第2話「白髪の少女」
自給自足したくなった結果捗りましたので更新です
真っ暗な空。
真っ暗な地面。
どこを見ても真っ暗な世界で、蒼は自分と向かい合っている。
またこの夢か、と僕は呟き、目の前に立っている現実世界の姿の自分を観察する。
短い黒髪にこれといって特徴のない顔立ち。身長も平均的でどこを見ても普通としか言えない。
なんど見ても、普通の高校生だ。
頷きながら、次に僕は自分の姿を見る。
すべてが平均的な少年の自分に対して、今の僕の身体は実に小さい。
150センチ前後の身長。長い光り輝く白髪。つぶらな金色の瞳。人形のように整った顔立ちは、どこからどう見ても美少女。
この2ヶ月間で数多のプレイヤー達を振り向かせ、数え切れないほどの告白をされたこのキャラは正に僕にとって会心の出来と言えるだろう。
なんで男なのに女子のキャラを使っているのか?
まぁ、ネットの中でカッコいいキャラを使いたい人もいれば、可愛いキャラを使いたい気分もある。
女性になりたいというわけではなく、自分のそれは単純に後者の考えである。
一言で済ますのならば、趣味だ。
とは言え、やはりゲームのやり過ぎなのだろうか。
僕がソウルワールドで使用している少女になっていて、目の前にいる現実世界の自分と顔合わせをしている。
実に珍妙な光景である。
しかし、これは近頃よく見る夢なのだ。
最初は見合っているが、その内に現実世界側の僕は決まって最後には相棒の片手直剣レーヴァテインを持ち此方に向かってくる。
そして待っていると案の定、今回も僕に突進して来る。
速度は本気の自分よりも格段に速い。
残像を残して迫る少年の自分に、僕は少しばかり驚く。
でも愚直な突進なんて、いくら速度があろうとも相手にはならない。
僕は相手の動きを冷静に見て、タイミングを計り寸前のところで斬撃をしゃがんで右に横ステップで回避。
そのまま身体を突進してくる自分の真横に張り付くと、その足を小さな少女の足で軽く払ってやる。
するとバランスを崩した自分はあっさりと地面に転がった。
速度があったので、何度も地面をバウンドして、しばらく転がるとようやく止まる。
一体何なんだろうか。
僕は思う。
いつもはスキルを使ってきたり白熱の戦いを繰り広げてるのに、今回の自分は一体何がしたいのだろうか。
怪訝な顔をして視線を向けると、目の前にいる自分はどこか申し訳なさそうに言った。
「すまない、ヤツをもう抑えられない」
は?
どういう事だ。
尋ねようとすると、自分は深い闇を映したような地面に吸い込まれて消えていった。
今のは一体。
言いようのない不気味な感覚に背筋が冷たくなる感覚を覚える。
ヤツを、抑えられない……?
言葉の意味がまるでわからない。
そもそも夢に意味を求めるのもおかしいと思うタイプなのだが、あえて考えるのならば、やはり龍二に負けたことが悔しかったのだろうか。
だとしてもあのセンスのない突進はない。あんなのソウルワールド基準で考えるのならば初心者以下じゃないか。
はぁ、とため息を吐く。
考えても意味のない事かも知れない。やはり疲れているのだろうか。
そう思った直後の事だった。
──ヤット、ミツケタ
耳元で甘く囁くような声が身体をその場に縫い付ける。
……やばい。
冷や汗が止まらない。
夢だというのに汗が吹き出る。
背後にいる何かに心臓を掴まれているような感覚。
何とか逃げ出そうとするが、指先一つ動かせない。
そんな自分の本能が叫ぶ。
見てはいけない。
コレは見てはいけないと。
恐怖に震える自分。
だが僕はソウルワールドで魔王を倒した『七色の頂剣』の一人なのだ。
強敵を前に恐れは抱いても、逃げだすことは許されない。
意を決すると、僕は恐る恐る振り返る。
するとそこには、
「ふぎゃ!」
不意に訪れた、脳を揺さぶる衝撃。
それと同時にガシャンと何か硬い物にぶつかる音で蒼は目覚めた。
ぼーっとした目でゆっくりと重たい頭を持ち上げる。
目の前に広がっているのは天井ではない。光一つ差し込まない真っ暗な闇だ。
まだ夢の中なのかな。
そう思ったが、よく身体に馴染んだ椅子の感覚を背中とお尻に感じる。恐らくこれは自分が小遣いを貯めて購入したゲーミングチェアだ。
ということは今座っているのはパソコンの前である。
夢、だったのか……?
