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第44話「天使と守護者」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 9月26日。

 いよいよ明日は神威かむい終夏祭しゅうかさい

 アリスとのデートがあり、父さんいわくネームレスが何やら悪さをしようとしている日は目前だ。

 そんな前日に僕はいつものタイツの上に短パンを履き、上にパーカーのTシャツを着て、1人で昔よく父さんと遊んでいた近所にある小さな公園に来ていた。

 近くにアリスと真奈の2人は、今はいない。

 だから念の為にフードを目深まで被り、人目につく白髪は隠している。

 何故アリスはともかく護衛である真奈もいないのかと言うと、今日は土曜なので休息日として2人の同行は拒否させてもらったからだ。

 まぁ、と言っても心配性の彼女達の事だ。きっとそこら辺で僕に何があっても動けるように隠れているのだろう。

 その証拠に限界まで広げている僕の感知範囲の中に、一箇所だけ不自然な空白があるのに気づいた。

 意識しないと分からないレベルだが、恐らくはアリスの結界か。

 この2日間6人で役所のクエストをひたすらこなして5分の1程を消化した結果、僕はレベル70になり、アビリティ『上級忍者の証』を『極めた忍者の証』に進化させた。

 そのおかげで複合アビリティが全体的に性能が向上。今の強化された感知能力でなければ、隠れているアリス達を見つける事はできなかっただろう。


(その気になれば僕も忍術で完全に2人をけるけど、それは流石に可哀想かな?)


 家を出るときの納得のいかない2人の顔を思い出して、苦笑する蒼。

 身近なベンチに座ると、いつも父親と妹の沙耶さやと3人で遊んでいた事を思い出した。

 ブランコと滑り台しかない、全体的に質素な公園。

 父親が見守る中で、よく沙耶とはここで追いかけっこをしたものだ。

 しかも妹の沙耶はわりとドジっ子であり、鬼になっても逃げる側になってもしょっちゅう転んでいた。

 その度に僕と父さんは協力して、妹を泣き止ませようとあれやこれや頑張った。

 父さん、母さん、沙耶……。

 目を閉じれば、鮮明に思い出せる家族の顔。

 もう家族と会わなくなってから3ヶ月が経とうとしている。

 電話で父親はもう少しで帰ってこられると言っていた。

 でもきっとそれは〈暴食の魔王〉と決着をつけてからなのだろう。

 今すぐに自分も駆けつけて力になってあげたいが、父親のレベルは90。

 レベル70の僕ではきっと足手まといになるだけだし、この町から出たらきっと怒られる。

 でも、会いたいなぁ。

 胸中で呟き、感傷に浸っている時だった。

 公園に入ってきた2人の兄妹が目の前を走り回り、妹の方がつまづいてコケてしまった。

 頭から地面を滑り、膝をりむいて大泣きしてしまう妹。

 その姿に兄は慌てて駆け寄り、何度も慰めようとするが、一向に妹が泣き止む気配はない。

 兄は、すっかり困り果ててしまう。


 ……やれやれ。


 見かねた僕はベンチから立ち上がると、ゆっくり2人に歩み寄った。

 兄はフードを被った不審な僕の姿を見て驚くが、膝をかなり擦りむいて血を流す妹は泣き止む様子はない。

 蒼は側にしゃがむと、右手を開き光を宿して、女の子の擦りむいた膝に向ける。

 ──初級回復魔法〈癒やしの光〉。

 すると淡い光が少女のケガを優しく包み、膝の傷を跡形あとかたもなくなおす。

 僕は、妹の頭を優しく撫でてあげると微笑んだ。


「ほら、もう大丈夫だぞ」

「ひっく……おねえちゃん、ありがとう……」

「うん、どういたしまして。人にお礼を言える子にはこれをあげよう」


 そう言って僕はポケットの中に入れていたリンゴ味の飴玉を2個取り出して、兄妹に一つずつ渡してあげる。


「わー、ありがとうおねえちゃん」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 それぞれ礼を言うと、遠くから父親が2人の名前を呼ぶ。

