第21話「激戦の果てに」
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紅蘭が倒され、今目の前で蒼までもが倒れてしまった。
壁に叩き付けられた後、蒼は倒れたままで動く気配はない。死んではいないと思うが、少なくとも気を失っている。
しかも戦いはまだ終わっていない。
その元凶は健在であり、自分の仲間である2人の魔法使いを殺すために大太刀を振り下ろそうとしている。
親友である壱之蒼が、2人の盾になることで僅かに稼いだ十数秒間の猶予。
それを無駄にしない為にも、先程から全力で駆けている龍二は、自身のアビリティ『聖騎士の誓い』を発動させた。
『聖騎士の誓い』
守護する事を設定した対象がフィールドにいる時のみ発動可能。
2分間全能力向上。守る者が危機に陥っている場合、一度だけ『守護騎士の俊足』を使用可能。
2人との距離は20メートル近くある。
このままでは間に合わない。
龍二は、迷わず『騎士の俊足』を発動。
ぐぅ……ッ!?
急加速に全身が悲鳴を上げる。
後10メートル。
優が空間転移の魔法を発動させようとしているが、それよりも敵が太刀を振り下ろすのが速い。
駆ける騎士は、上段から下段に振り下ろされた敵の大太刀を見ると、更に自分の装備しているティターンの大剣を解除した。
超重量の剣が無くなることで、走る龍二の速度は更に加速する。
──間に、合えぇぇ!!
咆哮する龍二。
紅蘭の神速の領域に匹敵する加速を得た彼は、そのまま10メートルを一気に0に。
迫る大太刀を見て恐怖で固まってしまった優とアリスに向かって頭から跳ぶと、両手で2人を全力で突き飛ばす。
彼女達は横からの強い衝撃を受けて、太刀の間合いから逃れる。
その直後の出来事だった。少女達を助けた彼の無防備な胴体を、鎧ごと大太刀が深く切り裂いた。
「ぐ、ごふ……っ」
突き飛ばした2人と同様に地面を転がる龍二。
胴体から噴き出す鮮血のエフェクト。
自身の耐久値が、8割ほど削られたのがはっきりと知覚できる。
これが、痛覚遮断されていないリアルのダメージ。
この状態で常にソウルワールドをプレイしていた親友は真正のドMなのか?
ふざけんな、死ぬほど痛いわ。
あっさり気を失った親友に毒づきながら、龍二は慣れない激痛に意識を手放しそうになる。
しかし、敵はまだ生きている。
優とアリスの危機は終わっていない。
紅蘭と蒼が倒れてしまった今、自分がこのパーティの最後の砦なのだ。
歯を食いしばり『聖騎士の誓い』の補助も貰い何とか意識を支える。
超加速のせいで身体中痛いが、まだ何とか動けそうだ。
倒れていた身体を起き上がらせる。胴体から血が出て命の源が徐々に減るのを見て、アリスから一本だけ貰った回復薬をかける事で治療。
回復薬の効果は、残り2割ほどだったのを4割まで回復してくれた。
これなら、まだいける。
龍二は大剣を召喚して満身創痍の大怨鬼と相対した。
「……は、一騎打ちだな」
血を吐き出し、口元を拭う龍二。
それに応え、失った片足を黒炎で代用した大怨鬼が両の足を踏みしめて、再び太刀を構える。
龍二と鬼。
睨み合う両者。
動いたのは、全く同時の事だった。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
一撃、二撃、三撃。
大剣と太刀が右に左に上に空を切り裂き、ぶつかっては離れて、再び相手を両断せんと振るわれる。
お互いに満身創痍だが、技量と力共に互角。
このままではアビリティの効果時間が切れてしまうと判断した龍二は、一気に決着をつけるべく大剣を右肩に担いだ。
放つは、今の己が扱える最強の一撃。
「いくぞ!」
その名は──極限聖剣技〈騎士王の一撃〉
地面を蹴って宙を舞い、金色に光り輝くティターンの大剣を上段から振り下ろす龍二。
それに合わせて、龍二を迎撃するために黒炎を纏った大太刀を下段から上段に切り上げる大怨鬼。
両者の渾身の一撃が、ぶつかる。
悪を祓う金色の光と、怨念の黒い炎。
異なる性質を持つ二つの力は、周囲に衝撃波を撒き散らしながらも拮抗する。
だが、それは一瞬の事だった。
龍二が咆哮すると、大太刀を弾き返す。
そして地面に着地すると、極限剣技を維持したまま再度飛翔。
右下から、左上に大剣を振り抜いて大怨鬼の巨体を切り裂いた。
──勝った。
誰もがそう思った時だった。
ライフが削りきられたのにも関わらず、敵は倒れなかった。
鮮血の代わりに黒い炎を傷口から吹き出して、龍二に大剣を横から振るう。
嘘だろ。
余りにも予想外の展開に硬直してしまうが、ソレを辛うじて大剣で防御。
すると不意に龍二は『聖騎士の誓い』の効果が切れて、強化されていたステータスが低下。大剣を握る手から力が抜けてしまう。
このタイミングで恐れていた事が起きてしまった。
不味い。
そう思った瞬間の事。
大怨鬼の膂力に負けて、拮抗していた剣が徐々に押し返されてしまう。
怪物は雄叫びを上げる。
ステータスで劣る龍二は抗うことができず、そのまま遠く離れた壁まで切り飛ばされた。
「ぐぅ……ッ」
叩き付けられた衝撃で、命の源が残りニ割まで低下。
地面に崩れ落ちた龍二は、意識を失うことはなかったが、その場から動けなくなる。
不味い、これは不味い!