未だに拭うことのできない不快感。それと心臓を鷲掴みにするような感覚を思い出し、思わず右の二の腕を擦る。
正直なところ怖かった。
この年齢になってもやはりホラーは苦手だ。
たとえお化け屋敷でも、慣れることは永久にないだろう。
そうやって心の区切りを無理やりつけた僕は、次に周囲の状況を確認する。
視界は真っ暗。唯一の光源は先程は目に入らなかったが、ディスプレイの右下に小さく午前7時と表示されているのみ。
それだけで完全に理解した。
これは過去に何度も経験した、この2ヶ月間ですっかり全世界でVRゲーム3大あるあると化した寝落ちという現象だ。
被っているVRが余りにも頑丈なため、ヘルメットをした頭が倒れた先には破壊あるのみ。
その被害者はゲームソフトを始めにキーボードやコップなど多種多様。
特にキーボードの被害が多く、一部のプレイヤーからは、ヘルメットキーボードクラッシャーという名前で呼ばれているそうな。
「いやー、久しぶりにプレイ中に寝落ちしたな」
軽く伸びをしてヘルメットを半分ほど脱ぎ、ポケットから携帯電話を取り出した。
そして操作して、今自分のアバターがどこにいるのか、公式ホームページにIDを入力して確認をする。
すると、表示させるのはメンテナンス中というお知らせだけ。
そういえば前に、夏休みが終わったら大規模メンテナンスをするというのを見た気がする。
ということは、自分のログインが解除されたのはメンテナンスか寝落ち対策のシステムのどちらかという事になる。
ちなみに寝落ち対策システムとは、一定時間プレイヤーの活動がなかった場合に確認の画面が表示されるのだが、それを更に一定時間放置していると強制的にゲームからログアウトさせられてしまうシステムの事だ。
まぁ、寝落ちしたからといってペナルティ等はなにもない。
しかしモンスターが周りにいたらリンチにされるので、ソコだけは気をつけないといけない。
ふぅ、と蒼は自分に対して呆れて溜息を吐く。
結局だ。あの夕食のあと負けたことが悔しくて僕は宿題も投げ出し、VRゲームに没頭してた挙げ句にそのまま眠った事になる。
あの情けない自分も心の弱さが見せたものかも知れない。
自嘲気味に僕は笑うと、
「あー、ヘルメットギア重いから着けて寝るとしんどいんだよな。首いてー、これ寝違えちゃったかな」
いつもより頭が重い気がする上に、頭痛もする。
それと少しでも動かすと首が痛いことに気がついた。
寝落ちの件も含めて、これは優に怒られた後に龍二にバカ笑いされること間違いなしである。
蒼は、いつもより重たく感じるヘルメットギアを完全に外すと、専用の収納ボックスに入れた。
「うーん、なんかおかしいな。てか僕の手こんなに小さかった?」
喉の調子もおかしい。
まるで甘く天使のような声が、先程から自分の口から出ているような気がする。
ヘリウムガスなんて吸った記憶全くないのに。
おかしいなぁ、と思いながらも僕はいつもより視界が良好なことに気がつく。
こう言ってはなんだが、廃人ゲーマーなだけあって自分の視力は良くない。
それなのに今は眼鏡なしで世界が鮮明に見えている。
まさかのVRゲームには視力改善の効果があった?
そんなバカな。
有り得ないと思いながらも、僕は自分に起きている一番の変化に気がついた。
あれ、髪がなんだか急激に伸びてる。
というか自分の髪は真っ黒で、短髪ではなかったか?
こんな透き通るような真っ白な長髪なんて見たこと……。
「──ッ!!」
そこまで考えて、蒼は以前より一回り大きくなったゲーミングチェアから飛び降りて、いらないと親に何度も言った姿鏡に真っ直ぐに飛びついた。
………
………………
……………………は?
ソレを見た僕は、思考が止まる。
だが、現実はそれを許してくれない。
これが自分。
ズキズキと寝違えた首の痛みが、これを夢だと肯定してくれない。
嘘、だろ。
それは最早、言葉にならなかった。
だってこれは、あってはならない事だから。
ここは現実だ。
ファンタジーではない。
魔法なんてない。
モンスターなんていない。
マジックアイテムなんて存在しない。
そしてなにより、ここは──ソウルワールドではない。
「なんで」
壱之蒼を映す鏡。
そこには、ごく普通の男子高校生の姿はない。
「なんで、僕がアバターの姿になってるんだよッ!!?」
絞り出すように吐き出されるのはかつて少年だった者の絶叫。
鏡の前に座り込んだのは、誰がどう見ても白髪金眼の年端も行かない少女の姿であった。
◇ ◇ ◇
時刻は午前7時00分。
常に健康を第一と考えている水無月優の朝は早い。
目覚ましよりも早く起きて、身嗜みを整えて、一階に降りていく。
するとそこには、台所に立つ母親の姿があった。
優は朝からいつもの元気な声で「おはよう、ママ!」と挨拶をする。
すると母親は振り返り、笑顔で「おはよう、優」と返した。
水無月アイラ。イギリス生まれの金髪碧眼の美女。父親の水無月雄一郎とは仕事先で出会ったらしく、今は退職して主婦として頑張っている。
雄一郎は今は外国に単身赴任していないが、だからといって母親は身嗜みを崩したことは一度もない。いつでも旦那様が帰ってきても恥ずかしくないように、綺麗にしている。
私の自慢のママだ。
優はテーブルに着くと、テレビに視線を向ける。そこではニュース速報でスサノオ天皇陛下の外交について語っていた。
スサノオ天皇陛下?
