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第34話「紅蓮の転校生」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。


「……っていうことがあって、朝からもう疲れちゃったよ」


 朝の騒動から逃げ出して、教室に無事にたどり着いた蒼は、目の前の席に座る土屋龍二に愚痴ると机に突っ伏した。

 オッドアイの少年は笑い、それに対して同情した顔をすると。


「おまえも朝から大変だったな」


 と、労いの言葉をかける。


「でもおまえじゃなかったら、とっくに2人とも爆発してるだろ。それだけ長い時間あの2人が小競り合いだけで済ませてる事自体が、俺から言わせてもらうなら奇跡だぞ」

「そうなのかな……」


 確かにソウルワールドをプレイしていた時は、こんなにアリスと真奈が長い時間一緒にいる事はなかった。

 それを考慮するのなら、2人はよく我慢してくれているのだろう。

 でも我慢するくらいなら、そもそもうちで一緒に暮らさなくても良いのではないか?

 僕はそう思うのだが、そもそも真奈は親公認の正式な護衛だし、アリスは僕と同じで両親が仕事で不在の独り身。

 アリスが帰ろうとしないのは、急に一人にされて寂しいのだろう。僕も9月には帰ってくる予定だった両親と妹が、名家の仕事で帰って来られなくなったのだ。

 彼女の気持ちは良く分かる。

 そう考えると、僕の口から家に帰るようには言い出せなかった。

 言えば、彼女は確実に落ち込むか泣くだろう。

 流石にそれはやりたくないし、僕が見たくない。


「ほんと、悪い子達じゃないんだけどね……」

「アイツらを見て、そんな事言えるおまえが一番凄いと思うぞ」

「それは一応、褒め言葉として受け取っておくよ」


 苦笑する龍二。

 僕は時間を見て、教師が来る頃だろうと思い突っ伏していた姿勢を正す。

 その直後の事である。

 そろそろホームルームの時間になるというのに、何やら廊下側が騒がしい。

 まさか、もうアリスと真奈が何かやらかしたのだろうか。

 一瞬そう考えたが、耳を澄ますと聞こえてくるのは生徒達の悲鳴ではなく女子の歓声。

 アリスや真奈のケンカではない?

 2人が暴れたのなら、聞こえるのは確実に爆発音と悲鳴と絶叫だ。

 僕が怪訝に思っていると、その騒動は自分達の教室の前まで来る。

 この展開は、まさか。

 蒼が察すると、扉がゆっくりと開く。

 中に入ってきたのは僕達の担任の女教師、小野おの先生だった。

 スーツをきちんと身に纏う彼女は教壇まで歩くと、次に自分が開きっぱなしにした扉の向こう側にいる人物に入るように促した。


「嘘だろ……!?」


 龍二が驚愕の声を漏らす。

 優も口に手を当てて驚いている。

 何だかそんな気がしていた蒼は、頬杖をついて呆れた顔をした。

 教室に入ってきたのは、赤髪の美少年。

 身に纏っているのはいつもの見慣れた紅葉高等学校のものではなく、神威高等学校の男子生徒の物。

 白いシャツにカーディガンを羽織り、黒いズボンを履いている。

 胸にしているのは僕達と同じ『新芽』の学年章。

 絵に書いたようなイケメンは、教壇の横に立つと優雅に一礼した。


「はじめまして、ボクは四葉紅蘭。本日より皆さんと勉学を共にする事になりました。どうぞ宜しくお願いします」


 『世界七剣』の四葉の御曹司。

 僕と優以外の女子は、誰が見てもかっこいいと思える紅蘭を見て歓喜の声を上げた。

 アイツ、行動力ありすぎだろ。

 赤髪の少年が、教室に入ってきた際に感じた情熱的な視線。

 彼がわざわざ転校してきた狙いは、間違いなく僕だ。

 白の騎士団の約定で積極的な行動をして来なかった少年は、昨日僕が撤廃させた事で束縛から解き放たれて本気になったのだろう。

 軽い挨拶を済ませた紅蘭は、予想通り真っ直ぐに僕の隣の空いている席に腰を下ろすと。


「姫、おはようございます。今日から同じ学友として仲良くして下さい」

「お、おはよう紅蘭……」


 並の少女なら一撃で射止めるであろう、何とも清々しい笑顔で挨拶してきた。

 一方で中身は男であり、彼のアプローチに慣れている僕はときめくどころか呆れ顔である。

 まさか昨日の今日で行動に移すとは、誰が予想できただろうか。

 はっきり言ってドン引きだ。

 そんな僕の胸中を知らない紅蘭は、嬉しそうにぐいぐい攻めてくる。


「すみませんが、急遽転校してきたもので教科書等を揃えられなかったんです。今日は姫のを一緒に見させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 その言葉を蒼は、嘘だなと見抜いた。

