第46話「次元の門」
いつも読んで下さる方々に感謝しております。
優を待っている間、蒼達は異なる世界にある〈ソウルワールド〉について黒漆から教えられた。
それはサービス終了をしたソーシャルゲームに込められた思いが集まり、形となった一つの世界。
最初に意思を持った一柱の女神が世界を整備して、監理していた。
魔王達はルールに従い勇者達と戦いを繰り広げ、国王達は国の発展に勤しみ、村人たちは懸命に今を生きていた。
そんなRPGではよくありふれていた毎日の中、ソウルワールドの平和はある時崩壊を迎えた。
世界を管理していた女神を、その妹である女神が守護者が不在の時に背後から刺したのだ。
理由は誰にもわからない。
しかも堕天した妹の女神は世界の力を殆ど消費して、自身と眷属である魔族達を別の世界に転移させた。
管理者であった女神と力を失った世界は崩壊を初めて、残された王族と住人達は行き場を失った。
死んだ女神は最後の力を使い、バラバラになった自身の〈ソウル〉を媒体にして王族と住人達をこの世界に召喚したのが10年前の出来事。
女神の核は次元の狭間を彷徨い、15年前の世界に現れてそこで蒼に宿ったらしい。
そしてどういうわけかこの世界の管理者は不在らしく、今は蒼がその枠に収まっているとの事。
しかし第7までの昇華を果たすまで、アクセスすることはできない。
わかりやすく言うのならば、パソコンは持っているのだがパスワードを持っていないような状態である。
でも世界は蒼の中にある〈女神のソウル〉の影響を受けて、すでに第二のソウルワールドとなっている。
黒漆はこう言った、世界は完全となった〈天使〉が帰還する時を待っていると。
◆ ◆ ◆
「驚いたわ、本当に男の子だった時の蒼にそっくりね」
蒼達と合流して黒漆と挨拶した後に、女の子らしくお洒落な格好をしている金髪の少女、水無月優はそう言った。
幼いときから一緒だった彼女が言うのだ、黒漆の容姿がどれだけ男だった僕に似ているのかは明白だ。
それから優は、彼の姿を物珍しそうに観察する。
およそ1か月ぶりの男版の僕を見て、その表情はどこか楽しそうだ。
その様子を見て、アリスが言った。
「そんなに似ているのじゃ?」
「ええ、もしも蒼が今の姿じゃなかったら、彼と並んで双子に間違われてもおかしくなったと思うわ」
「ふむふむ、そうなんじゃな」
やはり妾は蒼様一筋なんじゃな、と嬉しそうに拳を握り締めるアリス。
彼女は一体、何を改まって言っているのだろうか。
その意味深な発言の意味が分からない僕は、何だか突っ込んではいけない気がして何も聞かなかった事にする。
それから優は、視線をアリスと真奈の後ろに隠れている僕に向けると、小さく首を傾げた。
「ねぇねぇ、蒼は隠れちゃってどうしたの」
「いやぁ、これにはちょっと色々と複雑な事情がありまして……」
「事情?」
僕は優に、どうやら女神の〈ソウル〉の影響で、彼に対する恋心みたいなものが自分の中にある事を話す。
自分も信じたくないが、事実こうしてまともに姿を晒せないほどに深刻な状態なのだ。
すると、これには流石の優も目を見張った。
「あの恋心を一切分からない、純真無垢な蒼にそんな恐ろしい呪いが……!?」
と、恐れおののく幼馴染。
何か色々と失礼な事を言われてる気がするが、ツッコミを入れても彼女には絶対に勝てないので僕には黙っている事しかできなかった。
一方でアリスと真奈は、どうやったら女神の呪いを消せるのか真面目に相談している様子。
黒漆は、僕自身の気持ちではない事に対して「うちの女神が申し訳ない」といった顔をしていた。
まぁ、こればっかりは現状どうしようもないので、今やらなければいけない事を優先しよう。
それから僕達は、優に万全な状態で空間魔法を使ってもらうために徒歩で東区の住宅街を抜けて、中央区に入ると〈世界七剣〉の噴水に到着した。
目的地は当然、ネームレスの喫茶店だ。
なんでここに来たのかと言うと、それは彼がお気に入りのこの場所を拠点にしていたからだ。
恐らくは今ネームレスのいる空間に、一番密接な場所だと黒漆は推測している。
準備中の看板を無視して僕が扉を開けてみると、当然なのだが店内には何もない。
カウンターも、7つしかなかったイスも、観葉植物も、なにもかもそこには無かった。
真っ暗で、静寂だけが支配する店内。
