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第26話「白姫は意外と大きい」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 うーむ、何でこんな事になったのか。

 服を脱いで洗濯機に放り投げ、風呂場に入った蒼は複雑な表情を浮かべる。

 あの後喫茶店で休憩を済ませて家に帰ってきたのだが、僕達にアリスもついて来てしまった。

 まぁ、怒られて子猫みたいに気落ちしていた彼女をそのまま一人で帰すのも気が引けるので全然構わないのだが、家に着いてから真奈が料理の準備を始めると、アリスもその横に並んで一緒に料理を始めたのには少々驚かされた。

 どうやら彼女の家も今は僕と同じで両親が不在らしく、一人で生活するために料理を覚えたとの事。

 本当は龍二のところの執事みたいにメイドが派遣されているのだが、それをアリスは断ったらしい。

 何故ならば、自分の家に知らない人が入ってくるのが怖かったから。

 まぁ、今まで普通の生活をしていたのにいきなり『世界七剣』のご令嬢だとか言われたり、お世話をするためにメイドを派遣しましたとか言われても困るだけだよな、とは思う。

 ただ誘拐などの対策として護衛はついているようで、遠巻きだがこの家から離れた場所にいくつか手練の忍者っぽいのが複数いるのが確認できる。

 それは真奈いわく、世界的ご令嬢が3人もこの家にいるのだから、国として何の対策もしないわけにはいかないとの事。

 と言っても、僕にご令嬢としての実感があるかと言われると微妙なところだ。

 確かに9月1日に演説はしたし、学生達や周りの人達からは好意的な視線を感じる。

 しかし僕の口座に送られてくる金額は前と変わらないし、メイドなど家にやって来たことはない。

 まぁ、強いて言うのならば2日目に護衛っぽいのを感知して以降、索敵範囲のギリギリ外側に人員が配置されるようになったくらいだろうか(ダンジョンに行くときはアリスの魔法で撹乱させたり隠蔽したりして撒いたが)。

 その事を口にすると、2人は何故か「壱之家は特殊だから」と口を揃えて言った。

 壱之家はそんなにも他と違うのだろうか。

 僕は洗い場に立つと、シャワーのお湯を出す。

 そしてそれを頭から浴びると、鏡に映る自分を見た。


「そういえば、僕は世界が変わってから自分の家の事すらちゃんと把握してないのか……」


 前に一度だけ調べたのだが、分かっているのは今の壱之家の当主である父親が『混沌の国』を支配する『暴食の魔王』の侵略に対応するために日本軍の最前線で指揮をっているという事だけ。

 危ない事はして欲しくないが、父親も助けを求められたらほっとく事ができない性格だ。

 しかも相手は魔王。

 昔から無理難題に挑戦するのが大好きな人だ。

 たぶん今頃は「相手にとって不足なし」とか言って燃えているのだろう。

 せめて家族として頑張って、と一言くらい伝えてあげるべきだと思う。

 でもこの身体になってからというもの、家族と会話するのが怖くて僕は未だに電話は一切していない。

 唯一やり取りをしたのは、病院でチャットアプリ『RIN』で大丈夫?と両親と妹からスタンプが来てたくらいか。

 自分も問題ないとスタンプで返事をして、僕達の会話はそこで終わった。

 家族だというのに気軽に連絡すらできないとは。

 と言ってもギクシャクしているのは僕だけで、連絡したらちゃんと向こうは応えてくれる筈だ。


「ほんと、メチャクチャだよね……」


 僕はため息を吐く。

 正しい自分の記憶の中にある情報では、父親は元はゲーム会社のマーケティング担当だった。夏休みの間だけ海外に行って、二ヶ月したら帰ってくる予定だったのだ。

 それがいつの間にか魔王と戦う仕事になり、いつ帰ってこれるのかすら分からない。

 こんなバカげた実話があるだろうか。

 しかも僕の身体は、こんな事になっているし……。

 シャワーを浴びながら、蒼は変わってしまった自分の身体を金色の瞳で見つめる。

 頭2つ分ほど小さくなってしまった身長。

 お湯に濡れ、ぴったりと肌につく白く長い髪。

 肌は真っ白で、汚れ一つない。

 昔はムダ毛が少々生えていたが、この身体からは全てが無くなっている。

 そして湯気で鮮明には見えないが、触れると両手で掴める程度には小さい胸があり、下は男の時にはあったものが無くなっていた。

 なんて姿だ、と我ながら思う。

 こんな事が起こるなんて誰が想像できただろうか。

 鏡の中にいる自分に見惚れてしまい、軽い自己嫌悪を感じる。


「はぁ……取りあえず一旦湯船に浸かるか」


 シャワーのお湯を止めると、暗い気持ちを落ち着かせるために浴槽に入る。

 肩まで浸かると、身体が芯まで温まり沈んだ気持ちが少しだけ和らいだ気がした。


「いけないなぁ、1人になるとどうしても嫌な事考えてしまう……」

「それならば妾達もお供するのじゃ!」

「お邪魔しますなの」

「ッ!!?」


 気を緩めた瞬間だった。扉を開けて細い身体にタオルを巻いた女子2人が乱入して来た。

 鍵は確かにかけていたはず、君達一体どうやって入ってきた。

 というか料理をしていたのではないのか?

