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第42話「蒼の真実」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 これは龍二と優しか知らないことなのだが、実はソウルワールドで使っていた僕のアバターは、初期設定で既に白髪の少女だった。

 しかも全ての設定が固定されていて、全く変更できない状態で。

 ベータテストだからきっとバグか何かだろうと思った僕は、後で運営に問い合わせしたら良いやと思い、そのままで始める事にした。

 するとゲームを進めていく内に思ったよりそのアバターが馴染んでしまった僕は、本稼働が始まっても引き続きその姿でプレイした。

 そんな時だ。

 ソウルワールドを遊んでいた時に、1度だけ優に言われた事がある。

 

『そのアバターでプレイしている蒼って、なんだか時々男の子だって忘れちゃうくらい馴染んでるわよね』


 その時は冗談は止めてくれよって苦笑いしたものだが、実は心の底では図星をつかれて焦っていたんだ。

 何故ならば、自分もアバターの姿に違和感をもっていなかったから。

 そして現実世界に戻ると、時々男である自分の身体にどこか違和感を感じた。

 僕はそれを、異性の身体を使う人のVRゲーム特有の錯覚だと思い、大して気にすることはなかった。

 でも今となっては、その感覚は間違いではなかったのかもしれない。

 ソウルワールドが現実になり、最初は男から女になって激しく動揺していたが、落ち着くと身体の違和感は殆どなくなった。

 普通そんな事あるだろうか。

 15年も男で生活していたのに、すぐに順応するなんておかしすぎる。

 そして今回の記憶の断片を思い出して確信した。





 ──僕は、普通の人間ではないのだろう。





◆  ◆  ◆





 夜になってアリスと真奈に「おやすみ」と言ってから自室に帰ってくると、蒼は携帯電話を取り出して連絡先の中にある『父さん』と登録してある番号とにらめっこした。

 今まで避けてきた父親、壱之いちの呉羽くれは

 唯一連絡のやり取りをしていたのは、お互いにスタンプでの挨拶のみ。

 なんだか胸がドキドキする。

 父さんは何を知っているのか。

 それを聞かなければ、この停滞している状態から自分は一向に前に進めない。

 前に進むためには、先ずは自分のことを知る事が必要だ。

 ちょっとだけ怖いけれど、覚悟はできている。

 その先に何が待っていても、自分には龍二や優、紅蘭とアリスと真奈がいる。

 それに白の騎士団の皆と、両親と妹だっている。

 みんなが僕を肯定してくれるのなら、例え世界に否定されても、僕は自分の運命を受け入れる。

 頭の中に思い浮かぶのは、記憶のパズルのピース。


 黒の少年の事。


 10年前には異変は起きていた事。


 15歳になって誤魔化しがきかなくなった僕の中にある〈ソウル〉というモノ。


 それを感じ取ることができる、よく分からない敵対する存在。


 僕の完全な覚醒には1年必要となる事。


 ソウルワールドというVRゲームは、僕の為に作られたという事。


 町全体で10年間隠蔽されてきた僕の日常。


 その全てが、壱之蒼という存在を中心に作られている。

 一体、僕に何があるのか。

 そこまでして隠さなければいけない理由はなんなのか。

 この中で特に一番知らなければいけない事は、僕は何者なのかという事。

 意を決して、蒼は液晶画面の通話を右手の人差し指で軽くタッチする。

 音が、数回鳴り響く。

 僕は携帯電話を持ち上げ、右耳に当てる。

 すると、しばらくしてから通話が繋がった。


「こんばんは、父さん」

『……こんばんは、蒼』