 兄妹は僕の方をチラリと見ると、そのまま公園から出ていって父親のところに向かった。

 僕は立ち上がり、その後ろ姿に自分と妹の沙耶を重ねる。

 胸が少しだけ、痛かった。

 何とも言えない気持ちになり、目を伏せてしまう。

 そんな時だった。


「──蒼、おまえはやっぱり優しいな」


 ドクン、と僕の心臓が大きく脈動する。

 ゆっくり振り返ると、そこには黒い服を身に纏い、仮面を付けた一人の黒髪の少年がいた。

 一般的な視点から言わせてもらうのならば、真っ昼間にその格好は不審者すぎる。

 先程の子供達がいたのならば、確実に怖くて泣き出しただろう。

 でも蒼は何もしない。

 彼を見て、すぐに理解した。

 ああ、あの人が父さんが言っていた僕の〈守護者〉なのか。

 少年は仮面を外す。

 日の下であらわとなったその顔は、女になる前の僕とそっくりだった。

 そういえばこんな顔をしていたなと、なんだか懐かしい気持ちになる。

 僕も彼の行動にならい、フードを脱いで隠していた白の少女の姿を現す。

 視線が合う。

 少年はその場に跪くと、名乗った。


「今日から面会する許可を師匠より貰ってやって来た。オレは睦月むつき黒漆くろう。君の守護者であり、壱之呉羽の弟子だ」


 相手が名乗ったのなら此方も名乗らなければ。

 蒼は背筋をピンと伸ばして姿勢を正すと、お辞儀をして名乗った。


「僕は、壱之蒼です」


 名前は何て呼ぼうか。

 初対面の人には敬語を使いがちだが、彼は果たして初対面と言えるのか。

 父さんの弟子らしいので睦月?

 それとも黒漆?

 顎に手を当てて悩む僕。

 すると彼は瞳にいっぱいの涙を浮かべて駆け出すと、いきなり僕の小さな身体を力いっぱい抱きしめた。


 な────ッ!?


 女性にはいつも抱き締められる事は多かった。

 でもこの姿になってから、今まで男性にこんなことをされた事のなかった蒼はびっくりした。

 音がハッキリ聞こえる程に、胸がドキドキする。

 恐らくは守護者と密接な関係にあると思われる女神の〈ソウル〉の影響か。

 完全に不意をつかれて動揺してしまった僕は、念仏のように心の中で叫んだ。


(落ち着け、僕は男だ。男だ男だ男だ男だ男だからこの胸の高鳴りは幻聴なんだ!)


 必死に自分を落ち着かせようと努める。

 しかし、黒漆は力を緩めてくれない。

 ドキドキは止まらない。

 むしろ、先程よりも一層強くなる。

 蒼は顔を真っ赤に染めて、黒漆と自分の間に頑張って両手を差し込むと、彼を突き放した。


「はぁはぁ……ちょ、ちょっと落ち着け。僕は君が愛する女神じゃないぞ」


 息を荒げて、はっきりと告げる蒼。

 その言葉に黒漆は何処か悲しそうな顔を浮かべて頷くと、口元に微笑を浮かべた。


「わかってるよ。オレが守らなければいけなかった女神は死んで、この世には存在しない」

「なら、なんで……」


 そのいに、黒漆は真剣な眼差しで僕を見た。


「一つ言っておくが、オレは以前の女神とはただの守護者の関係で、それ以上の思いはなかったんだ」

「…………ッ」


 その言葉は、嘘ではないのだろう。

 少なくとも僕から見た黒漆の純粋な瞳は、嘘を言っているようには見えなかった。

 なら尚更のこと、意味がわからない。

 彼は僕が元は男である事を知っている筈だ。

 だって彼が僕の見た目が変化しないように10年もの間、女神の〈ソウル〉を封印していたのだ。

 男が普通、男に告白するだろうか。

 もしかしたら同性が好きな人なのかも知れないが、今の僕に抱きついた時点でそれはないだろう。

 黒漆は歩み寄ると、困惑する僕の両肩を掴み思いをぶつけてきた。


「一目惚れだったんだ。5歳になって一瞬だけ〈天使〉の片鱗を見せた君の優しい心に触れて、オレは心を奪われてしまった」

「…………」

「それからだ。君の為に10年間外の世界で王達と共に、この世界を支配しようとする魔王と戦い続けてきた。それは全て守護者としての義務じゃない。君を思う1人の男としてだ!」


