第23話「錬金術士で召喚術士」
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目が覚めた日から念の為に6日間入院した壱之蒼は、晴れて本日退院して久しぶりに自宅に帰ることにした。
「ただいまー」
そう言って僕は扉を開けて入る。
9月1日に家を出てから、実に17日ぶりに帰ってきた懐かしき我が家。
両親と妹は未だに海外にいるので「おかえりなさい」と言ってくれる人はいない。
その事に少しばかり寂しさを感じながら、僕は入った瞬間に恒例となった忍者アビリティを発動。
不審な人物の反応はなし。
怪しい何かが仕掛けられている様子もなし。
家の中と周囲には一切の変化は見受けられない。僕が出ていったあの時のままだ。
安全だと確認できると僕はリビングのソファーに腰をかけ、そのままテーブルに突っ伏した。
なんで自分の家なのにこんなにも警戒しないといけないのか。
我ながら悲しくなる。
まぁ、こんな姿だからね。仕方ないね。
自分にそう言い聞かせると、テーブルの上に置かれている妹と母親が使っていた手鏡に視線を向ける。
そこには、我ながら惚れ惚れする白く長い髪が特徴的な美少女がいた。
金色のつぶらな瞳。小さく精巧な人形のような顔立ち。さくらんぼの様な赤く小さな唇。どこのパーツを見ても、美しいとしか言いようがない。
信じられない話だが、本当の自分は黒髪の短髪でごく普通の顔立ちをした男子高校生なのだ。
けしてこのような誰もが振り向くような美しい少女ではない。
しかし、それを知っている者は殆どいない。
親友であり戦友である4人以外を除いて、クラスメート達も教師達も皆が僕を女だと認識している。
しかも世界的ご令嬢とか、一体何の冗談なのだろうか。
「はぁ……憂鬱だ」
皆の前では心配させないためになるべく気丈に振る舞っていたが、こうやって誰も見てない場では素の自分を出せる。
ハッキリ言うと、今後不安しかない。
病院で一応検査とかしてもらったが、その全ての結果が自分を男子ではなく女子であると確定させた。
ちゃんと性行為もできるし妊娠もできるし子供も作れるとの事。
はっきり言って、知りたくなかった事実だ。
果たしてこの性転換は、戻れるようなものなのだろうか。
そもそも性転換という現象が存在しないらしく、女医さんも僕の話を聞いて「ご冗談が上手いのですね」と苦笑していた。
「冗談じゃないんだけどねぇ……」
小さく呟き、ため息を吐く。
戻れなかったらどうしようか。
もしかして、誰かに嫁ぐことになったりするのだろうか。
今は世界的名家という立場もあるのだ。
結婚しないなんて我が儘が、果たしてできるのか。
嫌だな……。
過保護な父さんがなんとかしてくれないだろうか。
そんな事を考えながら近くにあったクッションを抱きしめると、不意にチャイムが鳴り響く。
はて、誰だろうか。
4人には今日は1人にさせてほしいと念押しをしてきたので、彼等の可能性は限りなく低い。
そして通販で買い物なんて基本的にはしないので、宅配の人の可能性も低い。
ということは、知らない人か。
念の為にアビリティを発動してみると、扉の前に1人だけ反応があるのを感知する。
背丈は160センチくらい。体格からしてかなり細い。少女か少年のどちらかだ。
知人だと優くらいしか当てはまらない。
さては心配して、様子を見に来たのだろうか。
僕はやれやれ、と思いながら立ち上がると玄関に行き、扉を開いた。
そして「優、心配してくれるのは有り難いんだけど……」と言いかけて、目の前にいる人物の姿に言葉をつまらせた。
「姫様……お久しぶりなの」
桃色の髪の目が覚めるような美少女が、目の前にいた。
着ている制服は神威高等学校のワンピース型のセーラー服。
黒いフードのコートをその上に羽織っており、僕と目が合うと彼女は恥ずかしそうにフードを目深まで被った。
「君は……ケルス?」
その言葉に、彼女は小さく頷く。
『万能の賢者』ケルス。
錬金術士としてソウルワールドでその名を知らない者はいない有名人。
合成、分解、変換、変質を極めた錬金術士で、一般的な錬金術士と違い彼女は道具無しでの術の行使ができる。
更にサブ職業には召喚術士をセットしており、身に危険が迫ると自動で迎撃する『上位精霊』をその身に宿らせているのだ。
そして彼女は『七色の頂剣』の1人でもあり、かつて共に魔王ディザスターと戦った戦友でもある。
ケルスは僕に名前を覚えてもらえていた事が嬉しかったのか、花のような笑顔を浮かべた。