まだ数回しか通っていないが、その光景に僕は少しばかり寂しさを感じる。
そんな中、優がみんなの前に出た。
「初めての挑戦だからドキドキするわね」
流石の優も、少しばかり緊張している。
無理もない。
なんて言ったって今からやるのは、恐らくこの世界にいる人間の中では優にしかできない事なのだ。
それに僕達は応援の声をかけた。
「優は妾の弟子じゃからな、必ずやり遂げられるのじゃ!」
「……優ならできるの」
「水無月さん、極めているとは言っても相手はネームレスだ。けして無理はするなよ」
アリス、真奈、黒漆の3人の言葉に強く頷き、そして最後に蒼と目が合う。
長ったらしい言葉は僕と優には不要だ。
お互いに右手で握りこぶしを作ると、それを軽くぶつけて微笑を浮かべる。
「優、頑張って」
「うん、頑張るわ」
みんなから勇気をもらった彼女は、真っ暗な闇に向き直る。
気合を入れて、優は両手を広げた。
先ずは名残があるかの確認。
空間魔法使いとしての特殊な感覚を広げてみると、消えそうだが微かに空間の歪みを感じる。
この感覚だと後5分くらいには消えるか。
その前にこれを利用して、ネームレスのいる空間に行くための道を作らなければ。
優は、自身を中心にスキルを選択。
範囲は目の前の空間の全て。
身体に流れる魔力を操り、頭の中に浮かんだ複雑な紋様の魔法陣を展開。
発動するのはアビリティ〈空間を極めし者〉によって、初級から上級まで強化された空間魔法〈次元門〉。
その効果は、遠く離れた場所に繋がる門を作る事ができる、空間魔法使いが初期に覚える魔法だ。
普段ならば自分の知る空間にしか繋げられないそれを、この空間内で発動された空間魔法の名残りを術式に取り込み、起点にする。
すると空気ではなく、空間が振動した。
名残りを起点にした魔法陣が、此処とは違う空間に干渉を始める。
「…………ッ」
額に、汗が浮かぶ。
かなりの集中力を要求される作業だった。
どうやら名残でも濃密な術式が込められていたらしく、少しでも術式の制御を誤ると破裂しそうになる。
そんな緊張感の中、優は額から流れる汗を拭うこともせず、針に糸を通す作業を続ける。
………。
………………。
時間にして、10分くらいか。
蒼達が見守る中で、優は何度か乱れそうになった術式を歯を食いしばりながら繋ぎ合わせ。
そして遂に──門の始点の再現に成功した。
優の前に広がるは終点に繋がる大門。
立っているだけで分かった。この先には恐らく、この世界には存在しない別の空間に繋がっている。
だが門は固く閉ざされていた。
実は空間魔法は、自分が作った穴に鍵がなければ開けない扉を作る事ができるのだ。
これがあるという事は、この先にネームレスはいると思われる。
しかし、余力が圧倒的に足りなかった。
扉のついた門を鍵無しで開くにはハッキングしなければいけないのだが、見たところ膨大な魔力を必要とする上に、優の今のレベルではそこまでする余裕がない。
手元に鍵はなし。
ハッキングはできない。
ならば、残された道は一つのみ。
優は穴を更に広げると、門と相対しながら後ろにいる蒼に向かって叫んだ。
「蒼、お願い」
「──まかせろ」
幼馴染の意図を理解した白の少女は、門の扉に向かって駆け出した。
アレはネームレスお手製の扉。
生半可な魔法剣技では、通用しないだろう。
ならば、選択肢は一つのみ。
──最初から全力だ。
左腰に呼び出すは真紅の剣〈レーヴァテイン〉。
白塗りの鞘から抜き放ち、その刀身に左手の指を這わせると、即座に上級魔法を多重発動。
耐久強化で剣を補強して、火、水、土、風、雷、光、闇の上級魔法を剣の耐久値ギリギリまで重ね合わせる。
そして最後に斬撃強化で束ねると、そこに完成したのは魔法剣士の奥義、極限付与魔法〈神威〉。
加算ではなく乗算された多属性が爆発的な魔力を放ち、その影響を受けて大気が唸り、建物が大きく震動する。
蒼は純白に輝く剣を背負うと、そのまま右上段から全身全霊で目の前の真っ暗な扉に叩きつけた。
「極限魔法剣技〈流星斬〉ッ!」
それは蒼の手持ちの中で、最も強い必殺の魔法剣技。
しかし振り下ろされた純白の刃は、扉にぶつかると目映い閃光と共に受け止められる。
──切れないッ。
剣を通して両手に感じる扉の堅牢さに、僕は苦笑いした。
なんて、頑丈なんだ。
