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第38話「クエスト」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 朝……なのじゃ?

 蒼の母親の部屋で朝日に照らされて目を覚ました伊集院アリスは、汗びっしょりで最悪の気分だった。

 あの大怨鬼を倒した後からだろうか。

 毎晩のように見るようになった悪夢。

 仲間達は倒れて、親友の優とライバルの真奈も、最終的には白の少女によって殺される。

 何をやっても流れは変えられない。

 白の少女の圧倒的な強さの前に、自分は打ちのめされて誰も救えない。

 手も足も出ない、とは正にこの事。

 でも最後の展開だけは、いつもと違った。

 いつもなら自分も殺されて終わるのに、見知らぬ黒の少年が現れて助けてくれた。

 しかもその少年は、とても蒼様に似ていた気がする。

 どこが、と言われると口に出すことはできないが、あえて表現するなら雰囲気だろうか。

 蒼様の事が好きすぎて、自分の妄想が遂に少年として形になったのだとしたら、それはとても恥ずかしいことだ。

 でも、かなりカッコ良かった。

 アニメでいうと、ヒロインの危機に駆けつける騎士のような登場の仕方だった。

 胸がドキドキするのが、ハッキリとわかる。


 で、でも妾は蒼様一筋じゃからな!


 自分に言い聞かせるように胸中で叫ぶアリス。

 そこで、気がついた。

 あれ、そういえば彼から何かとても大事な事を言われた気がするのだが、全く思い出せない。

 あんなにも鮮明な夢だったというのに、珍しいものだ。

 それも絶対に忘れてはいけない事だったような……。

 そうやってボンヤリ考え事をしていると、


「うひっ!?」


 頭の上で、バーンッとシンバルで叩くような音が鼓膜を叩いた。

 びっくりして周囲を見回すアリス。

 気がつくと、真後ろに桃色の髪の少女、葉月真奈が鍋蓋なべふたを2つ手にしてこちらを見下ろしていた。


「お寝坊さん、おはようなの」

「お、おはようなのじゃ」


 言われて携帯電話の時間を見てみる。

 午前7時20分。準備するとしたらかなりギリギリの時間だ。


「ぬ、ぬぉー!?」


 慌てて起き上がったアリスは、汗まみれのパジャマを脱ぎ捨てると、畳んである制服を手に取って着替える。

 シャワーを浴びたい気分ではあったが、それどころではない。

 そして洗面所に向かうと、急いで身嗜みを整えようとして。


「あ、おはようアリス」

「……ッ」


 笑顔の白の少女と出会い、一瞬だけ呼吸が止まった。

 頭の中をよぎるのは、あの悪夢のような出来事。

 幼馴染の首を絞める、冷酷な彼女の姿。

 そうだ。あれは夢の中の出来事なのだ。

 けして現実の話ではない。

 だというのに、どうしてこうも胸を締め付けられるような痛みを感じるのか。

 瞳に涙がたまって泣きそうな顔になったアリスは、不味いと思い洗面所の水を出す。

 そして何度も顔を洗うと、不安や悲しい気持ちを胸の奥にしまい込もうと努力した。

 大丈夫。妾は大丈夫だ。

 あんな夢で一々鬱になっていたらキリがない。

 子供ではないのだ。たかが夢で大好きな人を困らせてどうする。

 アリスは顔を上げると、タオルで涙ごと水滴を拭き取り、いつもの元気な自分になって蒼に改めて向き直った。


「おはようなのじゃ、蒼様」

「アリス、大丈夫?」

「大丈夫なのじゃ、ちょっぴり怖い夢を見ただけなのじゃ」

「そっか、あんまり無理しないでよ」


 そう言って蒼は歩み寄ると、アリスの頭を胸に抱き寄せた。

 はわー、とアリスは言葉にならない声を漏らし、顔を真っ赤に染める。

 先程までの不安感とか、そういうのが全て纏めて消し飛ぶ。

 柔らかい感触と、良い匂いに包まれて、心臓が大きく脈動する。


「あ、蒼様は慰めるときに、こんなこと皆にやっておるのじゃ?」

「ううん、やらないよ。なんか今のアリスには必要かなって思っただけ」

「…………っ」


 力強くも、優しい温もりだ。

 すごく、落ち着く。

 こんなにも温かい人が、あんな事になるなんてあり得ない。

 きっと漫画とかアニメの見すぎなのだ。

 白の少女の心臓の鼓動に耳を澄ませると、アリスは小さな声で「ありがとうなのじゃ……」と呟いた。





