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第35話「ネームレスと黒騎士」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 『世界七剣』の噴水の前にある小さな喫茶店。

 そこはソウルワールドが現実化する前から存在し、レベル50以上の者しか立ち入る事が許されない。

 そんな普通ではない場所。

 席はカウンターの前にある7席だけ。

 客入りを考えていないのかと赤髪の少年に聞かれた事があるが、儲けるためにやっているわけではないと言ったら怪訝な顔をされたものだ。

 黒髪金眼の少年は微笑を浮かべる。

 ここに喫茶店を作ってから、色んな人達と出会った。

 平凡でこれといって特徴のない者。

 弱い癖に暴力を振りかざす事でしか強者を表現できない者。

 ミステリアスな所が好き、と店にやってきては愛を囁くよく分からない者。

 ぼくの正体も知らないのに、よくそんな事を言えたものだ、と少年は酷評する。

 はっきり言って、バカというカテゴリーに入る人種ほどこの世で恐ろしいものはいない。

 彼等は未知に踏み込む事に対して恐怖を抱かないのか。

 それとも未知に踏み込むことを楽しんでいるのか。

 まったく、無知であり頭の悪い者は救いようがない。

 自分の正体を暴こうとした愚か者なんて、望み通りに少しだけ見せてあげたら発狂して真人間になってしまった。

 一体何なんだというのか。

 人の顔を見て気絶するとは失礼にも程がある。

 どういう教育を受けたら、ああなるのか実に興味深い。

 やはり人間という生き物は、未だによく分からない事だらけだ。

 ただ、その中には面白い者達もいる。

 クールを装いながらも、その中には灼熱のような情熱をもつ少年。

 本当は臆病なくせに、自分を偽って強く見せようとする少女。

 その内に自分以上の狂気を秘めた、内気な少女。

 そして何よりも自分を■■だと思い込んでいる■■。


「本当に、この世界は面白い」


 呟き、少年は扉を開けて店に入ってきたスーツ姿の男を一瞥する。

 見た目の年齢は30代くらいだろうか。

 真新しいスーツを身に纏い、ぱっと見は営業の人かと思われる。

 だが、中身は違った。

 どれだけ巧みに魔力と気配を隠蔽しようとも、自分の『眼』を欺くことはできない。

 恐らくは適当な人間でも殺して、皮を奪ったのだろう。見た目は人間だが男の中身は化け物だ。

 しかも、この魔力は見覚えがある。

 普段は無表情の少年は、その男に対して突き刺すような冷たい視線を向けた。


「この魔力のパターンは暴食の眷属……確かグロウ君でしたか。こんな場所になんの用ですか」

「ふん、妙な気配を感じると思ったら、まさかこのような場所で化け物が人間の真似事をしていたとは」


 その言葉に少年は瞳に暗い闇を宿し、吐き捨てるように呟いた。


「君みたいなつまらないモノを見るのは面白くないんだ。大した用がないなら客が来る前に帰ってくれないか」

「いえいえ、用ならありますよ。アナタ様なら知っていると思い、私はここにやってきたのです」

「……なんの事かな」


 とぼけてみると、男は確信を得て頷いた。


「知っているのでしょう、白の姫君を。どこにいるのか私に教えていただきたい」

「さぁ、知らないな」

「どうしても、教えてもらえないのでしょうか」

「君がそこで3回回ってワンと鳴くなら、考えなくもないかな。君は得意だよね。いつも主に対して尻尾を振っているんだから」

「───ッ!」


 侮辱されて流石に黙っていられない、という顔を浮かべる男。

 魔力を解き放ち、いくつもの魔法陣を高速で展開。

 『上級風魔法、風塵』

 魔法陣から解き放たれた漆黒の風の刃が、四方八方から少年の身体と店内を切り刻む。

 だが少年は切り刻まれているにも関わらず、いつもの無表情を崩さずに右手を2回振るう。

 男の顔が歪む。

 気がつけば、両腕の肩から先が消失していた。

 次にいつの間にか目の前に移動していた少年は、人差し指を横に振り払う。

 スーツの男は、まるで見えない何かに殴られたかのように弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 そのまま地面に倒れた男の前に再び瞬間移動した少年は、男の髪を掴んで顔を持ち上げた。