急いで起き上がろうとするが、身体に力が入らない。
どうやら壁に叩き付けられた影響で、一時的なスタン状態に陥っているらしい。
よりによって、こんな時に。
龍二は悪態をつく。
視線の先では、大怨鬼が優達に迫ろうとしている。
敵のライフは0。
普通ならば消滅しているはずだが、リアル化した影響なのか削りきったからと言って倒せるものではないらしい。
余りにもイレギュラーすぎて、伊集院アリスは硬直してしまっている。
そして空間転移で逃げようにも、優が完全に恐怖状態になっていた。
恐怖に陥った魔法使いは一時的に魔法が使えなくなる。
つまり今の優は完全に何もできない状態だ。
「動け、頼む動いてくれ俺の身体!!」
叫ぶ龍二。
絶体絶命の大ピンチ。
そんな状況の中で、唯一立ち上がる者が1人だけいた。
……あれは。
先程叩き付けられて気を失った白髪の少女が、起き上がっている。
そしてその身体からは、誰もが無視をできない純白の輝きを放っていた。
あの輝きは、魔王ディザスター戦で魔王のライフを削りきった者だけが獲得できる、世界に一つしかないアビリティ。
『魔王を退けし英雄』
発動中はフィールド内の全てのモンスターのターゲットになる代わりに、自身の全ステータスを+30するという代物。
白の少女の輝きに魅入られて、大怨鬼はアリスと優と同じように視線を外しそちらを注目する。
相対する白姫と黒炎の鬼。
本当の最終決戦が、始まった。
◆ ◆ ◆
魔法剣士は器用貧乏だ。
ステータスは均等で尖ったものがなく、魔法も剣技もその職業の廃人プレイヤーが極めたものには遠く及ばない。
強いて利点を挙げるのならば、それは自分だけじゃなく他人にも付与魔法を使える事だろうか。
しかし優れた魔法使いが一人いれば、相性に合わせて付与するなんて手間の掛かる事をする必要はない。
また強い剣士ならば、付与魔法なんてものに頼らなくても上級の専用の剣技で十二分に対処できる。
故にソウルワールド内において魔法剣士の評価は、弱いわけではないが習得するのに時間が掛かる微妙な職業ということになっている。
現に僕は、そう強い部類ではない。
確かに魔王は倒したが、それは他の6人が残り10%まで削り、大技から皆が僕を守ってくれたからだ。
アレが無ければ、僕と魔王の最後の1対1の戦いは無かっただろう。
はっきり言って、見ていた人達からすると姫プレイで皆を盾にしてラストアタックボーナスを泥棒したようなものだ。
当然その光景を見ていた人達は、この英雄のアビリティに僕は相応しくない、そう思うだろう。
このゲームには、報酬で習得したアビリティを返上するシステムがある。
皆に申し訳なくて『魔王を退けし英雄』を返上しようとしたら、何故か他の6人から止められ、珍しく正座させられた事を僕は思い出す。
『ボク達は、貴女だからこそ集ったのですよ』
と紅蓮の少年、紅蘭は言った。
『妾達の英雄はソラ様じゃ。胸を張ってほしいのじゃ』
と青髪の少女、アリスは言った。
『例え他の者が貴女を蔑もうとも、私達は貴女を誇りに思います』
と緑髪の青年、ガルディアンは言った。
『……姫様以外には、似合わないと思うの』
と桃色の髪の少女、ケルスは言った。
『拙者達は貴女がいなければ魔王の玉座まで至れなかっただろう。ソレは拙者達からの貴女へのプレゼントだと思ってほしい』
と金髪の青年、ムサシは言った。
『バーカ、考え過ぎなんだよおまえは。貰える物は貰っとけ』