◆  ◆  ◆





 午前の授業が終わり、いつものように中庭に集まった妾達。

 真奈は外せない用事があると行って蒼様の護衛を妾に任せてどこかに行ってしまったので、今日のメンバーは蒼様、リュウ、優、紅蘭に妾を含めて5人だ。

 蒼様の座る左右を優と妾の2人でしっかりガードしながら「今日はどうしよっか」と特にやることが思いつかない様子に、アリスは提案した。


「それならば、クエストを受けてみるのはどうじゃ」

「クエスト? 受けられるの?」


 首を傾げる白の少女。

 それにアリスは頷く。


「冒険者カードを作ったところに、役所からの依頼が貼られたスペースがあるのじゃ」


 実は経験値はモンスターを倒すだけじゃなく、クエストをクリアすることでも入手することができる。

 ソウルワールドで戦闘が苦手な人の救済措置であり、それをコツコツクリアすることでも、大抵のプレイヤーはレベル50まで行くことができるだろう。

 ただしクエストも大から小あり、大型モンスターの討伐からごみ拾いなど様々だ。

 この世界におけるそんなクエスト等は各役所に集まり、一般人でも受けられるようになっている。

 それを提案すると、蒼様は驚いた様子で。


「マジか、前に冒険者カード作りに行った時は気づかなかったな」

「依頼が多いから専用の部屋があるのじゃ」

「うん、良いね。今日はそこに行って受けられそうなのをやろうか」


 と、頷く。

 近くで聞いていたリュウと優も、蒼様に賛同した。


「クエストかぁ、どんなのがあるのか面白そうだな」

「暇つぶしには丁度いいわね」


 5人中4人の意思は決まった。

 残るは1人。

 4人の視線が紅蘭に集まると、彼は「ボクは姫の護衛なので姫の意思に従います」と言って頷いた。

 これでやることは決まった。

 5人は立ち上がると、役所に向かうことにした。





◆  ◆  ◆





 役所に到着すると、5人は担当の女性に案内されて役所内のとある一室に通される。

 中に入ると、大体教室と同じ広さの部屋だ。

 そこには壁と床を除いた壁一面にびっしりと、ドン引きするほどの依頼の山が張り巡らされていた。

 これはこれは……。

 実は入るのが初めてであるアリスも、これには驚く。

 なんでも担当の人いわく、冒険者の数が少なくて依頼を受ける人が圧倒的に足りてないらしい。

 よく見ると依頼は捜し物からごみ拾い等のしょぼいものから、名家の子供の指南、要人のボディーガードなど色々ある。

 最近他の人が受けた大きな依頼は巣から湧いてくるモンスターの間引きであり、確認してみるとこちらの経験値は10体倒すだけでも中々のものだった。

 しかし、蒼様が選んだのはなんとゴミ拾い。

 なんでなのか尋ねると、蒼様は誰もやらなさそうだからと言って笑った。

 このメンバーなら、間引きクエストやりまくればそれなりに稼げるだろうに。

 でも、蒼様らしいのじゃ。

 思い返せばソウルワールド内でもこの人は、時折効率を無視して釣りや料理クエストなどを受けていた気がする。

 他の人達を見ると、みんな苦笑しながらも蒼様の判断に従った。

 というわけで、神威市の中でも1番大きい公園の掃除のクエストを手に係のところに行くと、担当の人はギョッとして「高レベルの方々がこんなクエスト受けるの?」という顔をした。

 しかも持ってきたのは白の少女だ。

 普通に目玉が飛び出てもおかしくないと思う。


「こ、こちらのクエストでよろしいんですね?」

「はい、お願いします」

「ほ、本当に良いんですね?」


 わたし知りませんよ、と額にびっしりと汗を浮かべた担当の女性は受付処理をする。

 すると頭の中でピンポーン、とクエストを受けた音が鳴り響く。

 ステータス画面を確認してみると、そこには『神威市中央公園の掃除』というクエストの項目が追加されていた。


「というわけでレッツゴー!」


 何やら楽しそうな白の少女のあとに続き、妾達は役所を後にしたのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 掃除クエストw 流石にゲーム内では無いクエストだな……だよね? 自分も偶に効率の悪いクエスト、受けたりしてたけど、 蒼様には勝てないな。
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