 3ヶ月ぶりの、懐かしい父の声だ。

 先ず少女の声になった自分の声を聞いて、父さんはどう思ったのだろうか。

 改めて驚いたのか。

 それともテレビで知っているから特に驚いたりしないのか。

 そう思っていると、しばらく間を置いてから父さんは苦笑してこう言った。


『おまえは全く、本当に可愛い声になっちまったな』

「父さん、僕は……」


 それは男であった僕を覚えていてくれた言葉だった。

 性転換してから、ずっと求めていた一つの答え。

 家族に男であったと肯定して貰う事。

 その一つを今回得ることができたのが嬉しくて、蒼は瞳に涙を浮かべる。

 しかし、感傷に浸ってはいられない。知りたいのは、それだけではないのだから。

 前に進むために。

 一歩踏み出す切っ掛けを手にする為に。

 勇気を出して蒼は、呉羽に尋ねた。


「僕は……何者なの」

『おまえは、俺の息子だ』

「違う、嬉しいけど僕が聞きたいのはそれだけじゃない」

『蒼、おまえまさか……』


 状況を察した呉羽は絶句した。

 そしてすぐに思考を切り替える。


『そうか、アリスちゃんからアイツの事を聞いてしまったのか』


 なんて事だ、呉羽の言葉からはそんなニュアンスを感じられる。

 蒼は瞳にたまった涙を左手で拭うと、続けて言った。


「黒服の少年の事を聞いたら、色んな情報が僕の頭の中に流れてきた。それらを繋ぎ合わせると分かったんだ。この世界に起きてる異変と僕は、無関係じゃないんだろ?」

『…………』


 その言葉に呉羽は黙る。

 そして恐る恐るといった様子で蒼に尋ねた。


『……おまえは、大丈夫なのか』

「大丈夫って、何が」

『いや、何か異変とかは起きていないのか』

「性転換した事を除けば、大した事は何もないけど……」


 僕が正直に答えると、父さんは複雑な思いを込めて『そうか』と呟いた。

 一体どうしたのだろうか。

 こちらとしては早く質問に答えて欲しいのだが、父さんは何を恐れているのか。

 怪訝な顔をすると、呉羽は問いかけた。


『蒼、これから言うことに耐えられる覚悟はあるか』

「正直に言って怖いけど、覚悟はある」

『そうか、ならおまえに真実を話そう』


 ごくり、と蒼は息を呑む。

 重苦しい空気の中、呉羽はゆっくりと語りだした。



『──蒼、実はおまえは人間ではない』



 開幕の率直な言葉に、僕は胸がギュッと締め付けられるような痛みを感じる。

 でも前に進む為に全てを聞く、そう覚悟した蒼は唇を噛み締め耐える。

 父は、話を続ける。



『15年前の事だ。妊娠中に身体の弱かった母さん──友奈ゆうなの体調が悪化して、生まれる前におまえは死産してしまった……』



 当時は悲しくて、とても辛かった。

 友奈を慰めながら、何度も神に救いを求めたと、呉羽は語り。



『でも奇跡が起きたんだ』



 絶望の中で、2人の願いは叶えられた。

 ソレは空から舞い降りた、小さくて丸い白い光を放つ宝玉だった。

 友奈が触れると、ソレは彼女の身体を包み望みを叶えた。



『死んだはずのおまえは、生き返ったんだ』



 死んだと思っていた赤ん坊が生き返る。

 当時は奇跡だと誰もが騒いだ。

 蒼が生き返ってくれて嬉しかった、と呉羽は呟く。

 そして順調に男の子が出産されて、蒼が生まれてから5年後に、世界に異変が起き始めた。

 世界各地にモンスターが湧くようになり、重火器の通用しない化け物に人類は蹂躙じゅうりんされた。

 それを救ってくれたのは、どこからか現れた〈王〉を名乗る者達と武器を手にした兵士達だった。



『アイツが俺達の前に現れたのはそんな騒ぎの真っ只中だった』



 モンスターに襲われた呉羽と蒼を救った1人の8歳くらいの少年。

 彼はこの騒ぎの原因の1つが自分と蒼にある事を語った。