と龍二は言って皆から「姫にバカとはなんだ無礼者」と口論になった。
このアビリティは、七色の頂剣と僕を繋ぐ絆だ。
だから僕は、普段はこのアビリティを封印している。
みだりに使わないように。
僕達の絆を安く見られないように。
「ふふ、懐かしい夢を見たな……」
どれくらい気を失っていたのだろうか。
ぼんやりする頭を起こし、周囲を見回してみる。
敵のライフは、0になっているにも関わらず消滅していない。
前衛の紅蘭と龍二はダウン。
アリスは様子がおかしい、いつもの自信満々な雰囲気は消え去り固まってしまっている。
一方で、優は恐怖状態で無力化か。
なるほど、現状を把握。
この場は、極めて危険な事態に差し掛かろうとしているらしい。
皆を守るにはどうしたら良いのか。
考えるまでもない。
やることは一つに決まっている。
今の自分に出来る事は、敵の注意を集め、これを打ち倒すことのみ。
蒼はゆっくり身体を起こすと、近くに落ちていたレーヴァテインを手に立ち上がる
そして、アビリティを発動した。
身体から湧き上がるは、純白の輝き。
それは6人の親友から貰った英雄に至る為の力。
大怨鬼は蒼のアビリティに視線を強制的に向けられ、その白の輝きに見惚れる。
ライフが0でも消えないのならば、残された手段は一つ。
魔法剣技の極限を以て跡形もなく消し飛ばす。
いざという時の為に温存していた自身の魔力を、ここで全開放。
火、水、土、風、雷、光、闇の7つの上級魔法を一度に展開。
右手に持つレーヴァテインを目の前に水平に構えると、下地として耐久強化を付与。
そこから7つの属性を打ち消し合わないように、神経を尖らせて付与していく。
こんな面倒な事をしなければ、魔法剣士は自身の最強の技を使えないのだ。
我ながら、笑えるくらいに手間が掛かる。
しかし、
「極限付与魔法〈神威〉」
完成した魔法剣は、極限魔法すら切り裂くソウルワールド最強の一つだ。
蒼は真っ白に輝くレーヴァテインを構えると、大怨鬼に向かって駆け出した。
「はぁぁぁぁぁ!」
僕に向かって真っ直ぐに振り下ろされる黒炎を纏った大太刀。
それに真っ向から切り結ぶと、黒炎ごと大太刀を半ばから両断。
白騎士の装備に付与した風魔法で空高く跳躍すると、太刀を手放し両手で掴もうとする敵の両腕を切り裂く。
蒼の猛攻は止まらない。
堪らず後ろに跳躍して退避した敵に追いすがると、回転して両足を切り飛ばす。
両腕両足を失った敵は、黒炎でそれを代用しようとするが、それを許す時間は与えない。
おまえは、ここで滅ぼす。
純白の光を更に強くさせると、蒼の背中から光の翼が生まれる。
それは『神の祝福を授かりし天使』。
意図せずアビリティが発動した蒼は、上昇したステータスで逃げようとする大怨鬼との距離を縮めると。
息を吸い、レーヴァテインを持つ手に力を込める。
「──極限魔法剣技『流星斬』ッ!」
下から、上に放つ斬撃。
剣に束ねた極限魔法が純白の光と共に解き放たれ、刃の先にあった全てを切り裂き、蒸発させる。
死にたくない。
そんな思いを抱き、大怨鬼は黒炎を噴出させて何とか生き残ろうとする。
しかし、全てを白に染め上げる光に慈悲はない。
もがきながらも虚しく光に呑まれると、大怨鬼はその恨みごと跡形もなく消滅した。
……終わった。
力を出し尽くした白の少女は脱力すると、使用した力の反動で再び意識を失うのであった。
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