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第3話「否定される過去」

性転換した主人公の不幸ってなんか心が弾むの

 鏡に映る少女は美しかった。

 太腿まで届く長く白い髪。

 金色のつぶらな瞳。

 人形のような精巧な顔立ち。

 さくらんぼみたいな小さくて赤い唇。

 身長は大体150センチくらいだろうか。

 手足は細く、とても華奢だ。

 年齢は幼く見える。

 恐らくは中学生くらい。見る人によっては小学高学年くらいに見えるかもしれない。

 こんな少女が存在したら、誰もが振り返るだろう。

 そんな事を思いながらも、僕の心中はとても穏やかではなかった。

 男から、女になった。

 何故、一体、どうして。

 しかもこの姿は、僕がソウルワールドで使用していたプレイヤーキャラだ。

 ゲーム内にログインする時に何度も見た、仮想世界で活動する為の自分の写し身である。

 でもそれはゲームの話しだ。

 朝起きたら身体がゲームのキャラクターになっていた。

 こんな事が実際に起こり得るのだろうか。

 そう考えるが、わからない。

 普段は冷静沈着の僕も、これには流石に頭の中が真っ白になって何も考えられない。

 性転換なんて漫画や小説の中だけの話だ。

 現実に起きたなんて聞いたことがない。

 鏡の中の僕は、真っ青な顔をしている。

 ムダ毛やシワ一つない真っ白な綺麗な肌。

 ピンク色の小さな唇以外、今は完全に血の気がなくなっていて、すぐにでも倒れそうだ。

 いや、いっそのこと倒れてしまいたかった。

 そして次に目を覚ましたら、やっぱり夢でしたってオチで終わってほしい。

 そんな事を願いながらも、僕はふと思いついて部屋に飾ってある去年撮った家族写真に視線を向ける。

 そうだ。これが例え一時的な悪夢だとしても、過去に撮った写真の中にいる自分の姿だけは変わらないはず。

 縋るようにそれを見た蒼は、次に言葉を失った。

 この家の庭で写真に写るのを嫌がる僕を引きずる妹と、それを笑う父親と母親を近所のおばさんが撮った一枚の家族写真。

 だがそこに写っている僕の姿は、黒髪の少年ではなく白髪金眼の少女だった。


「……っ」


 思わず吐きそうになった。

 なんだこれは。

 こんな事があるのか、と。

 僕は男だ。

 生まれた時から性別は男であり、つい先日幼馴染の優を巡って親友の龍二と決闘したのだ。

 断じて女ではない。

 そうだ。これはきっとリアルな幻覚を見ているのだ。

 だって今まで積み上げてきた物的証拠に男である事を否定されたら、一体なにが僕を男だと肯定してくれる?