 名家の力を使えば、当日でもそんな物は余裕で揃えられたはず。

 それをしなかったという事は、予め窓側で一番後ろの席に座る僕の隣が空いている事を知っていたのだ。

 転校生の定番ネタである、好きな人と机をくっつけて教科書を一緒に見る。紅蘭は狙ってそれを実行している。

 こいつ、中々の策士だ。

 余りにも白々しすぎる彼の言葉に、僕は本日何度目かの溜め息を胸中で吐いた。

 しかし真実はどうであれ、彼が教科書を持っていないのは事実だ。流石に拒否する事はできない。

 僕は紅蘭をじろりと睨みつけて言った。


「仕方ないなぁ、今日だけだぞ」

「助かります」


 その光景を優と龍二以外の生徒達が羨望の眼差しで見ていたが、紅蘭は余裕で受け流し、僕は鋼の意志で無視した。





◆  ◆  ◆





 神威高等学校に転校してきた1人の御曹司と2人の御令嬢の噂は瞬く間に、学園内に広がった。

 しかも3人とも容姿が人並外れていたものだから、男子女子の喜びようは物凄かった。

 あっという間にファンクラブが作られ、授業が終わると紅蘭、アリス、真奈は一般の生徒達に囲まれて質問攻めにあった。

 紅蘭は目の前で直に見ていたから知っているが、まさかアリスと真奈も似たような状況になっていたとは。

 まぁ、そのおかげで2人が接触する事は殆どなかったらしく、教室が争いによって爆破される事も未遂に終わったのは幸いか。

 午前の授業が一通り終わって、チャットアプリ『LIN』で全員に中庭に集まる指示を出した僕は、今は大きな大樹を中心に円形で設置されているベンチに腰掛けている。

 その左右には、すっかり人疲れしてしまったアリスと真奈が僕にしなだれていた。


「髪の色が地毛なのか両親は外人なのかとか延々と聞かれまくったのじゃ……」

「全く同じ質問されてたの……」

「そういえば対して気にしてなかったけど、2人共それ地毛なの?」

「うむ、産まれたときから青色なのじゃ」

「わたしも産まれたときから、こんな色なの」


 なんでも2人共、両親は日本人なのだが先祖に同じ髪色の外人がいるらしく、隔世遺伝というので髪色が黒色ではないとの事。

 その話を聞いて、紅蘭も自身の髪色が同じ理由だと語った。

 つまり、ここにいる3人はある意味似たもの同士という事だ。

 すごい偶然もあるもんなんだなぁ。

 そんな感想を懐きつつ、蒼は集まった皆を見渡す。


「さて、今日集めたのには理由がある」


 僕がアリスを一瞥すると、ぐったりしながらも彼女は指を鳴らし、集めたメンバーだけを覆う小型の結界を展開。

 それは以前にオープンカフェでアリスが使った、音声遮断と認識阻害の複合結界だ。

 結界の構築が完了したのを確認して、僕は改めて皆に言った。


「先ず一つ目は、紅蘭が取り逃がした悪魔についてだ」


 昨日聞いた話によると、魔王の幹部『暴食の十本指』の一体が自分のことを狙っているらしい。

 しかも『暴食の魔王』に献上すると発言していたとの事。

 僕としては、これを捕まえてこの世界の事や魔王について色々と聞きたい事が山のようにある。

 もしかしたら、性転換したこの特異な身体についても何か分かるかもしれない。

 そう考えると、ある意味では紅蘭が討伐に失敗したのは良かった。

 ちなみに取り逃した時のアリスと真奈の反応は、それはもう辛辣なものだった。

 アリスは頭を90度下げたままの紅蘭をゴミを見るような目をして、


「蒼様に害のある輩を逃して、よくもおめおめと姿を現したものじゃ」


 と、吐き捨てるように言い。

 真奈は錬金術で紅蘭似の土人形を作ると、手足をへし折りながら深淵のような闇を瞳に宿して、


「もしも姫様に何かあったら楽に死ねると思わない事なの」


 と言って、首を折った。