確かソウルワールドの日本ワールドの国王がスサノオだったような……。
とてつもない違和感を覚えた優は、それとなく母親に尋ねた。
「ねぇ、ママ」
「なに、優」
「日本の天皇ってスサノオって名前だったかな?」
「ダメよ優、天皇陛下を呼び捨てなんかにしちゃ不敬よ。それに過激派の信仰者に聞かれたら何されるかわかったものじゃないわよ。それに万が一『王の御剣』に報告されたら、私と貴女だけじゃなく一族全てが皆殺しにされちゃう」
え?
優はソウルワールドを一切プレイしたことのない母親から、自然とそんな言葉が出てきたことに驚いた。
ソウルワールドのスサノオ王が治める国には、穏健派と神に等しい王に対して不敬な輩を絶対に許さない過激派の信仰者がいる。ゲーム内では過激派の暴走を止めるミッションが存在するのだが、難易度は最高ランクのS級に分類される程。
特に母親が口にした側近である『王の御剣』は桁外れに強く、蒼と龍二の三人で3時間もの長期戦の末にようやく倒した覚えがある。
当然だがソウルワールドをプレイしたことのない母親は、この『王の御剣』の事は知らないはずだ。
一体なにが起きているのだ。
優は、カレンダーをちらりと見る。今日は西暦2021年の9月1日だ。けして4月1日のエイプリルフールではない。
まさかソウルワールドが現実になっている?
だって今ニュースでは天皇陛下の話から変わり、空から出没したワイバーンの群れを日本軍の叢雲部隊が迎撃した話になっている。
日本には自衛隊はあるが軍なんて存在しないはず。それに空から架空の生き物であるワイバーンが襲撃してくるなんて、現実で起きるわけがない。
怖い。自分の知っている現実が壊れていく。
あまりの衝撃から優は手にしていた箸を落とした。
母親は何も言わずそれを優しく拾うと、彼女に笑顔で言った。
「でも貴女もレベル58だものね。このままいけば、世界七剣の直属の部隊に入ることも夢じゃないわよ」
「世界七剣……?」
「なに首を傾げてるのよ。世界七剣はこの世界の誰もが知っている魔王ディザスターを退けた英雄の末裔じゃない」
「魔王ディザスター……なんでママがそれを」
魔王ディザスターとは1ヶ月前にソウルワールドで発生した大規模イベントで多くのプレイヤー達を苦しめたラスボスの名前だ。
イベント期間中は魔王の配下の強さが通常の3倍になり、初心者から上級者のプレイヤー達が通常なら勝てるモンスター相手に苦戦を強いられるというクソイベ。
最終的に魔王を倒してイベントを強制的に終わらせる計画が当時のトッププレイヤー達を集めて行われ、最終的に魔王まで生き残った蒼と龍二を含む7人の上位プレイヤー達が10時間もの激闘の末に倒したのは今でも伝説となっている。
ネットの世界では有名な話しだが、ゲームとは無縁のママが知っているはずがない。
困惑する優。
だが母親は、次に衝撃な事を告げた。
「世界七剣といえば、貴女に良くしてくれてる蒼様、来年の2年生から庶民の生活を終えて本家に帰られる事が決まったみたいよ。せっかく仲良くなったのに本当に残念だわ」
「? ごめんなさい、ママが何を言ってるのかわからないんだけど!?」
唐突に意味不明な事を話しだした母親に対して、思わず語気が強くなる。
しかし母親は優が駄々をこねていると思っているのか、苦笑混じりに優しく言った。
「悲しいのはわかるけど、引っ越してきた時に壱之家当主の呉羽様が仰っていたでしょう。壱之家は高校生になると一般家庭の経験をさせるって。壱之家は世界七剣の一柱、若くしてレベル68に至った蒼様は、いずれは当主となって世界の守護者として皆の前に立たれるお方ですもの。元々住む世界が違うのだから、これは仕方のない事なのよ」
『だからわかってちょうだい』と諭すように語る母親。
その顔は、悲しそうであり真剣であった。
だから、母が嘘をついていない事はわかる。
わかるからこそ、優は何も言えなくなる。
……なんだか嫌な予感がする。
例えようのない胸騒ぎが、自分を突き動かす。
蒼は、大丈夫なのだろうか──
私はその場から立ち上がると、朝食に全く手を付けずに鞄を手にすると急いで家から飛び出した。