「それで、ぼくが■■の事を知っているとして、ここからどうするつもりなんだい?」


 その言葉に、男は血を吐き捨てて笑った。

 そして、決意をもって少年に告げる。


「是非とも教えて頂きたい。アレは人間の国に身を置かせて良い存在ではない」

「警告しますけど、今の■■に触れるというのなら、この場でぼくが君を殺しますよ」


 普段は抑えつけている闇が溢れる。

 それは、この男の中に入り込んでいる悪魔とは比較にならない程の真っ暗な闇。

 魔王よりも邪悪な何か。

 男の戦意と決意をへし折るには、十分すぎるモノ。

 少年の皮を被った化け物は、少しだけ考える素振りを見せると。


「でも君の言い分も少しだけ分かります。このまま平和な生活をさせるのも、少々つまらないですからね。ここらで少しだけテコ入れさせてもらいましょうか」

「き、貴様、何をする気だ」

「なに、今のままでは何をしても負けると思うので、貴方の手助けですよ」


 男の身体を、少年から溢れ出した何かが覆い尽くす。

 これは、やばい。

 身の危険を感じた男は、紅蓮の騎士の時と同じように身体を分解して離脱しようとする。

 だが既に身体の主導権は少年が握っていて、逃げる事を許さない。

 魔王の幹部は理解した。

 自分が作り変えられる。

 根本から、存在を変えられてしまう。

 ああ、姫君の情報が欲しかったとはいえ、やはりこの化け物に関わるべきではなかった。

 ここに来たことを、悪魔は凄く後悔した。

 少年は、微笑を浮かべると。


「望み通りに■■の場所は知れるんです。悪いことじゃないと思いますよ。ただ、君には生贄になってもらいますが」

「……悪魔よりも醜い化け物め」

「お褒めの言葉として受け取っておきます。さよならグロウ」


 別れを告げて、悪魔は少年の影に消えた。

 良いおもちゃが手に入った。

 どう有効活用するか、少年は考える。

 ただ街中に置いても面白くはない。

 ……そういえば、今月の最終日曜に『終夏祭』というお祭りがありましたね。

 沢山の人が集まる行事だ。そこでコレを披露するのは、とても面白い事になるかもしれない。

 ただやりすぎると『黒騎士』に目をつけられるので、気をつけないといけないが。

 そう思っていると、店の扉が開かれる。


 ああ、噂をしたらなんとやらってやつですね。


 視線を恐る恐る向けると、そこに立っていたのは仮面をつけた漆黒の少年だった。

 年齢は見たところ、十代後半だろうか。

 黒いコートを身に纏い、右手には真紅の剣を手にしている。

 見て分かる範囲では、自分と違って普通の人間だ。

 しかし、その内に秘めた力は人間とは次元が違う。

 自分ですら身震いするその威圧感から察するに、強さはあの有名な壱之呉羽に匹敵するかも知れない。

 先程の悪魔とは比較にならない。

 本気で戦えば何方かが死ぬ。それほどのレベルだった。

 黒の少年は漆黒の鞘から剣を抜くと、真紅の切っ先を此方に向けてきた。

 仮面から覗く漆黒の瞳が、ぼくを睨みつける。


「不審な悪魔を追ってきたら此処についたんだけど、どうも姿が見当たらないな」

「ぼくが匿ってると言いたいんですか?」


 いや、と黒の少年は首を横に振ると。


「正直な話し、あの弱い悪魔はどうでも良いんだ。しかしおまえが影に隠しているソレは、少々お遊びが過ぎるんじゃないかと思ってな」

「やはりバレてましたか」

「一体何を企んでいる、ネームレス」


 あの方が名付けた名前を口にして、黒の少年の剣が漆黒に光り輝く。

 それは、極限付与魔法『神威』。

 この世で2人しか到達したことのない、究極の魔法の1つだ。

 さて、困りましたね。 

 この距離、例え今から本気を出したとしても、既に魔法を構築している黒の少年の方が技を出すのは速い。

 挑めば負けるのは必至。

 かと言って、せっかく手に入れたのだ。手放すのは余りにも惜しい。

 …………さて、どうしたものか。

 究極の二択に、悩むネームレスの少年。

 一秒一秒が、とても長く感じられる。

 この状況を打開するためにも、誰か店に来て彼の注意を引いてくれないだろうか。

 そんな事を考えていると、不意に黒の少年が舌打ちをして、付与魔法を解除すると剣を鞘に収めた。


「この気配は……ッ! この件は後に追及するからな、覚えていろよネームレス!」


 と、言い捨てて扉から出ていく黒の少年。

 一体どうしたのだろうか。

 その理由を、広範囲の探知能力を使って理解したぼくは、珍しくホッと胸をなでおろした。

 ああ、もう少しでソラ様が来るんですね。

 九死に一生を得た少年は、指を鳴らしてグロウが破壊した店内を修復すると、胸中で白の姫に深く感謝をした。

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