 流石に気の毒だったので、これには僕も冷や汗を流し、魔王の幹部という貴重な情報源は倒すのは勿体ないから、今回は許してあげるようにフォローをした。

 2人は渋々といった感じだったが、紅蘭に対する殺意は収めてくれた。

 一方で、その事を今知った優は僕の事を心配してくれたが、実は狙われるのは初めてではない。

 ソウルワールドをプレイしていた時は未成年保護システム(これはリアル化してないみたいだが)に守られているにも関わらず、あの手この手で僕を誘拐しようとした輩が沢山いた。

 と言っても、僕は見た目通りのか弱い少女じゃない。

 集団に囲まれたり、困ったふりをした人に罠に掛けられた事もあったが、その全てを忍術と付与魔法で撃退してきた。

 皆忘れがちだけど、僕はベータ版も経験している廃人高ランクプレイヤーで、普通のマスコットじゃないぞ?

 というわけで、やはり敵を釣るのなら標的である僕以上の適役はいないだろう。

 ただ、どうやって敵を釣り出すのかが問題なのだが。


「どっかの高い建物の屋上で、僕が魔力全開でたれ流せば引っ掛かるかな?」

「それは流石に罠だと思われるんじゃないか」

「だよねぇ」


 龍二に指摘され、この案は没にする。

 露骨な罠に掛かってくれるようなら楽なのだが、下手に警戒されて逃げられても困る。

 真奈に探索系のアイテムを作ってもらおうにも、敵の一部とかがなければ流石に彼女も作れない。

 他の4人にも聞いたが、敵が魔力も気配も隠している現状では良い案はないもよう。

 とりあえず紅蘭の主導の下で『白の騎士団』が探してくれているらしいので、この件は一旦保留か。

 ならばと、蒼は次の話しをすることにした。


「今日の優のレベル60のお祝いは、あの『世界七剣』の噴水前にある喫茶店に行こうと思うんだけど良いかな?」

「おや、姫はあの喫茶店に行ったことがあるのですか」


 知らない龍二と優が首を傾げるのをよそに、僕は紅蘭の言葉に頷く。


「真奈に教えてもらったんだ。結構面白い喫茶店だよね。店主のネームレス君もかなり興味深いし」

「ネームレス君?」

「ああ、それは彼が名前を教えてくれなくて不便だから、僕が勝手にネームレス君って呼んでるだけだよ」

「名無しだからネームレスですか。シンプルで良いと思います」


 しかも店から出るときに思いついて、その場で名付けたものだから少年も何とも言えない顔をしていた。

 ただ拒絶はされなかったので、僕はそれ以降は彼の事をネームレスと呼ぶことにしている。

 すると話についてこれない今回の主役の優が、少しだけふくれっ面で僕と紅蘭の間に割り込んだ。


「もう、2人だけで話しを進めないでよね」

「ごめんごめん、それじゃ見たほうが早いから今から行こうか」

「「ゔぅ!?」」


 謝罪して僕が立ち上がると、両肩にしなだれていたアリスと真奈が、支えを失ってそのまま仲良く頭をぶつける。

 完全に油断していた2人は、あまりの痛みに頭を抱えて小刻みに震えた。


「蒼様、急に立つのは酷いのじゃ……」

「アリス、石頭なのぉ……」

「もう、だらしない姿勢でいるからそうなるんだぞ」


 呆れる僕を見て、優と龍二と紅蘭がくすりと笑った。

 どうしたのだと蒼が彼等を見ると、3人は口を揃えて言うのだった。


「蒼、2人のお姉さんみたい」

「完全に姉の風格だな」

「誰が見ても2人の姉ですね」


 僕は1歳年下ですよ?

 なんで年上である女の子2人の姉に見られなければいけないのか。

 何か納得いかないが、アリスと真奈が落ち着くのを待ってから、僕たちは学校を出発してネームレス君の喫茶店に向かった。

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