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第43話「天使の助力者」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 この日、龍王が予言したいくつもの〈日本崩壊〉のキッカケとなる一つのシナリオが覆った。

 何故、覚醒した蒼が外の化け物達に気づかれなかったのか。

 白の少女の覚醒を隠す程の結界を、神威市の全域に作ったのは誰なのか。

 その答えは、とあるビルの屋上にあった。

 天に両手をかざし、人類では解読することのできない〈魔術〉を行使する者がいた。

 その姿は黒髪金眼のローブを纏った少年、蒼からネームレスと呼ばれる喫茶店のマスターだ。

 隠れているつもりだった彼は、蒼のいる方角から世界中の何者よりも鋭敏な感覚で覚醒の予兆を感知して、急遽きゅうきょ隠れるのを中止すると姿を現して結界を構築した。

 そしてネームレスの感覚は正しかった。

 壱之蒼は女神の〈ソウル〉を第1段階昇華させて、無事に覚醒する事に成功したようだ。

 ここで見ている限り、暴走する様子はない。

 覚醒した直後の隙を狙われる事もなかったので〈堕天使だてんし〉に転ずる事もない。

 今後しばらくは〈賢者〉の結界だけでも、邪神や魔王達に感知される事はないだろう。

 ──アナタは本当にやっかいだ。

 無自覚で周りを振り回すのはやめてほしい。

 退屈じゃないのは楽しいが、かなり疲れる。

 白髪金眼の天使に対してネームレスは深い溜め息を吐くと、背後を振り返った。

 そこには黒い服を身に纏う黒髪の少年、黒漆くろうがいた。


「まったく、こんなタイミングで第1段階の昇華をするなんて、貴方達の管理はどうなっているんですか」


 珍しく呆れた様子で、ネームレスは目の前にいる黒漆に文句を言った。

 彼がここに現れた目的は分かっている。

 暴食の眷属で少々遊ぼうと思っている自分の抹殺だ。

 しかし、今回は様子が違う。

 以前の鋭い殺意はなく、むしろ深い感謝の感情をこちらに向けている。

 実にむず痒くなる視線だと、ネームレスは思う。

 黒漆は手に持っていた真紅の剣を背中の鞘に収めると、頭を下げて礼を言った。


「……返す言葉もない。それとオレ達にはどうしようもなかった蒼の覚醒を、奴等から隠してくれて深く感謝する」

「別に、ソラ様にはいくつか借りがありますからね。今回はそれをまとめてお返ししただけです」


 これは本当の事だ。

 白の天使には〈天災〉から店を守ってもらったのと、黒漆から助けてもらった2つの恩がある。

 借りがあるのは余り好きではないので、ここでまとめて返そうと思ったのは理由の一つだ。

 そしてもう一つは、せっかく面白いモノを作ったのに、それを披露する前に日本を崩壊させられるのは困るから。

 どちらかと言うと、後者が一番の本音である。借りの件はそのついでに過ぎない。

 それに例え借りがなくて、暴食の眷属を入手することがなくても、自分はこうしたかも知れない。

 何故ならば、


「ボクはソラ様を気に入っています。ですから、あの忌々しい女に取られるのは嫌なんですよ」


 ボクよりも自己中心的で邪悪な存在。

 アレを嫌いじゃないヤツは、自分と魔王を含めてこの世界には存在しないだろう。

 それを伝えると、彼は納得したのか腑に落ちた顔をした。

 (さて、守護者の気が変わる前に退散するとするか)