 そう思い彼女達を直視しないように僕が顔を真っ赤にして背中を向けると、心の中を読んだのかアリスと真奈がどや顔で疑問に答えた。


「鍵をかけたはず? そんなもの妾が魔法で解錠したのじゃ」

「それと料理なら今さっき完成したの」

「「というわけで、背中を流しに来たのじゃ(なの)!」」

「君達本当は仲良いだろ?」


 全く同じ言葉を重ねて言う2人に僕はツッコミを入れる。

 しかしアリスと真奈は全く気にすることなく、洗い場に二人揃って立つとシャワーを使う順番をジャンケンをして決めた。

 ぐぬぬ、とアリスが悔しそうな声を漏らす。どうやら先に身体を洗うのは真奈のようだ。

 そんなアリスは真奈がシャワーを浴び終わるまで隣で待機しているのか、彼女の大きな膨らみと自分の平らな胸を比較して羨ましそうに呟いた。


「うー、真奈の胸は一体何を食べたらそこまで大きくなったのじゃ?」

「普通に生活してただけなの。特別な事はしてないと思うの」

「妾だって毎日牛乳飲んでるのじゃ」

「タンパク質とかビタミンが足りてない可能性あるの」

「牛乳だけじゃダメなのじゃ?」


 そんな2人の会話を聞き、横目でチラリと覗いてみる。

 着痩せするタイプなのか昼間は分からなかったが、確かに真奈の胸は大きい。

 幼馴染の優もそこそこある方だが、彼女と比較しても真奈のバストは一回り程デカイと思う。

 それに対してアリスは全くないわけではないが、真奈と比較すると圧倒的に小さい。

 僕は思った。

 女の子って、やっぱり胸のサイズは気にするものなのだろうか。

 アリスの嘆きは、心は男の僕にはいまいちピンとこない。

 強いて言うのならば形が整っている方が好きなので、アリスのも十分良いと思う。

 そんな事を考えていたら、待ちきれなくなったのかアリスが湯桶で浴槽のお湯をすくい、頭からザバーンと被ってそのまま僕の真後ろにダイブしてきた。

 そして彼女は何を思ったのか、いきなり後ろから抱きつき僕の胸をムギュっと鷲掴みにすると。


「妾よりも大きいじゃと……!?」


 目を見開き、両手をわなわな震わせた。


「蒼様は元は男じゃと聞いておるのに、なんで妾よりも……」

「し、知らないよ。あといつまで君は掴んでるんだ」


 手を振りほどき、絶望した表情を浮かべるアリスの頭頂部に手刀をお見舞いする。

 ショックから立ち直れない青髪の少女は、そのまま湯船に沈んだ。


南無阿弥なむあみ陀仏だぶつなの」

「いや、死んでないからね?」


 真奈が合掌するのにツッコミを入れる僕。

 するとアリスは急浮上してきて、ぶはっと湯船の中から顔を出した。

 そして涙目で恨めしそうな顔を僕に向ける。


「真奈に負けるのは仕方ないのじゃが、蒼様に胸で負けるのは女として悔しいのじゃ!」

「う、うーん、僕は天然物とは言い難いんだけどなぁ」

「でも姫様の身体は、ソウルワールドの時はまな板だったと思うの」

「あー、そういえばそうだったね」


 真奈に言われて、僕は思い出した。

 そういえばゲームを始めるときに胸が最低値だったので、戦闘の時に邪魔になるからとそのまま採用したのだ。

 それがなんで、一回り大きく成長しているのか。

 バグなのか、この身体になった時に何らかの変化があったのか。

 どちらにしてもだ。

 この現実化したソウルワールドの世界で、沢山の謎がある僕の身体に心底どうでもいい謎が一つ追加されてしまった。


「はぁ、何だか疲れちゃった。僕もう頭と身体洗ったらあがるね」


 ため息を吐き、僕は2人を極力見ないようにして湯船から出ると洗い場に座った。

 その直後の事だった。

 これを待ってましたと言わんばかりに、アリスと真奈が目を光らせて僕の後ろに立つ。

 そしてシャンプーやリンスやボディーソープを手にすると、僕が逃げられないように退路を2人して塞いだ。


 こ、こいつらなんてコンビネーションなんだ!


 完全に油断していた。

 まさか今までの会話も、これを気づかせない為の計算された陽動作戦だったのか。

 流石にこの至近距離では、忍者アビリティの隠密も効果がでない。

 じりじりと歩み寄るアリスと真奈。

 背筋が冷たくなるような邪悪な笑みを浮かべる2人に、額にびっしりと汗を浮かべた僕は尻もちをついて後ろに下がる。

 隙が全く見当たらない。

 お互いをカバーできる位置をキープしながらにじり寄る姿に、僕は心の内で舌打ちをした。

 普段は仲が良くないくせに、こういう時は本当に良い連携をする。

 せめてもの抵抗として、僕は2人の僅かな隙間を見つけると、そこを全力で抜けて逃げようとした。

 しかし、それを許してくれる程この2人の基礎レベルは低くない。

 抜けきる瞬間に右足を真奈に掴まれて、その場にうつ伏せに倒されると、


「うにゃあああああああああああああああああああああああああああ!!?」


 2人によって、じっくり丁寧に頭から全身の隅々まで僕は綺麗にされた。

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