第4話「空想の現実化」
やっと序章のおわりです
しばらくして気持ちが落ち着くと、目を真っ赤に腫らした蒼は体操服に着替えた優の助けをもらい、汗まみれの身体を洗った。
そして今の身体の洗い方から髪の乾かし方、手入れの仕方等を一通りレクチャーしてもらうと、目隠しをしながらあわあわ言いながらも自力で下着を着て、学校の服の中で一番平常心で着れそうなジャージを身に着けた。
……ふう、疲れた。
台所のテーブルに突っ伏して、ため息を吐く蒼。
この身体がいつまで続くのか分からないので自力で着たが、心が少年だというのに少女の身体で下着を着るというのは背徳感やら羞恥心やらで死にたくなるほど大変だった。
ちなみに流石に初見では対処できなかったので、髪の毛以外は女性の大先輩である優に洗ってもらいました。
しかも洗いながら説明する優が「すごい綺麗なお肌」と絶賛するものだから、こちらは終始茹で蛸みたいになっておりました。仕方ないね。
うーむ、実に落ち着かない。
身体に密着する感覚が嫌いでボクサーパンツを避けていつもトランクスだったので、肌に密着する女性の下着の感覚にむず痒さを感じる。
優からは「すぐに慣れるわよ」と言われたが、正直この身体での生活に慣れて良いのだろうか。
いや、でも慣れないといつまでも優のお世話になるわけにはいかないし。
そうやって一人自問自答していると、
「おまたせ、蒼」
濡れた体操服から制服に着替えた優が、テーブルに突っ伏している自分の正面の席に座った。
すると、おもむろに優は言った。
「一緒にゲームしてたときも思ってたけど、改めてリアルで見ると物凄い美少女になったわね」
「ありがとう、でも嬉しくないね」
こんな事になるならかっこいい男のキャラでプレイするべきだったかな?
そんな事を思い苦笑いして、テーブルに突っ伏していた蒼は身体を持ち上げて姿勢を正した。
「それで、やっぱり僕は女の子?」
「うん、紛れもない女の子よ。さっきお風呂で入念に触ってみたけど、幻覚でも偽物でもなかった」
「そっか、そこまで言われたらもう認めるしかないよなぁ」
壱之蒼は少年から少女になった。
一人でいる時は取り乱す程に認めたくない出来事であったが、自分が信頼する幼馴染の少女から断言されたのなら認めるしかない。
それに大事なのは、過去ではなくここから先どうするかなのだから。
覚悟を決めた蒼の真剣な顔を見て、先程から見惚れていた優は笑顔になった。
「先ずは情報を集めよう。僕がこの姿になったって事は、ソウルワールドは絶対にこの件に関して無関係じゃないはずだ」
「あ、その事なんだけど〜」
「?」
何やら心当たりがある様子の優。
蒼が小首を傾げると、彼女は額にびっしり汗を浮かべた。
「無関係もなにも、蒼が女の子になったのはこの世界がソウルワールドそのものになったからだと思うの」
「この世界が、ソウルワールド?」
「うん、その証拠にニュースで今の天皇がスサノオ天皇陛下だって言ってたし、ワイバーンの群れを日本軍の叢雲部隊が迎撃したって言ってたわ」
「ふむ、軍を持ってないはずの日本に軍隊か。叢雲部隊ってソウルワールドの日本国にたしか叢雲騎士団っていうのがいたな。それに現実にいない筈のスサノオ国王が天皇をやっている、か」
もう少し情報が欲しいな。
テーブルの上に置いてあるリモコンを手にして、すかさずテレビをつける。
大きな液晶テレビが映したのは、ソウルワールドで誰もが最初に戦う動く水色の球体の群れを、小刀を握った小学生くらいの小さな子供たちが元気に切り倒すという何とも言えないバイオレンス的な光景だった。
左上には『小学生たちの初めての戦闘講習』というタイトルが可愛らしいポップな字体で表示されている。
子供に小刀とはいえ武器を持たすなんて危なくないか?
そう思うと、教師と思われるジャージ姿の男性がインタビューに答えていた。
『初めての実戦ですが普通のブルースライムは騎士を目指す初心者なら誰もが通る道です。演習はちゃんとしていますし、何かあれば私達教師がすぐに対処しますので安全にレベルを上げられます』
『でも万が一乱戦の中で味方の攻撃が当たったら危なくないですか?』
『そこは大丈夫です。着装をしている間は、いかなる攻撃を受けても防護服の耐久値が減るだけです。もちろん耐久値が全部なくなると解除されてしまいますが、そこは回復魔法やアイテムで耐久値の回復ができるので問題はありません』
これは……。
着装というワードは初めて聞くが、聞いている限りでは何らかのライフみたいなのがあり、それが無くなるまではリアル的なダメージがないということか。
まさしくゲームっぽい仕様だ。
次に情報を得るべく、リモコンを操作してチャンネルを次々と変える。
やはり目についたのは『住宅街に新しいダンジョンが発生した事』『日本人の錬金術士が新しい回復薬を作ってノーベル化学賞を受賞した事』『近々日本で世界七剣主催の社交パーティが開かれる事』。
もうなんだか凄いことになったなぁ、とテレビの電源を落とした蒼はげんなりとする。
ランダム発生するダンジョン。錬金術士。回復薬。
そしてなによりも、ソウルワールドのプレイヤー達が魔王を退けた七人のトッププレイヤーにつけた総称『七色の頂剣』と思われる『世界七剣』という存在。
一体なにがどうなってこんなメチャクチャな事になったのかはわからない。
ただ一つ言えることは、この世界の変化にソウルワールドというゲームは無関係ではないという事だけだった。