 ネームレスは空間魔法を発動させると、夜闇に姿を消す。


終夏祭しゅうかさいを楽しみにしてください、ボクの傑作を披露しますので」


 と、言葉を残して。

 残された黒漆は、夜空を見上げて吐息を一つ。


「まさかネームレスに気に入られるなんて、おまえはどんだけ凄いんだよ……」


 自分のためにしか動かない自由奔放な化け物が、他人の為に動くなんて聞いたことがない。

 龍王も奴の気まぐれな行動だけは、未来視みらいしすることができない。

 黒漆は神威市を覆う、文字通り神業の結界を見ると、心の底から安堵した。





◆  ◆  ◆





「──というわけで、僕は人間じゃないみたいです」


 午前の授業が終わって、いつもの中庭の大木前に全員集めた蒼は、普通に日常会話のノリで自分の事とこの世界の事を語った。

 それを聞かされた全員は、驚きのあまり文字通り目を丸くした。

 普段はクールな紅蘭も、動揺のあまり手にしていたタブレット端末を取り落として液晶画面を割ってしまった程だ。

 その中で、最初に気を取り直して口を開いたのは、一番付き合いの長い幼馴染の優だった。


「私は、蒼が天使でもずっと親友よ」


 それに同調して、龍二が頷いた。


「ああ、天使だなんて今更だろ。性転換の時の方がよっぽどインパクトあったぞ」


 左腕にしがみつくアリスは逆に目を輝かせて、


「蒼様は天使じゃったのか。か、かっこいいのじゃ!」


 そして右側の席を占領している真奈は、


「わたしはいつも通り姫様をお守りするだけなの」


 と何処か安心した顔で言った。

 最後に紅蘭は、落としてしまった端末を拾い上げると、なんとも言えない顔をして、


「ボクも白の騎士団もみんなと同じ気持ちです。むしろ〈天使〉だと知って逆に安心してる者がいるくらいですよ」


 情報のやり取りをしていた端末の、ひび割れた液晶画面を僕に見せる。

 そこには、騎士団のチャット欄で同盟の仲間達が『リアル天使キター!』『天使ならあの可愛さは納得できるわな』『なにそれ完全にヒロインじゃん!』『元は男というのもそそられますなぁ』と何やら盛り上がっていた。

 思わず僕は笑ってしまう。

 そうだ。

 真実を知ったとしても、それで僕や周りの関係までは変わらない。

 だって考えてみると、今の世界には竜人族や妖精族がいるのだ。今更〈天使〉が現れたところで驚く人はいるだろうか。

 そう思っていると、龍二は言った。

 

「それにしてもまさか世界の改変が10年前から起きていたとは、全くわからなかったぜ」

「神威市に住む人々は、世界改変の記憶を削除されて幻覚を見せられていたらしいよ」

「で、9月1日に幻覚が解かれて俺達は大慌てか」

「僕の周り以外は記憶を補完したらしいけどね。なんでも僕には、ゲームの世界が現実化したって印象を持たせたかったんだって」


 それは覚醒する要素を少しでも排除するために考えられた、父さん達の苦肉の策だった。

 まぁ、僕達は見事にゲームが現実化したと思いこんでいたわけなんですが。


「ソウルワールドのアップロードの手法も、見事としか言いようがありませんね」


 真奈の錬金術でタブレットの液晶を修復してもらいながら、先程僕からVRゲーム〈ソウルワールド〉の真実を聞いた紅蘭が言った。


「まさかVRヘルメットギアのパーツの中にあった宝石みたいな物に、ボク達の〈ソウル〉を強化する効果があったなんて」

「うん、聞いたときは僕も驚いたよ」


 ソウルワールドと希少な宝玉を使って、レベルを1に初期化して厳選した人々と僕達を急激に強くする計画。

 あまりにも〈ソウル〉の負担が大きいから一度しか使えないらしいが、その結果僕達のレベルは70近くまで上がった。

 普通に生活していた場合は、ソウルワールドをプレイしていない今の学生達と同じくらいにしかならなかったと父さんは言っていた。

 ちなみに今年の夏休みに入るまで僕と一緒にいた父さん達が〈ソウル〉のレベル上げを本格的に始めたのは、ソウルワールドが本稼働を始めてからである。

 つまり夏休みで僕達がソウルワールドをプレイしていた時、父さん達もゲームの中にいたのだ。

 聞いたところによると、初期化して1から上げた父さんのレベルは現在90らしい。

 いや、どんだけやりこんでるんだよ。

 龍二ですら70が最高だったのに、20も上とか化け物すぎる。

 まぁ、それは全て僕の為だっていうのは嬉しいんだけど、内容と現実のギャップが激しすぎて何とも言えない。


「くぅ、姫のための強化期間だったなんて知ってたら誰よりもレベルを上げて強くなったのに……ッ」


 何やら悔しそうに拳を握りしめる紅蘭。

 この内容を聞いている白の騎士団達も概ね似たような反応をしており、それに僕は苦笑いすることしかできない。


「こうなったら役所のクエストの高経験値が得られるやつを片っ端から受けようぜ。少しでもレベルを上げて、蒼を守れるようになるんだ」


 と、提案する龍二。


「良いわね、私も取り敢えず第一目標としてレベル70目指すわ」


 と、いつになく燃える優。


「おおー、妾も強くなって蒼様を守るのじゃ!」


 と、全身から魔力を迸らせるアリス。


「豪剣、名案なの」


 と、賛同する真奈。


「当然、ボクも付き合いますよ」


 と、やる気満々の紅蘭。

 タブレットのチャットをチラリと見ると、白の騎士団の人達も『強くなれば姫のお父様にワンチャン認められる!?』『ちょっとこれから毎日モンスターの巣に突っ込んでくるわ』『おい待てよおまえだけに経験値やるか俺にも寄越せ』『ヒャッハー、モンスター狩りじゃー!』と何やら野生のモンスター達が可哀想な事になりそうな会話が飛び交っている。

 5人のやることは決まった。

 みんなの視線が全て僕に向けられる。

 ──僕のやるべきことは、まだ決まっていない。

 でもそれを探しながら、みんなと強くなるのも悪くないか。

 そう思うと蒼はくすりと笑い、


「しょうがないなぁ、それじゃ今から行くよ!」


 立ち上がって、みんなと共に役所を目指して歩き出した。

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