第19話「鬼のサナギ」
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フロアボスの部屋は大抵の物が広く頑丈にできている。
直径はおよそ500メートル以上。
運動場みたいに何もない広大な場で、周囲を覆っているのは絶対に破壊不可能の壁。
ボスによってはギミック的な物が広場にあったりするが、ここのボスにはそれらしきものは何もない。
つまりは完全に真っ向から実力で倒さなければいけない。中々に面倒な直線的なタイプのボスだという事だ。
玉座のような場所に座す、10メートル程の筋肉質な肉体を持ち、二本の角を生やした鬼の巨人『大怨鬼』を見て、学生の戦闘服から白騎士の衣装に変更した蒼は、右手に紅の片手直剣『レーヴァテイン』を握りしめて5人の中心に立つ。
前衛は龍二と紅蘭、中衛を僕、後衛をアリスと優にしたバランス重視の陣形。
龍二は主に一番危険な敵の視線を集め、攻撃を受ける役割。
紅蘭は圧倒的速度を利用したアタッカー。
僕は指揮を取って彼らの補助と後衛の護衛。
優とアリスは僕の指示で魔法支援をするのが役目だ。
と言っても魔法使いは魔力が無くなると魔法が使えなくなる為、そう大技の連発はできない。アリスが用意してくれた10本の魔力を回復するマジックポーションが、どれだけ消費に対して持ちこたえられるかといった所か。
僕は先程、紅蘭の先見隊が集めた情報を思い出す。
敵の行動パターンは主に中級剣技のみ。
半分程度まで削るのはアリスと優の2人なら余裕でいける。
問題はそこから先、アリスの話だと上級剣技の斬撃を飛ばす技『真空斬』を多用してきたらしい。
油断した紅蘭の先見隊はそれで前衛と指揮官をやられて撤退。
危ないところをアリスが介入して助けた結果、死者は一人もでなかった。
なんでもアリス曰く、装備を『着装』している間はリアルな怪我は一切しないらしく、身体のダメージは全て防護服が肩代わりしてくれるとの事。
故にどんな傷を受けたとしても、服の耐久値が0にならなければ即死はしない。
これは良い情報だった。
着装している間はダメージを肩代わりしてもらえるのだから、多少の無理ができる。
しかし注意点が2つあり、ダメージは肩代わりしても痛みはあるらしい。だからある程度覚悟しないとショック死は普通に起こり得る。
それと耐久値が0になると強制的に着装は解除されて、オマケに一定時間は動けなくなるとの事。
だから耐久値が0にならないように、状況を見ての回復魔法と回復薬の使用は必須。
つまりいくら無敵状態でも、慢心は絶対にダメという事だ。
ちなみに部下を助けられたと知った紅蘭は、素直に「ありがとうございます」と彼女に礼を言った。
蒼は大怨鬼を見据える。
大部屋に入ったというのに、敵は玉座から動く気配はない。
ならば最初は先手必勝、大火力で叩き潰してそのままミンチにする。
──さて、そろそろ始めますか。
深呼吸を一つ。
皆に気をつけるように僕から言ったことは一つだけ、攻撃を食らうと死ぬほど痛いから覚悟するように。
それはリアル感覚で楽しみたいからと、ソウルワールドで常に痛覚遮断を0%でプレイしていた僕からの忠告。
真紅の剣を白塗りの鞘から抜き、天に翳す。
その合図に応えアリスが五割程の魔力を消費して、予め唱えていた最大威力の魔法を解き放った。
「古の支配者たる雷の神よ、黒雲を呼び、地を焼払え、極限雷魔法『天雷』!」
アリスの言葉に呼応して、彼女を中心に巨大な魔法陣が展開する。そこから発生するのは、広大な大部屋の天井を埋め尽くすほどの漆黒の雷雲。
それらは視界を真っ白に染める程の極大の雷を幾つも放つと、アリスの照準に従い玉座から微動だにしない鬼の巨人に降り注いだ。
ガァ──────ッ!!!?