(ふむ、一応今できることは試してみるか)
ここまでゲームの内容が現実化しているのならば、自分達もゲーム内と同じことができるのではと思い「ログアウト」と口に出してみる。
しかしいくら待っていても『ゲームから退出されますか?』というメッセージは出てこない。
これでこの幻想みたいな世界から離脱できたら万々歳だったのだが、流石にこれで解決できるような状況ではないらしい。
ならばと今度は「ステータスオープン」と口に出してみると、目の前に見慣れた透明なモニターが出現した。
そこに表示されているのは、自分のプロフィール、能力値、選択している職業、それとレベルだった。
壱之蒼
レベル68
性別、女性
第一職業、魔法剣士
第二職業、忍者
頭部装備、無し
胴体装備、無し
脚部装備、無し
右手装備、片手直剣『レーヴァテイン』
左手装備、小刀『風切丸(かぜきりまる』
ステータス。
攻撃、10+190
防御、10+20
速度、10+190
技術、10+90
知能、10+90
魔力、10+90
スキル『魔法剣技』『回復魔法』『忍術』『料理』
アビリティ『魔王を退けし英雄』『魔法剣を極めし者』『上級忍者の証』『神の祝福を授かりし天使』
おお、これは間違いなくソウルワールドで自分が作成したプレイヤーキャラのステータス画面ではないか
初期値のオール10の基本ステータスに対して、自分好みで割り振られた合計670ポイントのレベルアップボーナス値。セットしている職業、スキル、どれも間違いない。
唯一『神の祝福を受けし天使』というアビリティだけは見たことがない気がするが、そんなのは後回しだ。
ステータス画面が開けた。
そして装備されている武器がある事を確認できた。
ということは、きっと呼べる筈だ。
期待を胸に椅子から立ち上がり、右手を天に翳して蒼はその名を呼んだ。
「こい、レーヴァテイン」
空間が歪み、天に向けて広げた右手に白塗りの鞘に納められた真紅の剣が顕現する。
魔剣レーヴァテイン。北欧のロキから出されるいくつもの高難易度クエストをクリアして、最後には神であるロキとの一対一の戦いに勝利する事でしか入手できない最高峰の神剣。
数多のトッププレイヤー達が挑んだが、実はとある特殊条件をクリアしないと最後のロキが遠距離攻撃完全無効のシールドと上位回復魔法、上位魔法を際限なく使用してくるので、完全に無理ゲーとなる。
そんな数多のプレイヤーを諦めさせたこの神剣は、その難易度に相応しく装備者の魔法の効果を2倍にする『魔法の剣杖』と耐久値が0にならない限りは自動で自己修復する『久遠の炎』というアビリティがついている。
現実に出現した愛剣の美しい煌めきに見惚れながら、蒼は白塗りの鞘から剣を解き放つ。
「うわぁ! 優、凄いぞ本物のレーヴァテインだ」
「ちょ、ちょっとテンション上がるのは良いけどここは家の中──」
燃えるような紋様の刀身。
そこにあるだけで、美しさだけでなく圧倒的な威圧感を放つ至高の剣。
蒼は慣れた動作で淡い光を纏う剣を構える。すると頭の中に、この構えた状態から放てるいくつかの剣技が浮かんでくる。
その中から蒼は一番周りに被害を出さないものを選択。
そしてゲーム内と同様に見えないアシストシステムに導かれるように、上段から下段にかけて刃を一閃。
──はッ!
凄まじい衝撃波に、注意しようとしていた優は危うく後ろにひっくり返りそうになる。
目にも止まらない斬撃を放った蒼は、そのまま流れるように剣を鞘に納めた。
これは、ソウルワールド内で殆どの剣士が最初に覚える初級剣技『ガードブレイク』。
まさか試しとはいえ現実世界で剣技の使用ができるとは。
「すごいな、剣技使えちゃったよ」
「感動してるところ悪いけど、使うなら使うでもう少し周りの事考えてから使ってね?」
「す、すみませんでした……」
こめかみに青筋を浮かべる優の怒りに気圧され、蒼は即座に謝罪した。
「で、でもこれでこの世界がソウルワールドだってことは体験できたね。そろそろ外の様子を見るのも兼ねて学校に行ってみようか」
「そうね、龍二や他のみんながどうなっているのか気になるわ」
「うん、そうと決まれば出発だ。みんなにはこの身体の事で質問攻めにされそうで怖いけど、まぁどうにかなるだろ」
「あんた、いざとなったら剣技使おうと思ってない?」
「いや、剣技は使わないよ。僕には第二職業の忍者があるからね。いざとなったら忍術で姿を隠すさ」
そう言って鞄を手にすると、二人で玄関に向かう。
靴箱に入っていた学校指定の靴は、やはり自分の足に合わせて一回り小さくなっている。
靴を履いた蒼は、玄関の扉の前で立ち止まった。
……うん、ドキドキするね。
一応必要になった時のために制服は鞄の中に入っているが、着ることがない事を祈るのみだ。
深呼吸を一つ。
さぁ、新しい世界に踏み出すぞ。
そう思いドアノブに手をかけようとすると、
ガチャ、と鍵の掛かっていない扉が勝手に開き、外から大柄な黒髪の少年が「蒼、世界が大変な事になっているぞ!」と大声で中に入って来た。
それは神威学園の制服を身に纏う、自分がよく見知った身長184センチの美男子で有名な友人──土宮龍二であった。
しかし扉を開けて入ってこようとした彼は、己の目の前に飛び込んできた信じられない光景に足が止まり、その場で絶句する。
まぁ、誰だってそんな反応するわな。
「やぁ、おはよう龍二」
右手を上げて挨拶をすると、親友である少年から天まで届きそうな叫び声が上がった。