第40話「師匠と弟子」
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真奈に頭を下げる呉羽を見ながら、黒の少年は胸中で思う。
アンタが謝る事では無い、と。
壱之呉羽も含めて全世界の人間達は、自分のせいでこんな目にあっている。
だから本当は、この場で葉月真奈に頭を下げなければいけないのは自分なのだ。
でも、オレは動けなかった。
どの面下げて、彼女に向き合えば良いのか分からなかった。
オレは、卑怯者だ……。
いつまでたっても成長しない。
矢面に立つのは師匠で、いつも自分は影でこそこそ隠れている。
だからこそ、真奈は許せないのだろう。
こんな心の弱い男が蒼の『守護者』であることを。
桃色の髪の少女は「任せてなの」と言って出ていく。
………。
………………。
長い沈黙が辺りを支配する。
残った黒の少年は、師匠である壱之呉羽と2人だけとなった。
呉羽は真奈に対して下げていた頭を上げると、そこにはもう子供の未来を憂う大人の姿はない。
『武神』としての覇気を取り戻し、鋭い目付きで弟子である俺を見据える。
『ネームレスの行方は』
今1番の不安要素。
名無しの化け物はどうなったのかについて、呉羽はオレに聞いてくる。
黒の少年は再び頭を下げた。
「すまない、蒼達が帰った後にすぐに突入したんだが既にもぬけの殻だった」
全く持って不甲斐ない話だった。
蒼の姿が見えなくなると同時に扉を開けたのだが、奴の店の中には何も残っていなかった。
空間の歪みを感じられたから、恐らくは空間魔法を使用したのだろう。
奴は面白いと思ったユニークスキルを持つモンスターを、数え切れないほどに食らっている。その時に入手したのだと思われる。
あの化け物が同じモンスターからも忌み嫌われているのは、あの『暴食の魔王』よりも見境がない共食いのせいだ。
まさか空間魔法も獲得していたとは全く持って忌々しい。
水無月の娘みたいに、空間に干渉する術を持たないオレには現状ではお手上げだ。
その事を聞いて、呉羽は顎に手をやり唸る。
『相変わらず逃げ足が早い奴だ。大方、暴食の眷属を改造して遊ぶ気なんだろう』
「まぁ、それしかないな」
『極限付与魔法を向けられて手放さなかったということは、それだけ奴にとっては重大な事だった……?』
そして今の奴が関心を持っているのは、白の少女以外にはいない。
つまり、標的は『蒼』だ。
呉羽は舌打ちをした。
『くそ、ネームレスめ。助けてやった恩を仇で返しおって』
人間に対して普段は無害な化け物なのだが、遊びだすと実に面倒、それがネームレスの性質。
次に何をしようとするのか。
奴は無意味な事を特に嫌う。
そう考えるのならば、襲撃は何らかのイベントに合わせてくるのだろう。
オレは壁に掛けてあるカレンダーに目を向ける。
残りの日数である大きなイベントといえば、9月の最後の日曜に夏の終わりを飾る『神威終夏祭』がある。
10月も色々とあるが、1番注目されている行事で、尚かつ蒼達が参加する可能性が高いのはここしかない。
その意見に、呉羽も同意した。
『確かに『終夏祭』なら蒼達は絶対に行くだろう。あれだけは沙耶と3人で毎年連れて行ってやってたが今年は……』
「えーい泣くな! オレなんて蒼と祭りなんて一度も行ったことないぞ」
相変わらず身内の事になると弱い。
流石に呆れると、落ち込んで地面に手と膝をついていた呉羽は気を取り直して立ち上がり、咳払いを一つした。
『あー、奴は自作のおもちゃを披露する為に姿を現すだろう。そこが唯一の狙い目だな』
「ふむ、犯人は現場に戻るみたいな話か」
となると奴の知覚範囲を考えるのならば、神威市の全域を索敵する必要がある。
楽しいことは好きだが、面倒毎も嫌う奴の事だ。きっと隠れながら騒動を眺めるつもりだろう。
実に腹の立つ話だ。
「でも蒼に害をなすなら、オレが奴を仕留めるよ」
オレはハッキリと言った。
ユニークアビリティ『守護者』が発動した場合に、オレは全ステータスが爆発的に上昇する。
蒼が狙われる事が前提となる為あまり利用したくないアビリティだが、これを発動できれば一時的だが師である『武神』すら上回る事ができる。
そしたら、相手が例え魔王よりも強いネームレスだろうが真っ向からでも倒せるだろう。
ネームレスと戦う。
その事に不安を抱く呉羽は言った。
『ネームレスとは事を構えたくなかったが。こうなると仕方ない。蒼の事も含めて気をつけろよ、黒漆』
「任せてください、師匠」
黒漆。
師匠から貰った名前で呼ばれて、オレは少しだけ心が弾む。
前の世界では、そんなものはなかったから。
黒の騎士は愛剣の柄を軽く小突くと、呉羽に背を向けて、部屋から出ていった。
その背中を見届けた呉羽は、瞳に悲しそうな色を宿し、深いため息を吐いた。
(確か、アイツは人間でいうと今年で18になる筈だ)
責任感とか義務とか建前を並べて、黒漆はこの『10年の間』ずっと遊ぶことなく前線で戦い続けている。
呉羽は、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
『おまえも、まだ子供なのにな……』
しかし、その言葉が彼に届くことはなかった。
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