」

「ごめんなさいなの……」


 まったく、似たもの同士め。

 こういうのを、争いは同じレベルの者同士でしか起きないというのだろうか。

 いつものお約束を終わらせると、僕達はテーブルに座り手を合わせる。

 1ヶ月前に1人暮らししていた時はトースト一枚に牛乳一杯か、インスタントのカップスープをすすっているだけだった事を思い出す。

 その時と比べると、今の生活は雲泥の差だ。

 しかもアリスと真奈が住むようになって、なんだか家の中も明るくなった気がする(喧嘩も絶えないが)。

 やっぱり誰かと食べるのは良いもんだな、と僕は思った。


 ──まぁ、これで僕が元の男の子だったら、不純異性交遊とかで大分問題のありそうな絵面だけどね。


 ある意味、女の子だから許されてる感はある。

 そう思いながら本日も美味な朝食を食べ終わると、真奈1人に作らせてしまったので今回は僕とアリスで食器の洗い物を済ませた。

 それからリビングで寛ぐ事にした僕は、アリスと真奈と今日の予定の確認をした。


「とりあえず先ずはアリスとのデートだね。終夏祭しゅうかさいが始まるのが17時だから16時には行こうか」

「21時に終わるんじゃから、妾とのデートは大体2時間くらいじゃな」

「本当にアリスはそれで良いの? 約束したんだから、3時間でも4時間でも付き合うよ」


 僕のその言葉に、アリスは首を横に振った。


「せっかくの激レア浴衣の蒼様を独り占めするのは、流石にみんなに悪いのじゃ」


 何やら両手を組んで、フッと不敵な笑みを浮かべるアリス。

 言っている言葉の意味は、理解できるようなできないような。

 まぁ、彼女がそれで良いのならば、僕からこれ以上言うことはない。

 僕の予想では、ネームレスは最後のフィナーレの花火が終わる頃に合わせて〈サプライズ〉を投入する筈だ。

 となると21時に行われる花火まで、3時間ほどの猶予がある事になる。

 流石にギリギリまで遊ぶわけにはいかないので、20時までが限界か。


「残り時間はみんなと集合だね」

「浴衣姫様と一緒に遊べるの」

「まぁ、2時間だけだけどね」


 喜ぶ真奈に対して、苦笑する僕。

 今回の件は避難誘導もしないといけない為〈白の騎士団〉も参戦してくれる。

 なんて言ったって、相手はネームレスが関わっている敵だ。

 間違いなく一筋縄ではいかない。

 こちらも出来ることはしておかなければ。

 というわけで、今回は魔力も体力も同時に回復できる、真奈お手製のデュアルハイポーションをメインメンバーに10本ずつ。

 〈白の騎士団〉には、地面に叩きつけることで人間にだけ範囲回復をもたらす、エリアハイポーションを真奈から100本ほど提供された。


「それに今回は黒漆も参戦してくれる。レベルは90だから、間違いなく最強の戦力だ」

「うぎぎぎ、妾よりも18も上なのじゃ!?」

「認めたくないけど、アイツは強いの……」


 黒漆の事を敵と認定している2人は、本当に悔しそうな顔をする。

 まぁ、父さんは例外として彼は10年もの間、魔王達の進行を食い止めていたのだ。

 レベルが並外れて高いのは、当たり前だと言えるだろう。

 ……と、つい意識してしまって、再び胸が少しだけ高鳴ってしまう。

 未だになれる事の無い感覚に僕は、深呼吸をして自分を落ち着かせるように努力する。


「いやはや、これじゃ本当に呪いだね」


 そんな僕の様子を見て、真奈が一つの小さな指輪を差し出した。

 見たところ、装飾も何にもない指輪だ。

 一体どうしたのだろうか。

 不思議に思うと、真奈はこう言った。


「姫様、根本的な解決にはならないけど、わたしが〈人魚の涙〉で作ったこの指輪には高ぶる気持ちを鎮める効果があるの」

「妾の手持ちにあったクエスト報酬品を見て、真奈が作ってくれたのじゃ」

「2人共……」


 女神の恋心に苦しむ僕のために、昨日の今日でこんな物まで用意してくれるなんて。

 感動して何だか泣きそうになるが、我慢して指輪を受け取り右手の親指に装着する。

 そして真奈から教わり、頭の中に浮かんだ使用する項目の中から指輪を選択。

 すると大気中の魔力を吸った指輪が、淡い光を放つ。

 レアアイテム〈人魚の涙〉に込められた力は〈鎮める力〉。

 恋心に高鳴り乱れていた僕の心は、指輪が放つ淡い光に包まれると、あっという間に静まった。

 ……これは凄い。

 驚く僕の様子を見て、2人が珍しくハイタッチする。

 普段は大人しい真奈もテンションが上がるとは、黒漆に対して2人の敵対認識は相当高いらしい。

 まぁ、僕にキスしようとしたからね、仕方ないね。


「流石に直接会うと効果は薄いけど、これで変態がいない時に悩まされる事はなくなるの」

「いやはや、上手くいくかどうかドキドキものだったが成功して良かったのじゃ」

「真奈、アリス、ありがとうッ!」


「「────ッ!?」」


 嬉しさのあまり、2人を纏めて抱きしめて頭をなでなでしてしまう。

 その後に優が僕達の浴衣を手に家にやってくると、そこには茹で蛸のように顔を真っ赤にした真奈とアリスがソファーでぐったりとしていた。

 優に一体なにがあったのか聞かれた蒼は、反省するようにこう言うのであった。


「……嬉しすぎて、ちょっとやりすぎちゃった」


 

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