自分の手持ちのカードの中で一番強い〈流星斬〉ですら、全く刃が通らない。
これがネームレスの力の一端。
白の力と扉に込められた黒の力がせめぎ合い、周囲に破壊の嵐を巻き起こす。
このままでは扉と蒼の衝突の余波だけで、この建物だけでなく周囲が跡形もなく吹き飛ぶ。
だがそれは、アリスと真奈の召喚獣が作った上級結界魔法〈絶〉によって完全に抑え込まれた。
「蒼様、周囲は妾達に任せて全力でぶった切るのじゃ!」
「姫様、わたしに任せるの!」
ありがとう、アリス、真奈。
胸中で礼を言い、改めて向き合う眼前の扉。
それは間違いなく、自分が今まで切ってきた中でも最強の硬度。
これを作り出したネームレスは、やはり凄い。
レベル差は圧倒的とはいえ、ソウルワールド最強剣技の一つ〈極限魔法剣技〉に耐える程だとは。
果たして、このまま〈流星斬〉でいけるのか。
蒼は見て思う、放った斬撃は黒の魔力に止められて、先程から1ミリも扉に近づいていない。
認めたくはないが、これでは届きそうにない。
(だけど僕の使える技の中では、これ以上はない……)
優が頑張って門を作ってくれたのに、僕は扉を開けないのか。
この中で一番強い黒漆は、万が一の為の切り札だ。力を温存してもらわなければ、ネームレスと対話する事はできない。
僕が何とかしなければ。
でも、どうやって?
そう思った瞬間だった。
蒼の昇華した〈ソウル〉が、大きく脈動する。
身体の奥底から湧き上がるのは、燃えるような〈炎〉の魔力。
それは全てを焼き尽くす、四大元素の一つ。
不意に頭の中に浮かんだ一つの剣技に導かれて、蒼は使用していた〈流星斬〉を途中でキャンセルした。
扉の魔力に弾かれて、小さい身体は後方に勢いよく弾き飛ばされる。
だが、そこで終わらない。
わざと飛ばされた蒼は身体を大きく反転させると、足に付与した風魔法で空中を蹴って勢いを殺す。
そのまま黒漆の前に着地。足を止めることなく再び扉に向かって駆け出した。
「いくぞ、極限魔法剣技」
「蒼〈流星斬〉じゃアレは──っ!?」
止めようとした黒漆は目を見開く。
刃に纏うは、流星の斬撃を放つための純白の光ではない。
それは純白の色に燃え上がる〈白炎〉。
走りながら燃える剣を横に構えると、蒼は気合を込めて左から右に薙ぎ払った。
「──〈天壌劫火斬〉ッ!」
黒漆は驚愕した。
それは〈守護者〉ですら知らない、天と地すら焼き滅ぼす純白の劫火を宿した斬撃だった。
炎の刃は扉に触れると、抵抗も許さず触れた先から全てを焼き尽くし、切り裂いていく。
そして蒼が刃を振り切ると、そこにあった扉は霧散して、跡形もなく消滅した。
「くぅ……っ」
途中でキャンセルしたとはいえ、極限魔法剣技の2回連続の使用。
限界を越える力を使った反動と慣れない〈白炎〉の行使によって、その場に倒れそうになる蒼。
心配したアリスと真奈と黒漆が、慌てて駆け寄る。
だがそれを誰よりも早く支えたのは、この中でも一番付き合いが長い水無月優だった。
優はまともに立つことができない蒼に肩をかすと、疲弊した様子を見てこう言った。
「蒼、大丈夫?」
「……優こそ、汗びっしょりじゃん」
息も絶え絶えの蒼に指摘されて、優は自分の今の姿に気づく。
門を作る事に夢中だった彼女の服は、汗で張り付いてやや肌が透けている。
その事に少しだけ頬を赤く染めると、彼女は苦笑した。
「ばーか、これくらい大丈夫よ」
「優らしいや……」
蒼がくすりと笑うと、その様子を見て大丈夫そうだと駆けつけた他の3人がほっと安心する。
それから僕達は横に並ぶと、眼前に開いた門を見据えた。
真っ暗で、渦を巻いている暗黒の闇。
そこから感じるのは、今まで感じたことのない強大な何か。
この先に、ネームレスがいるのか。
強い威圧感に思わず息を呑む。
アリスと真奈と優も同じ気持ちらしく、3人とも何処か緊張した面持ちだった。
唯一この中でネームレスと対等に渡り合える黒漆は、僕達の前に一歩でるとこう言った。
「皆のおかげでオレは消費なく全力でアイツと戦える。交渉が上手くいかなかったら、後はオレに任せろ」
「そうならないように、努力はするよ」
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
蒼は皆とタイミングを合わせると、門に飛び込んだ。