最早悲鳴すら聞こえない。
離れているのに熱量を周囲に感じさせる程の大雷に焼かれ、膝を着く大怨鬼。
そこに更に優が殆どの魔力を消費して、己が持つ最強の魔法を解き放った。
「空間の支配者たる時空の神よ、門を作りて我の前に立ち塞がる大いなる障害を灰燼に帰せ、極限空間魔法『隕石召喚』!」
優の言葉に応え、敵の頭上に魔法陣が展開される。
そこから現れたるは直径30メートルはある巨大な石の塊。大質量のソレは魔法陣によって生成された穴から射出されると、問答無用で鬼の巨体を押しつぶす。
周囲に発生するのは立っているのも困難な衝撃波と地震。
優から事前に知らされていた為、全員転ばないように耐えると、後に残されたのは瓦礫の山と化した玉座だったものと、それに深々と突き刺さる隕石だった。
うわぁ、と僕は戦慄する。
攻撃されなければ動かないタイプのボスとはいえ、中々に悲惨な光景である。
2人の極限魔法の直撃を受けた巨人の命の源が、忍者アビリティで見れる僕の視界でゴリッと半分程消失した。
流石は世界でも到達した者が100人しかいないと言われる『極限魔法』。
その威力は正しく必殺。
特性を看破して指示を出したのは僕だが、少しばかり罪悪感を感じた。
でも、これくらいじゃ倒されてくれないよなぁ。
そう、敵は死んでいない。
必殺の魔法を食らったというのに、未だに健在である。
洞察アビリティで僕が得る情報を共有している龍二と紅蘭が構える。
すると突如、押し潰した状態で止まっていた隕石が真っ二つになった。
「皆、真空斬に気をつけて行くぞ!」
真っ二つになった隕石から、跳躍した大怨鬼が激怒した顔で飛び出してくる。
その手には巨大な太刀。
空中で一回転して刀を振るう姿を見た蒼は、即座に風の魔法を発動。
大魔法を使って動けない優とアリスを守るように前に出ると、それを剣に付与して右から左に横から振り放つ。
放たれた風の刃は、鬼の巨人が作り出した二つの真空斬と衝突して対消滅した。
「アリス、優、次の詠唱は?」
「極限魔法の再詠唱は10分じゃ!」
「こっちも同じ!」
「良し、今の内にマジックポーションを飲んで魔力を回復しておいて、2人は僕が守るから。龍二と紅蘭はなるべく敵の攻撃を集めるように動いてくれ」
「「了解」」
と言っても流石にライフを半分持っていかれたのだ。敵の視線が優とアリスから離れることは中々ないだろう。
「でも、逆に言えばボクと剛剣はフリーになるという事です」
着地する大怨鬼。
そこに後ろから神速の騎士が走る。
流星のように鬼の巨人の背後を取った紅蘭は、両手に召喚した二本一対の魔剣『カグツチ』を振るった。
「上級二刀剣技、旋風斬」
回転して2回、6回、10回、目にも止まらない速度で舞うように紅蘭の剣が振るわれ鬼の巨体をズタズタに切り裂く。
それを鬱陶しいと思ったのか、大怨鬼は振り返ると同時に大太刀で紅蘭を横から薙ぎ払う。
胴体を真っ二つにされる紅蓮の騎士。
だが、それは残像だった。
既に間合いから離脱していた紅蘭は双剣を左右に構えると、そこから『上級二刀剣技、龍閃』を発動させた。
蒼達の視界で、再び紅蘭が消える。
目にも止まらぬ速さで駆ける真紅の騎士は、剣技で光り輝く二刀を巨人の足にすれ違いざまに振るう。
僕の目で見ることができたのは、地面を疾駆した赤髪の少年が巨人の足を十二回程切ったところまでだった。
気がつけば、紅蘭が大怨鬼の側から離れ、此方に戻ってきていた。
彼は汗一つかいていない涼しい顔で僕を見ると、
「2回連続で上級剣技を使用したので2分ほど技のクールタイムです」
その言葉を発したと同時に、大怨鬼の両足から大量の黒い血飛沫のようなエフェクトが発生する。
大怨鬼はその身体を支えられなくなり、地面に倒れる。
そして蒼の視界で、敵のライフが残り3割まで低下した。
一体何回切ったのか。
尋ねてみると、紅蘭は大した事ないと言わんばかりに。
「旋風斬で30回、龍閃で50回は切ってさしあげたので、計80回程かと」
「は、80……」
いや、お前強すぎないか?