 目が、マジだった。

 この男は紅蘭くれない達と同じで、本気で僕に惚れている。

 しかも10年間全くブレずに。

 でも告白ならば断れば良い。いつもそうしてきたではないか。

 ごめんなさい。

 気持ちには応えられませんと。

 それなのに今回は何故か、僕は黒漆に対して何も言えなくなる。

 もしかして恋をしていたのは、僕の根幹にある今は亡き女神様の方だった?

 そうだとしたら、ヤバいのではないか。

 先程から自分に向けられる、黒漆の熱い感情を無視することができないのは、それが原因なのかも知れない。

 肉体と僕の魂が女神の〈ソウル〉の影響を受けてしまっている。

 顔を見ていると胸が熱くなり、息苦しさすら感じてしまった僕は、思わずその場から後退る。

 黒漆が一歩踏み出す、僕は再び後退る。

 それを繰り返すと、蒼は壁際に追い詰められてしまった。

 絶体絶命のピンチだ。

 かつてここまで追い詰められた事があっただろうか。

 そう思った瞬間だった。

 黒漆は、泣きそうな顔で告白した。


「蒼、君のことが好きだ」

「ぼ、ぼくは……」


 答えられない。

 彼を否定することができない。

 しかし肯定することはもっとできない。

 黒漆は歩み寄ると、僕の顔を指で上に持ち上げる。

 その行為の意味に気づき、不味いと思った。

 顔が徐々に近づいてくる。

 まさかキスするのか。

 やってしまうのか。

 思考が、停止する。

 逃げようと思えば逃げれるのに、今まで抱いたことのない感情に身体が支配されて、指先一つ動かすことができなくなる。

 僕が拒絶しないから、彼は止まらない。

 黒漆の顔が鼻先まで近づく。

 触れそうになる唇と唇。

 一度してしまえば、戻れなくなる。

 それを確信をした僕は、怖くなって思わず目を閉じてしまう。

 すると、


「ぐふぉ!?」


 目の前にいた黒漆が、突然謎のうめき声と共に目の前から消失した。

 なにが起きたんだ。

 そう思い恐る恐る目を開くと、そこには極限きょくげん神竜しんりゅう〈バハムート〉の背に乗った桃色の髪の少女が、かつてない殺意を纏っていた。

 真奈!

 僕のピンチを見て駆けつけてくれたのだろう。彼女はバハムートの尻尾による殴打で、殺すつもりで壁に叩きつけた黒漆を睨みつけると、こう叫んだ。


「姫様になんてことしようとするの、このド変態ッ!」


 うわぁ、真奈が本気でキレてるよ。

 殺意のオーラが見て分かる程に、彼女から溢れ出ている。

 すると更にもう一人、僕を守るために青髪の少女が黒漆との間に現れた。


「さて蒼様、そこな不届き者はどうしてくれようか」


 杖に極限魔法を剣状にして生成したアリスが、真っ黒なオーラをまとい笑った。

 このまま放置していると、2人によってこの周辺ごと黒漆は骨一つ残さずに消滅するだろう。

 取り敢えず蒼は、乱れた気持ちを落ち着かせる為にアリスに歩み寄ると背中に顔をうずめる。

 その行為は、この状況では一番不味かった。

 普段は気丈な白の少女が初めて見せる弱った姿。

 それを見た2人は、ピキッとこめかみに青筋を浮かべる。

 他から見ると黒漆のやったことは、告白からのキスを迫り、蒼を怖がらせたようにしか見えない。

 当然の事だが特に蒼に懐いているアリスと真奈の心中は、台風のように大荒れした。


「……アリス、あいつ殺そうなの」

「……異論なしなのじゃ」


 蒼が完全に落ち着いて2人を止めたときには、黒漆は生きているのが不思議な状態だった。

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