第28話「悪魔と紅蓮の騎士」
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「フハハハハ、まさかこのような事があるとは!」
そこは紅葉高等学校の人工ダンジョンの最奥。
巨大なボスモンスターが存在するためにある大広間。
今は整備中で立ち入り禁止になっているそこに、1人の少年がいた。
髪は真っ黒。伸ばした髪で片目を隠している。
身長は170くらい。執事のような服を身に纏っており、その佇まいからは少しばかり気品を感じられる。
少年の目の前では、今ダンジョンの修復作業が行われていた。
どうやら以前に極限魔法によって破壊されたのだろう。硬質で頑丈な玉座が瓦礫の山となっていたのは見過ごせず、ついダンジョンと龍脈をつなげてしまった。
普通のダンジョンならば、こんなことをする必要はない。
天然のダンジョンは常に龍脈と繋がっているので、壊れても即座に自動修復機能のおかげで元通りになるからだ。
しかし、人工の管理されているダンジョンはそうは行かない。
自己修復機能はあるが、龍脈とは普段は回路を遮断されているので修復期間が来るまでは放ったらかしになる。
モンスターを生み出す際にも龍脈と繋がれるが、限られた魔力ではこのレベルの破壊の跡の修復は無理だろう。
だが、玉座が修復されていく過程で自分は見つけてしまった。
絶対に破壊不可能である大広間の壁と天井に刻み込まれた、深い斬撃の跡を。
触れて、少年は震える。
これは一体何なのだ。
創造主が定めた破壊不可のルール。そしてそれは魔王にすらできない、絶対的な概念である。
それを成した者が存在する。
この極東の地に。
そんなバカな。
魔王や各国の王族達だってこんな事はできない。唯一できるとしたら、それは世界を創造した大いなる母にしかできない事だろう。
世界存続の礎となった大いなる母。
もしかして、存命しているとでもいうのか。
少年はダンジョンに深く刻み込まれた傷跡に触れる。
恐らくは、魔力の色は『白』だ。
とても強く、そして優しい。
だが、若い。
魔力の残滓からは、成熟しきっていない少女のような気配を感じる。
「これはこれは、調査に来ただけなのですがどうやら私は『暴食の魔王』様にとんでもないお宝を献上できるかも知れませんね」
この存在を手に入れる事ができたら、日本だけではない、他の魔王達も凌駕することができる。
我らが魔王の悲願である世界征服も夢ではない。
そう断言できる。
触れた魔力から読み取れる情報には、それだけの価値があった。
しかし、どうやら龍脈を繫げた事で何者かに嗅ぎつけられたらしい。
黒髪の少年は何もない空間から漆黒の剣を取り出すと、切っ先を大広間の出入口に向けた。
「出てきなさい、そこにいるのは分かっているんですよ」
「はぁ、何か貴重な情報を吐いてくれないかと傍観していたのですが、つい殺気が出てしまいました。ボクの悪い癖です」
物陰から姿を現したのは、十代後半の赤髪の少年だった。
黒いコートを着て、両手には真紅の剣を2本持っている。
そしてその双眸は、殺意を宿して此方を見据えていた。
強い。
見ただけで、少年が纏っている威圧感に圧倒されて、呼吸がまともにできなくなる。
レベルは間違いなく70まで達している。
最近日本軍の前線に参加している凄腕の軍団は『覚醒者』が多くいると聞くが、こんな化け物がここに現れる程とは聞いていない。
「貴方のお名前は?」
「相手に名前を聞くときは、先ず自分から名乗るべきじゃないんですか」
「これは失礼しました。私の名前はグロウ。魔王ベルゼブブ様の配下にして『暴食の十本指』の1人です」
「ボクは四葉紅蘭。地獄の駄賃にこの名前を胸に刻むが良い」
言って、紅蘭は消える。
速い。それも目で追えない速度だ。
どこに消えたのか一瞬だけ目で追うが、それが無理だと判断したグロウは即座に探知式の魔法陣を足元に展開。
すると、背後から紅蘭の気配を感知した。
ッ!?