 しかし昨日まで男だった自分を証明してくれる筈の自室は、更に僕を追い詰める。

 次に蒼が目にしたのは制服だった。

 即座に着替えられるように昨日準備して、タンスの取っ手に掛けたのをはっきりと覚えている。

 だが今ぶら下がっているそれは、男性物から見覚えのない女性物になっていた。

 白をベースにしたワンピース型のセーラー服。その上に羽織るように作られたグレーの半袖のカーディガン。

 前は可愛いと思っていたソレが自室にある事に、僕は激しい嫌悪感を覚える。

 男の部屋にあるのなら、どこからどう見ても変態だ。

 しかし今の自分の身体は、誰が見ても女子にしか見えない。

 そこにあるのが当然だと主張するようにある制服が、自分を男である事を否定する事に、僕は頭を抱えた。


「ちょっとまて……制服が変わっているという事は」


 そこで僕は、自分に起きているもう一つの変化に気がつく。

 先程から身につけている服が、デザインはそのままにも関わらず、小さくなった自分の身体にサイズがピッタリすぎる。

 この身体と自分の元の身体の背丈は全く違う。つまりは着ている服は大きくなって、ゆるくなっていないといけない。 

 しかも身につけている下着の感覚は、トランクスではなかった。

 まさか、こんなところも変わってしまっているのか。

 嫌な予感がする。

 もとより着替えるつもりだったが、恐る恐る汗でびっしょりと濡れた無地のシャツと短パンを脱ぎ捨てる。

 すると自分が身につけていたのは、いわゆるスポーツブラと呼ばれる物と女性用のパンツだった。

 もうわけが分からない。

 ここは地獄か。

 念の為に自分の下着入れを確認してみると、そこにはトランクスが一枚もなく、代わりに女性用のパンツが詰まっていた。

 間違えて妹の部屋に来てしまったのかな。

 そんな冗談を考えながら、僕は引き出しを元の位置に戻す。


「ハハハ……夢だとしてもたちが悪すぎないか?」


 再び崩れ落ちる。

 頭が痛い。

 首も痛い。

 汗びっしょりで気持ち悪い。

 身体が少女だからか、汗をかいているというのに身体からほんのり良い匂いがする。

 残された最終手段は、両親と妹に確認をする事だけだ。

 でも彼らから、

「なに言ってるんだ。おまえは元々女の子だろ?」

「あらあら、蒼ちゃん男の子になりたかったの?」

「お姉ちゃん頭でも打ったの?」

 なんて反応をされたら。

 ……怖い。

 恐ろしすぎる。

 とてもじゃないが自分の精神が耐えられそうにない。

 かつて僕はソウルワールド内で魔王と戦ったことがある。

 周りが全滅して、唯一生き残った自分が負けたら全てが台無しになる一対一の決戦。

 皆の思いを背負って僕は懸命に戦い、最後には魔王を倒した。

 その時と比較しても、こんなにも怖いと感じたことは一度たりともない。

 携帯電話を持つ手が小刻みに震えた。

 家族で共有しているチャットアプリ『LNリン』で「僕は男の子だよね?」と打つだけなのに、一文字一文字が1時間にも2時間にも感じられる。

 汗の量がヤバイ。

 滝のように流れる汗が頬を伝って、ポタポタとスマートフォンを持つ手に落ちる。

 はぁ、はぁはぁ。

 乱れた呼吸を何度も正そうとするが上手くいかない。

 喉が乾いた。水が飲みたい。

 僕は小刻みに震える人差し指で最後の?を打ち終わると、送信しようとして。

 結局──そのまま文章を全て消した。


「…………聞けるわけ、ないだろ」


 俯き、呟く。

 最後の一線を越えたら終わる。

 そんな気がして、恐怖に負けてしまった蒼はその場に座り込み、自分の膝を抱える。

 こんななりでは学校にはいけない。

 とりあえず病院に行くべきだろうか。

 でもなんて説明する。

 ゲームしてて寝落ちして朝起きたら女になってましたなんて言ったら「身体よりも頭が大丈夫ですか?」なんて言われないだろうか。

 しかしこのまま引きこもっているわけにもいかない。

 携帯電話で、せめて自分と同じ性転換した人が現実でいないか調べてみる。

 すると検索で引っかかるのはどれも漫画や小説の作品ばかりで、現実の方には何一つ情報は載っていない。

 当然だ。

 性別が変わるなんて非現実的な事、普通おきたりしない。

 この世界には魔法がないのだ。

 この世界はゲームではないのだ。

 僕は画面を暗くすると、床に携帯電話を放り投げた。

 と、その瞬間だった。

 背後で勢いよく自室の扉が開かれる。

 恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは金髪碧眼の少女、幼馴染の水無月優だった。


「蒼、あんた大変な事に──って、その姿は!?」


 勢いよく中に入ってきた幼馴染の目に飛び込んできた光景は、黒髪の少年ではなく、ゲーム内でよく見知った白髪の少女の姿。

 何かを言おうとした彼女は、下着姿で座り込んでいる涙目の蒼を見て、驚きのあまりその場で急停止した。


「蒼、一体何が……」


 信じられないモノを見るような目だった。

 自分の目の前にいる白髪の少女の存在が、彼女にとって普通ではないという態度だった。

 蒼は自分が男だったことを証明してくれる反応を示す優に、心の底から嬉しく思い、震える声で自分に起きた重大な事を告白した。


「優……ぼく、女の子になっちまった……」

「あんた、その姿ソウルワールドの」

「きのう……げーむしながらさ、つい、寝落ちしたんだ……」


 朝起きたら身体がこうなっていた事。

 家族で撮った写真の中の自分がこの姿になっていた事。

 着ている服も含め、もっていた下着が全て女性用になっていた事。

 自分の部屋にある情報の全てが、自分を女だと突きつけてくる事がとても恐ろしかった事。

 怖くて両親と妹に自分は男だと聞くことができなかった事。

 話しながら、蒼は遂に耐えられなくなり、大粒の涙をぽろぽろ零した。

 もはや何がなんだかわからない。

 自分の少年の姿が何一つ残っていない絶望。

 自分のこの姿が当たり前なのだと突きつけられる恐怖。

 顔を両手で覆い隠し、泣き震える少女。

 今まで見たことがない程に弱った幼馴染の姿に、なんて声をかけたら良いのか分からない金髪の少女はゆっくり歩み寄る。

 そして蒼の側で屈むと、なんとも物語の1シーンのように涙を流す彼を、優は無言でそっと抱きしめてあげた。

 小さい。なんて細くて華奢な身体なのだろうか。

 自分がそこまで身長が高くない事を知っている優は、自分より小さくなってしまった幼馴染に対してそう思った。


「ぐ、……っ………なんで、どうしてぇ……こんなことにぃ…………」

「蒼、貴方は男だよ。私は知ってる。覚えてる。だから泣かないで」

「……優、ゆうぅっ」


 溢れる感情を抑えられなくなり、泣き叫ぶ白髪の少女。

 幼馴染の少女は、その小さな身体を抱きしめる手に込める力を強くすると。

 ──ああ、神よ。

 彼女は祈るように目を瞑り、性別が変わってしまった少年が落ち着くまでずっと側にいた。

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