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第24話「姫と賢者のお買い物」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 この街の一番大きなスーパーマーケット『カムイ』は品揃えが豊富で値段も安く、棚も常に整理されている為に利用客が多い。

 そして人気の理由の一つは12時と17時に行われるタイムリレーセールだ。生鮮から食料品まで目玉商品の安売りをするため、奥様方の強い助けになっている。

 店員の接客もすごく丁寧で、客の多い時間帯には全レジに人を配置して対応しているため、殆ど並ばないで買い物を済ませる事ができる。

 故に客の数は平日休日問わず多い。

 そんな場所に今やテレビでも話題に挙げられる有名人である自分が、何の対策もしないで歩くのは危険だ。

 だから僕は自分の部屋にある服の中で、短パンとTシャツを選んで着替えると、その上にパーカーを羽織ったラフな格好にした。

 当然、遠くからでも目立つ長い白髪はフードで隠している。

 そこに更に少しでも周りに壱之蒼だと気づかれないように、僕は念の為に忍者アビリティで存在感を隠蔽していた。

 その為か周りに気づかれる様子は無い。

 流石は万能の複合アビリティ『上級忍者の証』。

 習得するのは非常に難しかったがその効果は破格であり、この一つに『索敵』『感知』『洞察』『隠密』『体術』等のアビリティが複合されているのだ。

 しかもユニークアビリティと違って制限がない上にデメリットもない。

 ソウルワールドでも壊れアビリティの一つとして名を挙げられるこれは、現実でも大いに役立っている。

 頑張って取ってよかった。

 そう思う僕の前を買い物用のカートを握って歩くのは、本日より専任の護衛となった真奈だ。

 彼女の後ろをついていきながら、僕は先程の会話を思い出す。

 何でも生活の為の資金は父さんから事前に貰っているため、支払いの問題はないらしい。

 そして買い物をする前に、彼女は僕にいくつか質問をしてきた。

 一つ目は、高級食材のセレブな食事。

 二つ目は、一般家庭の普通の食事。

 三つ目は、和食、中華、洋食のどれが好きか。

 それらを聞かれた僕は、彼女に常に普通の食事で今日は退院したばかりだから軽めの和食が良いかな、と答えたら深く頷いた。

 真奈の頭の中では献立ができているのだろうか、セールされているホウレン草やアジの魚などを吟味してはカゴの中に入れていく。

 その作業は、明らかに日頃から慣れている者の姿だった。

 何故ならば動きに迷いがない。

 日配品コーナーでは、豆腐だけをチョイス。木綿ではなく絹を選択したのは、僕が軽めと言ったからだろうか。

 彼女はお肉のパックをいくつか取ると、僕を見てこう言った。


「今日はアジの塩焼きとほうれん草のお浸しと大根と豆腐のお味噌汁、それに十六穀米にしようと思うの」

「うん、良いんじゃないかな」

「お野菜とお肉が安いから、明日はシチューにしようかと思うの」

「シチュー好きだから大歓迎だよ」


 実に堅実で普通な献立だ。

 反対する要素なんて全くない。

 僕が頷くと、次に彼女はパンコーナーで立ち止まった。


「姫様は、朝ごはんはお米とパンどっちが好き?」

「うーん、パンかな」

「わたしと一緒なの」

「パンお手軽で良いよね」

「姫様は作業効率重視なの……?」


 そう言って真奈が手にしたのは、僕が普段から口にしている税抜98円の6枚入りの食パン。

 僕が普段はその食パン一枚とコップ一杯の牛乳で朝食を済ませる事を口にすると、何か地雷でも踏んでしまったのか彼女から物凄い形相で睨まれた。


「姫様、今後朝昼晩の食事はわたしが作るから、だらしない生活は許さないの」

「あ、はい」


 強い圧を掛けられ、思わず頷いてしまう。

 真奈ってこういう子だっけ?

 後ろをついていきながら、首を傾げる僕。

 ソウルワールド内で一緒にいる時は、彼女は口数が少なく大人しいイメージだった。

 現実だと見た目によらず強気で、向こうからグイグイ来るタイプみたいだ。

 そんな真奈の意外な一面を見れて、僕は少し嬉しいと思う。

 それから2人で店内をいくらか見て回ると、気がつけば2つのカゴに一杯の食料品が山積みとなっていた。

 会計を済ませると、金額は余裕で2万円を越える。

 それを真奈は僕の父親から貰った真っ黒なカードで支払いを済ませると、2人でエコバッグに詰め込み店を出た。

 それなりに大量買いをしたので、エコバッグは4つになった。今の僕と真奈が2人だけで持つには中々の量だ。

 しかし手に持ってみると、意外な事に重さを感じない。

 その理由は、これが真奈お手製の重量軽減、内部の物質保持のニ種類の効果を持つ特殊な布で作ったエコバッグだからとの事。

 ベースは耐久性と伸縮性に優れた『風船カエルの胃袋』に、重量軽減の効果を持つ『ユニコーンの蹄の粉末』それと浄めの効果を持つ『ユニコーンの角の粉末』を錬金術で一つに纏めた代物。

 ちなみに真奈いわく、ユニコーンの素材は希少な上に高価で市場には中々出回らないらしい。


「そんな貴重な物を普通エコバッグにする?」


 僕の素朴な疑問に、隣を歩く彼女はいつものマイペースな返答をした。


「面白そうだったから、やってみたの……」

「真奈らしい発想だね。多分これの素材聞いたら周りの人達気絶するんじゃないかな」

「この4つの袋だけで、今日の買い物金額の2000倍はするの」

「に、にせんばい……」


 さらっと言われたとんでもない金額に、僕は額にびっしり汗を浮かべる。

 2万円の2000倍。つまり錬金術士殿、この袋一つで1000万するということですね?