「リアルでは、はじめまして。わたしは葉月真奈、今日から壱之呉羽様の命で、姫様の護衛としてこの家に住ませて頂くことになりました……なの」
「うん……うん?」
今なんと言ったこの小娘。
聞き間違いではないのなら、確かに「父さんの命で今日から護衛として来た」と言った。
一体どういうことなのだろうか。
僕が困惑していると、真奈はポケットから一枚のカードを取り出して見せてくる。
するとそこには、
護衛許可証、対象『壱之蒼』。
護衛者、葉月真奈。
という文字が確かに刻まれていた。
なるほど、わからん。
証拠品を見せられても、いまいちピンとこない。というよりは、理解したくないというのが正解か。
未だに困惑から復帰できないでいると、真奈は僕の横をすり抜けて「今日からよろしくなの」と言って家の中に上がる。
仕方なく僕は扉を閉めると、彼女の後を追ってリビングに向かう。
すると彼女は周囲を見回して、ダイニングテーブルの上を人差し指で触れる。
少量の埃が溜まっているのを確認すると、少女は不意に右手を天にかざして「お掃除スライムさん来てなの」と呟いた。
「ちょ、君家の中で召喚術は──」
止めようとするが彼女はそれを無視して身体の底から魔力を練り上げ、五芒星の魔法陣を展開。
ボンッと音と共に、1メートルくらいの大きさの水色のスライムが召喚される。
するとスライムは真奈の命令に従い分裂して、部屋の埃を食べ始めた。
「すぐに終わるの……」
「うわぁ、これはすごい」
あっという間に、僕の目の前で家の中がピカピカになっていく。
このスライム恐ろしい事に埃を食べながら通った所を洗浄まで行っているらしい。
一家に一匹は欲しい召喚獣だ。
僕が感動して見ていると、スライムが家の隅々まで掃除を終えたのか戻ってくる。
そして真奈は結合して一匹に戻ったスライムに、ポケットから何か瓶みたいなのを取り出すと中身をスライムに注いだ。
一体なにをしているのだろうか。
聞いてみると、真奈はこう言った。
「ご褒美にわたしが作ったポーションをあげてるの……」
「あー、そういえばケルスは召喚獣に錬金術で作ったご飯をあげてるんだっけ」
「そうなの。覚えててくれて嬉しいの……」
可愛らしく微笑む少女。
彼女は役目を終えたスライムを還すと、此方を真っ直ぐに見つめてきた。
「姫様、今日からはケルスじゃなく真奈と呼んでほしいの」
「えっと……真奈、これで良いのかな?」
名前を口にすると、真奈は嬉しそうに頷く。
できれば僕も姫様ではなく蒼と呼んで欲しいと頼むと、彼女は首を横に振った。
「姫様はわたしのご主人様なの。気安く名前で呼んではいけないの」
「そっか、それなら仕方ないね。でもなんで僕の護衛に?」
尋ねると、真奈は素直に答えた。
何でもこの前の大怨鬼の討伐で、10日間も眠った僕を父さんが心配して護衛を1人付ける事にしたらしい。
そしていくつかのレベルの高い候補者の女性の中から、彼女が選ばれた。
本来ならば父親である自分が側にいてやりたかったのだが、世界の守護者としての責務があるから断腸の思いで諦めたとの事。
全てを聞いた僕は、一応彼女に聞いてみた。
「護衛って、常に側にいるってことなのかな」
「そうなの。だからお風呂も寝るときも一緒なの。その為に学校も転校してきたの」
「て、転校!?」
とんでもない行動力だ。
前の学校で交流とかあっただろうに、そこら辺とか大丈夫なのだろうか。
僕がそう質問をすると、彼女は何やら「ふふーん」と得意そうな顔をした。
「友達はいなかったから問題ないの」
「おお、君もか……」
最近見た可哀想な青髪の子、伊集院アリスを思い出して、僕は何とも言えない顔をする。
ちなみにアリスと真奈はすごく仲が悪い。
僕の前ではそんな姿は見せないのだが、周りの人達から「姫様が不在の2人は爆弾です」と言われる程だ。
2人とも良い子だと思うんだけどなぁ。
そんな事を考えていると、真奈は台所に向かう。
そして調味料の確認をして、それから冷蔵庫を開ける。そこに入っていた食材は、17日も留守にしていた為に中身がほとんど賞味期限が切れた物ばかりとなっていた。
その光景に「ふむ……」と真奈は真剣な顔で頷き、とりあえずスライムを召喚。
ダメになった廃棄物を全て容器ごと食べさせると、僕の方を向いた。
「姫様、食材が全くないから今から買い出しに行こうなの……」
「う、うん、そうだね」
やだ、この子できる目をしてる。
僕はそう思うと、急ぎ外出の準備をした。
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