第41話「記憶の断片」
いつも読んで下さる方々に感謝しております。
労働とは時に無心で行うものである。
ただひたすら歩いては目についた投棄物を腰につけた4つの燃えるゴミ用、燃えないゴミ用、ペットボトル用、空き缶用の袋に分別をして入れていく。
そしてしばらくしてから、振り返った時の清々しいまでの綺麗さよ。
僕の歩いた道にはゴミ1つ落ちていない。
ふぅ、これでようやく3分の1くらいか?
学生用の『防護服』で額に浮いた汗を拭い、蒼はポケットから髪留め用のゴムを取り出すと邪魔な長髪を後ろで1つに束ねる。
僕たちは現在エリアを5つに区切り、手分けしてやっているのだが、流石に中央公園は広い。
1時間でこれくらいという事は、大体15時前には終わる計算か。
優の門限が18時くらいなので、時間的にはかなり余裕がある。
付き合ってくれてるお礼として、後で全員にアイスでも買ってあげようか。
そんな事を思いながら、蒼は眩しい太陽の光に目を細める。
一応、熱中症対策として全員には僕が付与魔法で『冷風結界』を防衣に施しているから、今のところ脱落者はいない。
適度に日光を防ぎつつ程よい冷風が身体を撫でる感覚に心地よさを感じながら、蒼はトングで掴んだカップラーメンの空の容器を燃えるゴミ袋に放り入れる。
いやー、なんでゴミを公共の場に捨てるんだろうね。
みんなが使う場所は綺麗にしないと落ち着かない性分の僕には、一生理解できない行為だ。
控えめに言って、転べば良いのに。
少しだけムスッとしながら、空き缶を2つほど専用の袋に放り入れる。
それを50分ほどやって、先程よりも早いペースで3分の2の終わりが見えてくる。
ちらりとアリスの方を見ると、面倒になったのか彼女は足元にトングを放り投げて両手を広げ、風魔法を巧みに使ってゴミを集めていた。
なんて器用な事を。
少しでもミスったら大惨事になると思われるが、彼女は風を手足のように操作して分別していく。
次にすごいことをしていたのは優だった。
彼女は並べたゴミ袋の口に空間の穴を作ると、空間認識を広げて補足したゴミを次から次に穴を通して袋に入れていく。
しかも、見ている限りではちゃんと分別できているのがすごい。
あれも修行の一環なんだろうか。
あっという間に溜まっていくゴミ袋を見て、僕は感心するばかりだ。
一方で龍二と紅蘭は、僕と同じように地道にゴミを集めている。
だが2人は何か競争をしているのか、僕よりもペースが早い。
少なくとも3分の2はとっくに越えている。
あの速度なら、もう終わるのではなかろうか。
そう思うと、僕もペースを上げることにした。
◆ ◆ ◆
ゴミを集め終えた蒼達は中央の大きな噴水前に集まった。
皆そこそこの量のゴミが集まった事に、なんとも言えない顔をする。
「普通はボランティアとかで月一回は掃除してるはずなんだけど、これは酷いねぇ」
でもみんなで協力した結果、公園は綺麗になった。
するとピンポーンと音が鳴り、クエスト条件達成のお知らせが表示させる。
後はこのゴミを役所の人に引渡せばクエストは完了。報酬と経験値が手に入る。
僕はみんなを見渡すと礼を言った。
「みんな今日はありがとう、これを役所に持っていったらアイスでも奢るよ」
「おお、助かるわ」
「新しいジェラートのお店ができたらしいから、そこに行きましょう」
「姫からの褒美ですか、ありがたく頂戴しましょう」
「甘いもの大好きなのじゃ!」
みんなの反応は上々。
それぞれゴミ袋を手に持つと、僕達は出発する。
その道中の事であった。
黒い学生の戦闘服を身に纏う僕の横にアリスは並んで歩くと、ふとこんなことを言った。
「そういえば、今の蒼様の服装を見ていると夢の中で妾を助けてくれた〈黒い服の少年〉を思い出すのじゃ」
「〈黒い服の少年〉?」
「うむ、蒼様ほどではなかったが、極限魔法剣技を使ってて中々にかっこよかったのじゃ」
「……そ、そうなんだ」
何か、引っ掛かる。
アリスの口から出た〈黒い服の少年〉というワードに。
しかも極限魔法剣技を使っていたと彼女は言った。
ソウルワールドで、魔法剣技を極めた人は僕以外に聞いたことはない。
もしかしたら誰にも認知されていないプレイヤーなのかも知れないが、不人気の魔法剣士でそのレベルまで至ったのなら僕みたいに話題の一つにはなる筈だ。
極限魔法剣技を使う、黒服の少年。
一体、何者なんだろう。
アリスが作り出した幻想の存在なのだろうか?
歩きながら、考え込む蒼。
その時だった。
ピシッと何かに亀裂が入るような音がした。
『──10年だ。オレにできることは問題の先延ばしにしかならない』
優しく見下ろす、少年の姿を幻視した。
その顔はどこか、男だった時の僕に似ている。
そして蒼が彼を明確に意識した瞬間。
白の少女の中で亀裂が、広がる。
すると情報が頭の中に流れ込んできた。
『15歳になったら、誤魔化しはきかない。成長して変異した蒼の〈ソウル〉を、ヤツは感じ取るはずだ』
幻視する少年は、僕の父さんと向き合って話をしている。
『でもそこから器が〈ソウル〉に順応するためには時間が掛かる。龍王の予言では最低でも1年。その間、蒼には身を守る力が必要だ』
『それを補うために2ヶ月間、ゲームを利用して〈ソウル〉のレベルをいっきに上げる計画か』
果たして上手くいくかね、父さんは言う。
それに対して少年は、
『虚飾の魔王ディザスターと各国の王達が協力してくれる。スサノオ王は、ここを隔離して10年の間は普通に生活できるように管理してくれるそうだ』
と、苦々しい表情を浮かべる。
父さんは空を見上げ、小さな声で呟いた。
『皆には感謝してもしきれない、俺の息子のために、ここまでしてくれる事を……』
そこで、僕の意識は引き戻された。
気がつけば、役所の前についている。
今のは一体……。
記憶が混濁している。
手で額に触れると、大量の汗が浮かんでいた。
「蒼様、顔真っ青なのじゃ」
隣にいたアリスが心配そうな顔で僕の事を見ている。
大丈夫だが、なんとも言えない気分だ。
「蒼、体調悪いなら今日はアイス食べるのやめとこうぜ」
「あんた、今にも倒れそうよ」
「姫はすぐに無理をしますからね、車を手配しておきます」
と、アリスと同じく心配する3人。
不味い、これは過保護モードに入る流れだ。
僕は首を横にブンブン振ると、慌てて元気なフリをした。
「だ、大丈夫だよ。きっと糖分不足が原因だな。これ届けてさっさとジェラートの店に行こう!」
4人を振り向かずに、僕はゴミ袋を手に役所の中に入る。
一体、どうしたものか。
性転換どころの話じゃない。
先程の記憶が真実なのだとしたら、
──少なくとも、この身体や世界の変化はゲームのせいではないらしい。
全てを知るのは黒服の少年か父さんだけ。
性転換してから僕は、長く避けてきた父親に今日電話をする事を決めた。