 中身の重量よりも、使用している袋の価値の重さに何だか両腕が震えてきた。

 そんな僕の心情を知らない真奈は、世界七剣の噴水の前で不意に立ち止まると僕に言った。


「姫様、ちょっと休憩するの」


 流石に歩き疲れたのか、そんな提案をしてくる。

 彼女のエコバッグのおかげで中の生鮮食品が劣化する事はないので、休憩するのは全然構わない。

 ここら辺で休憩をするのならば、前に優達3人と訪れたオープンカフェだろうか。

 そう思っていると、彼女は「わたしのオススメのあそこにするの」と言って目立たない位置にひっそりとある小さな喫茶店を指差した。

 はて、あんなところに喫茶店なんてあっただろうか。

 真っ直ぐに喫茶店に向かう真奈を追いかけて、僕はその店の中に入るのであった。





◆  ◆  ◆





「うむ、今日は豊作だったのじゃ」


 伊集院アリスは満足そうに、背負ったバッグにダンジョン制覇のドロップ品を詰め込んで街を歩いていた。

 本当は蒼の家に遊びに行きたかったのだが、彼女から強い口調で今日は1人にして欲しいと言われ、暇になった彼女は午後16時まで優と龍二を誘って外のダンジョンを攻略していた。

 と言っても流石に『大怨鬼』程の強いモンスターは『巣』を攻めない限りは滅多に出会うことはない。

 相手にしたのは殆どレベル40から50の油断はできないが、そこまで強くない中級程度のモンスター達だった。

 しかもそれに対して自分は大怨鬼討伐で得た莫大な経験値で1上がってレベル69の魔法使いに、龍二はレベルは上がらなかったものの、そもそもがレベル70の剣士だ。

 いざというときの優の空間魔法も合わさり、危なげなく自分達はダンジョンを2つ程攻略する事ができた。

 その際に優もレベルが上がったらしい。

 大怨鬼の時に1上がり、今回のダンジョン攻略で1上がってトータルで60になった。

 なんか異常な上がり方をしているような気がするが、それだけ大怨鬼から得られた経験値が大きかったのだろう。

 喜んだ彼女は蒼様に相談して何らかのアビリティを取得するつもりみたいだが、果たして何を取るのか。


 まぁ、蒼様に任せれば間違いはないじゃろう。


 そう思ったアリスは、取りあえず一旦休憩する為にお気に入りの喫茶店に向かうことにした。

 そこはソウルワールドがまだゲームとして存在していた頃に、突如できた喫茶店。

 店の謎めいた少年の雰囲気もとても良く、珈琲もパンケーキも絶品なあの店は暇さえあれば通っている。

 ただその際にケルスと良く出会うので、喧嘩をしては追い出される事も度々ある。

 『万能の賢者』ケルス。

 錬金術だけでなく召喚術もハイレベルで扱うソウルワールド最強のサポーターの1人。

 彼女は、認めたくないが凄く強い。

 特に錬金術と召喚術の複合技はやっかいであり、他を巻き込むために洞窟などでは使えないアリスのユニークアビリティ『複合魔法』に匹敵する。

 そんなケルスと自分のソウルワールド内での決闘は、664戦中332勝332敗と今のところ互角。

 実力が拮抗しているので勝っては負けてを繰り返している。そんな感じである。


 ……って、なんで妾はあの憎き小娘の事を思い出しておるのじゃ?


 喫茶店に向かいながら、ケルスの事を考える自分に対してアリスはため息を吐く。

 前に一度だけ蒼様から聞かれたことがある。

 2人はいつから仲悪いの、と。

 それは、最初からだ。

 初めて会ったのは、蒼様とベータテストの時にレベル20の大蜘蛛『アラクネ』を討伐しに行こうと誘われた時だ。

 彼女も自分と同じく初心者だったらしく、蒼様が甲斐甲斐しく世話を焼く姿を見て一目で理解した。


 ──コイツとは相容れない、と。


 理由なんてそれだけで十分だ。

 ケルスも同じ事を思ったらしく、それ以降は蒼様の前以外では出会ったら喧嘩ばかりするようになった。

 一番酷かったのは一部の森林を荒野に変えた戦いか。

 アレのせいで、他のプレイヤー達からも警戒されるようになってしまった。

 初心者掲示板に妾達が2人でいるところを見たら、全力で逃げろは酷くないだろうか?

 確かに採取の依頼とか討伐クエストをしていたプレイヤー達の邪魔をしてしまったが、それはついついヒートアップしてお互いに奥義を使ってしまっただけで別に悪気があったわけではない。

 ちゃんとその時いたプレイヤーに謝罪したら許してくれたし、運営からもお咎めはなかった。


「はぁ、本当にあやつに関わるとろくなことがないのじゃ」


 深いため息を吐く。

 ケルスの事を思い出してしまって憂鬱な気分だ。

 オマケに最近は変な夢を見る。

 仲間が全員やられて、自分も最後には殺される。

 しかもその犯人は敬愛する白の少女──壱之蒼なのだから実に笑えない。

 こんな時は甘い珈琲に甘いパンケーキでリフレッシュしよう。

 アリスはそう思うと、お気に入りの喫茶店に入った。

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