 自分が守護する女神がとある者によって殺されたこと。

 そして女神の〈ソウル〉はバラバラに散り、その中でも一番重要な核を探していたらここに行き着いた事。

 蒼が生き返ったのは、その核が宿ったから。

 核は種となり、5年の月日の末に芽が出た。

 世界の異変は、その開花しつつある蒼に宿る女神の〈ソウル〉の影響によるもの。



『身体が男から女になったのは、おまえと同化している女神の〈ソウル〉が原因だ』



 呉羽は、最後の言葉を告げた。



『──蒼、おまえは女神に選ばれた〈天使〉なんだよ』



 そこで僕は、ユニークアビリティの名を思い出した。

 〈神の祝福を授かりし天使〉

 答えは、最初からあったんだ。

 ……父さん。

 それを僕は歯を食いしばって受け入れた。

 ああ、やっぱりそうなのか、と。

 昔から違和感を感じていた。

 男なのに、ゲームでやたら女の子のキャラを選択してしまう自分に。

 誰にも言っていないが、服屋で時折女の子の服を目で追ってしまう自分に。

 最初は性同一性せいどういつせい障害しょうがいかと思った。

 でも根本から違った。

 それも全ては、魂の根本に女神がいたからなのだ。

 壱之蒼は生まれる前に1度死んで〈天使〉として生き返った。

 これが僕の全てだ。

 なるほど、とんでもない爆弾だ。

 正直に言って、なんで今まで黙ってたこの野郎と叫んで殴ってやりたい気分だった。

 蒼は「でも」と呟くと瞳いっぱいに涙を浮かべて、電話越しに父親に向かって大声で想いの丈をぶつけた。


「──僕は壱之いちのあおだ。この身体は〈天使〉だとしても、母さんから生まれた父さんの息子で、妹の沙耶さやの兄だ。この15年ずっとそれで生きてきたんだ。女神だ〈天使〉何だと言われても、それだけは変わらないよ……」


 涙が溢れる。

 確かに聞いて悲しかった。

 辛いと思った。

 今まで黙っていたことを憎らしいと思った。

 でも、僕は壱之蒼だ。

 優と龍二の幼馴染で、アリスと紅蘭と真奈の友人だ。

 彼らは僕が元は男だと知っても、態度を変えたりはしなかった。

 例え人間じゃないと知っても、彼らなら昨日と変わらない態度で接してくれるだろう。

 そしてそれはきっと、家族だって同じなはずだ。

 溢れる思いが、止まらない。

 ぽろぽろと瞳から流れる雫が、蒼の頬を濡らす。


「人間じゃなくても、ぼくは……とうさんのむすこだよね……」


 掠れる声で。

 震える手で携帯電話を強く握りしめて。

 懇願するように。

 蒼は、自分の思いを言葉に乗せる。

 その思いを受け取った呉羽は、


『ああ、そうだとも。そうだともッ』


 蒼の事を思い何度も頷き、全てを肯定するように力の限り叫んだ。


『おまえは紛れもなく俺の息子だッ!』

「とうさん……」


 蒼の中でピースが一つハマり、全ての記憶が呼び覚まされる。

 1段階目の昇華を果たす女神の〈ソウル〉。

 だがその輝きが、神威市の結界から漏れ出ることはなかった。

 真奈が作った結界と、その上に覆いかぶさる形で〈何者か〉が作った見えない結界によって、完全に外界から遮断されたからだ。

 この日、蒼の身体を狙う邪神と世界征服を目論んでいる魔王達は、覚醒した『白の天使』の気配に気づくことはなかった。

 龍王の予言の一つを越えた。

 そんな事が起きてるなんて全く知らない蒼は、涙を拭うと精一杯の笑顔で父親に言った。


「ありがとう、父さん……大好きだよ」


 それを聞いた呉羽は、命に代えても絶対に息子を守る事を、改めて決意したのであった。


第一部は終夏祭で終わる予定です。

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