速度に極振りしてるとは聞いていたが、あれだけ早ければ普通は思考がついていかないと思うのだが。
それを聞くと、彼は「慣れたら簡単ですよ」と爽やかに答えた。
うん、納得できるようなできないような。
何か釈然としない蒼はアリスと優の前で大怨鬼を警戒しつつ、龍二に言った。
「うーん、これは僕の出番はないかな?」
「残りは3割か、俺が削り切ってやるから見とけ」
倒れる大怨鬼に立ち塞がる龍二。
その身にはゲームで使用していた鎧を纏い、右手には身の丈よりも巨大な『ティターンの大剣』を握っている。
「おら、一方的に打ちのめされて怒ってんだろ。俺が真っ向からやってやるから掛かって来いよ」
彼の挑戦を受けて、大怨鬼が雄叫びを上げる。
そして負傷している両足を自身の魔力を消費して瞬時に回復すると、立ち上がり相対した。
豪剣の鬼と大怨鬼。
2メートル程の大剣を持つ身長180センチの男と、8メートル近い巨人の剣を持つ10メートルの巨体の鬼が睨み合う。
誰が見ても明らかに不利と分かる体格差。
どう見てもアレと真っ向から打ち合おうとするのは、馬鹿げている。というか無理だ。
僕達4人は呆れてそれを傍観する。
先に動いたのは、大怨鬼だった。
巨体が誇る膂力を持って、手にしている大太刀を右下から左上に振り放つ。
それは力強く、そして衝撃波は離れた場所にいる蒼達の所まで届く程の一撃だった。
だが、龍二は動かない。
避ける必要はない。そう言わんばかりに視界を覆い尽くす程の斬撃と向き合う。
レベル70に到達し、そのステータスの+値の殆どを力に注いできた彼は迫る太刀を冷静に見据えると。
「初級剣技、ソードブレイク」
大怨鬼と同じモーションで斬撃を放ち、左下から迫る太刀に合わせるように己の刃をぶつける。
周囲に響くは、重たい金属の衝突音。
普通ならば龍二の小さい身体は巨人の剣に抵抗もできずに弾き飛ばされ、宙を舞うだろう。
だが彼は、圧倒的体格差があるにも関わらず、その場から動かない。
火花が散り、二つの刃は拮抗する。
だがそれは一瞬の出来事。
龍二が雄叫びを上げると、彼の5倍以上ある巨体の大怨鬼が力に押され、信じられない事に後ろにずり下がる。
そして更に剣を持つ力を強くした彼は、そのまま太刀を弾き飛ばした。
そこから跳躍して大怨鬼に肉薄すると、大剣を左肩に担いだ。
息を吸い、吐き出す。
「行くぞ鬼、上級大剣技、大山切りッ!」
左肩に担いだ大剣を、龍二は全身全霊で真っ向から振り下ろす。
身の危険を感じた大怨鬼は、後ろに跳んで逃げようとする。
しかし、既に手遅れだ。
跳んで逃げるには、足に力を込めてから地面を蹴る2段階の動作が必要となる。
龍二の振り下ろしは逃げようと地面を蹴った大怨鬼を捉え、右肩から左の胴体にかけて切り裂いた。
「グオォォォォォォォォォ!!?」
「まだ終わらねぇぞ」
振り抜いた状態で、ティターンの大剣が金色に光り輝く。
それは彼が習得している職業、聖騎士のみが使える上級剣技。
龍二は上半身を捻り、剣技アシストの力も借りて振り切った剣を“腕力だけで”強引に右下から左上に振り放つ。
「上級聖剣技、神撃!」
先程切り裂いた巨人の身体を、なぞるように金色の一閃が両断する。
普通ならば有り得ないその斬撃を可能にしたのは、龍二が力を求めて極振りした+値が成した、正に常識を覆す脳筋パワー。
僕の視界で、敵の命のゲージが無くなる。
身体を2分割された大怨鬼はそれぞれ地面に崩れ落ちると、切断面から黒い霧を噴出させて干からびた。
……終わったのか?
鬼の巨人の死体を見て、蒼は疑問に思う。
目に見える命のゲージは0。
熱量は感じない。敵は干からびて指一本動く気配はない。
これらの情報を信じるのならば、間違いなく死んでいる。
しかしレベル70のボスにしては、余りにも弱すぎないか。これならソウルワールドでソロで狩った上級剣技を扱うレベル60の『豪鬼』の方が強いだろう。
僕は、紅蘭から貰った情報を再度確認した。
特に、敵の名前を。
「大怨鬼……怨念の、鬼?」
怨念とは、うらみのこもった思い。うらみに思う気持ち。
今戦った敵に、そんな要素あっただろうか。
ソウルワールドのボスに意味のないモノなんてない。
名前は必ず体を表す。
つまり大怨鬼の名が指し示すのならば、この鬼は強い怨念をモチーフにした何かがあるはず。
いや、まてよ。
怨念というのは、何も“生きている者”だけにあるものではない。
例えば、ホラージャンルとかで死んだ者が怨念を抱えて悪霊になるなんて、よくあるではないか。
──まさか。
ゾクッと鳥肌が立つ。
それに呼応するように忍者アビリティが警鐘を鳴らす。
僕は、アリスと優を背後に隠すように立つと、視界の情報を共有して亡骸に警戒する龍二と紅蘭に叫んだ。
「2人共ソイツから距離を取れ、まだ終わっていないぞ!」
変化は直ぐに起きた。
僕の視界内で0になっていた敵のライフが再び最大まで回復する。
それと同時に、鬼の巨人の亡骸が爆発するように燃えだした。
炎の色は『黒』。
ソウルワールドでは、白と並ぶ最上位の色。
そしてそれは分かたれた肉体を引き寄せ、繋ぐとゆっくりと起き上がった。
「……これが、おまえの本当の姿かッ」
今までのは仮の姿。
鬼の蛹だったのだ。
殻を脱ぎ捨てたソレは、名を表す存在に変貌を遂げる。
漆黒の怨念の炎を纏う巨人の鬼。
レベル70『大怨鬼』。
これまでとは違う圧倒的な威圧感を放つ化物は、ここからが本番だと蒼達に咆哮した。
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