振り向き、首を切り裂こうとする真紅の刃を紙一重で回避。遅れて胴体に迫る刃を漆黒の剣で受け止める。
グロウは地面を蹴って後ろに跳ぶと、同時に展開していた探知の魔法陣を攻撃用に変更。
地面から槍を放ち、紅蘭を串刺しにする。
しかし、それは残像だった。
即座に離脱していた真紅の少年は、遠く離れた場所で剣を構えると。
「上級二刀剣技『龍閃』」
グロウの左腕が、宙を舞った。
目の前から消えた紅蘭は、いつの間にか遠く離れた背後に。
すれ違いざまに両断された左の二の腕から黒い血液のエフェクトが吹き出す。
「な、なんだと……!?」
速いとかそういうレベルではなかった。
これほどの俊足、十本指にもいない。
そういえば、9月3日以降日本に潜入していた同胞たちが次々に討伐される報告が絶えないと聞く。
そして1人の生存者が言うには、それを行っているのは1人の赤髪の少年らしいとの事。
四葉紅蘭。
そうか、こいつが日本の守護者『四葉』の御曹子か。
驚くグロウに、紅蘭はつまらなそうに言った。
「魔王の幹部でこの程度か。つまらないなぁ。これならまだ大怨鬼の方がずっと強かったですよ」
「ッ!!」
馬鹿にされて黙っているほど自分も大人しくはない。
無動作で紅蘭の周囲に全力で魔法陣を展開させると、全方位から隙間なく漆黒の槍の雨を放った。
『黒獄槍』
かつて数多の強者を葬った魔法だ。
これならば奴の自慢の足も意味をなさない。
何故ならば、全方位からの一斉攻撃だ。
魔法使いならば結界で身を守る事もできるが、剣技しか使えない剣士程度ならば……。
そこまで思考して、グロウは息を止める。
漆黒の槍が降り注ぐ魔法陣の中で、光り輝く何かが見えた。
まさか。
そう思った直後の事だった。
魔法陣を切り裂いて、無傷の赤髪の少年が姿を現した。
彼は驚く此方を再びつまらなそうな顔で見ると。
「上級二刀剣技には攻防一体の技『旋風斬』があります。ひたすら両の剣で切るだけの技ですが、極めることができたら例えこのように全方位から一斉に攻撃されても防ぐ事ができます」
「何千という槍を全部切っただと……!?」
「そしてこれで終わりです」
地面を蹴る紅蘭。
再び探知の魔法を使うが、今度は発動するよりも速く目の前に現れると、少年は剣を振るって胴体を両断。
更に背後に回って首を切り裂くと、剣を鞘に納めた。
「姫に手を出すのならば、おまえは捕らえる価値すらない。そのまま死ね」
冷たく、見下す紅蘭。
だが即座に異変に気づく。
身体が消滅しない。
グロウの身体は砂になると、そのまま風で巻き上げられて、切り飛ばされた他の部位と混ざる。
そして、紅蘭から遠く離れた位置に舞い降りたのは、傷一つない黒髪の少年の姿だった。
「貴様……!?」
「私はちょっと特殊な悪魔でして。残念でしたね、普通に戦っていたのなら私は今頃死んでいたでしょう」
「く、逃がすか!」
「その焦りよう、よほど姫という存在が大事みたいですね」
動きが単調になった紅蘭の動きを読み、初撃を剣で弾き、2撃目を避ける。
そして魔法を発動。
真っ黒な煙を周囲に撒き散らすと、グロウはそれに乗じて退散することにした。
「ハハハハハ、ここに宣言しましょう。貴方が大事に守る姫様は我々が貰うと」
「……ッ」
完全に気配が消える。
紅蘭はなんて失態だ、と己の未熟さにうんざりする。
そして携帯電話を手に取ると、外に待機している白の騎士団に連絡を入れた。
「緊急事態です、今夜幹部の全員を招集します」
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